*
昨夜にこの遠坂邸へ拠点を移してから、半日程経っただろうか。
今後の方針を定めた魔術師達。
己のマスターを、キャスターは玄関先まで見送った。
「それじゃキャスター、留守は任せた」
「はい、お気を付けて、マスター」
男二人に女五人。
加えてアサシンとライダーも霊体化で側に控えている。
(銭湯、ねぇ……)
多少なりとも傷を癒した彼らは、どうやら湯浴みに向かうらしい。
こんな昼間から……と思わなくもないが、そこはキャスターのサーヴァント。
彼らの目的は、既にキャスターの知る所にあるのだから。
(それなりに警戒はしていた様だけど)
まだまだ甘い。
アキ達が完全に出払った事を確認しながら、キャスターは薄く笑う。
昨夜、マスターが一人になった隙を突いて埋め込んだ術式。
本来は使い魔からマスターへと一方的に流れる感覚の共有。
それをマスター側からも流せる様にしてしまえば、どれだけ隠密に動いたとしても筒抜けだ。
事実、囲んで話し合うのは魔術師三人と錬金術師に、時たまアインツベルンの少女が呼ばれるだけ。
さつきと琥珀が除かれるのは不自然でないとしても、間桐の娘とキャスターは明らかに敬遠されている。
地下室を使い、意見交換は筆談で行われていた。
その異常なまでの警戒心は、おそらく敵では無く仲間内を疑ったもの。
「まぁ、マスター達が私に隠そうとするのは当然ね」
――呪われた聖杯を破壊する。
それが、彼らの目的なのだから。
「……ふ、ふふ」
容貌を険しくするキャスター。
聖杯を壊す事は願望の破棄に繋がる。
確かにキャスターがその話を持ち掛けられたら、首を縦に振る事はないだろう。
汚染された願望器。
人を殺す事でしか、願いを叶えられない欠陥品。
――だが、それがどうしたというのだ。
「他人がどうなろうが、私の知った事じゃないわ」
全ては聖杯のために召喚に応じ、戦い抜いて来たというのに。
これでは彼らとは相容れない。
それだけで己の望みを捨てられる程、キャスターはお人好しでは無いのだから。
難点は……戦力。
マスター達を殺害しキャスターだけでの行動は、些か不安が残ってしまう。
聖杯に取り込まれたサーヴァント――アインツベルンの娘が言うには、間桐桜の器には五騎分の魂が収まっているらしい。
アーチャーが取り込まれたのか、それとも黄金のサーヴァントが三騎分の魂を補っているのか。
展開の一つとしては、呑み込まれたサーヴァントが聖杯を守護、使役される形で顕現する可能性をマスターが留意していた事。
あくまで万が一。
もっとも、聖杯が生きてでもいない限りは在る筈も無い働きだが。
手駒。
自身を守るそれが、キャスターには欠けている。
「人間達は洗脳でもしない限り使えないわね。
特異な魔術を扱う坊やと、感応とかいう体質を持つ娘は生かしておいても良いけれど……」
意思を完全に剥奪する洗脳には、キャスターとて時間が掛かる。
半端に支配した所で十割の力が発揮できないのであれば、元が元、使い物になりはしない。
キャスターの右腕に刻まれた、二画の令呪。
アサシンの主はキャスターであり、またアキでもある。
しかしこの一画を消費すれば、アサシンもアキを裏切りキャスターの配下になるだろう。
――――やはり、あの娘が欲しいわね。
二階に上がり、一番端の部屋へと足を運ぶ。
日当たりの悪い、その一室。
薄らと紫の光を放つ魔方陣の中心に腰を下ろした吸血鬼。
「どう、サツキ? 少しは楽になったかしら」
「あ、キャスターさん」
弓塚さつきが、緩んだ顔をキャスターに向ける。
「うん、大分調子が戻ってきたかも」
「そう……良かったわ」
腕を曲げて元気をアピールするさつき。
それを見て、キャスターも柔らかな笑みを浮かべた。
相性さえ噛み合えば、英霊に匹敵する力を持つ少女。
それ程の超越種であるこの娘は、何故かアキの下に付いている。
何の思惑があるのか……それは未だに不明のままであるけれど。
人間の身体を手に入れる。
それがさつきの求める物であるならば――キャスターと利害は一致出来る。
「サツキ。今、ちょっと良いかしら?」
