「……捕まった」

 

 

 気が付いたら見知らぬ部屋に。

1RKか? 結構狭い。

 

手足は縄で痛いほどに縛られていて、とてもじゃないが抜けだすのは無理っぽい。

 

 

(それにしても、拉致されるとは……)

 

 

 日が沈む前は、こういう物騒な事はしないんじゃなかったっけ?

 

 

(まぁ、犯人はわかってるから、取りあえずは安心できるけど)

 

 

 部屋の内装……だけではさすがに判断しようもないが、廃工場や路地裏でなく、こういった部屋に置かれている時点で、だいたい絞れる。

 

 アルクェイドとシエル。

 この両者のどちらでも不思議ではない。てか、多分シエルの方。

 

 アルクェイドとはネロの時に会っている。そして、その時にゴミを見るような視線を向けられたのも覚えている。

 そんなお姫様が、俺に用あるわけないし。

 

 

「目が覚めましたか?」

 

「ほら、やっぱり」

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第十八話

 

 

 

 

 

 戦闘時と同じ格好で現れる代行者。

 物騒な人には変わりないが、すぐに殺されるような雰囲気は今のところない。

 

 

 琥珀への連絡はすでにしてある。

 こっちが既定のルートから外れる、つまり予想外の戦闘や今のように拉致された時に、向こうへ自動で連絡が入るようになっているのだ。機械万歳。

 

 準備期間もそれなりにあり、また相手の性格を知っている。この対処法はその恩恵だ。

 

 難点は琥珀を普通に巻き込んでいる点だが、そこはもう自分の中では諦めている。

これから通るルートはいくつか想定してあるが、琥珀がいないと打開できないものが結構多く、恰好つけるのは限界に近い。

 

 

「やっぱり、とはまるで見透かされていたみたいですね」

 

「ん、いや、全然そんな事は……」

 

 

 倒れたままでは話しにくいので、芋虫っぽく身体をうねらせ、ベッドの縁に背中を預ける。

 

 シエルに見張られながらも、何とかネロ・カオスを倒して話の筋が大幅に逸れる事は免れた。

 正直、後は志貴たちがロアを見つけるまで、何とも接触したはなかったのだが……、

 

 

(まぁ、それでもシエルと接触した場合のことは考えている)

 

 

 向こうが拉致した理由は定かではない。

 ただ、情報を聞き出すのであれば、どこかで魔術を使ってくるだろう。それに最大限の注意を向けていればいい。対処できるかは知らんけど。

 

 それと、本編に比べてシエルのポジションも若干ずれている。

 そこら辺の情報も、手に入れられるのであれば貰っておきたい。

 

 

「えっと、その前に誰?」

 

「教会の者とでも言っておきます」

 

「教会?」

 

「聖堂教会。魔術師ならわかるはずです……聞いたことがないのですか?」

 

「いや、知らないけど」

 

 

 会話が成立していることに、少し驚いた。

 貴方は黙っていなさい、質問するのはこちらです……って感じも想定していたのだが、思ったよりもシエルの態度は穏便だ。

 

 それでも、眠らせて拉致、そして縄で縛られているのだから、安心するのはまだ早い。

 

 

「随分はっきり言うんだな。そう言うのって秘密とかじゃないの?」

 

「貴方に言っても問題ありません」

 

(……後で記憶消去フラグktkr

 

「単刀直入に聞きます。遠野家の長男は貴方ですね」

 

「……へ?」

 

 

 真面目な顔して、いきなり予想外の事を訊くシエル。

 魔術の気配はまだ無い。頭が問題なく、今の質問の意図を考えているから。

 

 

(……わからん。何で俺が遠野家の長男? それじゃ、拉致したのは俺を槙久の息子と勘違いしたから?)

