遠野家のセキュリティシステムは幾つかの種類に分かれており、今から突破しようとする先にあるのは視覚系の類である。

 

何台かカメラが設置されていてそれに見られたらアウトだと考えてもらえばいい。

カメラの下には機関銃が下げられていたりもするので、見つかると屋敷全体に警報が鳴ると同時、全ての機関銃が一斉に撃ってくるのだ。うん、洒落にならん。

 

 カメラを壊しても防犯装置が作動するので、突破するだけならともかく、気づかれずに抜けるとなると難易度はかなり高くなる。

 

 

「しかしまあ、俺にとっては一番相性がいいんだよな」

 

 

 他では全く通用しないが、ここの防衛網なら話は別。

 

婆さん譲りの能力と七夜の体術。

遠野家に引き取られてから隠れて鍛えたこの力を、人のために使う時がきたようだ。

 

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第三話

 

 

 

 

 

 

浅神家の血が流れていると婆さんは言った。

そのせいで七夜の血が薄くなり、里の他の子と比べて運動神経が劣っているのだとも。

 

白い肌に自分で言うのも何だが紫がかった綺麗な黒髪。中性的な顔立ち。

空の境界の浅上藤乃をロリ化したらこんな感じなのだろうと鏡を見て思うほどだ。

 

 そして、浅神家に伝わるのは“歪曲”の能力を持つ強力な魔眼。

視界内の任意の場所に回転軸を作り、捻じ曲げる事を可能とする。

 

志貴の持つ直死の魔眼のように何でも殺せるわけではないが、こと対人戦においては秋葉の檻髪と同等の強さを誇る魔眼である。

 

 

(それ程、嬉しいことはない……いや、なかった)

 

 

 何て言ったって原作者曰く“殺し合い”がモットーの月姫なのだ。この身が強いに越したことはない。

 

映画の最後では橋まで全壊させていたし、試しにトイレットペーパーを曲げてみた時にはこの超能力に嬉しくて飛び上がったくらいだ。代わりに琥珀に数日、変な目で見られたが。

 

 

 だが実際、コレ、とても使えない。

 

 

 一言で言うと出力がもの凄く低い。浅上藤乃の魔眼が戦車くらいだとしたら、俺のはハリセンくらい。

対象との距離が離れていると、多分「体がだるいかな」と相手に思われる程しか効果が出ない。

 

 そもそも、原作である“空の境界”を他作品に比べて読み込んでいないため記憶が定かではなかったりする。

藤乃の魔眼は能力を封じられて逆に強力になったとかいう設定もあった様な気が……しなくもない。

 

 

まぁ、若干記憶がおぼつかないが、それでも真直で使えれば藤乃の半分くらいの出力が出せるこの力。

この魔眼をどう戦闘に生かすかは今後の課題として考えておこう。

 

 

「――――さて」

 

 

 草むらに身を潜める。

 

 視線の先には機関銃付き防犯カメラが三台。

ゆっくりと、だが隙のないように他と連携して百八十度回転、上空にもレンズを動かしている。

 

 そのうちの一つに焦点を合わせる。魔眼を解放、体から少しずつ力が抜ける感覚とともに……、

 

 

――カメラの動きを止めた。

 

 

 これで精一杯。俺の魔眼では距離があっては捻じ曲げる事は決してできない。

加えて、藤乃と違い右回りの回転軸しか作れないので、逆方向に動くカメラを狙わなければならない。

 

 だがこれによって防衛網に監視されてない空間ができる。

 このまま魔眼を維持し、他のカメラの動きを見て数秒……、

 

 

 頭の中で描いた道、それにそって身体を屈めながら、全速力で走らせた。

 勢いを殺さず、外界と屋敷を遮断する塀を駆け上がり向こう側に着地する。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 成功。問題はなく関門クリア。

 夜な夜な槙久が寝たのを見計らって木登りを練習していたのは案外、無駄にならなかったようだ。

 

 七夜に生まれたこの身体に感謝する。

 これで財布落としてましたなんていったら洒落にならんが、ポケットに重りは確かにある。

 

 

「さて、帰りもここを突破しなきゃいけないんだが」

 

 

 取りあえず、一度突破できたのだから問題はない。

 今、槙久は食事中だろう。そしておそらくその後は……。

 

 

 琥珀の身を案じる。せめて今夜の一度の行為で心が壊れませんように、と。

 

 まずは急いで町を探索だ。目的地、それはよほどの田舎でなければ絶対に一つは建てられているはず。

 遠野の屋敷の外壁を背に、日が暮れるのを確認して、走り出した。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