お話があるのだけど。
そう言いながら、キャスターは懐に手を伸ばす。
幸い、今この屋敷にはキャスターとさつきの二人のみ。
邪魔は誰からも入らない。
「――――私と、手を組まない?」
掴み、取り出したのは歪な短剣。
薄暗い室内にも関わらず、禍々しく刃を光らせ二人の顔を映し出す。
「キャ、キャスターさん……それ……」
「これは私の伝説が具現化したもの。
魔術効果一切を初期化する……もちろん強制契約であろうとも関係無しに、ね」
さつきの前に腰を下ろし、誘う様な目線を送る。
妖しく濡れた唇。
細い指先が、さつきの手の甲をスッと撫でた。
「私の宝具、“破戒すべき全ての符”よ」
憑依in月姫no外伝
第三十三話
キャスターの言葉を聞き、さつきの顔が綻んだ。
「ほ、本当ですか!? 良かったですね、キャスターさん!!」
「え……えぇ?」
「宝具があるって事は、記憶を取り戻せたんですよね!」
手を掴み、ブンブンと嬉しそうに振るさつき。
予想外の反応に、キャスターの思考がフリーズする。
「えっと……サツキ?」
「ずっと心配だったんですよ、キャスターさんの事。
わたしも記憶喪失とは違うんですけど、吸血鬼に成っちゃった時に一時、自分が何者かわからなくなっちゃって……」
さつきの表情に影が通る。
「……身体が内側から崩れそうで、凄く心細かったんです。
その……いつもの様に助けてくれた人がいて、わたしは大丈夫でしたけど」
「それで私の心配を?」
「はい。キャスターさん、余り笑わないですから……やっぱり不安なのかなって」
そう言って安堵した様にさつきは微笑む。
気を使われていたのか。
さつきの想いに邪なものはなく、どう返していいか分からなかったキャスターは、
「そ、そう……あ、ありがとうね、さつき」
口籠りながら、取り敢えず礼を口にした。
「あはは、感謝される程のことじゃないですよ。
あっ、それより、キャスターさんの真名って何だったんです?」
「……そ、それは」
目を輝かせて尋ねて来るさつきに、キャスターは思わず視線を逸らす。
さつきも吸血鬼以前は女子学生。
英雄と聞けば、そこに少なからず憧れの情念はあるのだろう。
しかし、キャスターは答えられない。
復讐と逃避行、そんな悲劇に塗りたくられた己の生涯。
人に聞かせられる栄光など、そこには一切在りはしないのだから。
「……まぁ、それは置いときましょう」
「えー」
「サ、サツキ。まだ聖杯戦争は終わっていないのですから油断は禁物。
真に決着がつくその時まで、情報は厳重に扱わなければならなくてよ?」
項垂れるさつきに申し訳なく思いながら、戒める口調で言い付ける。
宝具を晒しておいて今更と思うが、こればかりは譲れない。
引き込もうとする相手に裏切りの魔女足る真名を晒すなど、この上なく愚かな行為。
瞳を鋭くし、キャスターは話を元へと戻す。
「これは最強の対魔術兵器。魔術による生成物であれば、どれ程に複雑な術式を施していようとも、または強力な呪詛の類であっても効果を打ち消せるわ」
「……よ、良く解らないけど凄いって事だけは解ります。感覚で」
神秘。
その妖刀に内包されている魔の力に、さつきが息を呑む。
「そうね。だからサツキが――――マスターの、あの男に従う必要はこれ以上無くてよ?」
「え……」
そうして、キャスターは対立する。
今まで秘めていた言葉を、機を見計らってついに発した。
「この宝具を使えば、貴女に課せられた縛りを無くせるわ。
例えどんな契約をさせられていても、私の力でサツキを自由にしてあげる」
意識を誘惑する。
さつきの手を取り優しく包むのは、まさに愛玩するかの様。
「サツキの望みだって、私と組めば大方の条件は満たされる。
マスター達は呪われた聖杯を破壊すると言っていたけれど、それは彼らの偽善、都合でしょう? そこらで平々凡々と生きている――不幸を知らない輩まで気に掛ける義理は、私たちには無い筈よ」
マスター達の会談を思い出す。
正規のとは別の、もう一つの器に取り込まれた英霊の魂。
