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『まずは着替えね。私のでよければ使って頂戴。

あ、多少のサイズ差は我慢してよ?』

 

『感謝します、凛。

 ……む、残念ながらこのブラジャーでは些か厳しいですね』

 

『わたしは大丈……あ、あれ? ホックが届かない?』

 

『ん〜、よしっ、私は何とか入りましたね』

 

『わ、私はピッタリでしたから。姉さ……と、遠坂先輩っ』

 

『……………………』

 

 

 夜は更けて丑三つ時。

 遠坂邸に身を寄せた後、これからの方針よりも先に身体を休める事を優先した。

 

 

 士郎と二人、扉の前で女性陣が着替え終わるのを待つ。

 

 こっちも先の戦闘で衣服はボロボロになった訳だが、そこは男。

 聖杯戦争が終わり次第、また揃えればいいだろう。

 

 

「なぁ、アキ」

 

「ん?」

 

「遠坂って……いや、何でもない」

 

「……」

 

 

 顔を赤らめる士郎を見て、言わんとした事を察する。

男性として、非常に想像を掻き立てられる会話なのは同意しよう。

 

 もっとも、こちらとしては凛のサイズよりも琥珀と弓塚のそれに驚いてるけど。

 

 

 あれか、片や死徒覚醒で、もう片方は長年の秋葉とのチョメチョメでと。

 これ以上の詮索は身体に支障をきたすので、強制的に打ち切った。

 

 

「――お待たせ……って、どうしたのよ、二人とも。顔赤いわよ?」

 

「き、気にするな、遠坂。それよりもさ――」

 

「コーヒー二人分くれないか? さっきから気が緩むと眠気が酷くてさ」

 

「あぁ、なら全員分用意しましょ。

サーヴァントはいらないから八人分、いえ、七人分ね」

 

「イリヤは寝てるからな」

 

 

 階段を下り、リビングへと足並みを揃えて向かう。

 

 キャスターとライダーの姿はそこには無い。

 アサシンは常時霊体化なので、この洋館には人間以外いない様な感じがする。

 

 少し、心細い。

 

 

「どうしました、七夜?」

 

「いや、寂しいなって。

聖杯戦争だから当たり前だけど、いざサーヴァントが消えると――あっ、わ、悪い」

 

「……」

 

 

 視線を落とすシオン。

 何て配慮のない……疲労のせいにしても、今のシオンに向けていい言葉ではない。

 

 突然に現われた黒い影。

 銃神・ゴドーを足止め役として、彼の犠牲の上に無事に逃げ切れた今がある。

 

 

人智を超えた力を有する英霊としては、異色であった彼だが。

 シオンの良きパートナーであった事は、間違いの無い真実なのだ。

 

 

「……貴方が気にする必要はありません。

彼の判断は正しく、こうして私たちは最小限の犠牲で生き延びました」

 

 

 辛い、その感情はありますが。

 そう続けるシオンの瞳は、ただ真っ直ぐに。

 

 

「彼は死者だ。気に病む事はない。

 故に、私が彼に恥じない結果を手に入れればいいだけの事です」

 

「……何か冷たくないか?」

 

「そうですね。ですが、おそらくアーチャーもそう言うでしょう。

 これは私の物語であり、彼のは既に終えています。ですから――」

 

「余所見はするな、か?」

 

「……えぇ」

 

 

 呟き、シオンの口元が和らいだ。

 

 

「何故、彼が召喚に応じてくれたのか……今となっては知る由はありません。

ですが、彼は私と共に戦い、こうして七夜やさつき達と巡り合った……今は、それだけで十分です」

 

 

 目蓋を閉じ、独白する。

 感傷に耽るのは後で良いと、言い聞かせるようにシオンは言う。

 

 

 確かに、その通りだ。

 

 思う所はあれ、立ち止まる暇など何処にも無い。

 

 

 目の前で取り込まれた、三騎の英霊。

 原作を基準に考えるのなら、彼らが殺人マシーンとして立ち塞がる展開も在り得る。

 

