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「ほぅ、これが銭湯ですか……何と贅沢な」

 

「そこの男二人! 絶対にこっち見るんじゃないわよっ、一回だけだからね!」

 

「あ、お兄ちゃん、髪洗うの手伝ってー」

 

「ばっ、イ、イリヤ、タオルがずれてるぞ!?」

 

 

 ぞろぞろ扉を潜る女性陣に続いて、目を背けながら歩を進める。

 

 隣を歩く士郎と目が合い苦笑い。

 互いに顔が真っ赤であった。

 

 

「で、でもどうして急に? 聖杯戦争の最中ですし、まだお風呂の時間には早い様な……」

 

「さ……ま、間桐さんは気にしなくていいの。ほら、ちょっとした息抜きにね」

 

「……こ、混浴は恥ずかしいですよ」

 

「し、親睦を深める為よ。細かい事は置いといて、先ずは身体洗いましょう?」

 

 

 バスタオルを強く握り、凛はこちらを一睨み。

 

 誓って見ないという意思を込めた視線を返しておく。

 少しだけ、表情が強張っていたかもしれないが。

 

 

「さ、アキさん、私たちも――」

 

「いやいや、洗いっこはシオンさんとな。こっちは一人でやってるから」

 

 

 意識しているのかどうなのか、胸元をチラつかせる琥珀を振り切って黙々と作業に移る。

 シオンの方は直視した瞬間にアウトだろう。プロポーション的に考えて。

 

 

「まぁ、煩悩も程々にして……」

 

 

 ――気を引き締めろ。

 

 

 疲労で呆けて来た頭に、熱い湯を掛け覚まさせる。

 

 隣町のとある銭湯。

 金を積んで頼み込みおまけに遠野の名を出して、何とか借り切った訳なのだが、

 

 

(貯金がついに底をついた……そして猛烈な眠気)

 

 

 衛宮邸に移る前の拠点まで荷物を取りに行き、帰る足で交渉に。

 琥珀が側に付いていてくれなかったら、色々と難航してたに違いない。

 

 

 ――無事に聖杯戦争を終わらせる、最初の一手だ。

 

 

 間桐臓硯。

 桜の心臓に住まう蟲、そこに隠された魂の器を破壊する。

 

 

(段取りは出来た)

 

 

 桜に話せば臓硯に伝わる。

 それを念頭に置いての行動故に、桜は目的を一切知らない。

 

 魔術行使で取り除こうとすれば、限られる手段。

 加えて、臓硯に気付かれれば桜の身に何が起こるとも分からない。

 

 

 

 

 ――――歪曲の魔眼。

 

 

 それぞれが湯船に浸かり始める。

 

 身に纏っていた一枚のタオルを取り、肌を現す彼女ら。

 凛が説得して、恥ずかしがる桜も発育途上にある身体を晒した。

 

 

 傍らで茹でダコになっている士郎と背を向けて、俯きながら喋る様は微笑ましい。

 

 

「七夜、そろそろ準備を」

 

「……そうだな、琥珀?」

 

「はい、いつでもおっけーですよ」

 

 

 囁くシオンに促されて、琥珀に合図を。

 スッと彼女が湯の中を伝い――――背中合わせに、肌を付けた。

 

 凛、イリヤも二人の会話に加わり、桜の気を逸らしている。

 その隙に……桜の小さい背を見据えた。

 

 

 ――――知覚される間もなしに、一瞬で。

 

 

「……っ」

 

 

 橙子さんに教授された、魔眼の強化。

 七夜と浅神の血を受け継いだ、この魔眼の第二段階。

 

 

 ――君は不意を突いたと言え、遠野槙久を殺せたのだろう?

 

 

 感応能力で引き出すのは、威力そのものでなく潜在能力。

 自分一人では届かないそれも、琥珀がいれば扱える。

 

 

 ――その時に何を見た? 本来は視えないものに対しても、軸を定めたのではないのかね?