狂った聖杯戦争では、まだ予期しない事象が起こり得る可能性もあるだろう。
「方向性はどうであれ、この地に膨大な魔力の塊が顕現されるのであれば、何も真正面から取りに行く必要も無いわ。
命を賭す程の難敵なら突く事はせず、遠くから幾らか掠め取ればいい。サツキはあくまで私の護衛として側にいて欲しいの」
全てを叶える願望器。
ハイエナに似たやり方だが、余程の望みでなければ二割、三割の魔力を持ってくれば事足りる。
詰まり――
「私なら、人間に戻らなくとも吸血鬼のまま日の下を歩ける様にしてあげられる。
サツキの目的は知らないけど……そちらの方が、サツキも都合がいいでしょう?」
「……」
願いが叶う。
此度の聖杯戦争で既に希望は無いと考えていたのか、さつきの目は驚愕に見開き無言。
その紅い眼差しが、キャスターを捉えて離さない。
口を開こうとし、閉じるさつき。
キャスターは居住まいを正し、沈黙して返答を待つ。
さつきさえ頷けば、後は万事上手く行ける。
アキや琥珀に情が移っているのであれば、邪魔にならない程度に生かしておくのも許容しよう。
ただ、マスターの契約はさつきへと早々に移す事に変わりは無い。
「……」
「さつき?」
彼女は――逡巡していた。
もう一度、キャスターは瞳を覗き込む。
何をそんなに悩む必要があろうか、促すために目線を絡める。
――――憐れみ。
「――っ!」
凡そさつきには似合わない様な、形容し難い感情。
無自覚に向けられた視線が、キャスターを貫いた。
「…………駄目だよ、キャスターさん」
「そ、そんな!?」
どうして!
無音の中、はっきりと紡がれた拒絶に悲鳴を上げる。
さつきは――ただ弱った風に笑うだけ
「だって……それは少し、厳し過ぎると思うから」
「だ、大丈夫よ! 真名は言えないけど、私の腕は魔法使いにも劣らない。貴女が計画を心配する必要は――」
「そうじゃないよ」
遮られる。
囁く程の声なのに、そこに籠った力はキャスターを容易に噤ませた。
「キャスターさんの力は疑ってないよ。今までたくさん助けられてきたし。
……わたしが言ってるのは、この町に住む人の事」
「サツキも、あの魔術師達の様に顔も知らない奴らを庇うっていうの?」
「い、言い過ぎだって、キャスターさん」
狼狽するキャスターを宥めるさつき。
「不幸を知らないのは、別に悪い事じゃないんと思うよ?
えっと……わたしもつい一年前までは“何事も無い”その大事さに全然気付いてなかったし……」
肩を窄めながら、恥ずかしそうに髪を弄る。
無知は罪でないと。
彼らが無作為に平穏を貪っていたとしても、自分達の事情に巻き込むのはいけないとさつきは言う。
そこらの人間など虫けらと然して変わらない、それだけ次元の異なる生物である筈なのに。
マスターや坊やに譲らない、筋金入りのお人好しであった。
「サ、サツキ……」
「それにキャスターさん、勘違いしてます。
わたしとアキ君の間に契約とか呪いとか……そういう物騒なものは無いですよ」
「――――は?」
今度こそ、キャスターの面が凍り付く。
「……そ、そんな訳ないじゃない! 貴女は紛れもない超越種、逆らえる者なんて世界の中の極少数っ!
人間に付く理由なんて、報酬狙いか誓約に依る縛り以外在りえないわ!?」
「あはは……やっぱり、そう思いますよね。
橙子さん――お世話になった魔術師にも、わたしはこの世界で凄い例外的な存在だって教えられました」
「ねぇ、サツキ。嘘は止して。何か……何か心当たりは……?」
訴え、哀願するキャスターに、さつきは唸る。
そして小さく漏れる声。
何かを思い付いたさつきは、表情を隠す様に俯いた。
「……えっと、呪いというか……アキ君に掛けられたものなら、その」
「それよ! 一体何なの、それは!?」
「えへへ、一方的な恋の魔法、かな?
だってアキ君ったら気付く素振りが全然ないし……結構アピールしてるんですけど」
指を合わせて、クネクネと身体を捩じらす吸血鬼。
その姿を見たキャスターの顎が――落ちた。
「……」
「あ、あー! い、今呆れたでしょキャスターさん!
