「ア、アキさん、動かないで下さい! 今は無理をしちゃ――」

 

「それよりも衛宮はっ……状況はどうなってる!」

 

「――っ」

 

 

 暗闇。

 じくじくと眼球から伝わる痛みに耐えながら、手探りで琥珀の手を握った。

 

 ぎゅっと握り返される。

 そこに彼女がいるのが解っているのに、瞳は壊れたテレビの様に何も映像を映さない。

 

「……と、遠坂さんが隙を付いて予定通りに“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”を突き立てました!

 だから、後はさっちゃんが頑張ってくれれば……」

 

 

 声色が下がる。

 

 おそらく危うい戦況なのだろう。

 強化魔術と感応能力を合わせる事が前提で、弓塚は黒化した狂戦士と対峙している。

 

 

 弓塚と琥珀の距離が離れる程、感応の力は衰えていく。

 一刻も早く、戦禍に巻き込まれないギリギリの地点まで琥珀を送らなければならないのに――

 

 

「アキさん!」

 

 

 声が遠い。

 琥珀の胸に身体を預けたまま、力がどこからも沸いてこない。

 

 

 ――もう、口を動かす事すら、

 

 

 過ぎたる力は、文字通り身を滅ぼした。

 生命力を枯渇させるに留まらず、それは媒介である眼球を引き千切って光を奪う。

 

 

 何も見えない。

 朦朧とする意識が、視覚以外の感覚をも取り去っていく。

 

 

 

 

 不意に、唇に何かが触れた様な……気がした。

 

 

 

 

「――――わっ、凄い場面ね!? ちょっと本気出すわよ、志貴、妹!!」

 

「に、兄さん、アキが!!」

 

「……――――殺すっ!!」

 

 

 幻聴の様な懐かしい声が耳に届く。

 

 

 頬に掛かって動かない髪を微かに感じながら――

 

 

 

 

 ――――段々と気が遠く、小さくなって……消えた。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第三十七話

 

 

 

 

 

「し――わよ……」

 

 

 泥沼から這い出る様な。

 久遠に宙を漂う感覚から、喧騒に意識が引っ張られていく。

 

 

「……せーのっ!」

 

「へぶっ!」

 

 

 途端、腹に走った衝撃にくの字に曲げて身を捩った。

 

 

「ほら、いつもの志貴の起こし方。有効でしょ?」

 

「このアーパー吸血鬼っ! 怪我人に何て事するんですか!?」

 

「……良く今まで無事でしたね、兄さん」

 

 

 強引に釣り上げられた感覚が、音を、気配を、人肌の温もりを伝える。

 無明の世界に右も左も解らぬまま、痛みに蹲っていると、

 

 

「アキさん、良かった!」

 

「し、心配したよ、アキ君っ!」

 

 

 身体が包まれる。

 それを機に薄らと……ほんの少しだけ、光が差した。

 

 

「……琥珀と、弓塚か?」

 

「み、見えないんですか、アキさんっ?」

 

「いや、幽かには……あぁ、ちょっとは解るぞ」

 

 

 右腕を抱えるのは琥珀。

 声と気配だけで視認するまでもないのだが、おぼろげな赤色は目に映った。

 

 

「貴方は生命力を使い果たしていたのですよ。

 無茶をして……目覚めなかったら、彼女達にどう責任を取るんですか?」

 

「シエルさん?」

 

 

 割と近くで発せられる声は、あの代行者のもの。

 叱責する様な口調に、キャスターの声が続いた。

 

 

「目は閉じてなさい、マスター。

 肉体も決して力は入れないで、彼女の感応能力に身を委ねていなさいな」

 

「えっと……どうなってるんだ、この身体?」

 

「どうもこうも、一体どんな無理をすればそこまで壊れるか知りたいわ。

 体力も魔力も空っぽで、更に魔術回路が全て焼き切れているわよ、貴方」

 

 

目蓋を落とし、耳を傾ける。

跳び起きた身体は仰向け寝かせられ、琥珀の膝に頭をそっと乗せられた。

 

 

「そう、なのか……」

 

「自覚があるようね。取り敢えず、元には戻らないとだけ言っておくわ。

 ……まぁ、視力の方なら何とかしてあげるから、今は身体を休めなさい」

 

「失明は一時的です。良かったですね、アキさん」

 

 

 琥珀が手を取り、彼女の頬に当てられた。

 

 涙の跡なのか、少し湿っている目元。

 触れた手先から、ゆっくりと力が流れて来る。

 

