「お待たせ、シオンさん」

 

「気を使わせて悪かったな。……衛宮達は?」

 

「彼らはまだ来ていませんが……そういう貴方達も二人だけで、琥珀はどうしたのです?」

 

「出掛けるにはちょい早いし、もう少し寝かしてやろうかなって」

 

 

 弓塚と魔力のパスを、琥珀と感応の契約を結び、幾らか仮眠を取った後に階下へ降りた。

 

 リビングの手前で佇むシオンの姿。

 彼女もそれなりに休息は取れたのか、先程よりも顔色の調子は戻っている。

 

 

「そうですか。確かに、消耗の多い彼女は少しでも休めた方がいい。

 ……って、さつきも疲れが抜けていない様に見えますが?」

 

「あはは……わたしのは、ほら……ね?」

 

「……ふむ、な、成る程」

 

 

 何やら視線を合わせて気まずそうに頷く両者。

 

 既に意思疎通を出来る仲にはなってたらしい。

 いらぬ事まで弓塚から伝わっていくのは、こちらとしては頂けないが。

 

 

「……それで……その、どうでしたか、さつき?」

 

「ひらすらに……は、激しかったよぉ……」

 

「ば、馬鹿! そこは秘密にしとけよっ!」

 

 

 モジモジしながらも律儀に答える弓塚を慌てて止めた。

 

 顔を赤くして、伏し目がちに見つめられる。

 ――無言の圧力。

 

 

「だ、だって……わたし初めてなのに……三回も」

 

「七夜ェ……」

 

「ご、誤解だ、シオンさん! あれは体質というか、た、退魔の血が疼いた所為で……」

 

 

 人外に連なるものに対しては攻撃性が強まるのか。

 琥珀も弓塚も純正の人間ではない為、湧き上がる衝動を抑えきれなかった次第である。

 

 

「優しくしてって言ったのに……うぅ、お腹の下がジンジンするよ」

 

「お、お前な、そういう発言は」

 

 

 下腹部を擦る弓塚を見て、脳裏に映し出される場景。

 

 

 シーツを咥え、乱れる弓塚。

 腰のリズムに合わせて、小さい口から漏れる喘ぎ声。

 

 思わず身体が反応する。

 

 

(お、落ち着け。流石にこれ以上は変態だっ)

 

 

 弓塚のイメージを脳内で強引に変換。

 

 あれは――しまじろう。

 しまじろうの喘ぎ声だと、脳を騙して置き換える。

 

 

「……ふぅ」

 

「さつき、言葉は選んだ方がいいと友人として警告しましょう。

 ともすれば、危うく第二ラウンドが始まるところでしたから」

 

「ふぇ?」

 

 

 首を傾げる弓塚。

 そんな様子に溜め息を吐いて、シオンはこちらに顔を向ける。

 

 

「それと七夜、貴方に客人が見えている。

急用という訳ではなかったので、今はリビングの方で待機させておいてあります」

 

「客? こんな時間にか?」

 

 

 時刻を考えるに、常識的な来訪者ではないのだろう。

 

 

「大方、七夜と面識のある人物です。

 記憶通り、貴方の持つ人間関係はやはり一筋縄にはいかない人物が多い様だ」

 

 

 心当たりの無いまま、シオンの後に続き歩を進める。

 

 そもそも、こちらを訪ねて来る辺り怪しいものだ。

 七夜アキハの行方を知っている者は、橙子さんに鮮花、有間の叔母さん以外にいない筈なのだから。

 

 

 アインツベルンのメイド二人に依って、綺麗に片づけられた一室に入る。

 

 

 

 

 ――――そこにいた人物に、現実を疑った。

 

 

 ソファに腰掛け、紅茶を口にする四つの人影。

 

 初対面の女性――スーツ姿のバゼット・フラガ・マクレミッツを除き、確かに残りの三人とは関係がある。

 

 

「お久しぶりです、七夜アキハ」

 

「半年ぶりね、アキくん。姉さんは元気?」

 

 

 法衣に身を包んだ代行者。

 琥珀の妹、メイド服を纏った翡翠。

 

 

 

 

 ――そして、

 

 

「……久しぶり、アキ」

 

 

 遠野の当主、秋葉。

 冴えない表情で――去年の五月以来、互いに初めて顔を合わした。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第三十五話

