「……天目一個、ミステス、だと?」

 

「あぁ」

 

「ふん、それがどうした」

 

「ギャ―――!!」

 

 

 途端に降り注ぐカラスの弾幕。頭に当たれば即死亡の超凶器。

 横っ跳びに転がって避ける。そこに追撃の弾丸が二つ。一つは魔眼、もう一つは短刀を使って何とか弾く。

 

 

「……ほぅ“歪曲”の魔眼とは珍しい」

 

「もうバレた……」

 

 

 二回しか使ってないはずなのに、さすがは元魔術師の二十七祖というわけか。

 態勢を立て直す俺を一瞥して、ネロは上の階へと視線を向ける。

 

 

「興が冷めた。もっとも、始めから興などなかったが……。

 遊びは終わりだ。目的を果たすとしよう」

 

 

 途端、奴の身体を中心に全身を黒に染めた獣が溢れ出す。

大小様々、それらは四方八方に散らばり、駆ける。同時に一斉に広がるパニック。無数の絶叫が響き渡った。

 

 

「くそっ―――!!」

 

 

 周囲を気にしている場合じゃ無い。何の因果か、俺の方へ向かってきたのは敵意満々のエレファント(象)。

 ちゃちな飛び道具や短刀でどうにかなる相手ではない。

 

 

「っく、凶れええええええええぇ――――ぐぼおっ!!」

 

 

 どこも曲がりませんでした。

 

長っ鼻を思いっきり叩きつけられて壁際まで吹き飛ばされる俺。

全身打撲だが、頭は守ったおかげで無事。何とか一命は取り留める。

 

 

 だが、まだ俺が生きているのは象の方もわかっているらしい。

その証拠に、次で息の根を止めてやるとデンプシーで突っ込んでくる象の姿が。何かデジャヴュを感じる。

 

 

「ア、アキ!!」

 

「ネロ・カオス!? 貴方までこっちに来てるとはね!」

 

 

 地獄に入る一歩手前、駆け付けた志貴が俺を抱えて突撃を避ける。

アルクの声が聞こえた後に、破砕音が響いた。もうアルクとネロの戦闘は始まっているのだろう。

 

 

「お、おいアキ、大丈夫!?」

 

「アキさん、早く起きて下さいよ!」

 

「痛い痛いっ! 二人でビンタしないでくれ、しかも本気で!」

 

 

 朦朧としていた意識がはっきりする。頬は腫れてるが、怒鳴りながらも二人に感謝。

危うく解説しながらフェードアウトするところだった。

 

“始まっているだろう”なんて、その後に“俺はもうダメだが”と続いてもおかしくない文だし。

 

 

「そ、そうだ、状況は!? てかあの象は!?」

 

「象なら殺した。今はアルクが敵と交戦中。ホテル内はパニックで、その原因の一つが外に出れない事」

 

「出れないって、まさか結界か!?」

 

「多分ね」

 

 

 獣の群れがフロア一階を埋め尽くす。

大勢の人は上の階へと逃げ惑うが、家族とはぐれ、一階に取り残された人も数多い。

 

 

「いや、だがこの形に持ってきた今がチャンスだ。

 志貴、聞いてくれ! 奴は全部で六百六十六の命を持つため、アルクじゃ殺しきれない。奴を消し去るには“ネロ・カオス”の命そのものを――」

 

「あ、大変です! あそこで鹿に襲われてる園児(女の子)が!!」

 

「うおおおおおおおおおおおぉぉ――――!!!」

 

「ちょ、待て志貴! 話は最後まで……」

 

 

 行っちまった。あのロリコン、話も聞かないで行っちまったよ。

 

 

「アキさん、私たちも急いで一般人を避難させないと!」

 

「あ、あぁ……って琥珀? あれ、お前この状況怖くないの?」

 

「今さら何言ってるんですか。アキさんが怪物と対峙していた時、志貴さんを呼びに行ったのは私ですよ?」

 

「嘘!? お前よく動けたな、あの状況で」

 

 