 

 ほぅっと、安堵の息が自然に漏れた。

 

 

「これで漸く気が抜けるわ。士郎も七夜君が生きているのなら、借りは返せる訳だしね」

 

「アキ……はぁ、勝手に無茶して、死ぬ程心配したんだからな」

 

 

 こちらの呼吸に重なって、凛と士郎の声が聞こえる。

 

 

「遠坂さん、衛宮――――って、そう言えば聖杯戦争は!?」

 

「むっ、アキ君、安静に!」

 

「もごっ」

 

 

 押さえ付ける弓塚。

 逆らえる筈ない怪力に、頭を冷静にさせられた。

 

 

「心配は要りません、七夜。戦争は無事に終息しました。

 現在は凛の家で休息し、貴方が目覚めるのを待っていたのです」

 

「終わった? でも……」

 

 

 労わる様なシオンに、しかし安心は出来なかった。

 

 

 言峰綺礼。

 原作でどのルートでも立ち憚った人物だけに、何も関わらぬまま終わるとは考えにくい。

 

 もちろん、それを含めての電撃作戦。

 彼が動くより先に大聖杯を壊してしまえと、無理を押して急激に事を進めたのではあるけれど――

 

 

 視界が閉ざされているために、暗闇の中にいるために不安に陥ってしまうのか。

 そんな胸中に蠢く危惧の念は――しかし、一言で打ち消された。

 

 

「マスター。彼が言っているのは、あの神父の事じゃないのか?」

 

「それは無い、アーチャー。

……そもそも、その人物は敵かどうかすら定かでは無かったではないですか」

 

「いいや、あの悪人面は絶対に――」

 

「ちょ、ちょっと待て!?」

 

 

 消滅した筈のゴドーと何故か喋っているシオン。

 状況にも内容にも、一寸置く間も無しに突っ込んだ。

 

 思わず目を開けそうになったが、キャスターに注意された手前、それだけは何とか踏み留まる。

 

 

「な、何でゴドーさんが……それに殺した!?」

 

「あぁ、そこの少年と化けも――白いお嬢さんと出会ってな。

君達の元に駆け付ける途中、如何にもな男が潜んでいたのさ」

 

 

 それで殺したとゴドーは言う。

 裏で嗅ぎまわっていたのだろうと……どうにも物的証拠は無さそうな言い方であったけど。

 

 

「実際に奴からも聖杯に近い気配はあったし、ランサーの縛りも殺された瞬間に無くなったんだ。

 マスターの小言は煩いが、何も間違った事はしてないんだがね」

 

「そ、それよりも生きていたのなら先に連絡を寄越して下さい!

 単独行動のスキルがあるとは言え、少々勝手が過ぎて手に負えませんっ」

 

「そっちの方が性に合っていたんだ。仕方ないだろ?」

 

 

 参った感じに言葉を掛けるゴドーに対し、シオンの愚痴は収まらない。

 

 黒い影を相手にして、何故生き延びられたのか。

 そもそも、令呪は完全に消えた筈ではなかったか。

 

 

(宝具……)

 

 

 もしかしたら、とは思う。

 メディアの様に伝承が元となって形作られた宝具も、中にはある。

 

 

(まぁ、隠しているのなら……済んだ事だ。考えても仕様が無い)

 

 

きっと、この英霊は煙草を咥えながら苦笑して流すに違いない。

 そんな想像を浮かべて……何とも言えない溜め息を吐いた。

 

 

 結末はいつも、自分以外の手に依って閉められる。

 

 

 力の無い人間なのだから、別に憂慮する事では無い。

 むしろ、力ある者達で決着された事態は安心すべき事なのだが……。

 

 

 

 

 ――ここまで足掻いたのだから、せめて最後まで見届けたかった。

 

 

 それは、生きている現状を顧みての贅沢なのだけど。

 

 

「へっ、しかしまぁ、随分と生温い戦争になっちまったな」

 

「貴方は全員のサーヴァントと戦ったと言うのに、まだ物足りないと言いますか」

 

 

 またしても聞き覚えのある声。

 ランサーとバゼットが、室内に声を響かせる。

 

 と言うか、貴様までいたのか、ランサー。

 

 

「バーサーカー以外は健在してんだ。七騎の内の六騎が残っていりゃ、身体が厭にでも疼くもんさ。

 どうだい、セイバー。今から昨夜の続きをするってのは?」

 

 