 

 

 夏の惨劇、朦朧となりながら瞳に映したものは何だったか。

 

 

 

 

 ――――君は、槙久の心臓を視た筈だ。

 

 

 透視能力。

 七夜の浄眼が混ざった所為か、この眼に宿る最後の力。

 

 眼が、脳が軋んで悲鳴を上げる。

 酷い頭痛の中、歯を食い縛って瞳に極限の集中力を。

 

 

 九年前は、対象とは零距離で。

 今回は七メートル程離れているが――問題無い。

 

 代わりに琥珀がすぐ側に。

 対象も一糸纏わぬ姿で、余分なものは血肉以外に何も無い。

 

 

 

 

 流れる血流、薄い筋肉の先に視える一つの器官。

 

 赤黒く醜い生物が、蜃気楼の中に薄ら映る。

 

 

 ――――刹那、その物体を歪ませ引き千切った。

 

 

 

 

 倒れる桜、治癒魔術を行使する凛。

 

 傍らで支えてくれる力を心地良く感じながら、紅く染まった視界をそっと閉じた。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第三十四話

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、マスター」

 

「おかえりー! 琥珀ちゃんとシオンさんもお疲れ様っ」

 

 

 帰宅した矢先、留守を任せていた二人が出迎える。

 

 

 琥珀とシオンに支えられながら、何とか遠坂邸まで辿り付けた。

 ふら付いているのは、士郎と桜も同じ。

 

 連戦連夜に酷使した身体。

 桜も器として自由の利かなくなってきた身体に加え、睡眠を取る事は許されない。

 

 踏ん張り所だった。

 

 

「遠坂さん、準備したら……」

 

「えぇ、これ以上は間桐さんが持たないわ。

犠牲者を出さないのなら休む暇は無い……厳しいけどね」

 

 

 比較的体力の残っている凛が、毅然とした表情を見せる。

目の下の隈など関係無しに、彼女の頭は次の事態を見据えている。

 

 

「あら、何をそんなに急いでいるのかしら?」

 

「キャ、キャスター……」

 

 

 その間に割り込む魔女。

 

 紺青色の瞳が凛を、桜を、そしてこちらへと向けられた。

 何が可笑しいのか、その唇は曲線を描いている。

 

 

 今朝とは一変した様子。

 何処となく、余裕があるとも取れる表情をキャスターは浮かべる。

 

 

 ――仕掛ける気か。

 

 

 同じく微かな雰囲気の差異を感じ取ったのか。

肩越しに、シオンから流れる緊迫感。

 

 

「聖杯を壊すならドンと来いだよ、アキ君!

 怪我も治って体力全開、心配しなくても大丈夫だから!」

 

「ちょ、ゆ、弓塚!?」

 

 

 そして空気読まない弓塚の発言。

 

 キャスターに秘匿にしておかなければならない事を平然と。

洒落にならない状況に、反射で短刀をキャスターに向け――――思った。

 

 

 弓塚に聖杯の話をした覚えは無い。

 ならば何故、知っているのか。

 

 

「慌て過ぎよ、サツキ。壊すにしても不測の事態は尽きないわ。

 万全とまではいかなくとも、戦力を整える事は必要でしょう?」

 

「――っ!?」

 

 

 平然と。

 

 まるで何事でも無い様にキャスターは話す。

 

そこにあるのは肯定、協力の意思。

 予想外なキャスターの言動に、事情を把握しているシオンや凛も驚愕に固まる。

 

 

 しかし、当の本人は全く気にする素振りを見せないまま、

 

 

「マスター。“この世全ての悪”と繋がっているのは彼女かしら?」

 

「へ? ……あ、あぁ」

 

 

 視線を桜に向け、距離を詰める。

 

 

 その余りにも怪しい動向を止めようとして――握られる腕。

 

大丈夫。

振り返って目が合わさった弓塚の、瞳で伝えて来るメッセージ。

 

 

 そうして、キャスターは桜の胸へと手にした刃物を突き立てた。

 

 

「――ぁ」

 

「待ちなさい。まだ寝るには早くてよ」

 

 

 突如膝を崩す桜に、キャスターが指を額に当てる。

 

 

「あ、あんた、桜に何を――っ!」

 

「アインツベルンのお嬢ちゃんなら解るんじゃない? 私が何をやったか、ね」

 

「う、嘘……聖杯との繋がりが切れてる」

 

「は!?」

 

 

 イリヤの言葉に、満足そうに頷くキャスター。

 

 

「流石にライダーは来なかったわね。

 ……仮にも英霊、害意の無い事は解ってたのかしら?」

 

「さっ、皆さんの夕食も用意しときましたから。

 あ、後イリヤちゃんのメイドさんも来てるからね」

 

 

 促す弓塚に対して、こちらは混乱したまま。

 先を歩く弓塚の肩を掴み、問い質す。

 