 聖杯――黒い影の目的はアンリマユ生誕に必要な魂の収集。

 

 一般人とは桁の違う魂の質を持つ英雄のそれを、影が積極的に体外に放出するのは考えにくい。

 しかし、聖杯を壊そうとする害意を持つものが現われた時……防衛本能と呼べる機能が備わっていれば――

 

 

 アーチャーも現状、どの様な最後を迎えたかは分からない。

 三騎と同様に呑み込まれたのなら、彼とも敵対しなければならないのだ。

 

 

 

 

 大聖杯の破壊。

 それを狙うには、数時間前とは既に状況が異なってしまった。

 

 

 呪われた大聖杯を守護する、黒化した英霊たち。

 先手さえ取られなければ……そうは思っても、今となっては仕様がない。

 

 桜の無意識下で、アンリマユが蠢く事も確認された。

 猶予も、余裕も、こちらには無い。

 

 

「シオンさん、やっぱり部屋に戻ってるから……後で衛宮と遠坂さんを連れて来てくれ」

 

「頂かないのですか? せっかく凛が入れてくれると言うのに」

 

「少し、一人だけで考えたい。

弓塚の傷が回復するまでは動けないけど、それでも整理したい事は山程あるから」

 

「……そうですね。この戦争が異常である事は間違いありません」

 

 

 頷いて、シオンに背を向けた。

 

 一先ず魔力を補充し、怪我を癒したい。

 行動に移すのはそれから――早くとも、休息に半日は費やすだろう。

 

 

 英霊を取り込んだ所為か、桜の足は麻痺している。

 

三騎か、四騎か。

 イリヤが起き次第、二人に尋ねればゴドーがどうなったかは明確になる。

 

 

(これから……どうなる?)

 

 

 原作と照らし合わせ、展開を推測する。

 

 大聖杯を壊そうとすれば、それに反応して聖杯が何らかのアクションを起こすかもしれない。

 対立する思考にある言峰綺礼が仕掛けて来る可能性も、無いとは言い切れない。

 

 

 そして、こちらの不穏分子は二つ。

 未だ掴めないキャスターの動向と、臓硯を心臓に住まわした桜。

 

 現状は桜の無意識下でのみ活動しているアンリマユだが、これ以上の――黒桜に変貌されるのは、絶対に防ぎたい。

 

 

 

 

 ――――ならば、まずはそれを潰さなければ。

 

 

 自身の出来る範疇、その境界を頭に浮かべる。

 ここには原作にいなかった人物が……琥珀が、弓塚が、シオンが、そして七夜と浅神の血を引く自分がいるのだ。

 

 

 難しい現状に置かれているが、まだ詰むには至らない。

 適切な処置を、対策を取って望みさえすれば、この聖杯戦争を無事に集束させられる。

 

 

「……まぁ、手がつけられないのはキャスターくらいか」

 

 

 結局、最後の最後まで自身のサーヴァントに悩ませられる。

 それが如何にも滑稽で、少し笑えた。

 

 

 

 

「――あら、私がどうかしまして、マスター?」

 

「ん?」

 

 

 背後に気配。

 振り返った矢先――――意識が途切れた。

 

 

 殺気は無かった、筈。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第三十一話

 

 

 

 

 

   *

 

 

 お湯の中から袋を取り出し、封を切る。

 トロリと白米の上に流し込めば――レトルトカレーが出来上がった。

 

 更に適当に千切った野菜を加えれば、栄養面でも問題無い。

 

 

「いやいや、たまにはカレー以外も食べましょうって、マスター」

 

「黙りなさい、セブン。だいたい貴女だって人参ばかりでしょうに」

 

「馬に何を求めてるんですかね、この人は……」

 

 

 小言の煩い精霊をあしらい、盆に乗せたそれを運ぶ。

 パンも良いがやはりご飯が一番合うと、目下で湯気を立てるカレーライスに喉が鳴る。

 

 元埋葬機関第七位・弓のシエル。

 