 陽気な調子は相変わらず。

 ライダーの相手をしていたにも関わらず、疲れを知らない様にセイバーを誘う。

 

 もっとも、流石にセイバーはそこまで愉快な人柄で無い。

 若干疲弊した口調で、

 

 

「……受けても構わないが、生憎私はマスターに逆らえなくてな。

 これから事後処理に扱き使われる手前、余分な消耗は避けたいのだよ」

 

「ちっ、臆病風に吹かれやがって……。

 まぁ、うちのマスターといれば荒事には事欠かねぇし、そっちで発散かねぇ」

 

 

 矛を収める。

 状況を把握し切れた訳ではないが、セイバーも元通りに凛の従者となったのだろう。

 

 琥珀も弓塚も、誰も死なずに此処にいる。

 聖杯を破壊し、この戦争の障害である言峰綺礼と間桐臓硯、そして英雄王も既にいない。

 

 

 

 

 ならば本当に――終わったのだ。

 

 

 魔術回路は焼き切れ、瞳は鮮明な景色を映さない。

 ただ……それだけ。

 

 目が見えずとも、傍らの気配は感じ取れる。

 消えない温もりが、ずっと安心感を与えてくれる。

 

 

 聖杯戦争は、無事に終わりを迎えたのだ。

 

 

「イリヤはどうする? 俺は藤ねぇの所に世話になるけど、良かったら一緒に来るか?」

 

「行く行く! セラとリズも連れていくけど構わないわよね、シロウっ」

 

「桜はここに残ってくれない?

貴女の身体、暫く様子を見ないと危ないし……間桐君なら、放っといても死にはしないわ」

 

「……はい、姉さん」

 

 

 各々が会話をし始める。

 

 傷付いた身体、疲労困憊。

 それでも、救った命、守られた日常の尊さにおそらく笑みを浮かべながら。

 

 

「……志貴、いるか?」

 

「ここにいるよ、アキ」

 

 

 意識を手放す間際に聞こえた声は、どうやら幻聴ではなかったらしい。

 

 

「ははっ、変わらないヒーローぶりだったな」

 

「それを言うなら、アキも変わらず厄介事に突っ込んでるじゃん」

 

「うぐぅ……」

 

「はぁ、全く」

 

 

 久しぶりのやり取りに、志貴の顔を見たくなる。

 それが解ってか、すぐさま琥珀の掌が目蓋を覆ってしまったけど。

 

 

「……」

 

「駄目ですよ、アキさん」

 

「……す、少しだけ」

 

「我儘言ってると、感応能力を止めちゃいますから」

 

 

 窘める言い方。

 それが可笑しかったのか、志貴の笑い声が耳に入った。

 

 手玉に取られている場面を見られた様で、恥ずかしい。

 

 

「あー、志貴がここにいるって事は……修行の方は?」

 

「一通りは済んだかな。最近はただ世界を回るだけだったし、手紙を置いて逃げて来た」

 

「い、いいのか、それ?」

 

「口実はあるから問題ないよ。それに、いざとなったらアルクェイドと二人で――」

 

 

 言い掛けて、志貴は口を噤む。

 

 秋葉や翡翠に気を遣い、物騒な発言は避けたのだろう。

 レンを含めた四人の旅路、その風景が非常に気になるところである。

 

 

 しかしまぁ、今の言葉を聞いて思う事は……

 

 

「では、兄さんもアキも、三咲町に帰って来るんですね」

 

「志貴君もアキくんもお疲れ様っ」

 

 

 秋葉と翡翠が、感極まった様に代弁を。

 

 そう。

 九年前の惨劇から、綻び始めた遠野の家。

 

 バラバラになった皆が、漸く腰を落ち着かせて再び暮らせるのだ。

 

 

 シオンと弓塚、キャスターとアサシン、それにゴドーも来るだろうから大分賑やかになってしまうが――

 

 

「やっとお帰りだな、志貴」

 

「……ただいま、アキ。ちゃんと強くなって帰って来たよ」

 

 

 嬉しそうに。

 こちらの伸ばした手を、しっかりと掴んで志貴は応えた。

 

 琥珀と弓塚、翡翠と秋葉に囲まれて、

 

 

「――――長かった」

 

 

 心の底から。

これまでの時を振り返って、そっと息を吐きだした。

 

 七夜の里の襲撃から、槙久に何とか志貴と一緒に引き取られ、

 

 

(琥珀を元気付けて、四季の反転に手を出して――)

 

 

