「おい、あんまり里から離れると後で怒られるぞ」

 

「別にいいだろ、志貴。里を抜けようってわけじゃないんだし、ちょっとくらい付き合ってくれって」

 

「ちょっとって……一、二回くらいじゃ済まないじゃないか」

 

「まあ、癖だと思って諦めてくれ」

 

「……どんな癖だよ」

 

 

 そう言いながらもこいつ、七夜志貴は笑っている。本気で嫌とは思っていないのだろう。

 もちろん俺だってそんな悪いことを無理にやらせてるわけじゃない。

 

 

「変わってる癖だよ。満月の夜にいつも出歩くなんてさ――全く、どうかしてる」

 

 

 ……口調が野島さんのニールボイス。反転した七夜っぽかった。ませた子供だな、おい。

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第一話

 

 

 

 

 

西暦××××年。×月×日。

 

ちなみにこの×のところは全くわからない。なんたってこちらの世界に来てからはや数週間、一度も森から出てないんだからな。朝起きたらパソコンつける習慣が懐かしすぎる。

 

 猪に襲われた後、志貴パパに抱かれて里に運ばれた。

抱っこされた時には驚いたが、よく見れば身体は六、七才くらいの男の子をしていたために納得。

それでも、中身が成人男子なので色々と微妙だった。

 

里の入り口らしきとこに着いた時には、見張り役のおじさんが「訓練、御苦労さまです」と志貴パパと俺たちを見て微笑んだ。

……どうやらあれは訓練だったらしい。死にかけたけどな。

 

補足しておくと志貴の他にも大勢の子どもがあの場所にいた。

七夜が暗殺の一族というのは本当で、ボロボロなのが俺だけの事から考えてここにいる子供のほとんどが当たり前のように平均を抜けた身体能力を持っているのだろう。

 

 そして当然のように、俺の家も七夜の里にあった。

 お婆さんと両親。家は純度100%の木造建築。説明はこれだけ。あと必要な現状確認は自身の身体に関する事だけだろう。

 

 白い肌に紫がかった黒髪。

最初は腰まで伸びていたが、あんまりにも男に見えないので取りあえずあっちの四季と同じくらいの長さにしておいた。

短すぎず長すぎず、妥当だろ。

 

 問題があったのは身体能力。里の子供と比べて格段に劣っていた。それをダシに苛める奴もいるらしい。そういった記憶はなかったので志貴からその事を教えてもらった時、里の子供の一部偉そうな態度や、家族の申し訳ないといった顔に合点が行った。

 

 

「――なあ婆ちゃん。なんで俺の身体は周りの子供よりダメなんだ? 俺の両親は別にそんな事はないのにさ」

 

「そうじゃのぅ……」

 

 

 ある日、その疑問を婆ちゃんに訪ねた。両親が仕事で、家に二人きりの時を見計らって。

 元からか、それとも病によるものか。この身体について出来る限り知りたかった。

 

 

「まだお前さんには難しい話かもしれにゃあが、わたしゃが正統な七夜じゃないのが原因やねえ。やっぱり」

 

「……正統な七夜じゃない?」

 

「うむ。浅神と言ってなぁ、今の党首は羽船やったかしれんが……そうな家系との間にわしゃ生まれたんじゃ」

 

 

 何度も死にかけて、殺して、死にかけて。そんな人生の中で婆さんの父、俺で言う祖父がこの地のものと結ばれたらしい。結ばれた後、両者とも家から追放されたらしいが。

 

 

「うちの息子は七夜の血を濃く受けついだかりゃ周りのものと変わりゃせんかったが、お前さんはうちと祖父の血が七夜より濃かっちゃんだろねぇ……」

 

 

 それから婆さんは七夜と契りを結んだとはいえ里外の祖父がどうやってこの村隅に家を建てさせてもらったのか。七夜とは違った、浅神家に伝わる能力の話を聞いた。

 

