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 七夜の里の襲撃事件から約一週間。

 

俺と志貴は入院していた病院を後に、遠野の屋敷へと送られた。遠野槙久に養子に迎えられたため、これからの生活は森の中から一変、割と都会に近い三咲町での暮らしとなった。

 

 

「今日からお前達はここで暮らすんだ。親戚の子らも多い。仲良くしろよ」

 

 

 低い声ながらも微笑んでいる槙久。

 玄関から我が家を眺める瞳には、名門としての誇りが垣間見える。

 

遠くには年はバラバラだが親戚の子供と思われる奴らが十人ほど。

この頃はまだ黒髪でカジュアルな服を着ている少年と、肩辺りまで伸びてる赤毛の少女もその中にいる。

 

 

 年も近く、良い友達になれるのではないだろうか。

 志貴の手を引っ張りながら、俺は子供たちの輪の中へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第二話

 

 

 

 

 

「――――まあ、ほとんど外には出れないわけだが」

 

 

 書類に目を通し必要な事項をパソコンに打ち込みながら、背伸びついでに窓の外に目を向ける。

 

視線の先には志貴と、おそらく志貴が部屋から連れ出したであろう秋葉。

そしてその後を四季と翡翠が追いかけていた。

 

 俺は? と言うとこうして今も槙久の仕事の手伝いをしている。

 見た目は子供、頭脳は大人……って某探偵主人公ほど頭が良いわけではないが、デスクワークなら大人と何ら変わらずに同じ事ができる。

 

槙久はそこら辺を勘付いたのだろう。

 

もともと志貴と同じように放し飼いしておくつもりだったのかも知れないが、ある日を境に少しずつ仕事の手伝いを頼まれるようになった。

 

バイトでも日夜問わず働いていたし、この手のパソコンを使う書類作業なら自信はあったので言われた通りにこなしていき……今では普通の子供として扱って貰えなくなった。ビバ、自業自得。

 

 

そもそも金持ちなんだから秘書くらい雇えよ、とも思ったがそこは事情深き遠野家。

身の回りの世話も幼い琥珀にやらせていた事から、身内と言える者以外は近づける気は到底ないのだろう。

 

 

そんな訳で一族皆殺しのショックから塞ぎ込んでいた志貴を原作同様、翡翠と一緒に外で元気に遊びまわるくらいまで立ち直らせた頃には、俺は一日中屋敷内にいる事がデフォとなっていた。

 

付け加えて言うと、槙久は自室とは別に仕事用の部屋があり、俺が今いるのはちょうどそこ。

そして寝るのもここである。ここマイルーム。

 

 よって移動範囲がもの凄く狭い。基本的に食事も持ってこられるし、半ば監禁生活に近づいている。

屋敷の子供も志貴以外は俺のことなんてもう忘れてしまったかもしれん。

 

 

「こういった現状であり、目下、最近の俺の話し相手は一人しかいない……」

 

「……アキ、独り言?」

 

「いや、説明してたんだよ」

 

 

 翡翠と同じ赤色の毛。髪に結ばれた大きな白いリボン。

フリルのついた可愛らしいワンピースを着た少女――琥珀さんである。

 

……俺の方が精神年齢が高いはずなのに心の中で“さん”付けしてしまうのはわかってほしい。

 

 

 話し相手が琥珀しかいなくなるのは互いの環境上を見れば納得できる。

 

琥珀がいるのは槙久の部屋で時々この仕事部屋に。

俺は仕事部屋で暮らしていてたまに槙久の部屋に呼ばれる。

 

 どちらにしてもこの二つの部屋と他の部屋の間には距離があり、よほどの事がない限りこの屋敷の者は誰も寄りつかない。

俺たちもトイレに行くために部屋を出ていくことはあっても、この部屋から離れる事はない。

 

 

明確に閉じ込められているわけではないけど、屋敷内を散策でもした日には自分の立場が悪方向に傾くのは目に見えてる。

 

 だから、別に寂しくはないのだが、暇な時に窓を眺めることは一種の習慣となっていた。

 

 