 遠野シキとして過ごした八年間。

 弓塚と仲良くなって、日課の鍛錬をこなして来た。

 

 猟奇殺人事件、人形師を探し周り、果ては聖杯戦争に介入だ。

 それもついに、終わりを迎える。

 

 

 魔眼はもう使えない。

 しかし、惜しいと思うと同時に――悔いはない。

 

 この魔眼で、様々な運命を捻じ曲げられた。

 槙久と臓硯の命を奪い、最後に士郎を庇って焼き切れたのだ。

 

 

 

 

 ――これ以上ない“七夜アキハ”の相棒だった。

 

 

「後の荒事は、弓塚に任せた方が良さそうだし」

 

「ふぇ、わ、わたし!?」

 

 

 呆けた弓塚の反応に、苦笑い。

 

 これからは志貴も、キャスターやシオンも側にいる。

 ならば、自分はそろそろ身を引く頃合いなのだろう。

 

 

 橙子さんに言われた通り、この身に納まる裁量は本来酷く狭いもの。

 

弓塚の問題さえ解決出来れば、最早望む事は何も――

 

 

「あ、鳴ってる」

 

 

 呟くのは弓塚。

 携帯電話が――珍しく、通常の着信音を奏でていた。

 

 士郎の拉致を二度も知らせた機器。

 それ自体も、聖杯戦争が終わった今となっては懐かしい。

 

 

「悪い、弓塚。持ってきてくれないか?」

 

「うん、アキ君のバックだよね」

 

 

 駆け足で向かう。

 

 

 軽快に行き来する足音。

 携帯に掛けて来る人物は、そう多くはない。

 

 多分、橙子さん辺り。

 タイミングが良いというか、まるで見計らっていた様だけど。

 

 

「アキ君、鮮花さんからっ」

 

「――何?」

 

 

 思わぬ名前に驚きながら、手渡された携帯を耳元に当てる。

 

 

「琥珀、時間は?」

 

「まだ朝の六時過ぎですが……」

 

「……むぅ」

 

 

 非常識という訳ではないが、電話を掛けるにはまだ早い。

 先に安堵したのも束の間、嫌な汗が額に浮かぶ。

 

 

「はい、こちら七――」

 

『――――あっ! やっと繋がりましたっ!』

 

 

 開口一番、凛とした声が響いた。

 朝っぱらから、元気そうで何よりである。

 

 

『何回も掛けたんですよ。何でこんな時にパッと出てくれないんです、もうっ!』

 

「こっちも忙しいの知ってるだろ、おい。

 ……で、何用だ?」

 

『そ、そうですね。ですが、七夜さんには伝えておこうと思いまして。

 七夜さん、藤乃と仲良かったですから、連絡だけでもしておきたかったんです』

 

 

 藤乃。

 その名前に、半ば忘れていた事を思い出した。

 

 

『あの子、一昨日から寮にも帰らないで……何処にもいないんです!

 聞けば捜索願いまで出てるらしくって、それで――』

 

 

 焦った口調。

 藤乃が行方不明。

 

 

 確かに、両儀式が目覚めてから三、四ヶ月程になる事を考えれば――

 

 

『何か嫌な予感がするんです。

 もしも七夜さんの用事が終わりましたら、出来るだけ早く――」

 

「すぐ行く」

 

『え……?』

 

「ちょうどこっちも終わったところだ。

どの道、橙子さんには会わなきゃいけないし、藤乃が大変なら放っておけない」

 

 

 鮮花がこの事件に関わっている事は大きなズレだ。

 介入するかどうかは橙子さんの約束もあり、まだ定かではないが……

 

 

「無事に保護出来れば問題ない。

 でも、万が一藤乃が錯乱していて荒事になった場合には――」

 

『歪曲の魔眼ですか? でも、あの子が使えるとは……いえ、油断はいけませんね。

どちらにしろ対魔眼には慣れてます! 私の心配はいりません』

 

「了承。すぐ向かうから」

 

『はい、ありがとうございます、七夜さん。

――それでは、また後でっ』

 

 

 プツリと駆け足と共に音が途切れる。

 

 

 何だか非難の視線を感じるが、仕方ない。

 

 聖杯戦争に比べれば、死線と言うには生温いのだ。

 もう一頑張り、この身体でも役目を果たす事は可能だろう。

 

 

「すまん、秋葉、志貴。三咲町には先に帰っていてくれないか?