 婆ちゃんの話は、浅神の血なんてボケて出鱈目を言っているかもしれないのに、言葉がストンと心に落ちるように疑いはなかった。多分、それは婆さんと俺の容姿のおかげだろう。

 

 

 

 ふと空を見上げる。

 

今日は紛れもない綺麗な満月。よって思いだしたり整理するのはここまでだ。

前からどれほど交流があったかはわからないが、今は友達と呼べる間柄である志貴とともに、里から離れるのが最優先事項である。

 

 山道を我がもののように駆ける。志貴はこれを癖といったが、これは俺の中の防衛機能であり、本当の癖――こちらの世界に来てからのできた――は別にある。

 

(そう……正直、今でもまだ参ってるんだ)

 

 こっちの世界に飛ばされたこと。

憑依された奴もたまったものではないが、意味不明にいきなり呼ばれてゲームだと思っていた世界で生きていくなんて、信じていいのかわからないし信じられない。

 

……が、まだ戻れるものなら戻りたいと思う反面、いっそのこと楽しんでやろうと思ってもいたりする。我ながらそこが怖い。

 

 まあつまり、前の世界では即断即決即実行と某メイドロボの言葉をモットーに躊躇なく行動していたわけだが、ここんとこ優柔不断になってきていて、こうしている間にもこれは夢なんじゃないかって思ってしまうのが癖になっている事なのだ。

 

これは簡単には治らない。もしかしたら一生治らないかもしれん。

 

心の動きから話を本筋に戻そう。

満月の時に出歩く理由。それは数々の憑依系ssを見ればわかる。

 

憑依系ssは俺も読んだことがある。一時期はハマって徹夜しながら読んだものだ。リリカ○なのは、エヴ○、NARTOFae、ナデ○コ等など……。そのほとんどが某ss投稿掲示板でだけどな。

 

 憑依系ssにも種類があり、大きく分けて主要キャラに憑依するパターンと物語に関係ないオリジナルのキャラに憑依するパターン。俺の場合は後者の方だ。

 

 前者はともかく後者の場合は別に自分が動かなくても、物語は原作と同じように進むだろう。逆に下手に介入したら物語を壊しかねない。

 だが、全く動かなくてもよいわけではない。

 

住む所にもよるが、死亡確率の比較的高いイベントがどこの物語にも存在する。

NARTOなら木の葉崩し、Faeでは聖杯による大火災または聖杯戦争といった具合に。

 

 そしてこの月姫の世界では、まず最初に秋葉パパと軋間紅摩によって七夜の里が滅ぼされる所から、物語が始まる……。

 

 

 ――死亡フラブ早っ!

 

 

 しかも厄介な事にそれがいつ頃なのかがわからない。志貴の年からして決して遠くない事はわかるが、それ以外の情報は一つだけ。

 オープニング時の背景。それが満月だったこと。他にも思いだそうとはしたが、さすがに無理だった。

 

 森を抜けると草原に出る。

ここでしばらく過ごし、異常がなければこのまま里に戻る。これをすでに何回も繰り返してきた。

 

 草原に寝転がる。志貴は大して疲れていないが、こちらは七夜の血を持っていても、それらが薄くしか受け継がれていないせいでヘトヘトだ。身体が成長しきってしないので無理に鍛えられないのが結構悔しい。

 

 

「体力ないんだな、相変わらず」

 

「うっせぃ」

 

 

 俺を見下ろしながら言って、志貴も真似したように寝転がる。月を真っ直ぐに見上げる横顔は子供らしく、清々とした笑顔だった。

 

 

「まあ、こんな散歩に付き合うのも悪くはないよ」

 

「そう言ってくれると助かる。俺一人だとつまらないからな」

 

 

 と言うか、俺一人だと意味がない。

 もしここで一人生き残ったって、町への出方も知らない。少々運動神経の良いガキ一人では野垂れ死にか、運良くてもターザン暮らしだ。

 

 

「うん、確かに一人で見るにはもったいないね」

 

