時期は三月。

 卒業式を終えて、各々が高校生となる準備を始める春休み。

 

 しかし今、そんなゆとりは消え、慌ただしくも受話器の前で言葉を交わす。

 

 

「嘘だっ!!」

 

 

 ……古いネタをやってる場合でもない。

 

 

『いきなり叫ぶな、耳がおかしくなるだろ』

 

「すまん……それで本当なのか有彦? その話は」

 

『ああ、他のクラスにも同じような奴が数人いるらしい』

 

 

 友人の言葉に頭を抱える。

 この時のために準備は整えていた。しかし“この時”に先を越されてしまえば、準備なんてしていなかったのと変わらない。

 

 三咲町で起こった猟奇殺人事件。

新聞の一面には、昨晩起きた“全身の血を抜かれている”奇怪な事件と、その被害者数人の名前が書かれてあった。

 

そして原作と約一年のズレに加え、決定的な運の悪さがこの数年間の計画を破壊する。

 

 

 

 

――――昨晩から弓塚が行方不明。心当たりのある者がいたら、至急、担任に連絡せよ。

 

 

 日も沈み始めたこの時間。

 そんな連絡網が、遠野家の俺へと回ってきた。

 

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第八話

 

 

 

 

 

 

(弓塚が行方不明……ってことは間違いなく殺されてる)

 

 

 そこは原作と同じ。

 

弓塚は吸血鬼のずば抜けた資質がある。若干、変な言い方だがそれ以外になんて言えばいいのかわからないので仕方がない。

俺が原作に介入しても、弓塚のそれは変わってないだろう。

 

 資質に恵まれた弓塚は、一晩で人間から死徒へと変化する。

 

 

「――――とにかく急ごう」

 

 

 自室に行き、引出しにしまってある七つ夜を取り出す。

 

原作では弓塚が学校に来なくなってから志貴と会うまでに数日の間があった。

そこから考えて、弓塚の自我が人間寄りのうちに会うことで、なにかしら打開策が見つかるかもしれない。

 

 

 まだ寒さが残っているため上着を羽織り、玄関を通じて外へと出る。

 

 

「アキくん、今からお出かけですか?」

 

「ああ、琥珀と秋葉にはもしかしたら遅くなるって言っといてくれ」

 

 

 門の前に立っている翡翠に伝言を頼み、俺は弓塚がいるであろう場所に向かった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 猟奇事件が早まったのは、四季が琥珀の感応能力を受けられなかったからだろう。

 

感応能力による自我の強化がされなかったため、ロアの顕現がその分早くなり、それによって猟奇事件も早まった。

全ては槙久を殺す時、魔眼の解放とともに自分も気絶してしまい、そのため瀕死状態であった四季を逃がしてしまったのが原因だ。

 

 

(だが、猟奇事件のタイミングが違うのは痛すぎる……)

 

 

 もしかしたらと思ってはいたが、考えたところで対処のしようが全くない。

 

まさか資質があるからと言って、弓塚を事件が起きる前に殺してしまうわけにもいかない。

仮にも友人だし、それじゃ可哀想すぎる。

 

 

で、同情してたらこうやって問題が発生だ。

 

死徒となった弓塚の実力は正真正銘の化け物だ。今度はこっちが死ぬかもしれない。

 

 

「――――と、そんな事を考えているうちに」

 

 

 原作で志貴と吸血鬼弓塚が出会った路地裏へと到着。

 どことなく異様な雰囲気が感じられるのは、この身に流れる血のおかげか、それとも誰でも感じられるものなのか。

 

 

 足音を殺し、さらに奥へと歩を進める。

 すでに確信に近い気配。

 

暗闇に囲まれたそこに、壁を背に体育座りしている姿が微かに見えた。

 

 

奇襲をかけるか、声をかけるか……ふと、選択肢が頭に浮かぶ。

 

ここから先は慎重に動かなければなるまい。セーブはできないのだから。

努めて冷静に心を沈ませる。ここは己の力量を正確に判断し――――

 

 

「――――弓塚、か?」

 

 

 声をかけた。

 

俺の魔眼では屈強なる吸血鬼弓塚を一瞬で殺すには至らない。出力弱めは八年経った今でも変わらないのだから。

 まあ、例え殺せるとしても、俺はそこまでKOOLじゃない。

 

 

「え、もしかしてアキ君?」

 

「こんばんわ久しぶり」

 

「う、うん。ほんと久しぶりだね……」

 

 

