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「……あれ?」

 

「ふむ、やはりこちら側に来ていたか」

 

 

 薄暗い坂を上って行った先は、巨体に道を塞がれていた。

 ヤバいという警告より、混乱した頭はどうして奴がここにいる? といった疑問に埋め尽くされる。

 

 その疑問に答えるかのように、奴の足元から一匹の動物が現れる。

 

 

「豚は地中深く埋まっているトリュフを見つける程の嗅覚を持つ。むろん、人目に付かない通路を見つけるのも容易いこと」

 

「……ネロ・カオスっ」

 

 

 真正面に正真正銘の化け物を見据えて、翡翠はもちろん、秋葉、琥珀が立ちすくむ。

 もちろん俺も。

 

 

(あのまま志貴を追いかけなかったのかよ……)

 

 

 人間どもは地下に逃げ込んだ。

そこを逃がさんとするネロ、しかし代行者の監視が届かない場所へ来た志貴は魔眼を解放。ネロを抹殺、って計画だったのだが。

 

 さすがにあからさま過ぎたか。知性のある化け物には甘かった。

 

 

 後ろを確認する。

 翡翠は状況が理解できてないのか、少し身体を構えている程度。

 

だが琥珀は恐怖で震えている。秋葉に至っては、混血故か相手の力量がおぼろげながらわかるのだろう。琥珀以上に震えていた。

強気の性格で何とか身体を持たしているほどだ。

 

 俺なんてもう意識飛びそうだし。

 対峙するのは二度目なのに、何とも情けない精神力である。

 

 

 懐に手を入れて、相手を睨みつける。

 逃げるなんて不可能。俺が足止めしても数秒持つかわからない。

 

 

 だったら助かる道はただ一つ。

 

 

(戦闘に入る前に、何とかして助けを呼ぶ!)

 

 

 それ以外に道はない。

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第十六話

 

 

 

 

 

「メーデー、メーデー! 緊急事態発生っ、応答願う、オーバー」

 

「―――え、アキ君、どうしたのって、わわ! ちょ、こっち凄い数の動物に襲われてるんだけど!? ピンチピンチ!!」

 

 

 懐にしまっておいたトランシーバーを取り出し、すぐさま連絡を取る。

片方は弓塚に携帯電話代わりとしていつも持たせてある。

 

 志貴と違って、部屋に置いてましたなんてポカはないようだ。

 繋がったのを確認して、早口に状況を伝える。

 

 

「こっちこそヤバいんだよ! だから早くヘルp」

 

「ふんっ!」

 

「危なっ!? ってもう壊れた――――、しかも痛いっ!!」

 

 

 カラスの弾丸を三発。

 

 間一髪で避けるが、トランシーバーが大破。部品を撒き散らしながら後方へ吹き飛ぶ。

ついでにそれを持っていた左手も洒落にならない傷を負う。

 

 

「ア、アキさん!」

 

「来るな、下がってろ!」

 

 

 琥珀が駆け寄ろうとするが、右手で制す。

 

 左手からドクドクと血が流れて、床に零れる。

 痛い。超痛い。

 

 

 だけど、おかげで意識を失わずには済みそうだ。

 

 

「……志貴を敵と見なしたんじゃなかったのか? こっちを襲っても、あんたにメリットがあるようには思えないけど」

 

 

 後ろに下がりながら、時間を稼ぐために質問を投げる。

 逃げ切れるとは思ってないが、それでも距離は取っておきたい。

 

 コートから獣を出し、傍らに控えさせながら不敵に笑ってネロは喋る。

 

 

「何、貴様が軍師の真似事をしているのではないかと考えたまでよ。片腕を削がれた状態なら、魔術師の端くれと言えど、我が障害に足りえるからな」

 

「……人間相手に慎重なことで」

 

「ゆけ」

 

 

 控えていた狼がこちらへ駆ける。

 

 

「くそっ!」

 

 

 腰から短刀を抜いて構えた。

 

 狼は喉元を噛み切ろうと、牙を剥き出しにして跳躍する。

 それを短刀で押さえる。

 

 

(きつい!)

