「アキ君、シオンさん、大丈夫!?」

 

「こちらは軽傷です! アーチャー、さつきの援護を!」

 

「待て、マスター。これは手に負える相手じゃないぞっ?」

 

 

 耳をつんざく爆発音が間髪入れずに轟く惨状。

 

 辛うじて迎撃手段を持つのは弓塚と士郎。

 後列へ迫る剣戟を、拳と魔術で何とか防ぐ。

 

 

「この、やああぁっ!!」

「――――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

 

 弾かれ、叩き落とされる数多の宝具。

 だが、前に出る二人の顔に余裕は無い。

 

 

「キャスター、結界は!?」

 

「防音、人払い共に急ピッチで構築中ね。手際が悪いわよ、お嬢ちゃん!」

 

「あんたが早過ぎるのよ!」

 

 

 凛が叫ぶ。

 眼前で防御に徹する士郎を見つめながら、唱え、魔力を練り上げ陣を作る。

 

 

 夜も静まり返った中、この住宅街での戦争。

 対軍宝具のぶつかり合いも懸念して、叩き起こしてでも周辺住民を避難させる。

 

 それが出来ない事には、打開策も講じられない。

 

 

相手は英雄王。

 彼の力加減次第では、死傷者が第四次の厄災を超えかねないのだ。

 

 

「ア、アキさん、撤退した方が――」

 

「いや、それは駄目だっ」

 

 

 抱きかかえた琥珀の不安な視線に、悩みながらも頭を振る。

 

 戦闘が終わる時はこの敵を倒すか、または王の気紛れで見逃されるか。

 逃げるにしても、奴を引き止める役はセイバーくらいしかいやしない。

 

 

(探すんだ、今の自分たちに出来る事は……!)

 

 

 降り注ぐ剣戟の中、応戦出来ているのはランサーとセイバーの二人のみ。

 本調子でないアサシンは霊体化のまま、キャスターとゴドーは戦闘に加われるレベルじゃない。

 

 ライダーは己のマスターである桜を守る事に徹する始末。

 そして、それと似た光景はもう一つ。

 

 

「弓塚、動くぞ!」

 

「へ、ど、どこに!?」

 

「バーサーカーを助けるんだよっ!」

 

 

 地響きに負けぬ様、声を張り上げる。

 

 ギリシャ神話における大英雄・ヘラクレス。

 英雄王に次いで破格の霊格を持つ彼は、しかしその場から動けないまま。

 

 

 主であるイリヤスフィールはマスターとして最高の適性を所持する反面、戦闘に関しては素人に近い。

 

 本来ならバーサーカーの巨躯を縦横無尽に駆けさせ、英雄王の戦闘スタイルと噛み合うセイバーに自身を守らせるべき。

 

 そこまでセイバーを信用していないのか、突発的な事態には弱いのか。

 どちらにせよ、これではUBMルートで心臓を抜かれた時と同様、バーサーカーの力は出しきれない。

 

 

 ならば、活路はそこ。

 規格外の戦闘でちっぽけな自分が出来る、唯一の打開。

 

 

「弓塚、無理に迎撃はするんじゃないぞ!」

 

「し、心配ないよ! このくらいなら守りきれるから!」

 

「琥珀、感応は保てるか!?」

 

「休息は取りましたから問題ありません。ですが、さっちゃんは――」

 

「解ってる!」

 

 

 弓塚の性格は十分に承知済みだ。

 

 

 神聖なものには滅法弱い、堕ちた存在である吸血鬼。

 飛来する宝具の類にはその系統も含まれるが、見切った所で後ろへ流す訳にもいかない。

 

 既に弓塚の拳には、裂傷、火傷の痕が生々しい。

 拳一つで戦う弓塚では、相性が最悪に噛み合わない。

 

 

(疲労も重なり長期戦は不可能。決して有利じゃないこの状況)

 

 

 ギルガメッシュの天敵である士郎は己の魔術の本質を理解できておらず。

 また、英霊エミヤもおそらく固有結界は使えまい。

 