「仕事が一段落ついたからな。

でも外で志貴たちと遊ぶ体力は残ってないんで、ここから眺めて楽しんでだけさ」

 

「……楽しい?……」

 

 

 俺の隣にきて窓の外を眺める琥珀。

 そこから見えるのはいつもと変わらぬ風景……のはずだが、今日は少し違ったらしい。

 

 

「……翡翠ちゃん、楽しそう」

 

 

 志貴と四季を中心に遊ぶ普段とは変わって、今見える風景は翡翠中心のお遊びといった感じ。

その証拠に翡翠の頭には誰の贈り物か花冠がのせられている。

 

 

「あ……そうか、今日は」

 

「ん、どうした?」

 

 

 何かを思いついたらしい琥珀。だがすぐに顔を俯かせると、

 

 

「……いえ、何でも……私には関係ありませんから」

 

 

 と言って黙ってしまう。

 

 

「そ、そうか」

 

 

 生活環境が変わり志貴は外、俺は内で一段落したところで最近ようやく他の事にも考えが回るようになってきたのだが、そこで改めて思う。

 

 

(――――こいつの暗さ、尋常じゃねえぞっ!?)

 

 

 琥珀ってこんなに暗かったっけ!?

確かに月姫本編での琥珀の笑顔には色々と深い事情があってのものだが、まだ槙久から暴行を受けている様子はない。

 

確かにこの年でどの子とも関わりを持てず、一人で槙久の世話係をやらされている身ではあるが……

 

 

(これで槙久に無理やり犯され続けた日にはどうなっちまうよ……)

 

 もちろん本編通り、壊れた人形となって遠野家に復讐を誓う事でしか生きられなくなるのだろう。

そう思うとどうにかして助けてやりたい気持ちが湧き出てくる。

 

 が、槙久の暴行を止める事は不可能だ。

 

 あの行為は槙久自身が暴走しないために必要な行為であって、俺が琥珀を連れて逃げたりすれば対象は翡翠に代わるだけ。

かと言って槙久を殺すなんて、俺の実力では足元にも及ばない。

 

 

「結局、俺ができることなんてたかが知れてるよな……」

 

「……」

 

 

 琥珀は相変わらず黙ったまま。多分、翡翠以外とはまともに話したことがないのだろう。

 今の俺にできる事、それは一つしかない。

 

 

「琥珀、今日はこれにしよう」

 

「……」

 

 

 琥珀は俺の取り出したものを見ると、微かに頷き、準備を淡々と始める。

ここでにっこり笑ってくれれば嬉しいのだが、いいさ、今の琥珀に多くは望むまい。

 

 

「よし、いいか琥珀? これはこの間のやつと違ってモンスターが仲間になるし、さらに嫁も選べるんだ。琥珀はどっちがいい?」

 

「……どっちでも」

 

「……あっそ。ちなみに俺はフローラだ。フローラってのはこの青髪の方な。ビアンカの方が中盤は戦いやすいんだが俺には幼馴染って設定がどうも萌えなくてダメでさ」

 

「…………そう」

 

 

 超たんぱくな反応にも慣れた今日この頃、俺はスーパーファミコンに国民的RPGをさして起動する。

先日に前作をクリアしたので今日からまた新しいゲームの始まりだ。

 

ちなみにこれらは槙久にお願いして買ってもらった。

暴走している時は鬼畜極まりない奴だが、普段は温厚な面をちゃんと被ってる。その分、扱き使われるようになったけど。

 

 

 琥珀が少しでも年相応の子供になってほしい。

 

 そう願いながら、俺は空いた時間のほとんどを琥珀との遊びに費やしている。

 今日も互いに画面を見つめて、どちらかが槙久に呼ばれるまでレベル上げをひたすらにしていた。

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

「アキ、仕事だ。まずは書類のチェックを頼む。不備があったらすぐに知らせろ」

 

 

 日も暮れたころ、槙久が屋敷に帰ってきたところで俺と琥珀の遊びは終わる。

 返事とともに書類を受け取り、琥珀にゲームの片づけを任せて早々と仕事に取り掛かった。

 

