「上手く崩れてくれて良かったよ。

でなけりゃあいつの腕の一つや二つ、切り落としていたところだからね」

 

 

 志貴は手に持つナイフを折りたたみ、ポケットへ。

 眼鏡をかけ、崩れさったビルを見据えてそう言った。

 

 持っていたナイフ、外していた眼鏡。その一連の動作で今さっきの出来事を思い出す。

 

 

「崩れてくれてって……まさか、あれって志貴の仕業か!?」

 

「助けるためにはそれが一番……もしかして何か不味かった? アキ、明らかに落ち込んでるよね?」

 

「……いや、気にしないでくれ」

 

 

 まぁ、あんな都合よく透視能力が目覚めるのもおかしいし……。

 

 藤乃じゃないもんな。だいたい透視ができたとしても、柱を折る程の出力が無いことを忘れちゃいけない。

この身が中途半端で弱いのは、八年間、必死に鍛えてきた自分自身が良く知っている。才能無いのも。

 

 

(……嬉しかっただけに、とてもショックだ)

 

 

志貴に気遣われても困るので、内心で落胆しておく。

 

 

「とにかく助かった。志貴がいなかったら間違いなく死んでたからな」

 

「……本当はアキを傷つけた吸血鬼を殺してやりたかったけどさ、あいつはアキにとって大事な存在だってわかったから」

 

 

 瓦礫の山を睨みながら、少し呆れたように言う志貴。

 

 

――――ん? ちょっと待て、

 

 

「今、大事な存在って言ったよな、志貴。お前、なんで知ってる?」

 

 

 志貴とは今、会ったばかり。

俺と弓塚の仲を、志貴が知っているはずがない。

 

 苦笑いをして目線を俺へ。

志貴は申し訳なさそうな顔をする。

 

 

「アキとあいつの会話、隠れて聞かしてもらってたんだ」

 

「……いつから見てた?」

 

「アキが吸血鬼に追いかけられているところから。すぐに殺してやろうと思ったよ、吸血鬼」

 

 

 でもアキはわざと遅く走ってたし、何より表情が恐怖一色ではなかったから。

 だから、しばらく様子を見て、アキの意図を探ろうと――――そう志貴は続けて言った。

 

 

 ……志貴の口調から察するに、弓塚をやたら敵視しているような気がしてならない。

もしかしたら吸血鬼が嫌いとか?

 

 何はともあれ、弓塚を殺さないでくれて良かったと思う。

 

 

「しっかし危ないな。俺の身体能力は志貴ほど高くないから、一歩でも間違えれば死んでたぞ、俺」

 

 

 志貴が来てくれた事で、今までの緊張がどっと抜ける。

 

殺し合いの世界は、一般人にはきつすぎた。

訓練はしていても実践経験がまるでないので、精神的摩耗がとてもでかい。

 

 

 その場に座り込む。身体……もそうだが、精神がすでに限界だった。

 

疲労で立っていられなくなった俺に、志貴は微笑む。

 

 

口にするのは先ほどの返事。

 

 

 だが、笑って言葉を紡ぐ志貴が、どうしても原作と被らなかった。

 

 

 

 

「大丈夫。その時はあいつがアキに触れるより早く、俺があいつを殺してたから」

 

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第九話

 

 

 

 

 

 

「――――っ、げほっ、げほっ」

 

 

 ガラリと崩れる瓦礫の音に、そちらを向く。

 

 

「あなた……誰なの?」

 

 

 呟くように小さい言葉。

 瓦礫の中から姿を現した弓塚は、ゆっくりと顔を上げて――――俺ではなく、志貴を見る。

 

 その眼は俺の時とは違う、敵を見る眼。

弓塚の瞳は真紅に染められ、威圧感が先の比ではなくなっていた。

 

 

「アキ」

 

「……な、なんだ?」

 

 

 声を振り絞る。

志貴が隣にいなければ、おそらく声も出せはしない。

 

 

「アキはあいつを殺したいんじゃなくて止めたい、でいいんだよね」

 

「ああ、頼む」

 

 

 俺の言葉を聞き、頷く志貴。

 前で結んでいた紐を解き、背中にかけていた筒を手にした。筒の長さは一メートル程。

 