 林の中に佇む洋館に拠点を構えた彼女。

 現在は、まさに昼食を取る直前であった。

 

 

「――――おや?」

 

「……」

 

 

 そして気付く。

 

 部屋の隅に置かれたベッドの上。

 シーツを剥ぎ、上半身を起き上がらせた人物を。

 

 

「お早うございます……と言っても、時刻は既に正午を回っていますけど」

 

「……あ、貴女は? いえ、それよりも――」

 

「私はしがない魔術師ですよ、バゼット・フラガ・マクレミッツさん。

 ついでに言いますと、今日まで貴女を介抱していた恩人でもありますね」

 

 

 目が見開く。

 目眩を起こした様にバゼットは額を押さえ、口を動かす。

 

 が、目覚めたばかりの所為か。

 呂律が回らず、上手く言葉が形成されない。

 

 

 不意に顔が歪む。

 ……どうやら、間違って舌を噛んだらしい。

 

 

「何者かに襲われたのでしょう。

此処で血を流し昏睡状態にあった貴女を発見したのは、一月以上前になります」

 

 

 身体の様子から、そう時間が経っていなかったのが僥倖でしょう。

 バゼットの表情に目を向けながら、シエルはそう続ける。

 

 

「まぁ、左手を見ればすぐに目が覚めますよ」

 

「左……?」

 

 

 言われるままに誘導された視線。

そうして再び、驚愕を表わす彼女の顔。

 

 今度は、深い絶望の色で。

 

 

「な、無い……わ、私の左腕が……!?」

 

「他に傷跡の無い事から、貴女の殺害は二の次という事でしょう。

 ――――何かあったのではないですか? そこに、大切なものが」

 

「……そ、そうだ……令呪っ!」

 

 

 跳び起きる身体。

 だが覚醒して間もない彼女がまともに動ける筈も無く、痙攣してベッドに沈む。

 

 シエルの顔を、焦る様にして見つめるバゼット。

 未だ朦朧とした意識が、現実を正しく認識する事を阻害する。

 

 

 そんな彼女の具合に、シエルは掴んだスプーンを一旦戻す。

 そしてやおら立ち上がると、

 

 

「昼食はお粥で構いませんか?

 慌てる蟹は穴へ入れぬと言いますし、まずは調子を整えましょう」

 

 

 そう言って、台所へと足を向けた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 一通りの説明をバゼットに施した後、シエルは洋館を出て町の散策に繰り出した。

 

 不穏な空気が漂う、否、絡みつく様な気配。

 昨晩を境に、この冬木の様相は微かに変化している。

 

 

「さて、死んでいなければ良いのですが……」

 

「あの三人組ですか? 確かに、酷い荒れようでしたからねぇ」

 

 

 昨夜の光景を脳裏に浮かべる。

 

 新都を回り終えたのは夜も更けた頃か。

 住処へと戻る際に感覚に触れた、不吉な魔力。

 

 駆け付けてみれば、彼らの拠点であった衛宮邸は見るも無残な廃墟となり、

 

 

「死体は無かったのですから、何処かで生きている筈でしょう」

 

 

 残された戦いの爪痕は、戦慄を覚える程に大きく。

 

 事後処理も相当に手を焼くだろう。

 情報操作が行われている辺り監督者が存在するのは明白だが、果たしてどれ程の時間が掛かるか。

 

 

 しかし人命云々というのでなければ、シエル自身にはさして関係無い、

 

気を取り直して、探知魔術を行使。

 加えて感覚を鋭敏にし、不浄とも近い魔力を辿っていく。

 

 

 

 

 聖杯戦争。

 それ自体に深く介入する気は、シエルには無い。

 

 一昨日に彼らと協力体制にある魔術師――衛宮士郎に接触した際、彼の記憶から大体の事情は読み取ってある。

 

 彼らの狙いは、いまいち掴めないままであったが。

 

 

 直接会い、詰問すれば納得のいく答えは得られるかもしれない。

 

 こちらは元とはいえ代行者。

 死徒を連れ歩く彼らに接触する理由は十分にある。

 