 

 

 

 

 

「――じゃあ、衛宮の助太刀をしたり、校舎の結界に封印の術式を施したのは……」

 

「えぇ。貴方達を監視しながら、私も消極的にですがこの戦争に介入していました」

 

「……だからって流石にランサーとは……あぁ、顔が腫れてるのはそのせいか」

 

 

 こちらも腰掛け、これまでの経緯を話すシエルに耳を傾けた。

 

 猟奇殺人事件の終盤に、弓塚と死闘を繰り広げた代行者。

 幾分か表情が柔らかくなっているのは、垂れている目蓋が見せる錯覚か。

 

 

 琥珀にも声を掛け、部屋の隅に目を向ければ翡翠と談笑をしている姿が見て取れる。

 

 

「しかし……何で代行者を辞めたんだ、シエルさんは?」

 

「ロアが消滅すれば、私が機関にいる意味は無くなります。

 身体の不死性も失われますし、別に不思議な事ではないでしょう?」

 

「い、いや、でも……あれ?」

 

「ふふん」

 

 

 どや顔された。

 

 

「私としては、貴方達がかの人形師に世話になっていた事の方が驚きですが」

 

「七夜君……でしたか。一体どうやって彼女に取り入ったんです?

 ――っと、執行者の私にそこまでは流石に話せませんか」

 

 

 噂に違わず。

 蒼崎橙子との関係に目を白黒させる元代行者と執行者に、苦笑いで誤魔化しておく。

 

 状況を確認すると言っても、何処まで話すべきか。

 

 

 互いに機密にしなければならない事は多いが、現状を見据え臨機応変に。

 二人とも組織の役職は一旦置いて、一個人として関わる事を約束付けてくれた。

 

 故に、シエルの問いにも多少省く事はあれ真実を。

 秋葉にも聞かせる様に、去年からの約九ヶ月を追っていく。

 

 

「……そうですか。

では、この戦争を終わらせキャスターの宝具で蒼崎氏の解呪を行えば、貴方達は三咲町に戻れるのですね」

 

「一応は。まぁ、問題も色々あるけど」

 

 

 安堵する様なシエルの声色。

 

 キャスターが現世に留まってくれるか。

 弓塚の本体をどこに封印しておくか、など懸念事項は尽きないが。

 

 

 取り敢えずは、そこが一つの終着点である事は間違いない。

 

 

 

 

弓塚――見逃した死徒が他の地で危害を加えていないか、それを確認するためにシエルはこちらを追って来たと言った。

 

 琥珀の感応のおかげで吸血衝動に依る破局を迎える事も無く、今日まで弓塚は人の心を保ってきている。

 それを認めたシエルは――

 

 

「三咲に戻るまで、ロア殲滅の積み残しとして最後まで貴方達を見届けましょう。

 そうですね、そこの……」

 

 

 言って、目線を隣に座る弓塚へと移す。

 

 

「彼女が人の身を得て、再び友人らと共に日の下を歩いたのならば……監視は終わりにします。

 もっとも、半年に一度は様子を伺いますから――」

 

 

勘違いしないで下さいよ。

そう付け足すシエルに、弓塚に対する敵意は見られない。

 

 

「おぉ! 良かったな、弓塚」

 

「シエルさん……あ、ありがとうございます」

 

「……はぁ、敵である死徒に礼を言われるとは……何だか調子が狂ってしまいますね」

 

 

 頭に巻かれた包帯を押さえて、シエルは首を振る。

 が、本気で参っているという訳ではなく元代行者としてのポーズなのだろう。

 

 シエルの口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。

 

 

「遠くから見るのを止めて姿を現してくれたって事は、大聖杯の破壊に協力して貰えると考えていいのか?