 

 

 片手一本では抑えきれずに後ろへよろけてしまう。

 そこへ同時攻撃と言わんばかりに、追撃の爪を振るう狼。

 

 

「凶れっ!!」

 

 

 振るわれた前足に回転軸を四つ合わせ、一息に捩じ切る。

 すかさず狼の口から短刀を抜き、首を切りつけた。

 

 

「……普通の魔術師とは毛色が違うが……どうやらそれだけのようだな」

 

 

 混沌へと戻った狼を見つめながら、ネロは呟く。

 確かに今ので精いっぱい。隠し手もなく、魔力が残っていてもこの程度の魔眼と剣術では脅威なんて欠片もない。

 

 

 意識を奴から離さず、そのまま秋葉にも向ける。

 秋葉でもネロとの実力の差は大きい。だが、ここにいるメンツなら。

 

 そもそも俺では獣一匹で手一杯なんだ。

 後できるのは命をかけて数十秒の時間を稼ぐぐらい。死にたくないけど。

 

 

(……秋葉、確認したいことがある)

 

 

 ネロに気付かれないよう、背中に手を隠して素早くハンドシグナル。

 秋葉はわからないだろうが、隣にいる琥珀が秋葉に意味を伝えてくれる。

 

 

((な、何よ?))

 

 

 琥珀が秋葉の代弁をして簡易版ハンドシグナルを。あまり長くやると不審な動きがばれるので残るところは目で伝え合う。

 

 

(感応能力を使えばいけるか?)

 

 

 琥珀が読み取り、秋葉に伝える。そして琥珀から簡易シグナルと目線。

 

 

((……知っていたのね。琥珀から聞いたのかしら。でも無理よ、私も化け物だけど奴はそれ以上に化け物だもの。それはアキも感じてるんじゃない?))

 

(どうしても無理か? お前が動かないともう手詰まりなんだよ)

 

((……琥珀だけじゃなく、翡翠の感応能力も合わせれば。おそらく波長は同じだから、上手くいけば単基の二乗倍に相当する力が得られるかもしれないわ))

 

 

 琥珀と翡翠の感応能力を同調させて秋葉に装備。

 ……ツインドライブですね、わかります。

 

 

 しかし、それが成功すればネロを圧倒とは言わないものの、襲い来る獣を防ぎきることはできるかもしれない。

 

 ならば、もうそれに賭けるしかない。どの道、ほかに手は残されてないのだから。

 ネロが動く前に、何としてでも先手を打つ!

 

 

「秋葉! 琥珀と翡翠を連れてここを離れろ!」

 

 

 頷く秋葉。琥珀は心配そうに見てくる。隣の翡翠は混乱しているらしい。

 

 

「少しの間だがこいつは俺が防ぐ。だからその間に―――」

 

「ええ、わかったわ、アキ。貴方の事は忘れないから!」

 

「……あれ?」

 

 

 言葉に違和感。まるで自分たちを逃がすキャラに送る最後の言葉のように。

 

 

 振り向くと秋葉が二人の手を引いて全速力で駆けていた。

 それは間違っていない。この作戦は集中力がいるから、一刻も早くこの場から去ることは間違いじゃない。

 

 しかし秋葉の走り様を見ていると、どう考えてももう戻ってこなさそうな感じである。

 捨て駒役ありがとう。私たちは生き残って見せるから、と秋葉の背中が語っているような。多分、これは幻聴じゃない。

 

 

「ちょ、おい! どこかで意思疎通に失敗したのか? ……って殺気!?」

 

 

 跳びかかってくる獣に気付き慌てて回避運動を取る。

 群がってくる獣に対してありったけの棒手裏剣をお見舞い。だが、影に隠れた大蛇までは届かず、

 