 

「お、おい弓塚っ」

 

「ん? 夕飯はちゃんと十人分あるけど……。

 あ、もしかしてライダーさんの分も必要だったのかな?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 

 耳元で話し掛ける。

 

 何故、キャスターから敵意が完全に消えているのか。

 今まで扱わなかった己の宝具を、何で桜のために使ったのか。

 

 しかし弓塚は首を傾げながら、

 

 

「だって、キャスターさんは最初から私たちの味方じゃん」

 

 

 普段と代わり無い表情を向けられ、思わず口を閉ざした。

 

 疑う行為自体が、正常では無い様な。

 弓塚とキャスターを交互に見つめていく内に、今朝までの懸念が解らなくなる。

 

 

「ほら、やっぱり俺の言う通りだっただろ、アキ。

 桜を聖杯から切り離してくれて……どう考えたって味方じゃないか?」

 

「うっ……何か納得出来ん」

 

 

 桜を抱えている凛の方に目を向けるも、彼女の顔は険しいと言うよりは穏やかなもの。

 その様子は、どうしたってキャスターが害悪を及ぼした事には結べない。

 

 隣の士郎は、当てが外れたのを笑う始末。

 何となく腑に落ちないが……現状を見る限りは、納得するしかないのだろう。

 

 

「……裏切る気は無く、本当に記憶を失ってたのか」

 

「あはは……気を張り過ぎて損しちゃいましたね」

 

 

 廊下の奥から香ばしい匂い。

 それにつられて歩きながら、琥珀と共に溜め息交じりに肩を落とした。

 

 帰宅時間を見計らったのか、既にテーブル狭しと並べられた夕食。

 弓塚とセラが用意したそれらを、各々身体の力を抜いて頂いた。

 

 

 食事の摂取は、あくまで軽く。

 まだ緊張の糸を、完全に解く訳にはいかないのだから。

 

 

 

 

「――なら、これからは堂々と話せるわね」

 

 

 食事を終え、落ち着いた所で凛が場の全員を見つめて言葉を放つ。

 

 アサシンとライダーには遠坂邸の見張りを任せ。

 

 士郎に凛、桜にイリヤ、琥珀と弓塚に、シオンとキャスター。

 加えてセラとリーゼリットがやや離れて見守る中、最後の調整が進められた。

 

 

 

 

 ――――仕掛けるのは深夜、午前二時を目途に円蔵山地下へと入り込む。

 

 

 それまでに武装を備え、仮眠を取る。

 この場を解散すれば、次に顔を合わせるのはこの屋敷から出る真直。

 

 

「忘れちゃいけないのが、大聖杯に損壊を与える方法よ。

 取り敢えずここにいる全員の能力を開示した限りだと……」

「ライダーの“騎英の手綱(ベルレフォーン)”とキャスターが持つ最大の攻性魔術でしょう。

 私のバレルレプリカでは威力面に問題があり、さつきの攻撃方法では汚染された聖杯に触れる事になります」

 

「あれ、遠坂の宝石魔術は駄目なのか?」

 

 

 士郎が凛に問いかける

 それに対し、被りを振る凛。

 

 

「とびっきりの奴なら届いたかもだけど、既に使っちゃったからね。

 それに残りの宝石は二つ程だし、悔しいけど戦闘面じゃ私は力不足よ」

 

「そうか。

 ……って事は、遠坂は留守番か?」

 

「馬鹿っ、セカンドオーナーの私が行かない訳ないでしょ。

 桜やイリヤはともかく……まぁ、七夜君の心配が杞憂に終わるとも限らないし、そうなったら足手纏いだけど」

 

 

 そう言って凛から向けられる視線。

 つられて、士郎もこちらを見る。

 

 

「アキ……その、確率的にはどうなんだ?」

 

「分からないって。

今朝とは違い間桐さんとの繋がりは断てたから、無意識下での顕現、あの黒い影が現れる事はないと思いたいが……」

 

 

 得体の知れない物である事には変わりない。

 

 

「五騎分の魂を得たって事は、鼓動が始まっているかもしれん。

 生まれるのを阻害しようとすれば、何らかの妨害が無いとも言い切れないだろ?」

 

「生まれる、か……赤ん坊みたいだな、それ」

「中身は“この世全ての悪(アンリマユ)”何て洒落にならないものだけどね」

 

 