 声を聞いた感じでは、いつもの弓塚と変わらない。

 が、その声は明らかに強がっている。七年間も友人をしているのだから、そのくらいはわかってしまう。

 

 暗闇に目が段々と慣れていく。

 弓塚の姿は春休み中だったからか制服ではなく私服。俺が来たことを知ってか先とは違い、立ち上がり構えて? いる。

 

 

(……こいつ)

 

 

 弓塚の顔には見覚えがある。

 以前、琥珀が槙久に初めて犯された夜、倒れていた琥珀に声をかけて向けられた顔。それと同じ。

 

 何をされたかわかるけど、解りたくない。そんな表情。

 

 

「弓塚……」

 

 

 あの時と同じ。安心させなければと近づく。

 

 

「――――来ないでっ!!」

 

 

 瞬間、腕が薙ぎ払われる。

本人は意識していないだろうが当たれば人を殺す速度のソレは、後ろに避けたにも関わらず俺の頬を掠った。

 

 

「お、おい弓塚、少し落ち着け!」

 

「……あ」

 

 

 ビクッと手を止める弓塚。

だが弓塚は俺の声に反応したわけじゃない。その証拠は目線をたどればすぐにわかる。

 

 

「アキ君の……血」

 

 

 指先についた血を、ぺろりと口に含み、舐める音。

 そして、段々と息の荒くなる、弓塚の喘ぎ声。

 

苦しそうに喉を押さえる弓塚を見て思う。

……地雷、踏んだかもしれない、と。

 

 

(まぁ、覚悟はしてたけど……)

 

 

 決着のつけ方は、まだ決まっていない。

 

 

「弓塚、大丈夫kっ!?」

 

 

 言葉を最後まで言わず、右へと跳び転がる。空を切る弓塚の爪。

弓塚の様子が、もう普通じゃ無い。

 

 

「バカっ、いきなり何しやがる!」

 

「……私だって、わからない」

 

 

 腕をだらりと下げ、顔を俯けたまま姿勢。

 続く第二撃が来ない事に安堵し、会話を続ける。

 

 

「血が足りないのか? それとも人を殺したいのか?

まだお前は完全にそっち側じゃないはずだ。何か困ってることを言ってくれっ」

 

 

 腰を落としいつでも動ける態勢で、救う方法を模索する。

 

 模索するが、すでにこれは命をかける域にある。

もし普通の身体だったらこんな事をしようとは思わないが、この身体だからこそ、俺は弓塚も救いたい。

 

 

「私は、戦いたくなんかないのに!」

 

「――――っ!」

 

 

 叫びながら、俺を殺す勢いで拳、爪を振りまわす。

 それらを何とか避ける、が一直線のこの場所では、上手く攻撃に移ることも余裕を持って避けることも難しい。

 

 

「ちっ、仕方ない!」

 

 

 大通りはまずい。夕暮れ時のこの時間帯はまだ道を行き交う人が多くいる。

 この三咲町の構造は小学校時代に調べつくした。幾らか新しい建物も増えたが、そう多くは変わっていない。

 

 路地裏を抜け出したところで、足を引きずりながら後を追ってくる弓塚を確認する。

 

 

(どうにかして助けてやりたいんだが……)

 

 

 弓塚の両手が血塗られていないところを見ると、まだ人の血は吸っていないと判断できる。

 

行方不明と知ってすぐに駆けつけたからだろう。

自分自身に混乱しながら襲ってくる現状は、本編とメルブラの間くらいかもしれない。

 

 

 メルブラでは人間の時と同じまともな自我を持ったまま、自称、正義の吸血鬼として過ごしていた。

琥珀ルートで暴走した秋葉も、最終的には志貴と琥珀の想いによって自分を取り戻している。

 

 

 だから、助けられない事はないはず。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 額の汗を拭う。

 弓塚を助けるなんて偉そうなことを言っているが、こっちも死と隣り合わせのプレッシャーで身体が震えている始末。

 

 生まれた赤子よろしく、弓塚がまだ身体を上手く制御できていないのが唯一の救い。

 

強張る身体を無理やり動かし、今は使われていない、廃墟のビルへと弓塚を誘導していった。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

「――――で、四階まで来てみたわけだが……」

 

 

 暗闇に身体を隠し、息を潜めて後から続く足音に集中する。

 

さすがと言うか、吸血鬼の資質バリバリの弓塚さつき。

廃墟のビルに入る辺りで、すでにこちらも走らなければ追いつかれる程、弓塚は上手く歩けるようになっていた。

 