 

「やばっ、間一髪で回避!!」

 

 

 叫んで気合いを入れるが空しく。胴体に腕を封じる形に巻きつかれて、そのまま地面へ倒れこんだ。

 

 

「ぶっ!!」

 

 

 動きができないところに、猪が突っ込んで蛇に巻きつかれたまま、壁に叩きつけられる。

 頭から血が流れ、意識が朦朧としてくる。猪に対するトラウマがまた増えた。

 

 起き上がれない。身体が封じられて、唯一使えるのは魔眼だけ。

 けど、あの程度の魔眼で一体どうすれば戦えるというのか。無理ゲーにも程がある。

 

 

 近づく足音。獣ではなく、人間の。

 

 

「まだ生きているな」

 

「……見逃してくださいお願いします」

 

 

 最後の悪あがきとして命乞いしてみた。

 

 

「駄目だ」

 

 

 ……早い、どっかの秋子さんといい勝負だな。あっちは了承、しか言わないけど。

 

 そんなバカなことを考えるしか、もうすることがない。

 

 

(いや、会話を伸ばして時間を稼ぐくらいならできるか……)

 

 

 こう考えて、我ながら最後まで家族想いだと自分で自分を褒めたくなった。

 そんな立派な人間じゃなかったはずだが……もうゴールが見えてきたんで、もしかしたら悟りを開いたのかもしれない。

 

 

「殺す前に……最後に聞きたいこととかあるか?」

 

「もう一人の男」

 

「―――は?」

 

 

 間髪入れないネロの返答に、一瞬何を言われたのかわからなくなった。

 息も絶え絶えな俺を見下ろしながら、言葉を続ける。

 

 

「もう一人の男は何者だ。この私に傷を負わせるものの名は」

 

 

 周囲には獣の群れ。だが襲いかかる気配は一向にない。

 

 

(……獣たちは待っているのか? こいつの問いが満たされるのを)

 

 

 ネロがどこまで志貴を見抜いているのかはわからない。

 ただ、こいつの中には確実に飢えがある! 知識の欲求という飢えが。

 

 それを上手く使えば、後三十秒、いや、一分は引き延ばせる。

 

 

「知りたいか?」

 

「知りたいかではない。答えろ」

 

 

 いくらかの獣が容赦なく噛みつき、そのまま身体を引っ張り回す。

 多分、一回くらい意識が飛んだ。

 

 

「ま、待ってくれ! あいつの名前って言われても!?」

 

「知らないのか」

 

 

 すっ、と手を挙げて、獣に俺を殺す合図を出そうとする。

 

 

「し、知ってる! 知っているが……今は意識が朦朧として」

 

「知っているのだな。どこまでだ? 奴の能力は」

 

 

 ネロは合図を止め、話に乗ってくる。

 もちろん志貴の能力を話す気は毛頭ない。教えても時間を延ばすために名前までだ。

 

 志貴の話では、青子に能力の秘匿を第一としてこれまでを過ごしてきたと聞いた。

 ならば、七夜志貴と名前を聞いたところで、その能力まで看破するには至らないだろう。

 

 

 後は、それだけの会話でどこまで時間を稼げるか。

 ゴールするのはそれからだ。

 

 

「お、思い出そうとすると……頭が痛い。途中まではわかるんだが……」

 

「何だ」

 

「身体中が痛くて、気絶しそうだ。ちょ、ちょっと待ってくれ……、あいつの名前と、能力だろ? ……痛みが治まるまで、」

 

「ちっ」

 

 

 ボトリと、何かが地面に落ちる音。

 何の音だ、と顔を向けた直後、全身に火がついたように熱くなった。外側だけじゃない、内側も同様に。

 

 

「あ、あっつ!? 熱い!!」

 

「さぁ、早く答えろ」

 

 

 無理言うな、と死ぬ前の最後の抵抗としてネロを睨みつけるうちに……もう動かないと思っていた身体が急に軽くなった。

 転がったまま、自身の身体を確かめる。

 