その、そっちのバゼットさんも?」

 

「いえ、残念ですが私たちは同行出来ません。

 彼女は昏睡状態から目覚めたばかりであり、戦闘行為は不可能です。私も……」

 

 

 スルリと、シエルは法衣を脱ぐ。

 弓塚と秋葉、自分も、シエルの露わになった肢体を見て息を呑んだ。

 

 

「昼間のランサーとの戦闘で、散々に痛めつけられましたから」

 

 

 刀傷、刺傷、打撲傷。

 身体の至る所に、見るに堪えない傷跡が生々しく残っている。

 

 

「ち、治癒魔術は? あんたなら簡単に治せるんじゃないのか?」

 

「切り傷は彼の宝具の特性でしょうか、一種の呪いが掛けられていて回復させるには膨大な魔力を消費します。

 ならば魔力を空にして肉体を癒すよりも、その魔力を他に当てた方が効率が良いですから」

 

「他?」

 

「貴方のサーヴァントです」

 

 

 漸く、シエルの意図が掴めた。

 

 

「七夜君さえ宜しければ、私がキャスターと一時的に契約を結びましょう。

 ……大丈夫であれば、ですが……」

 

 

 シエルの視線は、こちらの後ろに佇むキャスターへ。

 

 

 大丈夫か。

 その言葉は、おそらく信頼関係を指しているのだろう。

 

 今朝までなら有り難くも、首を縦に振れない条件。

 

 

しかし、今のキャスターなら、

 

 

「そいつは助かる。

シエルさんが魔力を供給してくれるのなら、弓塚は余分な消耗を抑えられるからな」

 

「いいのですか?」

 

「心配ない。キャスター、お願い出来るか?」

 

「……まぁ、今のままでは扱える強化魔術も限られてしまいますからね。

 少しでもマシになるのでしたら、反対する理由は無くってよ」

 

 

 では、とシエルが契約の呪文を唱え、キャスターが前に進み出る。

 

 室内に走る魔力。

 跪くキャスターに、ゆっくりと手を伸ばすシエル。

 

 

 それに応える様にキャスターが触れた瞬間――

 

 

 

 

 ――――紫の魔力が迸り、乱気流を巻き起こした。

 

 

「ぶっ!」

 

「わわ、きゃ!」

 

 

 腰掛けていたソファが吹き飛び、弓塚と二人で後ろへ転がる。

 打ち付けた個所を擦りながら身を起こすと、

 

 

「うわぁ……」

 

 

 シエルとキャスターを中心に嵐でも発生したかの様に。

 滅茶苦茶になった室内に、離れた場所でセラが額に青筋を浮かべていた。

 

 

「ふふ、フフフフフハハハ……」

 

「キャ、キャスター?」

 

「今まで細々とした魔力でやり繰りして来たからかしらね……これ程までにッ!

 こんなハレバレとした気分は無かったわぁ……フッフッフッ」

 

「……取り敢えず、無事に結べた様で何よりだ」

 

 

 魔眼使いのこちらと大魔道師レベルのシエルとでは、満ち溢れる魔力も天と地だ。

 使い魔として存在する以上、マスターの優劣はサーヴァントの力を大きく左右させるのだろう。

 

 

「貴女のおかげよ! 魔力が身体に馴染んでいくわッ!

 んん――――ッツ! 最高にハイって奴ねえぇぇ――!!」

 

 

 余りにも差があった所為か、反動でキャスターが発狂してしまったけど。

 

 

「……で、秋葉の用件って何なんだ?」

 

「こ、こんな惨状で良く平気に話せるわね、アキ……」

 

「は、はは……」

 

 

 慣れとは怖いものである。

 

 

「そうですね。秋葉様が私たちの居場所を知っている――のは諜報員を使ったとしまして」

 

「っ、琥珀!?」

 

「あはっ、いきなり睨まないで下さいよ、秋葉様。

 ここまで訪ねて来たという事は、私たちに……いえ、アキさんに話があるんですよね?」

 

 

 秋葉と会話を切り出す寸前に、琥珀が割って入る。

 

 秋葉もこちらも吹っ飛ばされて身体を倒したまま。

 近付いた琥珀は、腰を下ろし床へと座った。

 

 

「――っ」

 

 

 うつ伏せに顔だけ上げてこちらへ向ける。

 同じ姿勢で見返した。

 

 

「……お」

 

「お?」

 

 

 震える様にして唇を動かす秋葉。

 

 側で見守る琥珀。

 彼女の手が、背中越しに肩へと添えられた。

 

 

「……お願いに来たの。

 過去の償いを……私はまだ、していないから」

 

「あ、秋葉……」

 

「翡翠から聞いたわ。それで、仕事の合間に取り計らって……」

 

 

 何を、とは聞かない。

 秋葉から紡がれる言葉に、静かに耳を傾ける。

 

 