「はぁ……はぁ、間に合った、か?」

 

 

 膨れ上がった紙袋を両手に、何とか屋敷を這い登り、窓からの帰還に成功する。

七夜の里以来の緊張感にさっさと投げ出してゲームの続きをやりたい気分だが、まだミッションは終わっていない。

 

 荷物を仕事部屋に置いたまま、もう一度窓の外へ。

しかし下には降りずに、そのまま壁をつたって槙久の自室へと向かう。

 

 

 槙久の様子の確認手段。カーテンが引かれているがほんの隙間さえあれば十分。

隙間がなくても廊下で聞き耳立てるより、こちらの方がずっと音が聞きやすい。

 

知りたいのは起きているか、寝ているかだけだ。

 

魔眼の使い方や七夜の体術の鍛練。

ここに来てからそれらを行う際に、ずっとやってきた行為なので今では随分慣れている。

 

 

 ――――中を確認。

カーテンの隙間から、寝ている奴の姿が見える。

 

 体勢を変えて部屋の中を探る。……床には半ば予想通り、幼い琥珀が裸で倒れていた。

 

 

「……戻るか」

 

 

 感情的になる前に、物音を立てないよう撤退する。

 

琥珀の心が固まりきる前に、早く計画を進めよう。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 槙久の部屋の鍵を開ける。針金で。

 

 こういう事は前の身体の時に器用だった賜物だ。

変わらない器用な腕前に感謝しつつ、静かに扉が開く。

 

 バクバクと高鳴る心臓を必死に抑えながら、抜き足差し足忍び足。

 

 

「……琥珀、起きてるか? て言うか大丈夫か」

 

 

 努めて小声で、倒れて蹲っている琥珀の肩を揺らす。

 

 びくりとした反応の後、ゆっくりとこちらを向く。

その瞳はまだ、壊れたように無表情ではない。

 

むしろ自分に何があったのか、まだ理解しきれていないようだ。

……いや、何をされたか分かってはいるけど理解したくない感じか。

 

 

「……わた、し」

 

「いいから来てくれ。あまりここで喋るわけにもいかない」

 

 

 偶然にも槙久が起きてしまったら全て終わりだ。

親に隠れて深夜、TVゲームをするなんてレベルの緊張じゃない。

 

 

 琥珀と散らばっていた服を掴んで隣の部屋へ。

 

 扉を閉めて、一息ついた所でようやく生きた心地がして、体の力をどっと抜いた。

 

これでもし今見つかったとしても、琥珀がこっちの部屋に来たとしか槙久は思わない。

忍び込んで奴の部屋に入った事に比べれば、ずっとお咎めは低いだろう。

 

 

「まあ、取りあえずは服を着なきゃな」

 

「――――……うん」

 

 

 服と下着を一枚ずつ渡してく。

着る前に秘部から血や槙久の……が垂れていたので、それもティッシュで拭いてやる。

 

さすがに幼女? に欲情したりはすまい。今は事が事だし。

 

 

「落ち着いたか?」

 

「……うん」

 

 

 先ほどと同じように琥珀は頷く。

 

 

「それじゃあ――――これ。俺からの贈り物だ」

 

 

 そう言って、大きな紙袋二つを手渡した。

 

 

 

 

「……………………え?」

 

 

 見開く瞳。

 だがそんな事は関係なしに話を進める。

 

 

「それでこれが翡翠やその友達の七夜、四季からだ」

 

 

 そう言って一枚の紙切れを、琥珀の抱えている袋の上にちょこんとのせる。

 帰り際、指定の枝に画鋲で張られていたのを回収したもの。

 

 

 最初何を言われているのかわからない顔をしていた琥珀だが、少しずつこちらの言葉を理解すると、紙袋を置いてその上の紙切れを手に取った。

 

 

「……これって」

 

「そう、翡翠達からのバースデーカードな」

 

 

 翡翠にした頼み事。

 それは琥珀への誕生日祝いの寄せ書きを集めてくれといったもの。

 

書いてくれたのは都合もあってか翡翠と志貴と四季の三人だけだが、友達なんて呼べるやつがいない琥珀にとっては三人でも十分だ。

 

 それに原作では志貴は窓辺の少女の存在に気付いていたし、書く言葉がないなんてことはないだろう。

 

 

「そして俺からは……見ての通り、大量のぬいぐるみだ」

 

 

 紙袋に詰め込まれた計十二のぬいぐるみ。全てクレーンゲームでの戦利品だ。

 