 相変わらず蛇に拘束されたままだが、傷は見事に消えかけている。

 ジュクジュクと気持ち悪い音を立てながらも、少しずつそれが肉となり身体の傷を塞いでいく。

 

 

「混沌を切り離し、貴様の身体に寄生させた。方向性のない命の種であるから、人間程度の身体ならすぐ血肉となるであろう」

 

「ぐっ……」

 

 

 胸倉を掴み、無理やり立たされる。

 壁に背を打ちつけ、足は地面を離れて宙に浮く。

 

 

「傷は癒えた。あの男の名、能力を答えろ。そしたら速やかに消してやろう」

 

 

 これ以上の誤魔化しは許さないのか、段々と首にかかる力が増していく。

 答えないならこのまま死ね。答えるのなら、その間だけ生かしてやる、と。

 

 

(時間稼ぎも、これが限界か)

 

 

 計っていないが、それなりに稼げたんじゃないだろうか。

 秋葉のツインドライブを見てみたいとも思ったが、あれは本当に成功できるかなんてわからない博打技。結果的にはこれが最善だったかもしれん。

 

 まぁ、精神的には一番年長者だしな

 

 

(―――ん!?)

 

 

 そこまで考えて、諦める寸前まで考えて、希望が聞こえた。

 

 

 自分の居場所を確認する。

 琥珀が翡翠を引っ張って、俺と秋葉が追いかけて……ネロ・カオスと遭遇するまでにこの坂道を、結構な距離まで上ったのではないか。

 

 琥珀じゃないから、出口までの距離はわからない。

 だが、地上まではあと少しの所まで来ているとしたら?

 

 

 

 

 タンタンタン。

 

 ほんの微かに耳に届く音。

 

 

 後、数秒でもいい。

 

時間を稼げば生き残れる。

 

 

「……志貴」

 

「何?」

 

「七夜志貴。七夜という苗字なら、あんたでも聞き覚えがあるんじゃないか?」

 

 

 ネロの腕に力がこもり、身体が圧迫される。

 それでも嘘は言っていない、これは真だと目の前の敵を睨みつける。

 

 

「七夜……退魔の一族か。ならば奴の能力は何だ?」

 

「それは―――」

 

 

 言葉を詰まらせるようにして頭を垂らした。

 そして、喉元を押さえつける奴の腕を、手首の一点を見つめる。

 

 対象まで十センチもない、目の前のものに集中する。

 

 

「凶りやがれええええ――――!!」

 

 

 回転軸を四つ、なぜか身体の調子が良いのでさらにもう一つ、計五つの回転軸を作りだし、一気に捻じ曲げる。

 

 対象物までの距離は文句なし!

 

 

「っ、貴様!!」

 

 

 一秒。巻きついていた蛇が喉に噛みつく。ありったけの魔力を振り絞る。

 二秒。奴の腕が捩じ切れる。地面に着地したと同時に坂道を転がるように、一気に奥へ跳躍した。

 

 

 瞬間、天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。

 そしてその崩壊の中、空中に身を投げ突進する影が一つ。

 

 

「ソル・デ・レイ・ケブラーダ――――!!」

 

「こ、これは!!」

 

 

 プロレスの空中殺法。

 

弓塚が宙をかけ、隙を見せたネロ・カオスに激突する。

 

 吹き飛ぶネロ。混沌故おそらくダメージはないが、今はこれで上出来だ。

 残り少ない魔力を出し切り、魔眼で首元の蛇を牽制する。そこに弓塚が駆け付け、持ち前のパワーで引き継ぎった。

 

 

「アキ君、大丈夫!? ……ってあれ? 噛まれてた首以外は結構きれい?」

 

「……こう見えても、死ぬ寸前だんたんだぜ? 信じられないだろ」

 

「あ、うん……お疲れ様」

 

 