 

 そこから三つの武器を取り出した。

 

 刀と棒状の物体を二つ。

 ……筒には何かしらの魔術がかけられているらしい。どう見ても筒より取り出された刀の方が長く見えた。

 

 

「これを持ってて。あいつにアキを襲わせる気は毛頭ないけど、万が一でもこれがあれば守ってくれるから」

 

 

 そう言って古刀らしき物を渡される。

刀の使い方なんて全く知らないが、守ってくれると言うので、言われた通りに握っておいた。

 

対して志貴は一対の鉄棍を構える。

大きさは太鼓のバチと変わらない、いつか見たことのあるソレは――――

 

 

「まずは意識を断ち切る。そこから先は、アキに任せるよ」

 

 

 志貴が構え、弓塚に向かって疾走する。

 

その姿はかつて七夜の里で見た、七夜黄理が獲物を狩る姿に酷似していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――邪魔しないでっ!!」

 

 

 弓塚が剛腕を振るう。

遠く離れているにも関わらず、地面を抉り瓦礫を粉砕する音が大きく響く。

 

だが志貴には当たらない。弧を描いて振るわれる爪は、まるで肉を引き裂く気配がない。

 卓越した回避能力を見せつけながら、攻撃の合間を縫って志貴は鉄棍で突き、叩く。

 

 避けて突く。避けて叩く。

 

 

「やああっ!!」

 

「――――ふっ」

 

 

 ひたすらに二十手、その光景が繰り返された後……志貴は大きく後ろに跳んだ。

息を乱した様子はない。

 

だが、息が荒い弓塚もそれは喉の渇きによるもの。志貴の攻撃でダメージを受けているようには見えない。

 

 

「……どうしたの、これで終わりなのかな、殺し屋さん?」

 

「そうだな」

 

 

 もとから会話する気がないのか、一言、冷たく言い放つ。

 

 

 

 

「お前の強度は把握した。ほんとは殺してやりたいが――――」

 

 

――――殺したら、俺の家族が悲しむからな。

 

 

「え?」

 

 

 志貴が消える。

 

 いや、実際には消えていない。

志貴が魔術を使った素振りはないのだから、消えるといった表現はあり得ない。

 

 

だが一瞬で後ろに回り込まれた弓塚には、きっとそう見えただろう。

 

 おそらく四連打。早くてよく見えなかったが、志貴は弓塚の首を強打した。

 

そして弓塚は、あっけなく地面に崩れ落ちた。一滴の血も流さずに。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 もぞもぞ動く。そろそろ起きる五秒前……

 

 

「――――っ――あ、あれ……わたし」

 

「すかさず注入っ!!」

 

「もごっ!?」

 

 

 輸血用血液パックを弓塚の口にぶち込む。

血がいくらか零れて服が赤く汚れるが気にしない。

 

 

「ご、ごく……な、何か飲んじゃったんだけど……」

 

「血だろ、A型の」

 

「ちょっ、変なもの飲ませないでよ!?」

 

「いや、結構いけるぞ?」

 

 

 目の前でストローを指し、チューチューと飲んでみせる。

 案の定、あんぐりと口を開けて驚くさっちん。

 

 

「え、アキ君も飲めるの? ……だ、だよね。ちょっと美味しいもんね、血って」

 

「ああ、鉄の味がとってもヘルシーだよな」

 

「そうそう。あ、アキ君のやつと私の交換しない? そっちがどんな味か飲んでみたいよ」

 

「ごめん俺のトマトジュース」

 

「ふぇえええ――――!?」

 

 

 慌てて口に含んだ血を吐き出すが後の祭り。

 

血を普通に飲んでいる姿を見られて、かなり気まずそうである。

膝を抱えてさも恨めしそうに俺を睨む始末。

 

 

「いやいや、こうしないとさっちん飲まないだろ? まさか全部ぶち込むわけにもいかないし」

 

 

 輸血パックとストローは志貴に盗って来てもらった。

誤字にあらず。軽やかな犯罪だが……今度、献血に行っとけばいいだろう。

 

