<秋葉side>
「……はぁ」
先日の一件で瓦礫と化した我が家を見つめる。
塀は所々破壊され、綺麗に整っていた庭は荒れ放題。屋敷に至っては全壊しているので、元の状態に戻すには……いつになる事やら。
「いっそのこと、形から何から全て変えてしまおうかしら」
そんな事を考えながら、瓦礫の中を進む。
今日は女学院を休み、琥珀を付き添わせてここへ来た。
兄さんは学校、アキは散歩兼買い物。
この用事は、できるだけ早く終わらせたい。
憑依in月姫
第十七話
「秋葉様、ありました」
「えぇ、御苦労さま」
欲しかったものは父の部屋に置いてあった書籍類。
ここの撤去作業は業者に頼んであるから、午後になればこれらの備品は私の元に届く。
だから本来、このようにわざわざ朝早くに来て、瓦礫を退かす苦労なんてものはいらないのだけれど……。
しばらくそれらを眺めた後、目に付いた本の一つを拾い上げ、中に目を通す。
内容は……おそらく退魔の一族についてまとめたものだろう。七夜、浅神、巫浄、両儀といった言葉から読み取れた。
ページを捲り、大まかに読み取っていく。
この手の知識は、避けていたわけではないが別段積極的に読んでいたわけでもなく、そのため少々読みにくかった。
「……浄眼。本来見えてはならないものを視る」
よくわからないが、超能力の一種なのだろう。
問題はこの浄眼というものが、具体的にどういった力を行使するのかだけど……その先の頁は歴史について書かれていて、詳しい説明は見つけられない。
「琥珀、アキも兄さんと同じで“七夜の一族”よね?」
傍らに控えている琥珀が静かに頷く。
そう、アキが七夜の一族であることは間違いない。
本人は隠しているであろう戦闘訓練。何回か隠れて見たことがあるけど、身のこなしが明らかに一般人とは異なっていた。
七夜が暗殺術に長けているのは知っている。だったら、アキの運動神経の良さは七夜であることを証明づける証拠。
何より、本人が“七夜アキ”と名乗っているのだし。
(……けど、何で未だに七夜を名乗っているのかしら?)
七夜の一族は数年前に壊滅している。
滅んだ原因は知らないけど、その時の生き残りが兄さんとアキ。
七夜と聞く人が聞けば、退魔の一族とすぐにわかる。
相手に自身の情報を漏らすなど物騒なことこの上ない。まぁ、七夜という名に牽制や誇りがあるのかもしれないけど。
「駄目ね。これじゃないわ」
本を閉じる。
一応、最後まで目を通してみたものの、浄眼が何たるかについて詳しく書かれている様子はなかった。
「ねぇ、琥珀。普通の人は見えないけど、それらを視える人がいるとする。その人達は一体何を視ていると思う?」
「……幽霊、人の心、後は寿命とかでしょうか」
だいたい予想と同じような答えが返ってくる。
(そうよね。だいたい、視えただけで相手を殺傷する能力なんて思いつかないし……)
そもそも浄眼についての情報が少なく、まだ推測をする段階には早すぎる。
手に持っていた本を置き、別の本を探す。
(……)
探そうと思ったが、やっぱり止めた。
その前に、さっきから無表情で突っ立っている琥珀に声をかける。
「貴女、どうしてそんな不機嫌な顔をしているのかしら」
琥珀は朝から機嫌が悪く、ここまでもずっとこの調子。
無表情というのは当てつけなのだろう。いつもと違うため、正直集中できない。
「顔に出ていました?」
「……普段うるさいあんたが、一言も喋らず無表情でいたら誰でも気付くわよ」
「それもそうですね」
そっけなく答える琥珀は、初めて見るかもしれない。
怒っている原因はわかる。
簡単だ。訊いたのは単に話を始めるきっかけ。心当たりはすでにあるのだから。
「何? あの場でアキを見捨てたこと、まだ恨んでるの?」
「はい」
「……はっきり言うわね。……アキの意図が私に上手く伝わっていなかった、と言ったら?」
「アキさんの考えを読み取ったのは私です。秋葉様には私から口頭で伝えましたから、間違えるはずはありません」
逃げたのは単なる冗談よ、なんて誤魔化すことはできない。
先日、私が取った選択肢は正真正銘、アキの見殺しをよしとしたものなのだから。
だから、琥珀が私を軽蔑した目で見るのも納得できる。
琥珀は、私もアキのことを当然のように“かけがえのない家族”として大事にしていると思っていたのだろう。
「貴女、やっぱりアキのこと好きなのね」
「……話を逸らさないでください」
琥珀の眼が鋭くなる。
アキを囮にした後、琥珀は慌てて私に問いただしてきたが、私はそれをまともに聞かなかった。
今は逆。私が琥珀に問い詰められている。
「ふぅ……、勘違いしているようだから先に言っておくけど、私は貴女や翡翠、兄さんほど、アキを信頼していないの」
信頼していない。家族のように過ごしてきた者に対して、私のこの言い方は許せないのか。
琥珀の無表情が微かに崩れた。
「アキさんは秋葉様のことを大事に思っています。傍で過ごしてきた私には、お二人の仲に問題があるようには見えませんでした」
「別に仲が悪いわけじゃないわ。アキには重要な仕事も任せてるでしょう?」
「……それでは、秋葉様は今までアキさんを騙していたんですね?」
口早に、私の返答に喰ってかかる。
その様子に、嘘なしで私の考えを琥珀に伝えていいものなのか、悩む。
(私の行動は、責められるもの―――)
でも、と自分の心に問いかける。
私はそのことに今、罪悪感を感じているか?