所持金が少なかったので、自分の得意技能を生かしたまで。

それなりに難しくもあったが、そんなに意地悪な積み方でもなかったおかげで比較的楽に獲物を取れた。

 

 琥珀のような年頃なら貰って嫌なものではないだろう。

一つも持っていなかったら尚更。後は質より量で攻めただけだ。

 

 

 一応、プレゼントを貰ったのだから嬉しいはずの琥珀は、だがまだ笑顔を見せていない。

 逆に困惑しているようにも見える。

 

 

「……どうした? 気に入らなかったか?」

 

「……ううん、そうじゃなくて……だってわたし、」

 

 

 紙袋を放し、俯きながら言葉を紡ぐ。

 

 

「……もらう理由なんて……ない」

 

「何だ、そんな事――――」

 

 

 

 喋ってくれて安心する。

 

ただプレゼントを渡して、琥珀が何も感じずにありがとうと言うのが一番不味いと思っていた。

琥珀が思っている内を吐き出して、それを正してあげてこそ、この子が曲がらずに育っていけるのだから。

 

 

 

 

「――――だって今日は誕生日だろ? だったら、おめでとうと言ってプレゼントを渡すのが当たり前だ。

 ……琥珀は子供なんだから、尚更、そうして貰える権利がある」

 

「…………ぁ」

 

 

何かに気づいたような呟き。

床に置かれたぬいぐるみとバースデーカードを手にとって、もう一度琥珀に言う。

 

 

「誕生日おめでとう、琥珀。

翡翠達と俺からのプレゼント、受け取ってくれるか?」

 

 

 ケーキは無いけどな、と付け足して若干苦笑しながら琥珀に渡す。

 琥珀はそれらを抱きかかえるように受け取った後、

 

 

 

 

 ――――ようやく、声を抑えて、泣きだした。

 

 

 

 

「……ぅ…………うぅ、」

 

「よしよし。声は静かにしろよ、琥珀」

 

 

 胸を貸すようにして泣き始めた琥珀をあやす。

槙久に乱されたであろう髪の毛をゆっくりと梳く。

 

 

「泣きたい時は泣かなきゃな。でなきゃ、いつか壊れちまう」

 

 

 無理やり暴行されて、犯されて、絶望させられて。

そんなの簡単には眠れないだろう。

 

だからってあのまま一晩中かけて自分が何をされたか考えているのは、八才の少女には惨すぎる。

 

 

腕の中で泣く少女について考える。

 

これで、良かったのだろうか。

 

琥珀の周りにも手を差し伸べる人間はいるのだと、酷い人間ばかりじゃないのだと、少しでも感じとってくれれば良いのだが……それにしたって、根本的解決にはなっていない。

 

 この少女は明日からも犯され続ける。

それがどのくらい続くか分からないが、本篇通り話が進めばそれは九年近くあるのだろう。

 

 

 そう考えるといっそ人形になった方が救いがある……のかもしれない。

フォローがどれだけできるのかも正直、わからない。

 

 

「まぁ、今日の所は良しとするか……」

 

 

 いつの間にか眠ってしまった琥珀にそっと話しかける。

ぬいぐるみと手紙を掴んだまま、疲れて寝てしまった姿を見る限りは、悪くない。

 

 

「いざって時に頼りになる主人公も、俺にはいるわけだし」

 

 

 俺も眠い。これからの動きについてはまた明日、考えていこう。

 琥珀を抱えて、槙久の部屋に送り届ける。

 

 

 さて、俺は朝までに頼まれた仕事をやらなきゃな。

 

 無性にコーヒーが飲みたかった。もちろんブラックで。

 

 

 

 

 

 

 余談だが、琥珀に渡したプレゼントは全て、窓をすぐ降りた辺りの草むらに隠してある。

万が一にも槙久に見つかったら言い逃れできないといった理由で。

 

しかし、琥珀では窓を降りて取りに行くことなんて到底できない。

 

よって俺が頼まれて取りに行くことになっているのだが……、

 

 

「アキ、私はウサギを取ってきてっていったんだけど?」

 

「いやいや、だから取ってきたじゃん。頼まれたウサギ、龍、ヘビ……」

 

「違う、ウサギはこれじゃなくてお餅ついてる方!」

 

「わかった! 悪かったから書類を他のと混ぜないでくれっ!」

 

 

 そう言って取りに戻る。おかげで大分、壁登りスキルが上昇した。

 尻に敷かれてないか? その事があの日以降の心配事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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