 今もタンタン甲高い音を響かせて階段を駆け上がってきている。

 

これでもし弓塚が誰かの血を吸っていたのなら、こちらはほぼ万全な状態の弓塚と戦わなければならなかっただろう。

 

 

「アキ君っ!!」

 

 

 薄暗い部屋に、息苦しそうな声が響く。

 俺は姿を隠したまま、弓塚の返事に答える。

 

 

「そんなに俺を殺したいのか、さっちん?」

 

「そ、そんな訳ないっ! 殺したいはずなんてないもんっ!」

 

 

 まだ会話が続くことに安心する。

が、呼び方に対していつもの文句が出ないのが、弓塚の余裕の無さを表している。

 

 

「それじゃあ、やっぱり血が欲しいのか? 喉が渇いて仕方がないんだろ」

 

「う……そうかも、だけど……って言うか、何でアキ君がそんな事知ってるの!?」

 

 

 言い終えたと同時に殺気。

 

 それに合わせて背にしていた机が吹っ飛ぶ。

巻き込まれなる前に左に跳んで……弓塚の前に姿を現した。

 

どうやら気配を殺すなんて事は簡単にはできないらしい。

 

 

「見つけた……お願いだから、私の事は放っておいて」

 

「そう言いながら殺す気満々だぞ? さっちん」

 

 

 身体はやる気だが、心はそれを否定。弓塚が完全に吸血鬼にはなっていない証。

 様子を確認しながら、俺はさらに問いを続ける。

 

 

「弓塚……仮に俺の血を飲ませてやるといったら、どのくらい必要だ?」

 

「ふぇ!?」

 

 

 提案に驚きを見せる弓塚。

 

 弓塚に襲われる気はない。

だが、吸血鬼の身体を維持するのに人の遺伝子情報……つまりは血液が必要な事も、月姫をやった俺は知っている。

 

 メルブラの弓塚は時々、人から死なない程度に血を吸っている。

紅赤朱となった秋葉は輸血パックの血を吸って自身を保っている。

 

 吸血鬼となった以上、人間の血は必要。

 

 

 ……死徒となった弓塚に、元の人間に戻る事は求めない。

願うのはメルブラの弓塚のように、心だけは化け物ではなく人間のままでいるという事。

 

 

 そのためには弓塚に無差別に人を襲わせず、また殺させなければいい。

 

 俺の血を吸ってそれで収まってくれるのであれば、取りあえずは問題解決に向かう。

 そう思っての提案だったのだが……、

 

 

「ん〜、四リットルくらい?」

 

「…………」

 

 

 さらりと、弓塚は無理難題を口にした。

 

 

「俺が死ぬぞ?」

 

「い、今吸っていいって言ったじゃん!!」

 

「言ってない!!」

 

 

 言いながら攻撃を避ける。

 ただ先程と違い、そこからも弓塚の鋭い攻撃は続く。

 

 

「随分と頭がアホになったようだな……」

 

「アホじゃないもん! ちゃんと一緒の高校に合格したじゃん。頭のレベルは同じだよ!」

 

「そうだっけな」

 

 

 言われてみれば、弓塚と会うのは高校の合格発表以来。

 

 

「私、多分高校生になれないよっ!」

 

「――――ぐっ」

 

 

 振りおろした拳が、床を砕いて穴を開ける。

 相変わらず俯いきぎみの弓塚の表情は見れないが……泣いているかもしれん。

 

 攻撃も激しくなってきている。今は何とか話をしながらだが、そろそろこちらがきつい。

弓塚が人間の心を失うより先に、俺の命が無くなる可能性の方が高くなる。

 

 

(弓塚を落ち着かせて、かつ説得できる状況まで持ち込むこと)

 

 

 勝利条件を頭に浮かべる。

この弓塚の攻撃は人間ではなくなったショックと、おそらく吸血衝動によるもの。

 

ならば――――、

 

 

 迫ってくる爪を後ろに大きく跳んで回避。

 そしてポケットから七つ夜と書かれたナイフを取り出し、弓塚と正面を向き合って構えた。

 

 

「……アキ君、もしかしてそのナイフで私を殺すの?」

 

「殺さない。ただ俺がせっかくカウンセリングしてやろうってのに、さっちんが人の話を聞かずに襲ってくるからな」

 

 

 

 

 ――――ならば、四肢を断って動けなくするまで。

 