 

 マスターであるイリヤは唯でさえ破格の英霊を狂化させ支配しているのだ。

 その上、最優のセイバーの宝具を発動させるとなれば、彼女に掛かる負荷は計り知れない。

 

 加えて、この場に揃った全てのサーヴァント。

 己の切り札であり、全てである大魔術・固有結界を見せるにはリスクが大きい。

 

 

 

 

(……だが、勝つならここしかないんだっ)

 

 

 聖杯戦争におけるラスボスにして最大の障害。

 彼を倒さない事には、この戦争に終わりは無い。

 

 

 アンリマユ――桜側の聖杯に取り込まれた魂は、未だゼロ。

 ならば、事態が混迷するよりも前に終着させる事も今なら間に合う。

 

 故に、此処で決着を。

 

 イリヤの元に向かうため、全身に力を流し込み刃の嵐へと跳び込んだ。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第三十話

 

 

 

 

 

「お、お兄ちゃん達――」

 

「イリヤスフィール、守りは任せろ! だからバーサーカーを前に!」

 

 

 弾幕を掻い潜り、駆け付ける。

 

 前方で身体を張って主を守護するバーサーカー。

 その役割はこちらが為すと、怯える少女に言い放つ。

 

 

「セイバーとランサーだけじゃジリ貧だ! 頼めるか?」

 

「う、うん、分かった。……バーサーカー!」

 

 

 戦況は不利。

 反撃に出ている二騎のサーヴァントも、その面は苦々しい。

 

 最速の英霊をも圧倒する物量を持って、動きを封じ。

 視界以上に展開された数多の宝具は、エミヤの投影速度を持ってしても追い付かない。

 

 

 震えながらも、理解を示したイリヤは己の従者に命を下す。

 

 早くあのサーヴァントをやっつけて、と。

 だが、

 

 

「バ、バーサーカー?」

 

「――――」

 

 

 斧を振るう。

 巨人はこの場を動かず、ひたすら剣戟を弾くのみ。

 

 確かに、この巨人はイリヤの制御化。

 それ以上の想いが、武骨な背中で語られる。

 

 

 ――主を任せる事は、出来ないと。

 

 

「バーサーカーさん!!」

 

 

 途端、迫る剣戟と巨人の間に弓塚が割って入る。

 拳を握りしめ、傷つきながらも凶器を撃ち落とす傍らに、

 

 

「イリヤちゃんは私たちで守ります!

だからあのサーヴァントを、セイバーさんとランサーさんを助けて下さい!」

 

 

 力だけの私じゃ無理だけど、そう叫ぶ弓塚。

 

 

「皆の力を合わせないと! 私はバーサーカーさん程強くないけど――」

 

 

 剣の矢を避け、柄を掴む。

 それを投げ返す弓塚は、巨人に一瞬だけ振り向いた。

 

 交差する視線。

 

 

「お願いします、バーサーカーさんっ!」

 

「■■■■■■――――っ!!」

 

 

 咆哮。

 

 轟くそれは、まるで弓塚に応える様に。

 そして筋肉を奮い立たせた巨人はより一層の死地へと身を投じた。

 

 

「……え、お姉ちゃんの言う事は聞くの?」

 

「あー、そこはほら、怪物同士の意思疎通があるんじゃないか?」

 

「ち、違うよっ!? 戦いの中で芽生えた信頼関係だって、きっと!」

 

 

 微妙に頬を膨らませるイリヤに、否定する弓塚。

 弓塚自身、理性の無い筈の狂戦士に言葉が通じたのは驚いている様だけど。

 

 

「ハッ、漸く来たか、おっさんよっ!」

 

「無駄口を叩くな、ランサー!」

 

 

 乱舞される真紅の槍に、上空で激しく散る火花。

 そこに蛮声を上げる大英雄が、群がる宝具を蹴散らし加わる。

 

 

「――たかが三騎でこの我に届くと思うなよ、雑種っ!!」

 

 