ちなみに言い忘れていたが槙久は俺の事をアキと呼んでいる。志貴は七夜と。

さすがに俺もアキハじゃ女の子みたいなのでその呼び方には賛成だった。

 

 

 俺に仕事上いくつかの説明をした後、槙久は食事のために部屋を出る……寸前に振り向いた。

俺ではなく琥珀の方を見て。

 

 そして柔らかに微笑んでこう言った。

 

 

「それと琥珀。後で私の部屋に来なさい。誕生日プレゼントを渡してあげよう」

 

 

 珍しく琥珀が驚いている。

 

それもそうだ。多くの人を道具として扱っている槙久にとって、それは琥珀も例外ではない。

俺は秘書みたいな関係上、多少は子供としても扱ってもらっている気がするが、琥珀は感応能力を目的に引き取られた存在だ。

 

下手に優しくすれば、道具として扱う事に抵抗が生まれる事も槙久は分かっているはず。

 

 

 扉が閉まる。

 

 琥珀の将来の形を知っている俺にとっては信じられない。

槙久にどういうつもりだと聞きだしたいくらいだ。不安でしょうがない。

 

 だが琥珀は違ったらしい。

 

さっきまで、というかこれまで俺の見た限り一度も笑ったことのない琥珀が、不器用ながら笑っている。

いつもの無表情も相まって、可愛くて見ていられないくらいに。

 

 

 そりゃ嬉しいに決まってる。

 本当ではないとはいえ琥珀にしてみれば槙久が今の親だ。

 

普段、冷たくされていると言っても琥珀もまだ七、八才くらいの子供。小学校に行っていれば一年生か二年生だ。

 誕生日を祝ってくれるとなれば普段の事なんて頭の隅に追いやられても仕方は――――、

 

 

「――――琥珀っ!」

 

「っ!?」

 

 

 ビクッと怒られたように身を竦ませる琥珀に詰め寄る。

年相応の今は怖がっている表情をしているがそれどころではない。

 

 大事な、とても大事なことを思い出した。

 

 

「今自分が何才かわかるか!? 槙久が言っていたように、今日がお前の誕生日なのか!?」

 

 

 肩を掴んで真正面から琥珀を見る、が琥珀はなかなか答えようとしない。もしくは俺の声に驚いて上手く喋れないのか。

 ダメだ、っていうか俺がバカみたいに焦ってどうする。

 

 

「……え、えっと」

 

「――――悪い、驚かせちまったな。……ゆっくりでいいから教えてくれないか?

 琥珀は今日で何才になるんだ?」

 

 

 琥珀の頭に手を置き、撫でてやる。

 努めて落ち着いて声を出し、琥珀を安心させる。

 

 

「……今日で八さい、になる」

 

「そうか、ありがとな、教えてくれて」

 

 

 礼を言って、部屋に戻るよう促す。

 琥珀はまた嬉しさを思い出した風に微笑みながら、部屋を出て行った。

 

 後ろ姿を見て、ドアが完全に閉じる。

 

 速攻で頭を抱えた。

 

 

(きょ、今日がその日だったかああっ――――!!)

 

 

 同い年と思って油断していたら、そういえば琥珀と翡翠はああ見えて志貴より一つ年上という設定だったのだ。

ほんとその設定は忘れていた。

 

 

(つまりは、今日が琥珀の精神崩壊始まりの日っ!)

 

 

 翡翠ルートか琥珀ルートで琥珀自身が語っていたのを思い出す。

 

 “八才の誕生日にプレゼントをくれるって言われて……私、馬鹿みたいに喜んでしまったんです。

それで行ってみたら無理やり犯されて……多分、あの時、琥珀は壊れちゃったんです”と。

 

 取りあえず槙久を殺るか? しかしそれは死亡フラグ100%なので却下だ。

 わかる事は、今日を境に槙久は自分を段々と抑えきれなくなっていくのと、そのせいで琥珀が壊れること。

 

 

「くそっ、何で槙久はいちいちあんな事言いやがるっ……」

 

 

 一度喜ばしておいて後で突き落とす。

子供は純粋なのだからその差が大きければ大きいほど悲しみは酷くなる。

 