さすがに大量に盗ってくるのは不味いので、頼んだ数は少ない。

よって無駄に零しすぎると、足りなくなるなんて惨事も起こるのだ。

 

 

「うぅ……それでも……な人に、変な姿を見られるのは恥ずかしいもん」

 

「ん? 何を恥ずかしがってるか知らんが、恥ずいのだったら俺もあるぞ」

 

 

 主に戦闘力の無さが。

 弓塚は横で今だに項垂れてるが、俺としてはいつもの様に会話できることが確認できたのでさっさと本題に入る。

 

 

「まあ、そこら辺は置いといて……さっきまでの事、覚えてるか?」

 

「さっき? ……ん、ん? ……ああああああああぁ――――!?」

 

 

 疑問に首を傾げるも束の間。

しっかりと思いだしたらしい弓塚は、すぐに俺を見て泣き始め、頭を下げた。

 

 

「わわ、ごめんアキ君。私すごい変なこと言ってなかった!?」

 

「言ってた、というかしていた。殺す気ないとか言いながら喉元掻き切る気が満々だった」

 

「一緒の高校、とか言ったような……うわ〜、は、恥ずかしいよぅ」

 

「そっちかよっ!」

 

 

 突っ込む……程の気力はない。だってこいつ固いし。

 

 もう喋る気力もあまりないので、根尽きる前に大切な事を聞いておく。

 

 

「弓塚は……俺の血を吸いたいと思うか?」

 

 

 赤らめていた頬が、冷める。

 そっぽを向いて答える弓塚。

 

 

「……それってイジワル。……絶対、アキ君なら聞かなくたってわかるのに」

 

「ならもう一つ。まだ人を殺したいと思うか?」

 

「う……そ、それはもう無いけど」

 

 

 血を飲んだら落ち着いたし……と、弓塚は小声で付け足す。

 

襲った事をすまない、と思っているのだろうか?

 血を飲んだ事を、普通じゃないと思っているのだろうか?

 

 

 

 

 もし、そうだったら――――

 

 

「もう、大丈夫っぽいな、お前」

 

「へ?」

 

 

 優しく頭を撫でる。これは単に嬉しさから。

 

 

「いつもの弓塚に戻って良かった。

吸血鬼だけど、俺も一般人とはちょっと違うし、少なくとも友人って関係は変わらないままだ」

 

 

 社会的立場を失ったのはつらい。

が、化け物にならずには済んだ。

 

 

「誰の言葉かは忘れちまったが、化け物の定義とは“理性のある状態で人を殺したいと思うモノ”だそうだ」

 

 

弓塚は吸血鬼になってしまったが、そういう意味では化け物じゃない。

 

 

「だから――――取りあえず、今日は俺の部屋に来るんだ」

 

「へ?」

 

「そこで、これからの事を考えればいいだろ? 時間はたっぷりあるからな」

 

「え、えええっ!? アキ君の家で……こ、これから夜なのに……!」

 

「ばっ、時間帯言うのやめい。こっちまで変に緊張するだろっ」

 

「あ……ははは、そ、そうだね」

 

 

 照れ笑いする弓塚の横に座る。

 ビクッと隣が震えたような気もしたが、身体がだるく、そのまま瞼を閉じた。

 

 

「その前に、少し眠らないか? さっちんもかなり疲れてるだろうし?」

 

「おぉ、良くわかったね」

 

「そりゃわかるって」

 

 

 弓塚は吸血鬼になったばかり。

 それで、あれだけの力を振るったのだから、疲れてない方が逆におかしい。

 

 

「夜中になるまでゆっくり寝て、それから動こう。どっちにしても、その恰好じゃ……」

 

「……血まみれだもんね……あ、でも寝る前に、って寝ないでよっ! 一つ、言っておかなきゃいけないんだから!」

 

「…………ああ、どんな?」

 

 

 隣で弓塚が眠たそうに、だが拗ねた感じで俺を睨み、

 

 

「さっちんって呼ばないでって言ってるでしょ!」

 

 

 さっき聞けなかった言葉を、口にした。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 眠った弓塚。

 それを合図に数分後、志貴が目の前に姿を現した。

 

 

「……ありがとな、志貴」

 