 

「現在、黒髪の少年が遠野シキとなっていますが、これらの情報はつい最近に改変された痕跡が見られます。

その痕跡を辿り、私は貴方が本当の遠野家長男であることを突き止めました」

 

「……そんな」

 

 

 勘違い、乙である。

 しかしこの勘違いはもしかしてラッキー? シエルが志貴よりこちらに目を向けてくれれば、その分本編の狂いは少なくなる。

 

 

「これを握りなさい」

 

「は? これは……け、剣!?」

 

 

 黒鍵を懐から取り出し、俺に持たせる。

 何をやろうとしているかはわかる。シエルが膝を折り、顔を近づけて来るから間違いない。

 

 

「……んっ」

 

「ちょっ、怖い怖い! 無理、止めろって、マジ止めてください!」

 

 

 ズプリとシエルの眼球に刃が飲み込まれていく。

 血が滴り、頬をつたって床に落ちる。

 

 

 絶対痛いはずなのに、それでも瞼を開いたままこちらを見て来る光景は、命の危険とは無関係と知っていてもホラーである。

 

 

「―――ひっ」

 

「……目を閉じられたら意味ないのですが」

 

 

 そう言って反対側まで貫通したであろう黒鍵を抜く。

 

 

「これでは判定できませんね。もっとも、この程度の事では誤魔化している可能性もありますし」

 

「いやいや、怖がっていたからいいじゃん! ずっと見てたら何かトラウマが目覚めるって!」

 

「まだ表に顕現していない……しかし、街ではもう吸血鬼事件が起きている。まだ眠っている事はあり得ない」

 

 

 シエルは一人で呟き、納得している。

 今ので俺がロアの転生先でないとわかったのだろうか? ともかく、この場で殺されない以上、何かしら情報を引き出したい。

 

 

「……えっと、もう俺には用無し? だったら、こちらも質問したい事があるけど」

 

「―――答えなさい。貴方はこの街で親元を離れた吸血鬼を知っていますか」

 

「知っています……って、うええええぇぇ!?」

 

 

 コンマ二秒で喋っちゃったよ。

魔術の発動がわからなかった。その上、魔術を認識して抵抗する隙がない。

 

 

(警戒していても駄目なのか!?)

 

「―――答えなさい。貴方とその吸血鬼の関係は?」

 

「路地裏で吸血鬼かした彼女を見つけ、家で保護しています。小学校からの幼馴染だし……っておい!!」

 

「やはり、先日のは見間違いではありませんでしたか。まさか、遠野家の長男が自立した吸血鬼を手駒にしているとは……」

 

「―――くっ」

 

 

 自ら頭を床に打ち付け、うつ伏せに倒れる。

 シエルの魔術はおそらく瞳を見ることで発動されている。だったら、いつまでも馬鹿正直に顔を合して話すわけにはいかない。

 

 

「無駄ですよ。この魔術は聞くことによっても発動されます。余計な抵抗をしない方が貴方のためかと」

 

(……冗談じゃない。根掘り葉掘り聞かれたら、こっちが異常な人間だってばれちまう)

 

 

 月姫に関する知識、もっと言えば、型月に関する知識を持ったまま憑依したのだ。

 

 普通だったら知らない事、極秘にされている情報なんかも、知識として持っている。

それの説明をしろと言われても、簡単に分かってもらえるとは思わないし、こっちにメリットがまるでない。

 

 

 このカードはまだ切れない。

 切るのはせめて、本編を乗り切ってから。

 

 

 だがどうする? シエルの魔術は防げない。

 ……ならばせめて、会話での主導権をもぎ取るしかない。

 

 

「ミハイル・ロア・バルダムヨォン!」

 

「――っ!?」

 

「この街で事件を起こしている吸血鬼だ。そいつの事で、あんたと交渉がしたい」

 

 

 シエルの口の動きが止まる。

 持ち出せる情報で相手の注意を引く。だから今、言葉を止めてはならない。

 

 

「こいつを滅ぼす方法があって、そのための準備を何年もしてきた。だから、あんたもロアを倒そうとしているなら、今話しておきたい」

 

「何故、貴方が死徒の存在を知っているのです? 私から見れば、貴方が知っている事が不思議でなりません。

……貴方自身がロアであるならば、話は別ですが」

 

 

 首筋に黒鍵が当てられる。

 

 

「俺は養子で、遠野の血は流れていない。本物の長男が数年前に発狂して、行方不明になった。俺はその後釜。後釜にされた理由は、あんたならわかるだろ」

 

「政界への影響ですか」

 

「そう、だから事件の原因ついて調べていくうちに、一つの仮説ができた。

ロアの転生先に選ばれて魔に落ちてしまった可能性。遠野は血筋、権力と条件を揃えているからな」

 

 

 シエルの顔を伺うが、目に映るのは怪訝な表情。

 筋は通っているが、俺が本当の事を言っている証拠はない。

 