 

 

 

 ……それでも、現状は彼らを遠目に把握するだけに止めているが。

 

 

「まぁ、それもそろそろ終わりでしょう」

 

 

 聖職者として民間人への被害を見過ごす事は出来ない。

 が、今朝からどうにも不吉な予感が拭えない、危険を知らせる淀みがある。

 

 

 自身の実力を持ってしても、手に負える範疇に収まるか。

 

 聖杯戦争の裏で蠢く、何か。

 彼らもつくづく厄介な物事に関わる性分だと、シエルは足を進めながらに嘆息した。

 

 

 そうして、足取りは柳洞寺へと行きついた。

 

 シエルが向かうのは、その裏山。

 道なりに山深くへと入っていくにつれ、異様な気配が辺りを包む。

 

 拒絶したくなる様な、濁った魔力。

 身体に走る緊張感は――この雰囲気以上に、眼前に居座る男が原因だろう。

 

 

 

 

青い、引き締まった体躯。

 

 ここから先は通さない。

 そう言い表すかの様に、その男はただ何もせず黙してその場から動かない。

 

 覇気の無い、凡そ強者とは結びつかない相貌。

 

 

 だが、シエルは感覚で理解する。

 

 あれは眠っているだけの猛獣だと。

 牙は確実に、剥き出しになれば並大抵の獲物を震え上がらせるものだろう。

 

 

「悪いが行き止まりだぜ、魔術師」

 

「……」

 

 

 対峙した瞬間、紅い瞳がシエルを射抜く。

 

 静かな、その最小限の行為ですら恐怖を感じた。

 英霊――この男は、まさしく高次の存在に他ならない。

 

 

「……どなたかは存じませんが、先へ通して頂く事は?」

 

「それは出来ねぇ相談だ。

 胸糞悪いが、俺はここの門番を任されているんでな」

 

 

 鋭い視線を向けるシエルに、漸く男も腰を上げた。

 

 だがシエルと異なり、男は酷く気だるそうに構えるのみ。

 

 たかが魔術師の一人。

 緊迫感の無い態度から、相手にされていない事が容易に読めた。

 

 

 ここで一つ、問題がある。

 

 目の前の男は敵なのか。

 分かるのは……この山道の先に潜んでいる“何か”は、真実、人々に害を与える代物だと言う事。

 

 それを守護するのならば、男は悪。

 

 

 獰猛さの片鱗は垣間見えても、悪人の纏う雰囲気には似つかない。

 が、令呪で強要されればサーヴァントの人格など関係無いと、シエルは結論付けた。

 

 

「魔物の片棒を担ぐとは……英雄も地に堕ちたものですね」

 

 

 魔力を通し黒鍵を作り上げる。

 悪態と共に、その切っ先を相手へと向けた。

 

 それを聞いて、まるで虚を突かれた様に男は笑う。

 

 

「おいおい、頭の堅い姉ちゃんだな。

ちょいとフィルター掛かってるんじゃねぇか、それは」

 

 

 歪に曲がる口元。

 

 

「勝手に押し付けられちゃ堪んねぇ。

死人を引っ張りだして正義やら責務を口説くたぁどこの鬼だよ」

 

「自覚が無いのですか、貴方は」

 

「ハッ、冗談! 俺はてめぇの立ち位置を見失う程間抜けじゃねぇぞ」

 

 

 現われるのは血塗れた得物。

 片手に槍を収め、瞳孔が切り裂く様に縦に開く。

 

 

「悪党に加担するのは頂けねぇが、そんな事は些細な事よ。

 だいたい、課された役目は疾うの昔に果たし終えた。今はただ――」

 

 

 と、唐突に男は口を閉ざす。

 そして目蓋を閉じ苦笑したかと思うと――槍を構え、シエルを見据えた。

 

 

「長話は要らねぇな。所詮、俺は過去の人間。

 てめぇらの時代なら、てめぇらの力で解決するのが筋ってもんだぜ!」

 

「ならば……貴方を障害と認識しましょう」

 