「こっちこそ、帰ってきてすぐにアキの役に立てて嬉しかったよ」

 

 

 交わす言葉は一言だけ。

 そもそも志貴にはもう大丈夫だと伝えたのだが、少しでも危険があると言って聞かず、安心できるまで待機していたかったらしい。

 

 世話をかけたため、それを含めてのお礼。

 志貴はもう用はないのか、帰ろうと背を向ける。

 

 

「――――志貴、一つ聞いてもいいか?」

 

 

 その背を呼び止める。

 

聞きたいことは山ほどあるが、俺も今は眠い。

だから、ずっと深く、あの日から気になっていた事を聞く。

 

 

 

 

「……何で、魔法使いについていった?」

 

 

 志貴は止まって振り向く。

 

その顔を見て――――悲しそうな顔をしている事が、意外だと思った。

 

 

「……アキの……背中に傷、残ってる?」

 

「傷?」

 

「うん、ちょうど十字架みたいにさ」

 

「あー、まあな」

 

 

 八年前、四季と戦った時に抉られた場所。

 

 

「その傷がきっかけで、ついていく事にしたんだ」

 

「……関係なくないか?」

 

 

 傷を受けたのは俺であり、志貴ではない。

 それに傷なら、志貴の胸にだってあるはずだ。

 

 

「違うよ。傷そのものを言ってるわけじゃなくてね…………」

 

 

 一拍置いて、空を見上げる。

 薄暗い路地裏の中で、志貴はまるで懺悔しているように言葉一つ一つに後悔をのせる。

 

 

「とてつもなく自分が情けなくて、そんな自分が死ぬほど嫌になったんだよ……」

 

 

 

 

 ――――八年前のあの日、アキに何度も手を引かれて助けられたこと

 

 四季の形相に怖がっていただけの自分を、励ましてくれたこと。

 

 最後にはアキが自分の身代りになり大きな怪我を負ってしまったこと。

 

 

 もっと自分が動ければ、あんなに迷惑はかけなかった。

 

事あるごとに身が縮み、身体が鉛のように重くならなければ……防犯装置を壊した後、馬鹿みたいにアキと四季に近寄らなければ。

 

 

 同じ年のアキは、何度も四季から庇ってくれた。

その明らかな自分という足手まとい。

 

 

「友達で、家族だったはずなのに守られてばかりで……だから今でも思う。何でもっとあの時、ってね」

 

 

 志貴は自虐的に言葉を並べる。

 

まるで、八年前の出来事全てが自分の落ち度であると言わんばかり言い方に――――こいつは後悔しているのだと、怖いくらいに伝わってくる。

 

 

「病院で目覚めて……色々あったんだけど、考えれば考えるほど泣いたんだ。

それで無我夢中に外に出て……先生、魔法使いに出会った。

 その人についていけば、弱い自分が変わると思った。その時は、アキにもどんな顔で会えばいいのかわからなかったしね」

 

「……それじゃあ、志貴がいなくなったのは俺のせい、」

 

「違うよアキ。アキのおかげで強くなれたんだ――――これでもう、家族を守れる」

 

 

 最後だけ、志貴は笑った。今までと違い、心の底から嬉しそうに。

 

 

「……志貴」

 

 

 少しだけ、志貴の吸血鬼に対峙した時の態度に納得する。

 

強い家族愛、そんな言葉が合うだろうか。

相手が吸血鬼でなく人間でも、家族誰かの敵であれば、あの時の志貴の冷徹さはまた再現されるに違いない。

 

 

「……そっか、ならしっかりお礼を言っとかないとな。

 ――――守ってくれて助かった。ありがとう、志貴」

 

 

 後ろ姿から振り返ったままの志貴は、照れたように鼻をこする。

 

 

 その笑顔は子供のように純粋で、

 

 

 他の何よりも負けないほどに、満たされていた顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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掲示板で色々とご指摘を頂いたので、取りあえずは今までよりテーマを強く意識して書く事に。

目指せ理解しやすくて読みやすいSS

今回は志貴の性格、考え方を読者に伝える事。戦闘の描写が短いのは、まだまだ技量不足だと痛感します。