答えはすぐに出る。そんなものは微塵もない、アキに対しては。
だったら……アキと琥珀の関係とは別の意味で近い、私と琥珀の関係なら、むしろ話しておいた方がよいかもしれない。
「ねぇ、琥珀。……父の暴行を止めてくれたのって、アキよね?」
琥珀の身体が強張る。
この話は琥珀が喋ろうとしないため、私も詳しくは知らない。
昔にただ一度、初めて感応能力を必要とした時、私が疑問に思って訊いただけ。
「……はい。アキさんは槙久様の仕事を手伝っており、常に槙久様の近い位置にいたので、気付いた後に止めてくれました」
「それは前に聞いたわ。ただ、どうやって止めたのかは教えてもらってないけど」
「それは……」
琥珀が一瞬、言いよどむ。
「……説得して、です」
昔と同じ回答。
この時だけ、琥珀は能面を被った様な顔をする。何かを隠すように。
(……いえ、隠すようにじゃないわね)
何かを隠すために。
今、琥珀の表情を見て私はそれを確信した。
地面に散らばる書籍には、私の疑問を満たすようなものは見られない。
もっとも、ある程度の瓦礫を退かしても地表に出せたのは少しだけ。
私と琥珀は力もないし、業者にこの場を片づけてもらうまで、情報を得るのは我慢するしかないと諦めた。
屋敷までは歩いて帰ろう。
まだ私は、頭の整理ができていない。どちらかと言えば感情の整理だけど。
そのためにも、私は琥珀に話しかける。
話すことで、自分の気持ちを確かめる。
「琥珀、私の父がどうやって死んだか知っている?」
「……四季様が暴走し、止める際に命を落としたと聞いています」
歩き始めた私の後ろに付く琥珀。
そう、と私は頷いて言葉を続ける。
「親戚の方々も口を揃えてそう言っていたから、私もそう思って疑わなかったわ。……二日前まではね」
「二日前……吸血鬼に屋敷を襲われた日ですか?」
「えぇ、私はね、琥珀……父の死に際を見たのよ。だって四季に襲われていたのは、私と兄さん、それにアキだったから」
あの時はアキの顔も名前も知らなかったけど、いきなり木から飛び出して助けてくれたのは印象的だった。
「当時はまだ幼かったし、記憶もおぼろげにしかなかったわ」
「なかった?」
「先日、地下で私たちがあの化け物に遭遇した時、アキが獣と戦ったでしょ。それで少し思い出したのよ」
……察しの良い琥珀は、私が何を言いたいか、もうわかったかもしれない。
「跳びかかってきたのを短刀で防いで、前足の爪は千切ってやり過ごしていたけど……どうして獣の足が何もしていないのに千切れたのかしら?」
何もしていないのに、獣の足は突然に血を撒き散らして千切れた。
その時に感じた既視感。
「……私の父は、四季に殺されてなんかいないわ。私は兄さんを生き返らせるのに精一杯だったから、周囲を見ている余裕はなかった。
それでも確実に言える。あの時、アキは父の近くにいた」
葬儀で見た父の死体は綺麗だった。
四季が父を殺したのなら、兄さんと同じように身体を抉られていなければおかしいだろう。
「アキのことは信頼していたし、家族のように思っていたわ。その事を思い出すまではね」
「……それじゃ、秋葉様は」
「アキが父を殺したと疑っているわ。アキの理由は何であれ、私がアキを見捨てたのはそう考えている……いえ、そうとしか考えられないからよ」
アキに対してこれからどう接するかは、まだ定かでないけど。
会話を遮るように携帯が鳴る。
私ではなく琥珀の。
メールだろうか、琥珀は画面を見て何か驚いているけど、私には関係ない。
……琥珀が驚くなんてのは、だいたいアキ関係だから。
言うべきことは言った。
あとは琥珀に任せよう。アキを私に向かわせるも、遠ざけるも、私からは動けない。
今できる事は一つだけ。
父について、七夜の生き残りである兄さんとアキについて、私はもっと知らなければならない。
それ以外には、何をすればいいのかわからないから。
秋葉のターン。そして前回の行動の言い訳。
アキの名前云々はあまり深く考えてなかったので、突っ込まないでもらえると助かります。(--