 こっちは野暮用が出来たから――」

 

「なら俺も行くよ、アキ。

 どうせまた厄介事なんだから、今のアキには荷が重いだろ?」

 

 

 二人に断りを入れた瞬間。

 それを解っていた様に、素早く志貴が同行の意を表した。

 

 

 直死の魔眼を持つ殺人貴。

 心強いが、それ以上に要らぬ事態を起こしそうなので勘弁したい。

 

 空の境界全体ではなく、関わるのは藤乃だけ。

 両儀式と対面した日には、殺し合いでも勃発し兼ねない。

 

 

「兄さんとアキが行くのでしたら、私も同行致しましょう。いいわね、翡翠」

 

「はい。まぁ、何かと心配ですからね」

 

「む、じゃあ私もついて行こうっと。何か面白そうだし! ね、レン」

 

「……」

 

「お、おいおい……」

 

 

 拒否を伝える前に、高らかに上がる三人の声。

 表情が見えないため、何を考えているのかも読み取れない。

 

 

「人形師の元に行くのでしたら、私も同行して宜しいでしょうか。

彼女に義手を作って貰いたいのですが……七夜君、仲介を頼めませんか?」

 

「面倒臭ぇ匂いがしやがるが、マスターが行くんなら仕方ねぇな」

 

「タタリの出現にはまだ早い。

 七夜達が帰らないのでしたら、私も暫くは共に行動しましょう」

 

「……って事は、サーヴァントの俺も行かなきゃか」

 

 

 バゼットとシオン、それぞれの従者がそれに続く。

 正直、シオン以外は碌でもない事を引き起こしそうな輩である。

 

 

「アキが怪我を押してでも行くんなら、俺も行くぞ。

 アキと鮮花さんには借りはたくさんあるんだ。少しでも力を貸させてくれ」

 

「で、でも先輩だって傷が酷いのに……で、でしたら私も行きます。いいよね、ライダー、姉さんっ」

 

「桜の思う様に。何があろうと、桜は私が守りますから」

 

「はぁ……ま、こっちはセイバーと何とかするわ。

 士郎の事、任せたわよ。……ただし、イリヤはちゃんと手伝ってよね」

 

「えええぇ!? 私もシロウと一緒に行きたい――!」

 

 

 駄々を捏ねるイリヤ。

 士郎と桜も意気込むのは構わないが、それ以前に同行を許可していないのを知って欲しい。

 

 

 そして空いた手に渡される――リボン。

 

 

「ほら、マスターの大切なものでしょう、これは。

 アサシンを使えば今の貴方でも身は守れる。彼女二人は……暫くは守ってあげても良くってよ?」 

 

「貴方達を見届けると言ったのですから、私も一緒に向かいましょう。

 私の知らないところで勝手に死なれては、寝覚めがとても悪いですから」

 

 

 キャスターとシエル。

 敵だと思っていた二人の、少し前までは想像できない文句が発せられる。

 

 

 何と言えばいいのだろうか。

 

 

 いつしか場は断れない雰囲気に。

 一人二人ならともかく、こんな大勢。

 

 本当に連れて行ったら、橙子さんにどんな顔をされるのか。

 眉間に皺を寄せられる、好意的な態度で迎えられない事だけは確かである。

 

 

「アキさん」

 

「アキ君っ」

 

「えっと……」

 

 

 旅は道連れ、世は情け。

 

 傍らから聞こえる二人の声はやけに明るい。

 これだけの人数、それは頼もしくもなるのだろう。

 

 

「藤乃の件は、我儘で関わる様なものなんだが……」

 

「そう言わずに。ここは皆様に甘えて、上手く乗り切っちゃいましょう?」

 

「そうだよ、ここまで来て水臭い事は言いっこ無し! 最後まで一緒に頑張ろうっ」

 

 

 もう少し。

 彼女達の言葉に押されて、身体に力が入ってくる。

 

 引き際を間違えてはいけない。

 力量が無い自分だからこそ、二人を守るためにもその見極めは肝心だ。

 

 

 

 

 だが、自分“達”であれば――

 

 

 空の境界に、何処まで関わるかは分からない。

 藤乃に手を出せば、否応なしに最後まで舞台に立たなければならなくなるかもしれないが、

 

 

 

 

「――――よし、行くか!」

 

 

 頷く二人の声を聞く。

 目蓋を閉じたまま、両側で微笑む二人を感じ取って――

 

 

 終わらせよう。

 

 ――――この世界で、新たなスタートを切る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

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聖杯戦争、終結。

次回で完結です。