「英霊相手にやり合うってか? 強気な性格は好みだが……」

 

 

 視線が交錯する。

 

 瞬間、同時に地を蹴った。

 

 

 白兵戦は相手の土壌。

 男の構える武器がそのままクラスに直結するのであれば――ランサーのサーヴァント。

 

 ランサーの上空へ跳躍したシエルは、瞬時に十六の黒鍵を投擲する。

 だが、垂直に地へ叩きつける様に降下する刃を――

 

 

「温いっ!」

 

 

 槍の英霊は一切動じる事無く、一払いで防いで見せる。

 鉄甲作用を含んだそれを、いとも容易く。

 

 慄然とする程の戦闘力。

 

 

(違う、あれはおそらく……っ)

 

 

 着地する間際にもう一手、計二十四の刃をタイムラグ無しで投げ付ける。

 そして繰り返される光景。

 

 

「――矢避けの加護っ!?」

 

「案外鋭いじゃねぇか、おら!」

 

 

 嬉々とした表情で突き出して来るランサー。

 興が乗ったのか、軽快な身のこなしで間合いを詰める。

 

 

「――くっ」

 

「魔術師? それにしちゃ随分と戦闘慣れしてるなぁ、姉ちゃんよ!」

 

 

 軽口を叩くランサーに対し、シエルは歯を食い縛るのみ。

 

 繰り出される槍が鋭さを増していく。

 防御に徹すれば、シエルにも辛うじて捌き切れる速度。

 

 

しかし、決して見切れている訳ではない。

 

 

 両手に携えた黒鍵で突きを往なし、弾く。

 徹底的な守りでさえ、あくまで致命傷を外すのみ。

 

 打ち込みの速度に比例して身体に広がる裂傷。

 耐えきれず、シエルは一歩踏み出した。

 

 

「馬鹿がっ!」

 

「――っ」

 

 

 踏み込んだ刹那を狙ったランサーの一撃。

 驚異的な速度で放たれたそれは――

 

 

「何っ!?」

 

 

 刺さらない。

 槍の間合いを殺すための前進に、完全に重ねた筈の突きが届かない。

 

 されど、驚愕に目を開くのも一瞬。

 数多の戦を潜り抜けた英雄の眼力は、即座に小細工を見破った。

 

 

「魔術かっ!」

 

「気付いたところで――!」

 

 

 地形に及ぼした魔術効果。

 特殊な体捌きと組み合わせたその動きは、前進と見せかけ全力で下がる視覚の撹乱。

 

 

「どれ程の速度で打ちこもうとも――」

 

 

 一度伸ばした腕は、引かねば突けぬのが道理です!

 

シエルが、ランサーの呼吸に合わせて今度こそ間合いを詰める。

 脚部から魔力放出も惜しみなく、戻る槍と同じくして懐に入った。

 

 

「はああぁっ!」

 

 

 交差される刃。

 が、それは肉を切り裂く事無しに真紅の槍に阻まれる。

 

 

「へっ、中々やるじゃねぇか!」

 

「……っ!」

 

 

 実に嬉しそうに顔を綻ばすランサーだが、シエルは内心で舌打ちする。

 

 

 本来の戦闘スタイルを不利と判断し、魔術、体術、剣術を用いた渾身の一閃。

 

それを反射神経か、超人的な勘か。

 どちらにしても、こうも軽く防がれたのでは手の内を見せた割に合わない。

 

 

 しかし、相手は二十七祖すら上回る英霊という超越種。

 

 真直で刃を合わせ、改めてひしひしと伝わる存在感。

 強化魔術を重ね掛けした肉体でさえ、互角の力比べは数秒にも及ばない。

 

 

戦況を覆すため、即座に詠唱に入るシエル。

 

Starker(重圧) Druck, Multiplikation(相乗)――――!」

 

 

 五倍、六倍。

 ランサーに常人では耐えきれぬ圧力が降って掛かる。

 

 