 原作と異なり、大聖杯に辿り着くよりも前に桜と聖杯の繋がりは破棄された。

 

 だからと言って、それは桜の精神を安定させるに留まるだけだ。

 

 

 桜を通して顕現されなくなった。

 ならば出口の塞がれた泥は――本体から漏れる様にして地上に現れるのではないだろうか。

 

 もっとも桜が聖杯と繋がったままであれば、破壊活動の直前で彼女の身体に異変が出ないとも限らない。

 

 “この世全ての悪(アンリマユ)”に囚われた魔力の塊。

 魔力自体が幅広い用途を成せるエネルギー体であるのだから、想定内に収めようとする事は難しい。

 

 

 だからこそ――

 

 

「どちらにせよ、ランサーの行方も掴めていない。

 最悪の事態を考えれば余裕なんて全く無いのよ、士郎」

 

 

 覚悟を決めた凛の風貌。

 

 彼女に気後れた気配は無い。

 その心構えに感服しながら、これを機に発言する。

 

 

 未来を描く。

 そのためのピースを、嵌め込む様に。

 

 

「――――遠坂さん、一つ提案があるんだが……いいか?」

 

「何、改まって? 作戦会議なんだから、遠慮せずにバンバン言っちゃいなさいよ」

 

「……了解」

 

「?」

 

 

 凛と士郎を交互に見やる。

 

その怪訝な動作に、眉をひそめる凛。

 士郎も、こちらから向けられる真剣な眼差しに訳が解らずと言った感じ。

 

 

 ……少し、感慨に耽っていた。

 

 この状況、眼前の二人を前にして。

 

 

「対サーヴァント戦では、衛宮と弓塚が要になる」

 

 

 漸く、ここまで来たのだと実感したのだ。

 

 

「……そうね。弓塚さんはともかく、魔術師である士郎が敵う筈は無いんだけど」

 

 

 士郎の力は場の全員が周知している。

 

 

 凡そ魔術師であれば彼の異常性に気付くのは当たり前だ。

 ただ、言及すべき余裕は無い。

 

 士郎の存在が重要であると、その事実だけ今は解っていれば良い。

 

 

「取り込まれたサーヴァントは三騎から四騎。

 万が一にも、この内からこちらを排除するために顕現された場合――」

 

 

 シオンに視線を送る。

 頷き返した彼女を見て、続けた。

 

 

「バーサーカーかアーチャーであれば、弓塚が先陣を切る。

 キャスターの魔術と琥珀の感応で強化して、俺とシオンで後衛を守る陣で行く」

 

「という事は、セイバーか黄金のサーヴァントの時は士郎を中心にしようって事?」

 

 

 士郎はあくまで後衛と考えているのか、凛の表情が渋る。

 視界の端で、桜も何かを言いたそうに焦慮した様子なのが見て取れた。

 

 

「てっきり、七夜君からはキャスターのマスターを頼まれるかと思ってたけど」

 

「あー、それは弓塚に任せておく。

 遠坂さんにはもっと大事な役割があるからさ。サーヴァントまで魔力は回せない」

 

 

 マスターの件は言われるまでもなく考えた。

 が、凛に余力を持たせるためにも彼女はマスターから除きたい。

 

 出来れば、マスターとしての適性が高いイリヤスフィールと契約を結べればいいのだが、

 

 

「……バーサーカー以外との契約は嫌だからね」

 

「セイバーは?」

 

「あれは……い、色々と例外なの!」

 

 

 視線で訴えた矢先、断られた。

 

 セイバーは特別と言っている辺り、イリヤは彼の正体に気付いているかもしれない。

 

 

「……で、私の役割って何かしら、七夜君?」

 

「あ、あぁ、それはだな……」

 

 

 微妙に間が空いた後に、尋ねて来る凛。

 

 気を取り直し、頭を入れ替える。

 

 

 士郎の問題は彼自身が気付き、解決するしかない。

 余分な思考は隅に置いて、凛の問いに言葉を返した。

 

 

「衛宮の欠点は魔力量だ。だから、手の空いている遠坂さんにはそれを補って貰いたい」

 

「……は?」

 

「そんな事出来るのか、アキ?」

 

「遠坂さんならな」

 

「そっか。なら、残りの問題は俺の剣製の精度と速度だな」

 

「回路に掛かる負荷はどうなんだ? 魔力が増えるとは言え、焼き切れたら意味無いぞ」

 