 秋葉との関係で吸血鬼云々は知っていても、実際に見るのはこれが初めてのはず。

 

 

「それは、とても怖かったですけど……アキさんは肉食獣を前にした雀って感じでしたから、早くしないとアキさんが喰い殺されてしまうと思って必死に。

……心配したんですよ?」

 

「スズメって……」

 

 

 心配でそこまで動けるなんて、大したものである。

 まあ、動いてくれなきゃ死んでたんだけどさ、実際。

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第十三話

 

 

 

 

 

 

「アキさん、後ろからヤギが!」

 

「おし、任せろっ!」

 

 

 棒手裏剣で牽制、三角跳びで廊下を駆け、手にした短刀で首を跳ねる。

 この短刀、遠野家発注だけに切れ味は抜群である。

 

 

「皆さん、慌てず速やかに上の階に避難して下さい。エレベーターは使わないで階段でお願いします!」

 

「やばい、マジで疲れてきた……」

 

「アキさん、下の階からライオンが!」

 

「無理! それは無理っ!」

 

 

 ネロ・カオスを志貴とアルクに任せ、俺は琥珀と一緒に一般人を避難させる。

 混乱の中、怪我をする人も大勢いる。その人たちを運ぶのを、もちろん獣たちは待ってくれない。

 

 

「耳ふさげ――!! プラスチック爆弾、起爆っ!!」

 

 

 轟音。壁もろとも百獣の王を吹き飛ばす。

 ここは五階。しぶとい混沌とはいえ、さすがに原形を留めてはいられまい。

 

 

「はぁ、はぁ……琥珀、このフロアに人は?」

 

「もういないかと。大分襲ってくる獣の数も減りましたし……」

 

「お前も疲れてるな。琥珀は頑張ったんだから、後はここで休んでろ」

 

「はい、そうさせて頂きますね……ってどこに行くんですか、アキさん!? 急に走って」

 

「いや、どこって志貴のところだけど……」

 

 

 避難する際、何十の獣を始末したが、ネロから出てくる獣は“殺す”ことはできないのだ。

 先ほど爆殺したライオンも、すでにネロの体内へ還って再生されているに違いない。

 

 そしてそれらが襲ってこないという事は、すなわち下での戦闘が激化しているという事。

 

 

「し、死んじゃいますよ!?」

 

「大丈夫だって、ちらっと見てくるだけだから」

 

「余計に心配です。でもアキさんですし……いや、でも……」

 

「何ぶつぶつ言ってるんだよ」

 

 

 俺を信用してるのか、微妙にしていないのか。

 “正しい人”と言っても心配なものは心配らしい。

 

 

 しかし、琥珀には悪いがここは譲れない。

 場合によっては見るだけでなく、加勢する。大した事はできないが、それでも志貴に何かあった後では手遅れになる。

 

 今打てる手を、油断せずに打つ。それが生き残るための条件。

 俺が死んだらゲームオーバーじゃない。俺にとっては、志貴か自分、どちらかが死んでしまった時が終わりなのだ。

 

 

「夕飯までには帰るから、安心して待ってろよ!」

 

「な、何ですかそれはっ!!」

 

 

 琥珀は叫ぶが、腰は落ちたまま持ち上がらない。

相当、疲労が溜まっていて、しばらくは立ち上がれないだろう。

 

 

「ちょっと、アキさ――――ん!?」

 

 

 遠ざかる琥珀の声を聞きながら、階段まで駆ける。

 跳び下りること数回、聞こえるのは自分の乱れた息にバクバク煩い心臓の音。

 

 

 そして、奴の叫び声も聞こえた。

 

 

「何故だ、何故再生しない!? たかが人間に切られた如きで、この私の腕が!!」

 

「ふふ、油断してるからそうなるのよ、ネロ・カオス」

 

 

 身体半分のネロ・カオスは、自身の肩を見て驚愕の声を上げていた。

アルクの姿が見えないので探してみたら、ネロの“創世の土”に囚われて地面に(ひざまず)いている。

油断してるとか、お前が言うなよ。

 