 その瞬間、シエルの身体に走る衝撃。

 相当の重圧にも関わらず、脇腹にランサーの鈍りない蹴りが入った。

 

 サーヴァントの三騎に与えられた対魔力。

 第二節以下、大魔術や儀礼呪法レベルでなければランサーには通用しない。

 

 

 蹴り飛ばされ、幹に身体を打ちつけるシエル。

 口から漏れる血、痺れる様に残留する痛みが、醜く顔を歪ませる。

 

 

「……これ以上はやめときな。

 魔術師に後れを取る程、こちとら腑抜けちゃいねぇんだ」

 

 

 冷めた調子で、ランサーは地に付くシエルを見下ろした。

 

 斬り合った一合。

 十二分に人間離れした力量はランサーを感心させるが、そこ止まり。

 

 

「嘗められるのは嫌いでな。

 悪い事は言わねぇ。俺の気が変わらない内に引いておけ」

 

 

 興味を無くした様に、ランサーの纏っていた殺気が消える。

 

いや、そもそも最初から殺気は無かった。

興が乗って身体に力が入ってしまったと……要は、相手にされていなかったのだ。

 

 

 命を受けたのは番犬の役割。

 故にそれ以上の行為はランサーの自由であり、女子供までは命を取る気が無いのだろう。

 

 強者はともかく、中途半端な者には尚更に。

 

 

 ――撤退すべきか。

 

 

 投擲を無力化する矢避けの加護、クラスに備わった魔力耐性。

 格上の相手に加え、シエル自身の戦闘スタイルと相性の悪い特性では勝機が見えない。

 

 

 ――いや、ここで退いてしまったら、

 

 

 この先に眠るものは、おそらく厄災をもたらすだろう。

 町一つを呑み込む程の規模で、それが降りかかる可能性も否定出来ない。

 

 一旦態勢を立て直した所で、状況が変わるとも限らない。

 むしろ昨晩からの流れを考慮すれば、悪化する確率が高いとシエルは思う。

 

 

 サーヴァントを従えている七夜アキハ達と合流。

 ……消息不明な彼らが、未だ冬木にいるとは限らない。

 

 

 ならば、やはり一人で打開するしかシエルに手は残されていない。

 

 

 

 

 ――――しかし何故、戦わなければいけないのか。

 

 

「――っ!?」

 

 

 不意に、シエルの脳裏を掠める思考。

 

 自身の迷い。

一年前を境に、定まらなくなった足場。

 

 

 シエルが冬木に来たのは、彼らを追って。

 その当人達がいないのであれば、シエルもこの町に用は無くなる。

 

 既に代行者で無いシエルに、枷は何もないのだから。

 

 

 

 

 違う、と必死に否定する。

 

 思い出すのは、フランスの小さな田舎町。

 自分の目の前で町が死都へと成り果てるのは、シエルにとって許されざる行為の筈。

 

 

 しかしどれだけ首を振った所で、今のシエルの基点は彼らにある。

 

 埋葬機関を抜けたのも、何をすべきか見失った心も、今この場にいる事さえ、その原因は彼らなのだ。

 

 

 仕留めそこなった死徒を見張るため。

 それだけでは頷けない、シエルにとっては納得出来ない。

 

 

 

 

 解らないまま、シエルは立ち上がる。

 依然、ランサーに警戒を向けて手には黒鍵を。

 

 ただ、戦う意志は既に無い。

 

 

「……確かに、私では貴方には敵わない」

 

 

 降参とも取れる、シエルの呟き。

 ランサーは表情を変えず、戯言の様な言葉を向ける。

 

 

「賢い選択だぜ、姉ちゃんよ。

 曲がりなりにも英霊だ。俺らに敵うなんざ、それこそ化け物でなけりゃぁな」

 

 

 

 

 その一言が――奇しくも、シエルを崩壊させた。

 

 

「化け……物……」

 

 

 何時か、何処かで聞いた台詞。

 忘れもしないそれは、シエルの転機となった去年の――

 

 

「……そう……そう、でした」

 

 

 化け物と豪語したのは誰だったか。

 