「剣にも依るけど……実際の調子が解らない事にはなぁ」

 

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ったああぁあぁ――――っ!!」

 

 

 士郎と話を進める所に、血を昇らした凛の叫び声。

 

 

「と、遠坂!? 何をいきなり……」

 

「凛ったら照れてるのよ、お兄ちゃん」

 

「照れてる? 何をさ」

 

「何って……魔力を通すパスを繋ぐ事でしょ?」

 

 

 さも当然の様に言うイリヤに、士郎は頭上に疑問符を浮かべる。

 

 ナイスロリッ子。

 説明するこっちも恥ずかしいので、口を閉じてバトンタッチ。

 

 

 琥珀とシオンも話に入るのを避けるかの様に俯いていた。

 呑気な面をしているのは、士郎と桜、そして弓塚だけである。

 

 

「性行為。セックスよ、セックス。

 もしかしてお兄ちゃん、知らなかったの?」

 

「ぶ――っ!?」

 

 

 余りにも大っぴらな言い方に噴き出した。

 

 漸く事情を把握した士郎は、遅れに遅れて真っ赤になる。

 

 

「と、遠坂相手にそんな事しなきゃいけないのか!?」

 

「ちょ、その言い方は何よ、士郎! まるで私が駄目みたいじゃないっ!」

 

「い、いや、そうじゃなくて……い、幾ら何でも無茶と言うか……」

 

「私だって了承して無いわよ! だいたい士郎には――」

 

 

 顔を赤くして言い合う両者。

 しかし、痴話喧嘩をゆっくり観戦する気は更々無い。

 

 

「賛同出来ないなら――悪い、間桐さん。お願い出来るか?」

 

「え……わ、私ですか!?」

 

 

 頭を下げた。

 戸惑う桜を見て、士郎の怒声がこちらに飛ぶ。

 

 

「ア、アキ! 桜と俺がそういう関係じゃないのは知ってるだろ!? 何で――」

 

「――なぁ、衛宮」

 

 

 喚く士郎、すぐさま凛も突っ掛かって来ようとした手前。

 

 不本意だが、威圧を乗せた言葉を放つ。

 羞恥心に染まる二人を冷静にさせるために、今は厳粛な顔を作り出す。

 

 

「私情を挟める程、現状に余地は無いんだよ。

 そりゃ、恥ずかしいが――――衛宮が本当に譲れないものは、そんな事じゃないだろ?」

 

「う、そ、それは……」

 

「人間、たった一つを貫くだけでも難しいんだ。

 理想が容易に叶えられる……そんな自惚れを衛宮がするなんて、俺には到底思えない」

 

 

 衛宮は欠陥者であっても、社会の規範、倫理は人と変わらない。

 

 凛とも、桜とも、男女の行為を結ぶに至らないのは解っている。

 本来なら彼女らと乗り越え、育まれる感情を、こちらの都合で潰してしまったのだから。

 

 

 

 

 ――――しかし、一番大切なものはそれじゃない。

 

 

 互いにそれは知っている筈だ。

 

 士郎は桜や大河の命は当然、己の理想を手に入れる為に。

 こっちは三咲に、弓塚の身体を手に入れ己の町へと帰る為に。

 

 

「もう、レディとしても魔術師としても失格ね。

 いいわ、シロウ。他の女に取られるのも嫌だし、私と契約を結びましょう」

 

「イ、イリヤ!?」

 

「な、なりません、お嬢様! そんな俗物に貞操を捧げるなど――!」

 

 

 肝を据えたイリヤの提案に、今まで沈黙していたセラが介入。

 いつの間にか桜の隣でライダーが励ましている辺り、リビングはちょっとしたカオスになって来ていた。

 

 そんな中、突き刺さる様な視線を横顔に感じる。

 

 

「……七夜君、私からも一ついいかしら?」

 

 

 ジト目で向ける、憮然とした表情の凛。

 同じ年の癖に偉そうな事を口にしたのが鶏冠に来たのか。

 

罰が悪くて、少し引いた。

 

 

「士郎に言った事は、そのまま貴方にも当て嵌まるわよ?