 荒れ狂う刃の暴風雨。

 二騎の獣は縦横に飛び交い、身体能力の劣るセイバーは回路を酷使し迎え撃つ。

 

 黄金を中心に撒き荒れるそれは、外野であるこちらにも向けられ、

 

 

「二人とも、放すなよ!」

 

 

 琥珀とイリヤを掴み、豪雨の少ない地帯へと跳び退いた。

 その矢先に迫る魔剣、妖剣を阻止する弓塚。

 

 だが、戦況は更に加速する。

 

 

「――わわ、ヤバっ!?」

 

 

 凡そ人が扱うには釣り合わない、漆黒に染まった巨大な戦槌。

 後ろに押されながらも全身で受け止めた弓塚に、二対の矛が切っ先を向ける。

 

 

「――――Brechung(屈折)!」

 

 

 軸は四つ、空間を歪めて軌道を逸らす。

 

 間隔が早い。

 放出される宝具の数が、拍車がかかった様に増幅する。

 

 

「――アキ、イリヤっ!」

Drei(三番),Vier(四番)……! Brennt(炎の剣) das ein(相乗) Ende――――!」

 

 目の前を埋め尽くすのは数々の刀剣。

 次いで一直線に走る火炎が、一切合切を吹き飛ばした。

 

 

「ちょっと、何単独行動して死にそうになってるのよ!」

 

「遠坂、前!」

 

「――ライダー、お願い!」

 

 

 鎖が伸び、先端の杭が金属音を反響させる。

 弓塚の隣に降り立ったのは、同じ怪力のスキルを有する騎乗の英霊。

 

 桜の命令なのだろう。

 ライダーは背後に目を向けた後、己の武器を振り回して弓塚と共に迎撃に当たった。

 

 

「七夜、琥珀、怪我はありませんか!?」

 

「マスター、少し自重して下さい! サツキ一人に守りを任せるのは危う過ぎてよ」

 

「わ、悪い。いや、それよりも――」

 

 

 一点に集まったメンツを見渡す。

 この弾幕の中、下手に分散するよりも理に適ったこの陣形。

 

 もっとも、士郎の魔力が底を突き次第に崩れてしまう陣ではあるが。

 

 

 ――攻める為の、次の一手。

 

 

 だが、腐心する事は何も無い。

 

 前線で武器を振るうのは百戦錬磨の猛者たち。

 戦の判断、流れを彼らが掴み損なう筈もなく――

 

 

「マスター、バーサーカーのストックは!?」

 

「だ、大丈夫よ! 消費した数はまだ四つ!」

 

「ふむ、ならば――悪いが、残りの幾つかは頂こうっ!」

 

 

 無手になり、英雄王から一旦距離を置くセイバー。

 

 

「おい、嬢ちゃん! 周辺の避難は済ませたか!?」

 

「オーケーよ、ランサー! ここら一帯は無人の地、気遣いは不要なんだから!」

 

「よっしゃ、ならいっちょ仕掛けてみるか、なぁ!」

 

 

 高く跳躍するのは槍の英雄。

 禍々しい魔力の渦が、彼を取り巻き収束する。

 

 

「ランサーの奴、まさか宝具を!?」

 

「セイバー! 貴方の力も見せてあげなさい!」

 

 

 見上げる凛。叫ぶイリヤ。

 最前線で巨人が押さえる隙を付き、詠唱を紡ぐ。

 

「――工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

 

「アーチャー、私たちも行きますよ!」

 

 

 同時にシオンの甲の令呪が光る。

 意図を察し、ゴドーは己の愛銃に手を掛け――

 

「“突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)――――!!」

「――――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……!!」

 

 

 天から降下する紅い流星と、一斉に展開された数百にも及ぶ数多の刀剣。

 

 

「跳びなさい、アーチャー!」

 

「ブラックバレル――――」

 

 

 輝いた令呪は、因果律崩壊直前の極限速度でゴドーを飛ばす。

 

移動先は英雄王を超えた反対側。

 そこから放たれるのは、天寿の概念を詰めた一撃必殺の魔力光。

 

 

 ――――サーヴァント三騎による、全方向からの真名解放。

 

 

 これ程の爆撃に加え、しつこく食い下がる狂戦士が英雄王の動きを鈍らす。

 

 

取った!