 蛇を投げ捨てて、ヒビの入ったガラス細工を見るような目でこちらを見つめる弓塚。

 

一言でこちらの苦労を読み取ってくれたっぽい。

 なんか感動。

 

 

「しかし、よく位置がわかったな。連絡手段ないのに」

 

「えっと、割れるとこまでは全部割ろうと思ってたんだけどね。ほら、そこは小学校からの付き合いだし、勘でいけるかなって」

 

「……こいつを信じた俺を褒めてやりたい、マジで」

 

 

 天井を砕いて地下へ侵入。

 入口を探すよりよっぽど効率的だが、誰にでもできることじゃない。

 

 

 化け物じみた力。

 

それがあっても、さすがに地下十メートルまで一息で砕いて穴を空けるなんてことは無理だ。

 できるだけ地上に近いところ、地下一、二メートル辺りならば、初めてこのショートカットは成立する。

 

 

(弓塚なら適任だ。志貴は論外だし、アルクェイドも弱っている中、弓塚の力だけがルートを作る頼りになる)

 

 

 しかし、問題がある。

 そもそも志貴は代行者に見張られているため、地上では魔眼を使えなかった。

 

 

 なら、代行者が監視する地上に一瞬でも弓塚を出すのは果たして見逃せることなのか。

 

 

答えは否。

 志貴に気を取られて見落とすほど愚かなはずがない。吸血鬼の気配だけならまだしも、姿を見られたら、それこそ証拠を突きつけたことに他ならない。

 

 

「―――この私に!」

 

 

 バン、っと場が弾ける錯覚。

 弓塚とともに気を引き締めて、音源の方へ振り向く。

 

 代行者の問題は後回しだ。まずは、この戦闘を乗り切ることに全神経を集中させろ。

 

 

「太陽光線式体落としだと!? 有り得ぬ、有り得ぬわ!!」

 

 

 ネロの身体からドス黒い混沌が噴出し、奴の身体を覆う。

 肩幅が広がり、腕が伸び、巨躯な化け物へと変身する。

 

 人でも獣でもない、おそらく理性すら削ぎ落されただろうソレ。

 

 

「貴様まで邪魔をするか、吸血鬼の子よ!!」

 

「へ、わたし!?」

 

「なんか琴線に触れたらしいな、お前」

 

 

 ロアの子だからだろうか。

 そこら辺の、吸血鬼事情は知ったことではないが……、

 

 

「ヤバいな、あれ」

 

「ちょ、アキ君、早く逃げないと!!」

 

 

 逃げるってどこに? と思ったが、弓塚が手を引っ張る様を見て、そりゃ地上に逃げるしかないわな、と気が付いた。

 

 身体全身を筋肉で覆ったような化け物に変化したネロ。

 あの突進は、おそらくロードローラーが時速百キロで突っ込んでくるとかそんなレベルだろう。自分で言ってて、もうどのくらい痛いかわからない。

 

 

 弓塚がいる今、逃げられる可能性はある。

 だが、逃げてどうする。そもそもこいつを倒さなければ、この戦いは終わらない。

 

 

 先に弓塚が空けた天井。後ろの空間、そして目の前の敵を見て……覚悟を決めた。

 

 

「弓塚、こっちだ!!」

 

「え、そ、そっち!?」

 

 

 全速力で坂を下る。そのすぐ後に弓塚が続き、

 

 

「死ねえええ――――!!」

 

 

 化け物が駈け出した。

 

 

「わ、早っつ!!」

 

「よし、さっちん、受け止めるぞ!!」

 

 

 きょとんとする弓塚。まぁ、我ながら何言ってんの自分、と思ってる。

 

 

「奴の突き出された腕を真剣白羽鳥。その後はひたすら力勝負だ!」

 

「む、無理だよ! あんな大きいの!!」

 

「大丈夫だって、俺も初めてだしさ」

 

「それに怖い! 凄く痛いって、絶対に!!」

 