 その魔眼……セイバーやあの英霊と噛み合うのは、七夜君も同じなんだから」

 

 

 理不尽を言い付ける。

 凛の言っている事は、確かに正しい。

 

 

 そして、そんな事はとっくに――

 

 

「――解ってる」

 

「え?」

 

「衛宮に言った手前、こっちだって頼りっぱなしには出来ないからさ。

 ……だから、ほら」

 

 

 言い淀む。

 

 いざ情景を想像してしまうと、情けない事にやっぱり恥ずかしさは隠せなかった。

 

 

「心の準備とか、送られて来る魔力を馴染ませたりとか……調整に時間が欲しくてな。

 そういう訳で、少し時計を気にし過ぎていたかもしれない」

 

「あ……そ、そう」

 

 

 意味を悟った凛。

 気迫が削ぎ落され、困った様に表情を崩した。

 

 

「そうか……うん、魔術師だものね」

 

「と、遠坂さん?」

 

「ごめん、見っとも無くうろたえちゃったわ。

 セイバーが立ち塞がればそれは私の責任だし、士郎を使ってでもケジメは付けさせて貰わなきゃね」

 

 

 魔術師の風貌。

 雰囲気を引き締めた凛に、少し調子を下げて言う。

 

 

「まぁ、こっちは弓塚が相手だから……断られたら、衛宮に謝らないといけないな」

 

「多分だけど、それは心配しなくてもいいんじゃない?」

 

「はは……励ましありがと」

 

「――ア、アキ!」

 

 

 凛と言葉を交わした直後、縋る様な士郎の声。

 目を向ければ、桜とイリヤがそれぞれ独特の空気を醸し出してる最中だった。

 

 

「俺は……どうすれば」

 

「士郎……」

 

 

 複雑、なのだろう。

 

 桜もイリヤも、士郎との関係、感情は一概には表せない。

 

 特に桜の――自身を汚れた者とする自己否定の思いは根が深い。

 まして、部外者が口に出して良いものではない筈だ。

 

 

 何時かと同じく、ここは主人公任せと言う事で――

 

 

「……取り敢えず女の子三人連れて、部屋で話し合ったらいいんじゃないか?」

 

 

 

   ◇

 

 

 

「で、十二時頃にリビング集合を取り決めて解散と……」

 

「それまでしっかり休まなきゃね――って、アキ君どうしたの? 顔赤いけど?」

 

「くっ、それはだな……あ、あれだ! 衛宮の奴、結局誰を選んだのかと」

 

「あ、あはは……」

 

 

 気まずそうに笑う弓塚。

 勝手に緊張していたせいで、明らかに逸らす話題を間違えた。

 

 士郎達四人は隣の一室で話し合い。

 要はベッドインする相手は誰かという相談なので、隣も隣で凄惨な空気になっていそうだ。

 

 

「さて……それで、琥珀は何でいる?」

 

「私はさっちゃんとしっかり契約を結びませんと。アキさんこそ、どうしたんです?」

 

「いや、弓塚とキャスターに頼みがあるんだが……」

 

「でしたら先に済ましちゃって下さいな。私の方、その、やっぱり時間が掛かりますから」

 

「……」

 

 

 こちらも現在、四人で顔を合している。

 

 

 アサシンは夕食以降見張りに専念。

シオンも、今回ばかりは見事に空気を読んで早々に退室してくれた。

 

 頼み事が振られたら、後で慰めて貰いたいのが心情である。

 

 

「出来れば……何だ、琥珀は部屋の外で待っていてくれないか?」

 

 

 羞恥プレイは勘弁したいため、一旦琥珀を追い出そうと優しい口調で尋ねてみた。

 

 

「――ふーん、そういう魂胆ですか、アキさん」

 

 

 速攻で勘付かれた。

 

 

「へー、さっちゃんと。そうですか、道理で先程から鼻の下が伸びてる訳です」

 

「待て待て、この必要性は琥珀も解ってるだろ。

 それにだ、まず相手が同意するのを確認しなきゃだから……な?」

 

「意地でもここを動きませんからね、私は」

 

「何でだよ!?」

 

 

 やたら棘のある物言いに、ぐっと唇を噛む。

 

 難易度が大幅に増してしまった。

 キャスターだけに留まらず、琥珀にも聞かれるのは頂けない。

 

 まだ、どう切り出すかすら頭に浮かんではいないのだから。

 

 

「えっと……二人ともどうしたの?」

 

「マスター、用件があるのなら手早く済ませまた方が良いかと。

 サツキと比べて、貴方達はまともに睡眠を取っていないでしょう? 今は休息が必要ではなくて?」

 