 その光景の凄まじさに、誰もが拳を握り締める。

 

 

 

 

「――――甘いわあああぁあっ!!」

 

 

 刹那、開かれるのは黄金の都。

 

 千を超える宝具が降り注ぎ、百を超える防具がギルガメッシュの周囲に姿を現す。

 

 

 まさに無差別。

 津波の如く空間を呑み込み、削り、全てを攫う。

 

 

 

 

 盛大に粉塵が舞う中、その中心には濁る事の無い金色の光。

 どれだけ目を凝らしても――――英雄王には掠り傷一つ見当たらない。

 

 

「……おいおい、洒落にならねぇぞ、これは」

 

「これ程の威力を持ってしても無傷とは――――むっ、構えろ、ランサー!」

 

 

 傍らに槍を携え降り立つランサー。

 外套をはためかせながら、その隣にセイバーが立つ。

 

 膨れ上がる威圧感。

 ピリピリと肌を刺す緊張感が、動悸を激しくする。

 

 

「――――良い見世物だ。だが物足りぬ。

真の英雄足る一撃を……特別に我が無銘の秘剣を見せてやろうぞ!!」

 

 

 突如、暴風が吹き荒れる。

 

 高笑いと共に、砂塵が撒き上がり姿を見せたギルガメッシュの手には――台風の中心部。

 周囲のマナを吸収し、噛み砕き、咀嚼して膨大な魔力を宿していく。

 

 

 吹き荒れる紫の風は、気を抜けばそのまま吸い込まれそうな程に一帯を揺らす。

 おそらく宝具の頂点に立つ、計り知れないその出力。

 

 

「さぁ、乖離剣エアよ。そなたの一撃――」

 

「バ、バーサーカー!!」

 

 

 悲鳴を上げるイリヤに、しかし巨人は応えない。

 

 爆心地の中央、身体を張った彼の傷は強制蘇生といえども瞬時の修復は不可能であった。

 至る所を穿たれ全身を削ぎ落された英霊は蹲ったまま、その眼に光りは宿らない。

 

 

「琥珀、弓塚っ!」

「喰らい尽くすがいい! ――――“天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”!!」

 

 

 最速を競う二人が跳び出す姿を最後に、琥珀を抱いて背を向ける。

 

 

 ――へっ、ルーンの加護もどこまで持つか……“槍術・中つ槍”っ!!

 逃げて下さい、桜! ――“騎英の(ベルレ)――――手綱(フォーン)”!!

 

 

 空間そのものが押し寄せる錯覚。

 断末魔にも似た掘削音だけが、耳に響いて鼓膜を震わす。

 

 

 ――ここで死ぬ訳には……いかなくてよっ!

 ――――I am the bone of my sword.――“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!!

 

 

「イリヤ、桜――――っ!!」

 

「アキ君、琥珀ちゃん!!」

 

 

 士郎の叫び声と、背後に感じる弓塚の気配。

 

 瓦礫が、魔力の渦が襲いかかる。

 衝撃波に全身が軋み、悲鳴を上げる。

 

 

 

 

 ――――意識が、暗転した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

『…………死ぬわけには、いかぬ』

 

 

 ガラリと、瓦礫の崩れる音。

 

 目が霞んで、何も見えない。

 どれだけ血が流れたのか、痛覚が残っているという事はまだ死んではいないらしい。

 

 

(……重い)

 

 

 息苦しい暗闇は、多分、瓦礫に埋もれているから。

 朦朧とする意識を何とか保って、闇の中に目を凝らした。

 

 

『間桐の悲願は……永らえた五百年の時を……終わらせるわけには』

 

『――ふん、聖杯の片割れか』

 

 

 亡者の様な声は桜と似た音調で、英雄王の高慢とした声がそれに重なる。

 