「詐称の無い、正式な戸籍を用意したわ。

 父の時から続いている様な、都合のいい世話係じゃなくて……」

 

 

 珍しく不安な色を孕んだ、秋葉の瞳。

 

 

「“遠野アキ”、“遠野琥珀”として、改めて遠野家の養子になって欲しいの。

 貴方達にしてきた所業を……出来れば、家族として償っていきたいから……」

 

「勘当の件は?」

 

「……取り消しよ、そんなもの」

 

 

 何とも自分勝手なお嬢様である。

 

 

「だ、駄目?」

 

「お、お前、何か性格変わってないか?」

 

「去年から業績が落ち込み気味でしたけど、余程仕事が手に付かなかった様ですね、秋葉様は」

 

「うっ……」

 

 

 殊勝に訊ねて来る態度。

余りの変貌ぶりに思わず偽物か疑う程、気丈な振る舞いはどこか空々しい。

 

 そんな中に琥珀が追い打ちを掛け、秋葉の顔を引き攣らせる。

 

 

「きっとアキさんを追い出す事のヤバさに後々になって気付いたんでしょう。

 何と言っても、アキさんと秋葉様は志貴さんにとって大事な人ですからね」

 

 

 和服を着ていた時の癖なのか、口元を隠す様にしてほくそ笑む琥珀。

 

 

「家を空けている間に勘当なんて身内で起こっていたと知れば、どう動くか……うぅん、ちょっと想像は出来ませんが、下手したら内部分裂で遠野家崩壊というシナリオも――」

 

「お、おいおい! 少し脅かし過ぎじゃないか?」

 

 

 秋葉が志貴に抱いている感情は皆目承知だ。

 そんな言葉を並べれば、立ちどころに秋葉の心が乱れて――

 

 

「そうね……私もそれは想像したわ」

 

 

 予測済みだったらしい。

 

 

「だからアキさんと縁りを戻そうと?」

 

「えぇ――――って、それだけじゃ無いわよ!?

 貴方達が支えてくれないと、その、辛いし……遠野家が犯した罪は――」

 

「もういい、秋葉」

 

「えっ?」

 

 

 遮る。

 

 琥珀に乗せられて本音が漏れそうになった秋葉だが、伝えたい想いは零す事無く掴み取れた。

 これ以上、言葉を重ねられたところで変わらない。

 

 

「そ、そんな……」

 

「いや、勘違いするなって。

そもそも、あの時は距離を取りたかったために勘当を言い渡されたんだって解ってたし」

 

「むっ、ちょっと甘いですよ、アキさん」

 

「そんなに苛めるなよ、おい。

 秋葉を泣かしたら、調子乗り過ぎた罰として琥珀も泣かしてやるからな?」

 

「な、泣かすだなんて……もうっ、乱暴は嫌ですって何度もお願いしましたのに……」

 

「……」

 

 

 琥珀につられ、こっちまで赤くなった。

 カット、カットである。

 

 

「ふ、二人とも……?」

 

「な、何でもないぞ! うん。

 と、とにかくだ。秋葉自身が悪い事をした訳じゃ――」

 

「――アキさんを見捨てて、危うく亡き者にしようとしました」

 

「……まぁ、互いに思うところは様々あるけどさ」

 

 

 いらぬ事を思い出させてくれる琥珀。

 やっぱり彼女が根に持ってくれている手前、どうにも怒りが沸き上がらない。

 

 ほんと自分には勿体無い程、補佐の上手い使用人だ。

 

 

「こっちも弓塚の件が落ち着いたら、三咲に帰りたいと思ってる。

 だから……秋葉がそう言ってくれて、凄く嬉しかったぞ」

 

 

 いつかは元通りになると呑気に構えていたが、それだって二年、三年後。

 一年程で手打ちとなるのであれば、自然と顔が綻ぶものも仕方ない。

 

 

「まだその名前は受け取れないが……もう少し。

 もう少したったら屋敷に戻るから、その時は迎えてくれないか?」

 

 

 今度は志貴も一緒に。

 

 そう言葉を掛けられた秋葉は――

 

 

「……やっと安心した。……その言葉が、聞きたかったのよ」

 

 

 目尻に涙を溜めて、文句を言う様に笑ってくれた。

 

 