むぅ、こう見えてもこの問題に五年も悩んでるんですよ、わたし」
「……――なら」
戸惑うキャスター。
それでも絞った声に、頬を膨らませていたさつきも耳を傾ける。
キャスターの身体は、震えていた。
「サツキは……貴女は、愛しているという理由だけで彼の下に付いているとでも言うの?」
「あ、愛してるなんて大層なものじゃ……。
うん、でもアキ君と琥珀ちゃんは大切な友達ですから。それ以外は何も……」
「……」
そこに間違いは無い、絶対に。
胸を張った少女の物言いに……キャスターは納得出来なかった。
この少女の知らない事実。
それが、キャスターを頷かせない要因となっている。
「……やっぱり、貴女は利用されているわ」
「力仕事はわたし担当ですから、戦いは仕方ないですよ。
むしろ、アキ君や琥珀ちゃんに怪我されるよりは――」
「その男が曲者なの。
――――彼はこの世界の人間じゃないのよ、サツキ」
切り札。
サツキに隠されていた真実を、彼女の目を覚まさせるために暴く。
「え……この世界?」
「彼は所謂次元漂流者、いえ、正確には次元憑依者。
私たちの世界を“情報”として眺めていた、厄介極まりない人間よ」
昨夜の魔術行使。
マスターに術式を施した後、キャスターはアキの記憶を読み取っている。
決して頭が回らない訳でもない癖に、はぐれサーヴァントを態々探す愚行。
まるでキャスターの宝具を知っているかと思う程に、幾度も尋ねて来るマスター。
加えて、第三次に召喚された英霊などの不自然な知識。
掴めない、疑うには十分過ぎる怪しさにキャスターが手を出したのは当然だろう。
もっとも、脳内に構築されてあった高度な魔術式。
そして彼を呼びに来た士郎によって、記憶全てを掌握する事は出来なかったが。
「あの男は“これから起こる事を既に知っていた”わ。
サツキの町で起こる事件とそれに関わる者達、この聖杯戦争も彼の中には現実と酷似したシナリオが備わっている」
「ア、アキ君が……?」
「えぇ、彼に取っては全てが物語。絵本の中で役者を眺めている様なものなのよ。
……これがどういう事だが、サツキは解る?」
首を振る。
突然の話に、さつきの頭は遅れている。
一転して、場の流れはキャスターに向いた。
「詰まり、サツキが死徒になるのも、人間の敵にならない子だという事も知っていた。
――――これでも、あの男に利用されていない何て呑気な事が言えて!?」
溢れる憤りはさつきの身を思うだけでなく、己の過去も重ねたせい。
尽くし、利用され、捨てられる絶望。
断じて――この世で最も許される行為では無い、それを、
さつきは微笑むままに、受け流した。
「サツキ!?」
「お、怒らなくても……ちゃんと理解はしてますよ、キャスターさん。
こう見えても、アキ君と頭のレベルは同じですから」
馬鹿じゃないんですよ? と声を尖らせるさつき。
「信じていないのね。いいわ、ならあの男を捕まえて――」
「ぼ、暴力は反対!
