「重い〜」

 

「なぜ下にいるし」

 

 

地下に急降下。冷たい煉瓦に滑り込むはずが、やわらかいモノにぶつかって、

 

 

「……上が騒がしくって、どうしたんだろうなーと思って出歩いてたら」

 

「俺たちが落ちてきたと」

 

 

そういえば連絡するの忘れてたっけ、とうつ伏せに倒れている弓塚を見下ろしながら反省。まぁ、テンパってたから仕方ない。

 

しかし何もタイミング悪く通りかかることもないだろうに。

ほんと運ないな、おい。

 

 

「―――って、落ち着いてる場合じゃない!」

 

 

 慌てて周囲を確認する。

 脇に抱えた琥珀は無傷。秋葉と翡翠も頭を打ったらしいが、後はかすり傷で顔をしかめている程度。

 

 

「……ア、アキ君」

 

「ん。どうした? そんな睨まれた蛙のような顔して」

 

「……せめてウサギにしてよ」

 

 

 立ち上がると同時に、俺の背後に回る弓塚。

 怯えながら、その訳を言うように指をさす。

 

 何、まさかネロ・カオス? と思ってその先を見ると、

 

 

「うっ……」

 

 

 こっちに、正確には俺の後ろに容赦なく殺気を浴びせるアルクェイドがいた。

 思わず後ずさる。

 

 

「ア、アキ君、あの人誰!? 何かわたしの身体がもの凄くヤバいって警告してるんだけど!」

 

「わかった、てか説明するからお前そこどけよ! こっちまで睨まれてるだろ!」

 

「無理!」

 

 

 頑なに離れない弓塚。確かに相手は真祖だが、少しは抵抗しろよ吸血鬼。

 その間も突き刺さる視線。間違ってもギャグに持って行けないくらいマジである。

 

 

(し、志貴はどこだ?)

 

 

 3秒睨まれるだけでもう内臓が破裂しそう。

 アルクェイドと視線を合わせないよう、志貴を探して……すぐに発見。

 

 なんと足に怪我してた。

 目を擦って、もう一度見る。間違いなく血が出てる。

 

 

「……ギャ――――!! し、志貴いいいいぃぃっ!!」

 

 

 今までで一番焦ったね。

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第十五話

 

 

 

 

 

「琥珀、救急箱は!?」

 

「消毒液とガーゼ、包帯なら持ってますが」

 

「そ、それでいい! 早く処置をしなければっ」

 

「ちょ、アキ、少し落ち着いてよ」

 

 

 慌てる俺を見て、志貴は苦笑交じりに俺を止める。

 

 

「これくらい大丈夫だって。掠っただけだから心配しないで」

 

「いやいやいや、結構ひどいって」

 

 

 志貴は怪我した右足を見て何のことでもない素振りでいうが、まだ血が流れてるのを見るととても軽傷とは思えない。

 

 重症とまではいかなくとも、戦闘に必ず支障が出る。

 走り回り相手に的を絞らせない戦いなら尚更、傷を負った状態で今までと同じ速さで動けるはずがない。

 

 

「――――っ、上!」

 

 

 鋭い声で秋葉が叫ぶ。

 紅い髪が空中を一直線に走り、獣を捕らえた。

 

 

「まだ来るわ!」

 

 

 アルクェイドも戦闘状態に。

志貴もナイフを取り出す、が足の痛みに一瞬だけ動きが止まった。

 

 グズグズしている暇はない。地下に逃げたとはいえ、それを見逃す敵じゃない。

 こっちとしても、上での戦闘は前座。監視の目が届かないであろうここからが本番だ。

 

 

 志貴の足に包帯を巻き、荒いが応急処置だけ施しておく。

 ここから先は完全に主人公まかせ。作戦通りにいかなかったが、奴を“殺せる”場所は作った。

 

 

「志貴、俺は秋葉たちを連れてここを離れる!」

 

 

 狭くはないが、外の空間と比べて決して広いとは言えない場所。

 そんなところに群がっていたらかえって邪魔だ。俺や秋葉にも戦闘能力は備わっているが、それでも志貴やアルクェイドには遠く及ばない。

 