「まあな。空気は澄んでるし、視界を遮るような枝もない。眺めるには絶好の場所だよな」

 

 

 満月を見ながら思う。

 生活環境が激変してもそれなりに落ち着いている理由。人によっては錯乱する可能性も大いに有るのに、そうならない訳。

 おそらくはこの身体のおかげだと、最近は思うようになった。

 

 もしもこんな子供に憑依せず、元の身体のままこちらに来ていたら……。

 少なくとも今のこの身体には家族がいるし、友達もいる。もしかしたら子供の外観から精神も多少影響を受けて、思考が鈍いというか呑気になっているかもしれない。

 

 

 そして何より……これからの事を知っているから、生き残りたいのだ。

 

 

「前から思っていたけどさ……」

 

「ん?」

 

 

 志貴が言葉を紡ぐ。

 それは特に意味もない子供の呟きで、呪文などの類では決してない。

 

 しかしそこから、何かが始まるような気がした。

 

 

 

 

「――今夜はほんとうに つきが きれい だ」

 

 

 ぞくりと、背中から全体に悪寒が走り体を起こす。志貴も本能からか、微笑みは消えて固く緊張した面持ちになっていた。

 

 俺達には子供と言えど七夜の血が流れている。

 第六感の……俗に言う虫の知らせという奴は、常人のそれと比にならない。

 

 

 

 

「……あれって、人?」

 

 

 志貴が呟く。視線の先には紅く光る独眼。身体は見えず、その光だけが草原の向こうにじっと紅く灯っている。

 

 数秒。

 

 光はすっと森の中に溶けて見えなくなった。

 

 

「……今日かよ」

 

 

 生き残りたい。切にそう願うしかなかった。

 

 

「志貴……怖かったか?」

 

「わからないけど……今日は戻ろう。何だか森が騒がしいし」

 

「……ああ」

 

 

 走り出す志貴。俺も後を急いで追う。

 七夜のものではあの二人には勝てない。ここで七夜の歴史は終わりなのだ。

 生き残るには、志貴についていくしかない。

 

 里に近づくにつれて、血の生臭さが強くなる。

 見張りの人。短い期間だが一緒に遊んだ子供、世話になった大人たち。それがバラバラの肉塊になっているのを見て、吐いた。

 

 

 志貴は大丈夫なのだろうか。何かを探している風に見える。おかしい、おかしいとひたすらに呟く声が聞こえる。

身体能力が高かろうとまだ子供、現状は理解できないらしい。

 

 倒れる身体を何とか持ち上げ、志貴に寄り添いながら里の奥へと進んでいく。

 里の外れにある俺の家はすでに壊れていて、中では両親が死んでいた。この身体の元の主も、この時点でおそらく人生を閉じたに違いない。

 

 早い、と思う。七夜の人たちがこんなあっけなくやられるなんて、もはや戦争ではなく虐殺。

 荒れる心臓に手を置いて必死に息を整える。こちらに来た時からずっと考えていて、シュミレーションしていた事だ。

 

 今、多分だが軋間は七夜黄理とやり合っている。それならばここから先、里の中心で争っている声、いや悲鳴と言うべきか……それは遠野槙久の仕業だろう。

 

 志貴と二人で向かう。

 走る中、婆さんの勇ましい声を聞いた。七夜の大人たちの雄叫びを聞いた。

 

 

 でもついた先には、血だまりにうつ伏せたまま動かなかった人しかいなかった。婆さんもどれかわからない程、バラバラだった。

 

 シュドっと風の唸る音。

 

 

「――なっ」

 

 

 目の前の志貴が仰向けに倒れた。何を一瞬でどうやったのか、すでに志貴は血だらけだった。

 

 

「おい、馬鹿、しっかりしろよっ!」

 

 

 志貴を起こす、が返事はない。代わりに遠野槙久からの見下ろす視線で身体が動かなくなる。金縛りではなく恐怖で。

 けどわかってた。もともと最初から逃げようなんて思ってもなかったし、心配なのはここで志貴が死んでしまう事のみだったが……、

 

 志貴の首筋に手を当てる。良かった、傷は深いが脈はある。何とかまだ、生きている。

 

 後は俺のすべきこと。月姫を攻略していれば誰でもわかるこの場唯一の助かり方。

 

 

 

 

「志貴、死ぬなよ、志貴っ!」

 

「……シキ?」

 

 

 志貴に続けて俺を瞬殺することも出来たのに、対峙する遠野槙久はそうする事よりも俺の言葉に反応を示す。

よし、食いついた!