吸血鬼には再生能力が備わっている。頭を潰さない限り、死にはしない。

俺にできる事は、弓塚の脅威を完全に無くした後、輸血パックを盗ってきて口に詰め込むなり、話をして落ち着かせる事。

 

 それ以外に救う方法は見当たらない。

 

 

「痛いかもしれないが、恨まないでくれよ。こっちも怖いんだからな!」

 

 

 言って、屈んだ姿勢で駆けだした。

 弓塚は棒立ちのまま、まずはその腕にナイフを一線。

 

 

「嫌っ!」

 

「なっ!?」

 

 

 当たる瞬間に避けられた。その反射速度は人間の時の比ではない。

 驚いている間もなく、反撃が来る。止まっていれば脳髄を撒き散らす威力の爪を避け、同時に左の腕を狙う。

 

 が、それは弓塚の両の手で掴まれ、阻まれる。

 

 

「優しくないアキ君なんて……嫌いっ!」

 

 

 馬鹿力によって粉々にされたナイフ、もとい志貴の親父の形見。

 

 すぐに柄を放して距離を取る。

腰を低くし、冷静に相手を観察する素振りを見せるが……心中では全く、余裕が無くなっていた。

 

 

(……さて、ま、まさかナイフが砕かれるなんて思ってなかったぞ)

 

 

 原作では真祖やら教授やら檻髪など切るに切りまくっていた七つ夜だが、それは志貴の直視の魔眼のおかげであり、よく考えれば七つ夜はただの丈夫なナイフでしかない。

 

 そもそもナイフで腕を切り落とすこと自体、難しいと言うか不可能なわけで……。

 

 

「だが、こんなにあっさりと失うとは……」

 

「アキ君っ!」

 

 

 呆然としているところに繰り出される拳。

 最初より攻撃が鋭くなっているが、動きは素人。防御に徹して七夜の体術を駆使すれば、避けるのはまだ容易い。

 

 避けるのに専念しながら、対策を練る。

 ナイフが無くなった今、四肢を切り裂くのは不可能だ。

 

 

 そうなれば残されているのは――――

 

 

(捻じ切る、か?)

 

 

 判断は一瞬、弓塚の攻撃を避けて態勢を立て直し……浅神の魔眼を解放した。

 目の瞳孔が黒色から緑色の輪を纏った瞳へと変化する。

 

 

「――――綺麗な、瞳」

 

 

 弓塚が呟く。

 

 

「さっきから思ってたんだけど、アキ君って不思議な力を持ってるよね。私、自分の力が何でも壊しちゃいそうで怖いのに、アキ君はまだどこも壊れてない……

……七年間も一緒にいたのに、全然知らなかった」

 

「そりゃ、隠してたからな」

 

 

 魔眼を解放したまま、いつ襲ってくるかもわからない弓塚に向けて苦笑する。

 つられて、弓塚も苦しそうに胸を押さえたまま笑って、

 

 

「えへへ、じゃあ私、また一つアキ君の秘密を知ったんだ」

 

 

 俺に目掛けて走り、爪を振るう。

集中していなければ避けれない程の速さ。

 

横に回り込み、追撃が来る前に振るわれた右腕に回転軸を合わせる。距離は約一メートル。

 

 

「凶がれええっ――!!」

 

 

 出力は八年前と大して変わらず、弱いまま。

 

 そもそも、この身は七夜と浅神の混血として生まれている。

血が半分しか受け継がれていなくて薄い分、能力も弱体化しているのは仕方がない。

 

 そう考えた後、俺は魔眼の技術面をずっと鍛えてきた。

出力が低いなら小手先で勝負するしかないのだから。

 

 

「わっ、腕がなんか変!?」

 

 

 弓塚は右腕を驚いたように見つめる。

 だが腕は変形したりせず、そのまま顕在。おそらく負荷がかかった事に驚いたのだろう。

 

 

「頑丈な身体だな」

 

 

 普通の人なら痛がるはずだが、弓塚にそういった素振りはまるでない。

 むしろその右腕で、また攻撃に転じてきている。

 

 まぁ、効かないのは予想範囲内だ。

 

 

「させるかよっ!!」

 

 

 弓塚の右腕に集中していた回転軸。そこへさらに、三つの回転軸を追加する。

 一つ一つの出力は先と変わらないが、弓塚にかかる負荷は先の四倍まで跳ね上がる。

 

 

「あ、あああああああああああっつ!?」

 

 

 弓塚も今度は悲鳴を上げ、右腕を必死に抑える。

 常人ならとっくに捻じ切っている威力だが……これで効かなかったら手詰まりになる。

 