「優しくするから」

 

「なんかシチュエーションが違ああうっ!!」

 

 

 弓塚が何を想像したか知らないが、敵は一直線にこちらへ。

 お喋りしている場合ではない。

 

 

「弓塚、集中しろ! 来るぞ!!」

 

「うぅぅ……この年で命懸けの、こんな修羅場が来るなんて」

 

 

 震えている。地面も身体も弓塚も。

 しかし、弓塚の潜在能力はネロにだって負けてない。緊張でガチガチならともかく、多少なりとも軽口を叩けるなら大丈夫だ。むしろ、俺が邪魔かもしれない。

 

 

 と言う訳で、自分を少しでも役立てるため、後一言、弓塚に伝える。

 

 

「ちなみに俺も後ろで一緒に押さえているから、最初の一撃受けそこなったら、俺も一緒にお陀仏するぞ? そこんとこ忘れないでくれよ、さっちん」

 

 

 ビクっと弓塚の身体が強張る。

 ……もしかして逆効果だったか?

 

 

 心配して顔を覗き込む。

 と、いきなりパンと弓塚は両の手で顔を一叩き。

 

 

「もう! そんなこと言われたら、失敗なんかできないじゃん!!」

 

 

 吹っ切れたように今までにない大声で叫ぶ。

 ネロが壁を、地面を削りながら駆ける轟音。それにもかき消されない声で気合いを入れる。

 

 

「それと―――」

 

 

 一瞬のうちに距離は詰まる。

 俺にできるのは、もう弓塚の背中を支えるだけ。

 

 

 

 

「さっちんって呼ばないで――――」

 

 

 弓塚の肩が動く。

 早い? いや、次の瞬間、奴はすでに目の前だ。

 

 

 

 

「――――そろそろ さつきって呼んでよね!!」

 

 

 

 

 衝突っ!

 

 血飛沫はない。ネロの腕は見事に受け止めた。

 

 だが、スピードはそのまま、ネロ・カオスは止まらない

前面の威圧、風圧が壁際に押さえつけられた俺たちに襲いかかってくる。

 

 

ガガガと壁に血の痕を残したながら後ろへ。

踏ん張っているのに、それは無意味だというように後ろへ、後ろへと押されていく。

 

 靴の底から、摩擦で炎が上がる。素足だったら、ここでアウトだ。

 

 

「弓塚っ!!」

 

「うんっ!!」

 

 

 タイミングを合わせるまでもなく、同時に力を入れて押し返す。

 俺の方は弓塚に比べれば微力にもならないが、それでも意味はあると精いっぱいの力を込めて。

 

 

「く……ぉ」

 

 

 減速。

ネロ・カオスの突進は、これで防いだ。

 

 

「ならばっ!」

 

「遅い!」

 

 

 ホルスターから最後の棒手裏剣を取り出し、投擲。

残してあった三つの刃が相手の頭部と両腕を狙う。

 

 

「愚か者めが!!」

 

 

 何をするわけでもなく、弾く。この鋼鉄の身体にそんなものは意味はないと。

 

 

(そんなことはわかってる)

 

 

 脇役は脇役らしく。

 その役目は敵の注意を逸らすこと、ただそれだけだ。

 

 

 そして、その役目は果たされた。

 

 

「――――な、……に?」

 

 

 トプリと、水にナイフを刺したように、ネロの背中に四つ目のナイフが突き刺さる。

 そして、奴の身体の腕、足の先端から、塵となって消え始めた。

 

 

「―――ま、間に合った」

 

 

 声の主はネロ・カオスの後ろから。

 自分の足では間に合わないと悟ったのか、アルクェイドに背負われたまま、投擲したポーズを取っていた。

 

 

(弓塚が来たから、その後すぐに駆けつけるだろうと賭けてみたが……。信じてよかった、主人公)

 

 