 

「ここだったら“使える”だろ! というわけで後は任せた」

 

「アキっ――――!」

 

 

 驚く。なぜアキがこの眼のことを知っているのかと。

 

 だが、この言葉を俺が言うことに矛盾はない。

 ホテルでの戦闘で、ネロの腕を切り裂いてから眼鏡をかけて能力を封印するのを見ているし、志貴もそれは知っている。

 

それに俺は“使える”と言っただけで、能力を当てたわけではない。

 

 

 なら、驚くことは俺程度が遠く離れた代行者の存在に気付いていたことくらい。

 志貴も馬鹿じゃない。ここまで考えれれば追求する程のことでもないだろう。

 

 

 それに今は一刻を争う。

 

 思うところは志貴も同じ。上から次々に落ちてくる獣を切りつけながら、こちらの意図に応えるかのように眼鏡を外した。

 

 

「―――わかった。アキ、確かにこれ以上ないお膳立てだよ」

 

 

 そう言って、獣を“殺し”始めた。

 

 

「よし、秋葉、翡翠、琥珀、この場を離れるぞ! ただしさっちん、てめぇは残れ」

 

「え……えええええ――――!? なんで!? さっきのこと忘れたの!?」

 

「怖いのはわかるがそれでもだ、志貴のフォロー頼む!」

 

 

 取りあえず志貴が近くにいる限り、アルクェイドから手を出されることはないだろう。

 事故を装って亡き者にしてくる可能性もなくはないが……、

 

 

(志貴の怪我の方が心配だ)

 

 

 今は多分、戦える三人の中で一番遅い。

 もし今までと同じ速さで動けても、それを連続で出すには足の怪我があまりにも大きい。

 

 

「で、でも……」

 

「まだ渋るか。だが怖いっていったら、俺もさっちんを助けようとした時、凄い怖かったぞ? 殺される一歩手前までいったし」

 

「うっ……え、えっと、それを出すのはズルイんじゃないかな?」

 

「恩返し! 恩返し!!」

 

「ぅぅぅぅぅ……」

 

 

 唸りながら涙目で睨んでくる弓塚。

 よし、言い負かした。

 

 と思ったら、次は紅いお嬢様が声を上げる。

 

 

「ま、待ちなさい! 兄さんを置いて行くなんてできません。私はここに残るわよ!」

 

「秋葉様……少し空気を読んで下さい」

 

「おい秋葉っ、ここにいても邪魔になるくらいわかるだろ!?」

 

「そ、それでも……」

 

 

 少しでも兄の力になりたいのか、秋葉は懇願するように志貴を見つめる。

 

 

「志貴! 秋葉に一言頼む!」

 

「うん……秋葉、ここは危ないんだ。お願いだからアキ達と一緒に逃げてほしい」

 

「……わかりました、兄さんがそう言うなら」

 

 

 兄さん、のところを強調して言い、渋々と自分を納得させる秋葉。

 もうやだこのブラコン。

 

 

「話はまとまったな、そんじゃ撤退――――!!」

 

 

 すでにこの場は激戦区となりつつある。

 大量の獣を背に向けて、逃走経路を知る琥珀を先頭に走りだした。

 

 

 

 

 

 

「それで琥珀、私たちはどこに向かっているの?」

 

「離れの方です、秋葉様。あそこの付近に地下へ繋がる道が隠されていますので、そこから私たちは地上へ出ます」

 

「……それにしては曲がり角が多いわね。一直線にはいけないの?」

 

「あはっ、遠野家の地下は難易度高い迷路になっていますから」

 

「いつの間に……」

 

 

 冷や汗をかく遠野家の当主。そりゃ、自分の屋敷の下に知らぬ間に迷宮が作られていたなんて、驚きを通り越して戦慄するわな。

 

 

「俺でも道、わからないし」

 

 

 この間、弓塚が迷子になって大変だった。その後、弓塚は琥珀から渡された地図を片手に必死に覚えてようとしていたけど。

 

 そんな中、俺の後ろを歩いていた翡翠が挙手。

 