 階段を鳴らす複数の足音。

 士郎達が、休息を終えて戻って来る。

 

 

 

 

 図らずも、憂い事は全て消えた。

 

 

 ――――さぁ、後は、

 

 

極東の地で開かれた聖杯戦争。

 歪み、混迷に陥ったそれに、終止符を打ちに行くだけだ。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「淀んだ、気分の滅入る空気ですね。さつき、前方に敵影はありませんか?」

 

「うぅん、大丈夫。でも、確かに嫌な感じかも……」

 

 

 弓塚を先頭に、懐中電灯で辺りを照らしながら洞穴の内部を進んでいく。

 

 纏わり付く瘴気。

 不測の事態に備え、感覚を四方八方へと研ぎ澄ませる。

 

 

「ランサーに追い付かれる前に、とにかく急ぎましょう。

 連戦で消耗してると言っても、片腕のライダーじゃ長くは耐えられないわ」

 

 

 凛の緊迫した声が響く。

 

 弓塚の後に続く琥珀とキャスター、彼女らをシオンと二人で守るのが自分の役目。

 しんがりを務める士郎と凛を時たま振り返り確認して、更に奥へと踏み入れる。

 

 

 シエルの言った通り、山道の途中には立ち塞がる様にしてランサーが待ち構えていた。

 

 彼を押さえるのは騎乗の英霊。

 イリヤとシエルの使い魔を用いて遠坂邸から戦闘を監視し、危うくなったら桜の令呪で撤退させる。

 

 それまでの間に、この七人で大聖杯へと向かい破壊しなければならないのだ。

 

 

「うぅ……何だか緊張して来たよ」

 

「あともう少しで終わりだから……ファイトよ、さっちゃん!」

 

 

 弓塚を励ます琥珀を見て、場違いにも零れる笑み。

 

 何事も無く聖杯を破壊できれば良し。

 もしも何らかの妨害を受ける様であれば、その時は――

 

 

 結わっていたリボンは、今は秋葉の手の中に。

 

 遠坂邸で帰りを待つ彼女らに、危害が及ばないとも限らない。

 

 三割程の実力も出せないシエルとバゼット。

 戦闘慣れしていない秋葉に、極々一般人の翡翠と魔術師としては未熟な桜。

 

 セラとリズは多少腕が立つであろうが、それでも不安な事に変わりは無い。

 

 

 今夜、アサシンには見張りに徹して貰う。

 帰る場所を、志貴のためにも秋葉と翡翠を危険な目には遭わせられない。

 

 

 

 

 腹の底から、力を入れる。

 

 走り回った約九ヶ月。

それを、後悔なしに終わらせよう。

 

 

「琥珀、さつき――最後の仕事だ、頑張るぞっ」

 

「はい、アキさん」

 

「体調ばっちり、絶対に誰も死なせないよ!」

 

 

 坑道を抜ける。

 

 

 

 

 ――――途端に、突き抜けた荒涼な大地が展開された。

 

 

 地の底である事を忘れてしまう程、地下に広がる大空洞。

 崖を越えた先に、クレーターの中心に、祭壇に捧げられる様に存在するソレ。

 

 

 魔術師として不器用な自分ですら、大気に溢れるマナを感じる。

 

 黒い孔。

 黒く赤い、邪悪な魔力を纏わせたテンノサカズキが眼前にそびえ立つ。

 

 

 

 

 そうして、一歩踏み入れた瞬間に――

 

 ドロリ、ドロリと。

 

 聖杯が蠢く。

 滲み出る様にして、黒い泥が人型へと変わっていく。

 

 

 敵意を持つ者への、原始的な防衛本能から為るものか。

 

 収集した魂が吐き出される。

 黒く染め上げられた――――二騎の英霊。

 

 セイバーとバーサーカーが、理性の失った瞳をぎらつかせた。

 

 

 剣製を極めた戦士と、全てを押し潰す狂戦士。

 

 仕掛けるにはギリギリのライン。

 しかし……臆せず挑めば、打倒は決して不可能でない。

 

 

「■■■――――っ!!」

 

 

 巨人が体躯を漲らせ、天に吠える。

 

 呼応する様に弓塚が一歩、前に出た。

 

 

「アキ君――」

 

「あぁ、無茶はするなよ」

 

「うんっ」

 

 