 皆はどうなったのか。

 それよりもまず――自分の腕の中にいる女の子。

 

 

 琥珀の安否に、心が揺れた。

 

 

 声は出せない。

 

 若干の余裕がある左腕で身体の表面を滑らせ、脈を探す。

 ぴくりとも反応しない琥珀だが、心臓の鼓動は掌にちゃんと伝わった。

 

 

 

 

 ――生きている。

 

 思わず、意識を手放しそうになった。

 

 

『手土産に奴にくれてやるのも一興か。退屈凌ぎには不足ない』

 

『聖杯を我が手中に……第三魔法の再現をぉ……』

 

 

 弓塚の気配は探すまでもない。

 

 背中に当たる暖かな身体。

 吐息が耳に付き、くすぐったい。

 

 

 首を少しだけ後ろへ捻る。

 真直に映るのは、紅く染まった彼女の瞳。

 

 視線を絡め、互いの無事を確認する。

 弓塚の口元が綻んだ。

 

 

『――――桜っ!!』

 

 

 甲高い女性の――ライダーの叫びに遅れて、トスっと地面に刺さる音。

 

 酸素をゆっくりと肺に通しながら、現状を頭の中で組み立てる。

 

 

 手酷くやられたが、凡そのサーヴァントは無事だろう。

 

先陣で防いだライダーが生き残っている。

 ならば負傷の度合いに差はあれ、消滅に至るものはいない筈だ。

 

 

『に、逃げて下さい、桜……っ!』

 

『えっ――ラ、ライダー、腕が……ぁ――』

 

 

 気付かれぬ様、息を潜めてやり過ごすか。

 

否、これは好機。

先の一斉攻撃は通らなくとも今なら通用するであろう、そんな確信。

 

 

 弓塚の瞳を覗き込み、意思を伝える。

 疲れた様な顔付きが返ってくるも、気合いを入れて頷いてくれる。

 

 いい子だ。

 

 

タイミングを見計らい、自然と互いの呼吸が一致する。

 

 

『■■■■っ――――!!』

 

『ハッ、そのまま死んでいれば良いものを。

 ……獣の相手は疾うに飽きたわ! 潔く散れぃ!」

 

 

 轟く咆哮。

 大地が震えるその瞬間、英雄王の油断が最大限に達した刹那――

 

 

「――――行け、弓塚!!」

 

「全力、全開っ!!」

 

 

 重なる瓦礫を吹き飛ばし、地上へと跳び出した。

 

 有りっ丈の棒手裏剣を投擲し、魔眼を解放。

 ギルガメッシュの周囲に浮かび、咄嗟にこちらへ放たれた内の二つを屈折させる。

 

 

「今までの、お返し!!」

 

「ちぃ! 雑種風情が――!」

 

「――――■■■っ!!」

 

 

 拳を突き出す弓塚に合わせ、逆方向からバーサーカーのフルスイング。

 両側に盾を配置し、英雄王はその怪力を辛うじて防ぐ。

 

 

「まだまだっ!」

 

「■■っ!!」

 

「調子に――乗るなっ!!」

 

 

 周囲に振らすは宝具の散弾。

 跳び退き、両サイドから再び攻撃に転じる二人。

 

 

(――いけるっ!)

 

 

 その戦闘を見て、思う。

 

 先に比べれば、弓塚とバーサーカーでは手数が少ない。

 にも関わらず、戦況の流れがこちら側。

 

 

 ――――魔力切れだ。

 

 

 予想通りであり、だからこそ相性も構わず弓塚を向かわした。

 

 消費する魔力は微量であれ、展開した宝具は悠に数千。

 放った乖離剣エアの一撃を加えれば、相当な量を消費しているに違いない。

 

 

 事実二人に襲いかかる宝具は未だ多いが、先の比では無くなっている。

 押し切れる――弓塚とバーサーカーの怪力を持って、圧殺する事も不可能でない。

 

 

「血が流れてますよ、アキさん」

 

「おぅ!? お、起きてたのか?」

 