 

「あの……道以前に、私には状況がわからないんですが……」

 

「貴女はわからなくても構わないわ」

 

「翡翠ちゃんは知らなくても大丈夫よ」

 

「ああ、翡翠には関係ないしな」

 

「…………」

 

 

 何か翡翠の姿が縮んでいく気がするが、気のせいだろう。

 

 

「でもアキ、この状況は本当にどういうことなの? ことと次第によっては、貴方の首が跳ぶわよ、物理的に」

 

「ははっ、相変わらず秋葉は冗談が上手いなぁ」

 

「遺言はそれで終わり?」

 

 

 そう言ってまた黒髪から赤髪へと変貌する秋葉。

 冗談くらい流せよ。てか翡翠の前なんだから自重しろ。

 

 

「……志貴が強い吸血鬼に狙われて、そこに武力介入したらこうなった」

 

 

 嘘は言ってないな。

 

 

「あの金髪の女は裏の世界での兄さんの知り合い、でしたっけ? 琥珀の説明によると」

 

(よし、上手く説明してくれてる)

 

「貴方の近くにいた吸血鬼は? 何も報告は受けてないけど、屋敷の下はいつから吸血鬼のねぐらになったのかしら?」

 

(オワタ)

 

 

 言い訳考えてなかったわ。

 琥珀の方を見て……無言の笑顔だった。そういえば琥珀にも特に詳しいことは言ってなかったっけ。

 

別に気にしてないって言ってたはずだが、実は怒ってたのか? どちらにしても助け船は貰えそうにない。

 

 

「……ク、クラスメート?」

 

「……」

 

 秋葉からの視線が痛い。

 

 

「だ、大丈夫だぞ。何も悪いこと企んでないから! 成り行きで吸血鬼になっちゃった不幸な子なんだよ。本当に」

 

「そう。でも、もしそれが本当だとしても、なぜ当主である私に一言もなかったのかしら?」

 

(\(^o^)/)

 

「……あ、あの、何の話かわかりませんが、アキくんをそんなに苛めなくても……」

 

「黙ってなさい、翡翠」

 

「……」

 

 

 さらに縮む翡翠。庇ってくれたのは嬉しいが、翡翠じゃ無理だったか。

 

 

「あ、そろそろですね。ここから上り坂になってますから、足元に気をつけて下さい」

 

 

 と、琥珀が三人の間に入ってくる。さすが空気の読める子。

おそらくは翡翠が可哀そうだったからだろう。良い姉だ。ついでにこっちにも助け舟。

 

 

「アキさんも秋葉さまも、話してないで早く行きましょう。状況を考えれば、立ち止っている場合ではないですよ?」

 

 

話は終わり、とばかりに琥珀は翡翠の手を引いて先に進む。

 

 

「ん? そういえばなぜに急に上り坂? それに何がそろそろなんだ?」

 

「出口は地上なので、そこまで上がらなければいけないでしょう。階段でもよかったんですけど、転ぶと痛いですから」

 

 

 暗闇の先を見ても、結構急な坂だとわかる。そして長い。

 確かに階段にでもして転がった日には、一般人なら余裕で死ねる。

 

 

「……ほら、秋葉も行くぞ。さっきのことなら、この騒ぎが終わった後にきっちり説明するから」

 

「……はぁ」

 

 

 溜息を吐く。

 呆れられたかもしれんが、仕方ない。ロアを倒して事件が収まるまでは、大事なことは話さない方がいいだろう。

 

秋葉の性格からして、関係ないことにも首を突っ込みそうだし。志貴が関わっているのなら尚更だ。

 

 

 秋葉の腕を掴んで、琥珀と翡翠の後を追いかける。

 

 

「……兄さんもアキも、こっち側とは無関係でいてほしかったわ……」

 

「何か言ったか?」

 

「……別に」

 

 

 振り向いて秋葉の顔を見ると、最高に不機嫌な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

小説置場へ

 


前の話を書いてからだいぶ間が空いてしまったので、文章がおかしいかもしれません。

話も短いですが、読んで下さった方に感謝を。