 

 見兼ねた弓塚とキャスターが会話に入る。

 

 日付が変わるまで後五時間程。

 言われた通り、時間は有効に使うべきだ。

 

 

「そ、そうだな。悪い」

 

「……何故、マスターが私に向かって姿勢を正すのかしら」

 

「気合いだよ。ちょっと締めなきゃ、口に出せない頼みだからな」

 

 

 早まる動悸を落ち着かせる。

 

 

 士郎にも言った様に、今はただ自分達の最善を望んで。

 

 私的な感情は押さえつける。

 深く息を吐き、キャスターを見据えた。

 

 

「質問なんだが……魔術師同士のパスを繋ぐ方法で、性交以外には?」

 

「魔術で互いの波長を合わせて疑似的な状況を作り出せば出来なくはないわ。

 でもね……何を考えているか知らないけど、性交で互いを高める事が一番無難で安全よ?」

 

「安全か……よし、なら二つ目だが……。

 

 

 

 

 ――――相手が魔術師以外でも、魔力を通す事は出来るのか?」

 

 

 そう紡いだ瞬間、キャスターがきょとんとした表情に移り変わった。

 

 

「マ、マスター……貴方」

 

「え、何その反応?」

 

「ふ、ふふふ……これは朗報ね、ぷぷ」

 

 

 やだ怖い。

 

 

「一先ず、おめでとうと言っておこうかしら?

 ふふ、他人の幸せを祝うというのも中々悪くないかもね」

 

「えっと、詰まり魔力は――」

 

「大丈夫、心配いらなくてよ。

 さっ、マスター。後はサツキ本人に言ってあげなさい」

 

 

 ぐいぐいとキャスターに押されて弓塚の正面に座らせられる。

 

 弓塚は何も察していないのか、自然体。

 それが一層、こちらを緊張させる要因となる。

 

 

「ん、何かな?」

 

「くっ……そ、その……何と言うか」

 

 

 火照る顔を逸らす様に、弓塚の視線を意識せず。

 

 

「弓塚に、お願いがあるんだが……」

 

「あはは、そんな畏まらなくても。変なアキ君」

 

「だ……」

 

「だ?」

 

 

 静寂に包まれた室内。

 

 こちらに向けられた紅い、綺麗な瞳に囚われながら、

 

 

 

 

「――――抱かせてくれないか?」

 

「この碌でなしっ!!」

 

「へぶっ!?」

 

 

 力を込めて紡いだ瞬間、後頭部をキャスターの拳骨が襲った。

 割と本気な威力で奇襲されたため、床に思いっきり顔面が衝突。

 

 鼻血が出た。

 

 

「まずは愛の告白からでしょうに! マスターは馬鹿なの? 死ぬの!?」

 

「タ、タップタップっ。は、放してくれキャスター……」

 

 

 魔女に首を絞められ、顔の色が赤から青に。

 そして傍らで聞こえる話声。

 

 

「……ふぇ、抱く?」

 

「さっちゃんからアキさんに魔力を送られる様にするのよ。

 ……ほら、隣で衛宮さん達もやってるでしょ」

 

「そ、それって……――え、えええぇええぇっ!?」

 

 

 弓塚がやっと、事態を読み取ったらしかった。

 

 

「あわわ、だ、だって……ア、アキ君とそんな――」

 

「だ、駄目か、弓塚?」

 

「うぅ、駄目というか……幾ら何でもいきなりだよぅ……」

 

 

 口元に手を当て頬を染めながら俯く弓塚。

 

 不覚にも可愛すぎて、危うく理性が飛びそうになった。

 鼻を摘まみながら、どうにかして意識を保つ。

 

 

「その……嫌なら無理強いはしない。

しないが……衛宮達も最善を尽くしているから、こっちも出来る限りの手段は講じておきたい」

 

「だから……わたしと?」

 

 

 少しだけ、弓塚は顔を上げる。

 

 思いあぐねる様な、そんな視線。

 

 

「……それは、ちょっと嫌かも」

 

「そ、そうか……」

 

「だって、パスを繋げるって理由じゃ……わたしも女の子なんだよ、アキ君?