暴走した槙久の鬼畜ぶりには殺気をぶつけてもまだ足りない。

 

 だが槙久は止められない。それは何度も考えた上での結論だ。

 だから今、俺は俺ができる範囲で琥珀を助けるしかない。

 

 秋葉が槙久の行為を知って琥珀を遠ざけようとしたのは、少なくとも秋葉が中学生になった当たり。

今の秋葉では何もできない。

 

 

「……とにかく、急ぐか」

 

 

 限られている手段を失くしてはそれこそ終わりになる。

 槙久が“誕生日”に琥珀を壊すなら、こちらも“誕生日”を使って少しでも槙久が与えたショックを埋めるしかない。

 

 思っていた以上に早かったが、この時のためにそれなりの準備はしてある。

 後はミスなく動けるか……この食事の時間帯。槙久の目が離れている今のうちが唯一自由に動ける時なのだから。

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 七夜の体躯で窓から裏庭へと降りる。持ってきたのは小銭と紙切れ、そして鉛筆と画鋲を一つ。

 

 このうち小銭以外は俺が持っていても意味がない。

 志貴に渡さなければ、意味がないのだ。

 

 屋敷の裏にある林の方へ走りだす。

 林を抜けた少し先、そこの広場が志貴たち四人の遊び場だ。

 

 時刻は夕暮れ。おそらく秋葉は帰ってしまっただろう。

早く見つけないといけない。志貴が屋敷に帰ったら手遅れだ。

 

 

「――――あれは」

 

 

 見つけたのは翡翠。向こうもこちらに気づいたようで、元気に駆け寄ってくる。

そう、この頃の翡翠は明るい子なのだ。

 

 

「もしかしてアキ君? 久しぶりっ!」

 

「そうだな。しばらくだったな、翡翠」

 

 

 恰好が夏だからかとてもラフであり、メイド服が印象づいている俺としてはどうも慣れない。

しかしまあ、子供が元気なのはいい事だ。ここんとこ琥珀しか見ていないので、笑顔あふれる子供はやっぱりいい。

 

 

「翡翠、七夜はどこにいるんだ? あいつに用があるんだけど」

 

「あははっ、七夜くんは四季くんと一緒に怒られてるよ、壺わっちゃって」

 

「笑い事じゃねええええ――――!!」

 

 

 ハッとして口を押さえる。

 早速、計画があっさりと崩れたんで思わず叫んでしまった。

 

 

「そりゃ不味いって。どうにか出来たりしないか、翡翠!?」

 

「む、難しいよぉ。おばちゃん怖いし私に言われても……」

 

「くっ……」

 

 

 まあ翡翠じゃ無理なのはわかってた。

 しかし志貴の奴、こんな大事な時に動けないとは友人としてその使えなさっぷりに落胆する。

 

 

「仕方がない。翡翠、一つお前に頼みたいことがある」

 

 

 紙切れとペン、そして画鋲を翡翠に渡す。

 

 

「そんなに難しいことじゃない。何よりお前のお姉ちゃんためだ。聞いてくれるか?」

 

「お姉ちゃんのため?」

 

「ああ、頼む」

 

 

 首を勢いよく縦に振る翡翠。お姉ちゃんのため、がポイントだったらしい。

 

 頑張ろうという姿勢はこんな時でも微笑ましく感じさせてくれる。

この子があの無口なメイドさんになるのは正直、見たくない。

 

もっとも、そのために今俺は苦労しようとしているのだけど。

 

 

「よし、それじゃあ今から言う事をしっかり聞いてくれ」

 

 

 手順を説明する。

 翡翠が覚えたのを確認して、頼んだぞと頭を撫でてから俺は屋敷の塀に向かった。

 

 志貴に渡せた方が安心できたのだが、翡翠だってしっかり者だ。

お姉ちゃんという要素があるあたり、もしかしたら志貴よりも良かったのかもしれない。

 

 

 次のやるべき事。

 

 それの成功か失敗かを決めるのは、俺が屋敷のセキュリティを突破して外に出れるかどうか。

 手持ちは百円玉が二十枚入ったガマ口財布。上手くいくかどうかは運次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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