それ以前に、十五程度のガキが遠野にいるとはいえ、仮説を立てられる程の情報を集められたなんてのも怪しい話だ。

 

 

「……交渉とは? 信じてはいませんけど、聞くだけ聞きましょう。

どちらにしろ、貴方は私の魔術に飲み込まれないよう、喋り続けるしかありませんし」

 

(ぐっ、ばれてたのか……)

 

 

 こちらの必死さをあしらう様な態度は、手を取るつもりなど全く無いという事だろう。

 それでも、互いに共通の敵を持ち利害が一致するのなら、協力体制を築くことも不可能じゃないはずだ。

 

 

「黒髪の少年が真祖と組めば、必ずロアを滅せられる。だから、あんたには二人が万が一ロアに倒された場合にだけ、この事件に干渉して欲しい」

 

「―――却下です」

 

「なっ!?」

 

 

 即答された。何故、シエルにとって不利になる要因は無いはず。

 確かにメリットも特にない。が、理由を聞くもなしに断られるのは予想外。

 

 

「ど、どうしてだ!? ロアは無限転生者で、ただ殺すだけじゃ意味がない。それでも、あの二人が組めば確実に滅ぼすことができるんだぞ!」

 

 

 力量を推考したわけでもない、シエルの問答無用の否定に反論する。

 今、こいつは考える前に頼みを蹴った。こっちが裏の舞台を奔走するのにどれだけ命懸けか。その苦労も相まって、シエルの言動に憎悪が湧いた。

 

 

「簡単な事です。ミハイル・ロア・バルダムヨォンの討伐は私の使命。それを他の者に譲る気はありません。それが真祖となれば尚更」

 

 

 睨みつける俺に対し、シエルは見下す。

 

 

「勘違いしないで下さい。私はこの任務、元から誰の手も借りる気はありません」

 

「それでも、臨機応変ってものがあるだろ? だいだいあんたがいくら強くても、ロアに勝てる保証はない」

 

「舐めてもらっては困ります。今一度言いますが、私は奴を滅するためにこの地まで追って来たのです」

 

 

 自信を含んだ物言い。

 シエルの秘策は知っている。転生批判の概念を持つ第七聖典。

 

 

(だが、あんなでかいパイルバンカーが当たる相手とは思えない)

 

 

 あれはおそらく、ロアの意識が完全に覚醒していない人間への攻撃手段。

裏で眠っているロアの魂ごと吹っ飛ばすための武器であり、表に出てこられたら、あれでは対処しきれない。

 

 シエルもそれはわかっているはずだ。

 それでも、こいつは人の手を借りないと言う。

 

 

「それに、あの黒髪の少年は魔法使いの弟子。極東の地に出向く際に、私にはその調査も任されています。

あの少年がこの事件に干渉している以上、私が抜け出すのはあり得ない」

 

「あいつは魔法使いの弟子なんかじゃない。魔法使いの方に確認を取ればわかるはずだ」

 

「関係ありません。事実、ネロ・カオスと戦闘の際、どのような術を用いたかはわかりませんが貴方達はあの死徒を滅ぼし勝利を収めた。この時点で彼は黒です」

 

 

 志貴はすでに一般人と見られていないという事。

 ネロ・カオスを倒した方法は特定されていないが、教会に所属するシエルから見れば、志貴の動向はすでに監視するのに十分な理由があるという事か。

                                   

 

「教会の敵と監視対象、それで俺は吸血鬼と仲が良いから、信用もできないし手も組めませんってか?」

 

「不満そうですね。納得できませんか」

 

「……あんたの頭が固すぎてな。言いたい事はわかる。でも、この事件はあんただけの問題じゃない」

 

「だから、手を組めと?」

 

「違う。手は組んでくれとは言わない。ただ、目的は同じなのだから、達成するまで互いに不干渉でありたいと言っているんだ」

 

「……話になりません」

 

 

 この条件も呑まれない。

 シエルの意図がわからない。代行者に交渉という形を取ろうとした事自体が甘かったのか。

 

 

「私にとって、こちら側の生き物は全て敵。それは貴方達も例外ではありません。

共通の敵を持っているから味方? 笑わせないで下さい。その程度で信頼していたら、この世界で生き抜く事など不可能です」

 

 

 向けられるのは嘲笑と殺気。

 

 