 

 スッと額に結ばれる青いリボン。

 琥珀は手を伸ばしたまま、少しよろめきながらも微笑みを返す。

 

 

「アキさんとさっちゃんが守ってくれましたから、意識は飛びませんでした。

 下手に動くと邪魔になるかと思いましたので、ずっと息を潜めていましたけど」

 

「そ、そうか……はは」

 

「あはっ。でも、流石にセクハラされた時は驚いちゃいました」

 

「恥ずかしいな、おい」

 

 

 起きてると知らず、勝手にあちらこちらを触って安堵していたとはこれ如何に。

 

 

「まぁ冗談はさて置き――どうします、アキさん?」

 

 

 真剣な表情へと変わる琥珀。

 そうだ。緊張を解すのも程々に、やらなければいけない事はまだ多い。

 

 

「琥珀は弓塚への感応に集中してくれ。こっちは――」

 

「私と七夜は、埋もれている士郎、凛、イリヤスフィールの三名を探しましょう。

 バーサーカーのサーヴァントは顕在だ。ならば、マスターが死んでいる筈はない」

 

「だったら、俺らは骨休めの見物と洒落込もうぜ。てめぇも付き合えよ、セイバー」

 

「本来なら加勢すべき状況だが、この身体では仕方あるまい」

 

 

 振り向いた先に、シオンとランサー、セイバーが瓦礫の下から顔を出した。

 

見るも無残な格好だが、幸いにも身体に欠損した部位は無い。

ただ、シオンは服が破れ過ぎて少々えっちぃ感じだけど。

 

 

 槍に身体を預けるランサー。

 遠くで響く怒号に口元を歪ませながら、こちらへ目線を向ける。

 

 

「おい坊主。お前、奴の攻撃は幾らか防げるか?」

 

 

 唐突に尋ねられる。

 反射的に身を震わすも、味方である相手に怯える必要は何処にも無い。

 

 

「……二本程度なら、何とか」

 

「厳しいな……まぁいい。おい、紫の嬢ちゃん、こいつは借りてくぞ」

 

「どういう事です、ランサー」

 

 

 発掘作業を進める手前で、ランサーに首元を掴まれる。

 

セイバー、ランサー共に余力は少ない。

構わず、死地に飛び込もうと言うのだろうか……俺を連れて。

 

 

「勘違いするなよ。こっちもそろそろ限界でな、放てて数回がいい所だ」

 

「要は、あのサーヴァントはまだ余力を残しているという事だ。

……そうだな、威力を押さえればもう一度くらい先の宝具を打てるだろう」

 

 

 セイバーが手短に話を進める。

 ランサーとこちらに交互に視線を走らせ、眉をひそめた。

 

 

「足の速いのは……強化すれば私だろうな」

 

「ハッ、足さえやられてなけりゃ俺の仕事だ」

 

「遠吠えにしか聞こえんぞ、ランサー」

 

 

 熾烈を極める、三者の戦い。

 

 即興のコンビにしては連携の取れた動きに、ランサーは感嘆の声を漏らす。

 息を合わせると言うよりは、本能で合致させたその動き。

 

 

「漸く風が向いて来たんだ。奴に二度目を打たせる訳にはいかねぇな」

 

「ではランサー、セイバー。貴方たちはその一瞬に介入すると?」

 

「ここから一直線に走らせれば、振り降ろす前には剣を交えらぁ。

 問題は、あの馬鹿に飛ばして来る宝具なんだが……」

 

 

 槍兵に見下ろされる。

 

 

「……なぁ坊主、気合いで四つくらいは防げねぇか?」

 

「無茶ですって、そ――」

 

 

 言い掛けて、両頬を掌に挟まれる。

 ――ランサーではなく、琥珀に。

 

 

「失礼しますね、アキさん」

 

「――むぐっ!?」

 

 

 強引に唇が合わさった。

 舌が入り込み、絡みつくそれを――

 

 

「ひゅう、お熱いなぁ、おい」

 

「ふ、二人とも……い、いえ、意図は解っていますが……」

 