 

志貴の元に無数の獣を突撃させるネロだが、どの獣も志貴を傷つけるには至らず“殺されて”いく。

 

 

「……ふつくしい」

 

 

 思わず見とれる戦闘技術。

 学ランの裏に隠してある何十本のナイフをどっかの弾幕七夜のごとく投擲し、近づく前にほとんどの獣を仕留めている。

 

 近づいても、志貴は獣より速く、俊敏に動いて一瞬のうちに消滅させる。

 多勢に無勢なのが、志貴が攻めきれてない原因だが……このままでは千日手、いや、ネロの方が確実に沈む。

 

 

「人間一人相手に、よもや私が満身の力でいかなければならないとは」

 

「その必要はない」

 

「――――なっ!?」

 

 

 やむなくアルクを解放。創世の土を取り込み、右腕は落とされているものの、本来の姿に戻ったネロ。

 だが、その隙を今の志貴が見逃すはずもない。

 

 

 一足で懐に入り、腰元に掲げたナイフを伸ばし―――、

 

 

「―――っち」

 

「志貴!?」

 

 

 前転して通り抜けた。すぐに立ち上がり、志貴はネロから大きく間合いを取る。

 そして何を思ったのか、ポケットから眼鏡を取り出し、かけた。

 

 

「ちょっと、どうしたのよ、志貴!?」

 

 

(何だ、何があったんだ?)

 

 

 アルクの叫びにも、志貴は答えようとしない。

 まだ戦闘は続いている。ネロの方を見てみるが、奴が消滅する気配はない。

 

奴自身も、半ばあっけに取られているように見える。

獣の姿は一匹もなく、志貴の動向を気にしているようだ。

 

 

(志貴は眼鏡をかけているが、戦闘放棄をしたわけじゃない。現にナイフを構えたまま、戦闘態勢は崩していない)

 

 

 だったら何だ。志貴がネロに(とど)めを刺さなかった訳。

 いや、そうじゃない。真に考えるのは、志貴が“直死の魔眼”を封印したその行動。

 

 

(だったら、俺は会話の中からすでに答えは貰ってる)

 

 

 ネロ、志貴、アルクの三人から目を離し、意識を向けるのは建物の外。

 入口付近からならギリギリ見える、数軒離れたビルの屋上。

 

 

微かに確認できるその姿は、法衣を着こみ黒鍵を持ち、そしておそらく編み上げブーツを履いた代行者。

“異端狩り”の組織『聖堂教会』の中でもさらに異端審問に特化した組織『埋葬機関』の第七位。

 

志貴が魔眼を使えない理由が、そこにいた。

 

 

「人間……貴様を、我が障害として認めよう」

 

「っ! 待ちなさい、ネロ・カオス!」

 

 

 ネロの身体が段々と地面へと沈んでいく。

 アルクが爪を振り下ろす頃には、奴は捨て台詞を残して消えていた。

 

 

『――――この屈辱、許しはせん』

 

 

 ……場の空気が軽くなる。

ふと先の場所に目をやると、すでに代行者の姿も消えていた。

 

 

「アキさん、無事ですかー!?」

 

「…………はあぁ」

 

 

 階段を駆け降りる音と、怒っているような、でも心配しているような琥珀の声。

 辺りは戦いでグチャグチャ。だが構わず大の字になって、床に背をつけ溜息を吐いた。

 

 

 夜はまだ終わっていない。

 

 それでも、こうやって無事生き残れた事に感謝を。

 一時の安らぎを、今はゆっくり噛みしめたかった。

 

 

「お、おいアキ、大丈夫!?」

 

「アキさん、まさか死んじゃったんですか、アキさん!?」

 

「痛い痛いっ! だから二人でビンタするな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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戦闘シーンが短いのは、やっぱりダメでしょうか? あんまり短いと、話ではなく単に出来事を繋げてるように見えるとか。

そこの所、読者から見てどうでしょう……(゚_゚i)

アルクが空気すぎるのは……この先、アルク用に一話使えば何とかなるかな?