 この世界で二人だけの、シエルと……弓塚さつきが持つ共通点。

 ロアに人生を狂わされ、片や代行者、片や吸血鬼として裏の世界に染まった二人。

 

 

 なのにどうして――彼女は己を化け物と認めた上で、笑っていられるのだろうか。

 

 

 シエルが見た、三咲町でのさつきの笑顔。

 それはこの冬木の地でも変わらず、彼女の本質は明るいまま。

 

 

 

 

 ――そんな彼女に、惹かれたのか。

 

 

 さつきの強さ。

 おそらくそれは、さつき一人だけの強さではないのだけれど。

 

 

 ――世界で誰よりも、弓塚さつきはシエルに近い存在である筈なのに。

 

 

 死徒を抹殺する事を使命としたシエルに比べ、さつきは化け物に成り果てた後も変わらない。

 アキハ、琥珀と笑い合うさつきを、異色の眼差しで見つめていた。

 

 同じ癖に、二人の間にある決定的な相違点を。

 

 

「……ふふ、可笑しいですね……これでは代行者の仕事も務まらない」

 

 

 止めて正解だと、そう初めてシエルは思った。

 

 さつきの姿を浮かべれば、そこに向けられる感情は抑えきれない。

彼女に対する想いが心を占めてしまったのであれば、当然だ。

 

 

――――それが悔しいのか、羨ましいのか。

 

 

 嫉妬、羨望。

 想いの正体は、未だ明瞭なものではないけれど。

 

 

「彼女が中心となり、視野が狭くなった事は確かですね」

 

 

 ロアの転生先となり、全てを壊されたシエル。

 ロアに噛まれ、世界の敵として生きなければならなくなったさつき。

 

 

 死徒殲滅の使命よりも存外、さつきの事を気にしていたのだと、シエルは微妙な面持ちで溜め息を吐いた。

 

 三咲町で消滅した筈のミハイル・ロア・バルダムヨォン。

 あの仇敵との因縁が切れるのは、まだもう少し先らしい。

 

 

 シエルの心を占める、さつきの存在。

彼女自身の決着を見届けない限りは、シエルの中の感情も明確な形を成し得ない。

 

 

 

 

 ――――ただ一つだけ、シエル自身も解っているのは、

 

 

「まだ……退く訳にはいきませんね」

 

「……てめぇ」

 

「勘違いしないで下さい、ランサーのサーヴァント。

 ここからは私自身のため――私を“化け物”でないと言った貴方の言葉を、訂正させるために戦いましょう」

 

「何?」

 

 

 ランサーが向ける怪訝な眼差しを、シエルは真正面から受け止める。

 

 この戦いに大義は無いと。

 己の我儘で剣を取るのだと、シエルは槍の英霊に言い放つ。

 

 

「私、こう見えても結構な負けず嫌いなんです。

 ですから彼女が己を肯定し、自身を“化け物”と認めた上で笑うのであれば――」

 

 

 法衣を掴み、空へと飛ばす。

 隠されていた全ての柄が地に落とされ、聖書の頁は法衣と共に風に舞う。

 

 

 青一色のノースリーブにミニスカート。

 曝け出した肌から、刻まれた刻印が露わになる。

 

 まるで、枷を取り去った様なその姿。

 

 

「――――私も、自らを“化け物”として貴方に勝負を挑みましょう!」

 

 

 備えられた魔術回路。

 総数二千五百にも及ぶそれらが、一斉に魔力を通しシエルの肉体を駆け巡る。

 

 対峙するのは、己の器を図る相手。

 

武装を全て排除し、武器は自身の肉体のみ。

 

 

 ランサーが瞬きした刹那、シエルの姿は掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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小説置場へ

 


原作でシエルが志貴に惹かれたのは“自分と同じ様に一度死を体験しているのにのんびり生きている”彼を見てすごいなぁと思ったのが切っ掛けだったり。

それに習って志貴とさっちんを置き換えた感じになりましたが……うぅむ、無理がなければ幸いです。