「……コホンっ」

 

 

 三者三様の反応が返って来る。

 

顔を赤くして動揺するシオン。

ランサーの態度は相変わらずだ。

 

 

「んっ……これで再契約は完了です。

 さっちゃんの命も掛かっていますから、皆で乗り切りましょう、アキさん!」

 

「……はぁ、琥珀だって無理はするなよ?」

 

「私はほら、今ので元気出ましたから」

 

「あああぁあぁ――――!? ズ、ズルイよ、琥珀ちゃん!!」

 

「……」

 

 

 琥珀に対して言葉が詰まるのはいつもの事。

 耳に届いた変な絶叫も、聞く限りではどうも切羽詰まってはいないらしい。

 

 

「あー、ランサーさん。五つは魔眼で対処出来ます」

 

「よしっ、ならそろそろ研ぎ澄ましとけよ、坊主」

 

「……分かるんですか?」

 

「雰囲気でな。お前さんも、後十数回の死線を潜れば身に付くさ」

 

 

 悪戯に笑うランサーに、心の中で遠慮しておく。

 

 ジッと佇むセイバーも、纏う空気は鋭利なものへ。

 機を待つ英霊の背に男の力強さを感じながら、こちらも遠くへと視線を移した。

 

 

 

 

 戦い方は先と代わり、バーサーカーが弾いた矢先にその影から弓塚が跳び出し拳を向ける戦闘スタイル。

 

 その巨躯を生かし、広範囲を薙ぎ払うバーサーカー。

 素早いながらも、巨人に匹敵する怪力を持つ弓塚。

 

 ギルガメッシュに掛かるプレッシャーは、想像を絶するものとなる筈だ。

 

 

 そして、遂に動いた。

 

 

 

 

「――――王を汚すのもそこまでだ、雑種っ!!」

 

 

 空間より出でた宝具に、巨人の四肢が拘束された。

 

 対神兵器“天の鎖”

 圧倒的な暴力を誇るバーサーカーを、その神性故に一息に締め上げ動きを封じる。

 

 

 ――が、そこに弓塚の姿は無い。

 

 

「っ、上か!?」

 

「遅いよ、金ぴかさんっ!!」

 

 

 弓塚の手には、いつの間にか掴まれていた巨人の大剣。

 それを英雄王の頭上目掛けて、一直線に振り下ろす!

 

 

「連牙爆砕迅――――っ!!」

 

 

 変な掛け声と共に放たれた一撃は、直前で四つの宝具に妨げられるもその力は有したまま。

 

 

「だあああぁああっつ!!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 凄まじい衝撃波が、真空の刃となって身体を刻む。

 数多の岩片と共に、ついに英雄王を吹き飛ばした。

 

 

「――お、おのれェエェェ!!」

 

 

 同時に天空から穿たれる宝具。

 その内の幾つかが、弓塚の身体を貫き大地へと無残に張り付ける。

 

 

「――――行くぞ、てめぇ等!!」

同調(トレース)開始(オン)――――っ!」

 

 

 刹那、駆け出した。

 

 ギルガメッシュが引き出すのは、再び唸り始めた乖離剣。

 更に背後の空間が歪み、計二十に及ぶ刀剣がこちら目掛けて射出される。

 

 

「っ――――Brechung(屈折)!」

 

 

 五つの照準。

 魔力を振り絞り、最低限の役割を辛くも果たす。

 

 

「上出来だ、坊主っ!」

 

 

 残りの得物をランサーが払う中、駆け抜けるのはセイバーのサーヴァント。

 

「“天地乖離す(エヌマ)――」

 

「させんっ!!」

 

 

 振り切られる刹那、セイバーの夫婦剣が交差された。

 真名解放の一歩手前で、両者の愛剣が火花を散らす。

 

 

「そんな贋作が、このエアと渡り合えると思ってか!!」

 

「――ちぃ!」

 

 

 乖離剣が高速で回転し、魔力の渦を創り出す。

 眼前で吹き荒れる暴風に、セイバーの膝が地に付き曲がる。

 