「信用、信頼。……貴方のような半端な魔術師が、そのような言葉を使わないで欲しい。

埋葬機関に所属し数多くの裏世界を見てきた私からすれば、貴方如きの言動を相手にするはずがないでしょう」

 

 

 その言葉には、明らかに呪詛が含まれていた。

 魔術師に対する恨み。

 

 

 

 

 インターホンの音が響く。

 決して大声で叫んでないにも関わらず、シエルの声は重かった。

 

 

 

 

「……話は終わりです」

 

 

 手にしていた黒鍵を床に突き立て、部屋を出る。

 返す言葉がなく、それを見送る俺。

 

 

 

 

 ……正直、戸惑った。

 原作のシエルと比べ物にならないくらい冷たい人格。

 

 

 プレイヤー視点は志貴の視点だ。

 原作の志貴は裏の世界に巻き込まれてしまった形でシエルと接する。だからこそ、シエルも志貴に心を開いたのかもしれない。

 

 対してこっちは魔術の知識も多少あり、小さい頃から魔眼を使っているため魔力の流れもある。

だから、シエルに魔術師と認識され、完全に“敵”と見なされているのだろう。

 

 

(というか、シエルの魔術師に対するあの態度……)

 

 

 例外はいるだろうけど、目的が同じであれ自分を阻む者は敵。

 原因は……拷問とかかもしれん。

 

 詳しくは知らない。シエルがアルクェイドに殺された後、世界の矛盾、修正とやらで不死身の身体になり、教会に引き渡された。

 そこで、様々な殺し方をさせられ、どれくらいそれが続いたのかわからないが、そういった経緯があって代行者になっている。

 

 

 まぁ、その過程では納得できる。

 魔術師ってのは容赦ないから、そこでモルモットも目を瞑るくらいの事を数えきれない程されたのだろう。

 

 シエルルートでは志貴を通して、それのメンタルケアもあったのかもしれない。愛の力は偉大だし。

 ……どちらにしろ、それなりに交渉できると踏んでいたから、見事に不意打ちを食らった気分だ。

 

 

(そして、今のこの状況……)

 

 

 琥珀に連絡してどのくらい経ったか。

 シエルが戻ってくる前にどうにかしないと、かなりヤバい。

 

 

「あ、やっぱりいた!」

 

「へ?」

 

 

 聞きなれない声に振り向く。

 

そして、振り向いた先で窓ガラスが砕けた。同時に玄関の方で響く剣戟の音。

 

 

「やっほ。志貴と一緒に助けにきてあげたわよ」

 

 

 ザッとアルクェイドが目の前に姿を現す。

 こちらの身体を見て、セーフと言ってる。どうやら、無事を確認したらしかった。

 

 しかも意外な事に、睨まれていない。

 本日、二度目の驚きである。

 

 

「志貴がメイドから連絡から頼まれたらしくって、私もちょうど志貴の学校にいたから協力してあげたの」

 

「学校……」

 

 

 そう言えばあったけな、そんなイベント。

俺が縛られているのを見て、アルクェイドは爪を伸ばす。

 

 

「それにしてもシエルに捕まるなんてねぇ。やっかいな事この上ないわ」

 

「えっと……志貴は大丈夫なのか?」

 

「心配いらないでしょ。魔眼が使えないとはいえ……ってこれは秘密よね。志貴の実力なら致命傷を負う事はないわよ」

 

「そうか……って、ど、どうかしました?」

 

 

 アルクェイドの爪が縄を切る直前で止まる。

 動く気配はない。どうした? まさか吸血衝動とかじゃないよな・

 

 恐る恐る目線を合わせて見ると……何故か不機嫌な顔をしたアルクェイド。

 ネロ・カオスを倒して以降、志貴と何かあったらしい。二日前とは雰囲気が全く違って、柔らかい感じが幾分か見てとれる。

 

 

(志貴と出かけたとすれば、昨日の夕方辺りからか? その影響しか心当たりないな……)

 

 

向こうでは志貴が戦っている。

 にも関わらず、アルクェイドが発した言葉は場違いなものだった。

 

 

「やっぱ、解くの止めた!」

 

「……なっ、何でだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

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シエルの性格はちょいと弄ってあります。あまり違和感がなければいいのですが……。

今回の話でシエルファンの方には申し訳ないですが敵フラグを。まぁ、さっちんが味方だから仕方ない。