 長髪をなびかせ、浴びせられる威圧感に怯む事無く、

 

 

「――――バーサーカーさんっ!!」

 

 

 轟く咆哮を掻き消す程の大声で、弓塚は語り掛ける。

 

 

「イリヤちゃんは無事保護しました! セラさんとリズさんも、今はイリヤちゃんと一緒にいます!」

 

 

 拳を握り、規格外の怪物を毅然と見つめる弓塚。

 

 拳を合わした回数はいざ知れず、間違いなく二人は好敵手だ。

 ケジメを着けるために、その心情を声に乗せる。

 

 

「バーサーカーさんとは二回、昨日は共同戦線でしたからこれで三回――三度目の、正直ですっ」

 

 

 陣形を整える。

 シオンの背にキャスターを、自分の背中には琥珀を隠す。

 

 先陣を切るのは弓塚。

 

 

「この手合わせで聖杯戦争も終わりです。わたし達の目的は、後ろの大聖杯を壊す事……」

 

「■■――っ!!」

 

 

 突進する狂戦士。

 地響きを鳴らし、大剣を振り上げ弓塚へと襲いかかる。

 

 

「だから、バーサーカーさんがわたし達の邪魔をするのなら――っ!」

 

 

 ――拳を捩じり、刃の側面へと滑らせる。

 

 

 新たに施したのは降霊術。

 三段階まで重ね掛けた強化魔術に加えて、キャスターの魔術が彼女を一騎当千の猛者へと変える。

 

 先人の技術を弓塚さつきに降ろし、連なる武人の経験を蓄積させたその姿。

 

 

 ――筋肉のバンプと螺旋の力で瞬時に行われる、最小にして最速の払い技!

 

 

「まずは、その障壁をぶち壊します!!」

 

 

 ――“白羽流し”っ!!

 

 

 高速で振るわれた大剣を完全に流し、巨人の顔面へ鋭い突きが炸裂した。

 

 古式空手、真髄の技の一つ。

 同等の怪力を持つ弓塚のカウンターに出鼻を挫かれ、一瞬ふらつくバーサーカー。

 

 

「やあああぁあぁっつ!!」

 

 

 その隙を、今の弓塚が見逃す筈が無い。

 

 真紅に光る瞳が、相手の意識の薄い個所――“孤塁”を見極め、見定める。

 そして強靭な足腰から繰り出されるのは、一撃必殺の打撃技――

 

 

 

 

「“孤塁抜き”――――っ!!」

 

 

 踏み鳴らした大地が割れ、衝撃と共に轟くのは爆破したかの様な破裂音。

 放たれた蹴りが狂戦士の右肩を穿ち、粉砕して吹き飛ばす。

 

 

 血肉を撒き散らしながら巨体が壁に衝突し、空洞を大きく揺らした。

 ふっ、と息を整えた弓塚は、

 

 

「アキ君、琥珀ちゃん――行ってきますっ!」

 

「サツキ、援護は任せなさい」

 

「レプリカの残弾は四つ。ここで全て使い切りましょう!」

 

 

 それぞれが動く。

 勝利の為、未来の為に全身全霊で人智を超えた英雄へと立ち向かう。

 

「「――――投影、開始(トレース・オン)っ!」」

 

 

 同時に紡いだ言葉は、虚空に剣戟を作り出す。

 セイバーの投影魔術に、士郎も寸分変わらぬ剣を複製して迎え撃った。

 

 

だが剣製の質が、速度が違う。

 

 撃ち漏らす散弾。

 こちらへ――弓塚の背中へと迫るそれを、

 

Brechung(屈折)――――っ!!」

 

 

 軌道を逸らす。

 琥珀の感応を十全に引き出せる今、迫る剣戟が十五以下であれば弓塚には決して届かせない。

 

 

 

 

 黒い外套を身に纏った鍛鉄の英霊。

 

 周囲に数多の刀剣を控えさせ、こちらを――否、士郎を睨む。

 その射る様な鷹の眼に――――士郎もまた、精一杯の気合いを込めた眼差しで対抗した。

 

 

 おそらく、今夜がラストバトル。

 

 大聖杯の魔力光に照らされながら、腰の短刀を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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汚染された聖杯については幾らか独自解釈を。

物語もラストスパート。ノリで読み進めて頂ければ有り難いです(--