 ……せめて、アキ君がどう思ってるのか聞きたい……かな」

 

「何を?」

 

「わ、わたしの事を……」

 

「いちいちサツキに言わせるんじゃないわよっ、このドS!!」

 

 

 張られるビンタ。

 勢い余って床に倒れた。

 

 

「何が起こるか分からないから……そ、それが必要な事なら我儘はないよ。

 でも、アキ君がわたしをどう見てくれてるのか……えっと、わたし、知らないし」

 

「待て、それはお互い様だ」

 

「ち、違うもん! わたしはとっくに伝えてるよっ!」

 

「何……だと……?」

 

 

 弓塚との七年間を振り返る。

 が、そんなイベントに心当たりは全く無かった。

 

 知らない、と言い掛けた口が閉ざされる。

 

 

 弓塚の顔が近い。

 頬を膨らませて、掠れた声が耳に届く。

 

 

 ――瞳が求める。

 

 

小三の頃から同じクラスで、幼馴染の様な関係で。

 特に、弓塚が吸血鬼と化してからは一緒にいる時間が多くなった。

 

 

 ――友情? 愛情?

 

 

 弓塚の無言の問い掛け。

 

 死徒に成り果てても人の心を失わず、三人で力を合わせてここまで来た。

 その弓塚と、自分の位置付け。

 

 

「……アキ君」

 

 

 囁かれる。

 

 弓塚さつき。

 彼女の事を、自分は――

 

 

(違う、“自分”じゃないんだ……)

 

 

 彼女への想いは、この胸にある感情は。

 

 

(“自分”でもなく、浅神と七夜を引く子供のものでもなく……)

 

 

 

 

 ――――七夜アキハ。

 

 

 この世界で作られた一つの人格として、弓塚の眼差しを見つめ返す。

 

 遠い世界。

 この物語を紡ぐのは、誰でもなく七夜アキハなのだから。

 

 

「あー、ちょっと耳貸してくれ、弓塚」

 

「え?」

 

 

 肩を掴み、引き寄せる。

 

 側にいる女性二人に聞こえない様、絞りに絞った小さな声で、

 

 

 

 

「――――」

 

「……えへへ」

 

 

 弓塚の頬がピンクに染まる。

 おそらく、こちらも負けじと同じ色合いだろうけど。

 

 

「も、もう一回言ってくれないかな?」

 

「言う訳ないだろ!? 弓塚、悶え殺す気なら訂正するぞ?」

 

「うぅ……なら、呼び方くらいは変えてよね」

 

「呼び方?」

 

「弓塚じゃなくて……えへへ、名前で」

 

「……」

 

 

 緩んだほっぺたを引っ張り回してやりたい衝動。

 それ以上に、囁いた言葉で精神がかなり限界だが。

 

 

「よし――キャスター、準備宜しく」

 

「ちょ、早いよアキ君!? もう少し余韻に浸ろうよ!!」

 

「だああぁっ! 耐えられずに憤死するわっ!

ほ、ほら……さっさと服脱いで始めるぞ、さつき!」

 

「……っ」

 

「あ、赤くなるなよっ!?」

 

 

 反応がウブ過ぎて、可愛過ぎて困惑する。

 

 足を崩しながら潤んだ瞳で上目遣い。

 天然でやっている所がほんと、手に負えない娘であった。

 

 

 そして後ろから聞こえる、衣擦れの音。

 

 

「待て、琥珀。何でお前が脱いでんだ?」

 

「あはっ、嫌ですねぇ。

 ここまで来て、私だけ仲間外れはお断りですよ?」

 

「い、いや、何を馬鹿な――」

 

「感応能力の力は、深く契約を結ばないと発揮出来ません。

 それに……えっと、見てるだけなんて妬いちゃうじゃないですか」

 

 

 理屈は合ってる。

 が、二人相手なんてこっちは獣じゃあるまいに。

 

 琥珀の白い肌が目に映る。

 手を握られ、恥じらいながらも嬉しそうな顔を向けられて、

 

 

「そろそろ気持ちを汲んで下さいよ、アキさん。

 私は何度も、アキさんの悩み事は気にしませんと言いましたよ?」

 

「えへへ、そうだよ、アキ君! 身体と魂が別でもアキ君はアキ君なんだから」

 

「そ、そうは言うが――――って、弓塚!? 何でお前がその事知って――」

 

 

 塞がれる唇。

 

 視界の端でキャスターがクスリと笑い、目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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次回はついにラストバトル、そう、ラストバトルです。大事なことなので二回(ry

…余計な話はいれないんだからねっ!