 ネロの身体が消えていくのを目の当たりにして、全身の力が今度こそ抜ける。

 壁に擦り付けられたせいで右半身がめちゃくちゃ痛い。

 

 

「はぁぁぁ〜っと、わっ!」

 

「おぶっ!」

 

 

 倒れていたところへ弓塚が尻もちついて上に転がる。思わず血を吐いた。

 

 

「…………こ、れは」

 

 

 ネロは自身の背中に刺さったナイフを抜き取り、眺める。

 ナイフを抜いても、身体の消滅は終わらない。

 

 

 

 

「…………やはり、な」

 

 

 ナイフを落とす。もう奴に身体は無くなっていた。

 

 

 

 

「――――お前は」

 

 

 呟いて、何かに納得したような顔をして、ネロ・カオスは完全に消えた。

 

 

 後に残ったのは信じられないくらいの静寂。

 

 

向こうで倒れこむ志貴の姿が。どうやら見かけ以上に疲労していたようだ。

駆けつけてやりたいのは山々だけど、何せ身体が動かない。重なったまま呻いている弓塚を察するに、どうやらこいつも限界らしかった。

 

 

(ネロを受け止めてくれたし、助けてもらったし……手柄多いな)

 

 

「……弓塚、お疲れさん。今回は本気で助かった。今度、お礼するぞ? 何か欲しいもんがあったら先にいってくれ」

 

「え、ほんと!? じゃ、その物じゃないんだけどね……えっと、わたしのこと、さつ」

 

「―――というか、今何時だ? 殺し合いになると時間間隔がおかしくって困る」

 

「はいアキさん、そんなに焦らなくてもまだ日付は変わってませんから、今後のことはテントを張るなり有間の家にお邪魔するなりして考えましょう」

 

 

 ひょいっと救急箱片手に前に現れる琥珀。

 うん、確かに屋敷が壊されたから、今日の寝る場所をどうするかさっそく考えていたところなんだが……さっきは上手く伝わらなかったのに、こういう時に限って以心伝心かい。

 

 

 俺の不機嫌の原因がわかったらしい琥珀は謝りながら、志貴に駆け寄る秋葉を指さす。

 

 

「すみませんアキさん。それ、実は伝わっていたんです」

 

「……へ?」

 

「秋葉様の策略です。しばらく走ったところで、私が秋葉様に誤解があると進言しましたところ、秋葉様が“これが最善の策よ。戦いに犠牲は付きものだわ”と仰りまして」

 

 

 ……

 

 

「琥珀、悪い。今さっき、ちょっとお前に腹立てたんだ。許してくれ」

 

「いえ、私は何もできませんでしたから」

 

 

 取りあえず、笑いかけると笑顔で返してくれた。これでよしっと。

 

 

「兄さんっ、大丈夫ですか!? あぁ、こんなに大怪我を、今すぐ手当をしますからね。……そこの女、貴女はどいてなさい! 兄さんを巻き込んで、何、あん(ry

 

 

 一難去ってまた一難。

 

 

 さしあたっての問題は今夜の寝床と、あの遠野家当主に対するこの殺人衝動をどうするかだ。

 棒手裏剣が一つでも残っていたら、背中目掛けて投げてやりたい、そんな気分で意識を落とした。

 

 

 まぁ、膝枕が気持ちいいので、多分起きた頃には忘れているだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

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憑依in月姫の中での山場、一つ終了。

弓塚を目立たせるつもりが、最後は琥珀さんが持っていく始末。どうしてこうなった。後、ネロがベホイミ並みの回復技を持っていますが、できればスルーして下さい。

突発的に書き始めたssなんで、先の展開を考えておらず(考えていたのは琥珀を助けるまで)、さてどうしようかと悩んでましたが……まぁ、何とかなりました。更新止まりましたけど。

おそらく順調にいけば残り六、七話で終わります。駄文で申し訳ありませんが、ちょっとでも面白いなと思いましたら、もう少しだけ付き合って頂けると嬉しいです。