 

(こっちも厳しいってのに――――)

 

 

 出力は変わっていないが回転軸を四つ作っているため、力の消耗も単純に四倍。

 

八年前から魔力の量は大して変わっていないので、この手の技も苦肉の策でしかない。

バテるのが四倍も速くなるのだから。

 

 

「くっ、やばい……」

 

「う、ああああああっ」

 

 

 ふらつき、弓塚ががむしゃらに突っ込んでくる。

 本能のままに駆けたソレは、もはや目には追えない速度で、

 

 腹に体当たりを食らったまま、弓塚に床へと叩きつけられた。

 

 

「――――がはっ」

 

 

 血を吐く。息ができない。

 そして弓塚がマウントポジションで、俺を見下ろす。

 

 

「くっそ、凶rっ」

 

「ダメだよ、アキ君!!」

 

 

 魔眼を発動しようとして、弓塚の手のひらが俺の眼をそれよりも早く覆った。

潰されなかったのは、まだ弓塚に理性があったからか。

 

 それでも押さえつける力は強くて、為すすべがないと思い知らされる。

俺は透視の能力は受け継いでいないため、対象を肉眼で見なければ魔眼は使えない。

 

 

「終わりだよっ……」

 

 

 はぁはぁ、と息を乱しながら、少し涙声の混じった声が聞こえた。

 

 

「……血を吸うのか?」

 

「わ、わからないっ!」

 

 

 そう言いながらも、首元に近づく気配。

足掻いてみるが、どんだけ肩を掴んで離そうとしても、膝で腹を蹴っても弓塚には効果がない。

 

 

(最後の賭けだ……)

 

 

 精神を極限まで集中させる。

 

 

「凶がれえええええええええええええっ――――!!」

 

 

 何も見えないまま、このビルの入り口を思い浮かべて叫ぶ。

 思い出すのは空の境界、第三章のラスト。

 

 藤乃と同じく透視の能力が発揮されることを万に一つに賭けて――――

 

 

 

 

「――――えええっ!?」

 

 

 次の瞬間、廃墟となったビルが崩壊した。

 

 魔力を消費した気配は全くないにも関わらずに、突如の崩壊。

 互いに対処の術もなく、次の瞬間、周囲の景色が崩壊した。

 

 

 

 

 

 崩壊は下のフロアから。

 崩れるスピードは速く、あっという間に床がバラバラと宙へ散らばる。

 

 

「とと、わっ!?」

 

「マジか!」

 

 

 俺と弓塚は動く間もなく落下。

 ここは四階。弓塚は怪我をしても死にはしない。だが、俺は間違いなく死ぬ。

 

 

「結局、死ぬのか――――!?」

 

 

 どこで選択を間違えたか、今は考えられない。

 走馬灯……死に際に見えるらしいが、そんなものは欠片も見えない。

 

 

 

 

 今はただ、怖い。

 下は馬鹿みたいに固く尖った瓦礫の山。もう助かるなんて思わず目を瞑る。

 

 

 

 

 地面に体が叩きつけられ、身体が血を撒き散らしてスプラッタ。

そんなイメージが脳内を駆けて――――

 

 

 

 

「――――アキは、絶対に死なせないよ」

 

 

 

 

 いつか何処かで、聞いた声を耳にした。

 

 宙で身体が支えられるイメージ。背中と膝裏を支えられて――――お姫様だっこ。

 

 

「お、お前っ!?」

 

 

 驚いている間に、そいつは俺を抱えたまま、崩れる瓦礫の上を跳んでいく。

 

 落ちる瓦礫それぞれの大きさ、位置を正確に見極め、ジグザグに降下……まるでどっかの三世を見ているようだ。

 

 

 

 

 地面に着地。ほんと、華麗。

 

 七年ぶりの再会。

向こうがどう思っていたかは知らないが、俺にとっては待ちに待ってた主人公。

 

 黒髪に若干童顔。眼鏡は今、かけてない。

 服は真っ白のTシャツに青のジーンズなんてどこかの魔法使いに似た格好で、背中に細長い筒を背負っていたのが気になった。

 

 

 だが、今はそんな事より、

 

 

「――――志貴っ!!」

 

「ただいま、アキ」

 

 

 七夜志貴。帰ってきたから遠野志貴か?

 原作と変わらない姿で、安心させるように志貴は俺の手を取った。

 

 

 

 

 

 

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2/5 掲示板でご指摘を頂き一部修正。