 

 

「やめろ、志貴を殺さないでくれ! こいつは俺の友達なんだ!」

 

「……その子供がシキ、だと…」

 

「そうだ。七夜の里の党首、七夜黄理の後継ぎ。七夜志貴だ!」

 

 

 志貴、志貴と相手に刻みつけるように言ってやる。

 槙久が七夜を皆殺しにしたにも関わらず志貴だけを生き残し、そして養子にまでした理由。それは槙久の息子の四季と同じ名前であり、また年も近かったから。

 

 それが面白半分か、それとも情が移って殺せなかったのかまではわからないが、そこが志貴がこの七夜の滅亡から生き残る唯一の手段。

 

……俺はどうなるかわからいけど。

 

 俺は志貴を必死に抱いたまま槙久を睨みつける。

 と言っても俺だって生きたい。だから相手が結論を下す前にカードを切る。一枚きりの交渉カード。

 

 

 

 

「志貴にこれ以上手をだすんなら、こいつの親友、アキハが命を持って戦ってやる!」

 

 

 言ってて冷や汗ものだが、槙久はこの言葉に、僅かながら志貴の時と同じ反応。驚きを見せてくれた。

 それを見て思う。生き残れる可能性は俺にもあると。

 

 

「志貴を傷つける奴はこの俺、アキハが許さない。このアキハの名に懸けて、志貴を守る」

 

 

 アキハと名乗る子供に、槙久はどうでるのか。

 単純に考えれば、志貴と同じ理由で助かるかもしれない。しかし裏目にでれば、あまりにもわざとらしく、二人ともこの場で殺されることもある。

 

 槙久が今度は俺を、じっと見つめる。

 周りに助けてくれる里の人はいない。もうこの里の生き残りは俺と志貴だけなのだから。

 

 品定めするような視線。運良くも顔の作りは秋葉にだって負けてない。

 

 

「……アキハ、と言う名前なのか? お前は」

 

「志貴の親友、七夜アキハ。あんたがさっきまで戦っていた婆さんの孫だ」

 

 

 志貴の親友、と言える程の時は一緒に過ごしていないし、もちろん俺はアキハなんて名前じゃ無い。

 しかしその二つは、槙久にとって子供の俺は交渉カードになりえたらしい。

 

 そして最後の一言も、ここを生き残るために背中を押してくれたようだ。

 

 槙久の殺気が薄くなる。

 

 

 そして甲高い笑い声と同時に来た首を打たれる衝撃で、意識が断たれた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 婆さんを思い出す。

 

里の人が言うには俺と婆ちゃんはそっくりらしい。この身体は男だけど、自分でも嫌に納得できるぐらい似ていたのだ。

 

戦い方も他の七夜の人とは違うらしい。七夜の人は各々暗殺と己に適した武器で敵を殺すが、うちの婆さんと祖父は違った。

 武器を持たず、防具をつけず、ただ「(まが)りゃあああああぁ――――――!!」と叫びながら戦うのだ。

 

 

 シスターの修道着っぽいものを着せたら……おそらくは、浅上藤乃に似ていただろう。

 

 

 そんな事を最後に思いながら、志貴と俺はその場に倒れて、志貴が微かに泣いているのを見た俺は、婆さんや里の人たちの事を悲しく思いながらも、涙は流れなかった。

 

 代わりに心から一つ。何かが離れた気がした。

 

 

 

 

 

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