それに、キャスターさんの事は信頼してます。えっと、ちょっと驚きましたけど……」
今は追求する気が無いのか、さつきは言葉を続ける。
「それでも、アキ君はそんな事しないと思います」
「恋は盲目。貴女の目が曇っているだけじゃなくて?」
「あ、あは……否定は出来ませんけど……うん、そうだよね」
さつきは肯定しない。
人の闇を知らない――否、さつきは存在自体が世界から疎まれる生物。
ただの無垢な少女である筈がない。
「キャスターさん。アキ君を利用しているのは、やっぱりわたしの方ですよ」
「貴女が? そんな馬鹿な事……あの男は全てを知っていたのに」
「だからこそです。
――だって、アキ君がわたしを助けるメリットなんて無いですもん」
声の調子を落として。
悲しみに慣れた様な、自分自身を見下げるさつきの言葉。
「わたしがいなければ、そもそも代行者さんに睨まれる事はなかったんです。
三咲町を出たのも、この戦争も……あの時、アキ君がわたしを殺してくれなかったから……」
気を失っていたのだから、隙は幾らでもあったのに。
やり切れない後悔に似た何かをさつきは抱えているのだと、キャスターは思った。
この少女は――心は人の時のまま、肉体だけが昇華して。
ならば、さつきは本当に、
「あの二人と一緒にいたいだけ、なの? 超越種足る貴女が、その程度の望みで……」
「――キャスターさん」
視線が絡められる。
何の疑いも無い様な、澄みきった問い。
「好きな人とたくさんお話がしたい、笑ったり怒ったりして色々な顔を見てみたい、年頃だし少しえっちな事もしてみたい。
……わたしがアキ君と琥珀ちゃんに付いていく理由、これだけじゃ駄目ですか?」
「そ、それは……っ」
その真っ直ぐな瞳を、キャスターは見返す術を知らない。
かつて男を愛し、国を捨てた。
いつか破滅が待っていると解っていても、焦がれる想いは止められなかった。
魔女も吸血鬼も、心がある。
さつきは騙されているのだと、そんな想いは下らないと、そう一笑に付す事など出来はしない。
他でもないキャスターなら、尚更に。
そしてキャスターの脳裏に引っ掛かるのは、アキの記憶。
第五次聖杯戦争で巡り合う、アキ以外にキャスターを拾うあの男。
――葛木宗一郎。
信じられない話だが、記憶の中のキャスターは彼を溺愛していた。
共に在る事を望み、それこそが願いとして長く在る事だけを夢見ていたのだ。
愛故に運命を狂わされ、悲劇に落ちたにも関わらず。
「……あの、キャスターさんの聖杯に懸ける願いって何ですか?」
さつきの声が耳に届く。
キャスターの望む事。
それは――――故郷に、果て無き海の向こうのコルキスへと帰る事か。
――違う。
ただ、恋が報われていれば。
魔女と蔑まれても、彼にだけ愛して貰えれば生きていけた。
キャスターの策略は過剰な愛故に見境ない手段となり、彼を助けると同時にキャスター自身を追い込んでしまったのだけど。
結局、キャスターも……コルキスの王女メディアは、
「……」
目の前の少女と、欲するものは変わらない。
平穏を。
愛した人が側にいれば、その人も同じ様に自分に愛を向けてくれれば。
「サツキと……変わらないのね、私も」
「え、わ、わたし?」
首を傾けるさつきを見て、キャスターは微笑を浮かべる。
何故か?
結局、二人揃って馬鹿な乙女だったから。
「……はぁ、どうしましょう」
「キャ、キャスターさん? えっと、何か悩み事でも?」
知らぬは本人ばかり。
意中の相手を鈍感と怨んでいる癖に、さつき自身も相当だ。
宝具を懐に仕舞う。
最早、さつき相手にこれは必要ない。
本当に、飛んだ肩透かしを食らった気分。
「いえ、ちょっと心配になって……」
「ふ、不安なのは解ります。でも、アキ君もキャスターさんも……皆、わたしが守りますから。
後少しで戦争も終わりです、頑張りましょう!」
「……」
お互いに疲れているせいか、話が噛み合う事は無い。
雰囲気も既に裏切りを勧誘する様な――もっとも、最初から崩れていたかもしれないが。
溜め息を吐く。
聖杯に用は完全に無くなった。
このまま座に戻る事も良し、惰性で現世に留まるのも良し。
だからキャスターは――
「……さて、冗談もそこそこに、用件を話していいかしら」
「用件?」
「そう、記憶を取り戻したって言ったでしょ?
サツキは暇そうにしてると思ったから、真名を教えるついでに少し昔語りをしようかしら……ってね」
「ほ、本当ですか!?」
「そんなに目を輝かせても困るけれど……」
憧憬の眼差しは、苦笑いで受け止めて。
何処から話しましょうかしら……そう言いながら、キャスターは思う。
取り敢えずは、この娘の恋の行方を見守るのも面白そうだと。
柳洞寺にいるであろう運命の人に会いに行くかは、まだまだ未定の域だけど。
馳せる想いは様々に。
恋する少女に懐かしさを感じながら、キャスターは一先ず腰を落ち着かせる事にした。
さっちんの与える影響が半端ない件。
カレーやらスカーレットやら魔女やらと…何気にエジプトニーソが味方する要因も担ってますし。
これでキャスター視点は終了です。展開が急ぎ気味でしたら申し訳ない。