 

 

 

「――――バーサーカー、頑張って!!」

 

 

 途端に、背後からも放出される莫大な魔力。

 懇願する様なイリヤの声が、令呪に重なり狂戦士の力を増幅する。

 

 

「衛宮、それに遠坂さんやキャスターも!」

 

「心配掛けた! シオンさんに掘り起こされて何とか無事だ」

 

 

 額からボダボダ血を垂らす士郎だが、しっかりした足取りで駆け付け肩を貸す。

 

 荒廃した衛宮邸には、気絶した桜を解放する凛の姿。

 ライダーも片腕を失っていたが、それ以外のメンツに大きな怪我は見られない。

 

 

「■■■■■――っ!!」

 

「くっ、我が親友、エルキドゥを!?」

 

 

 二騎が鍔迫り合いを見せつける中、巨人が鎖から解き放たれる。

 鋼の拳を握りしめ、黄金のサーヴァントに狙いを定める血走った灼眼。

 

 

「やっちゃえ、バーサーカー!!」

 

 

 万感の思いを込めてイリヤが叫ぶ。

 それに応える様に、雄叫びを上げて巨人は手を振りかざし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――黒い孔が、広がった。

 

 

 三騎の真下に、唐突に現われた底なしの黒。

 それに反応出来たのは、唯一自由の利く巨人のみで、

 

 

「■■っ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 弓塚を地面から引き千切り、こちらへ投げ付ける。

 勢いよく飛んで来た弓塚を抱きかかえた瞬間、三騎の英霊の姿は消えていた。

 

 一飲みで、呆気なくも彼らは取り込まれた。

 断末魔を叫ぶ暇も無く、跡形も無く。

 

 

 

 

 ――――残ったのは、彼らの代わりに揺らめく一つの影。

 

 

 視認するだけで呑み込まれる、虚無そのもの。

 

 だが、目線は外せない。

 逸らした瞬間が、そいつから目を離す方が余程怖い。

 

 

「あ、あいつ――!」

 

 

 凛が震える声で反応する。

 が、身体は強張ったまま動かない。

 

 

「ちょ、ちょっと、何なのよ、あれ!」

 

「…………」

 

 

 パニックを起こすキャスター。

 イリヤは己のサーヴァントを奪ったそれを、茫然と見つめる。

 

 ぎゅっと、小さな拳が握られた。

 

 

 

 

 ――駄目だ。

 

 

 このままだと、取り返しのつかない事になる。

 

 刺激しちゃいけない。

 立ち向かうなんて愚の骨頂。

 

 

 弓塚の体を抱きしめる。

 

 戦いの熱は完全に冷え、辺りを包み込むのは先とは逆の深淵の様な息苦しさ。

 予期しない事態が、頭をごちゃごちゃに、意識を混濁させていく。

 

 

 

 

「……マスター、皆を連れて逃げてくれ」

 

「ア、アーチャー……」

 

 

 そんな中、恐れず足を踏み出したのは銃神・ゴドー。

 

その提案にシオンが息を呑む。

囮――引き止めされる役割を買って出た彼に、喉の奥から声を絞り出した。

 

 

「い、いけません! 貴方が消えては――」

 

「やっとマスターに出来た友人を、死なせる訳にはいかないだろ?

 それに令呪で飛ばされた後は隠れてたからな。一番軽傷なのはこの俺だよ」

 

 

 そう言ってアーチャーは銃を二丁、手に構える。

 

 

「得体の知れない相手は慣れたもんでね。適任ちゃ、適任だ。

 ――あぁ、欲を言えば、もう少しこの時代を味わいたかった事か」

 

 

 その言葉を最後に、ゴドーはシオンから視線を外し黒い影へ。

 

 

 いつ仕掛けて来るかも分からない、それ。

 出来る事は――――そうだ、冷静さを欠いてもいい。一刻も早くこの場から立ち去る事なんだ。

 

 予想した未来は、既に別のものへ。

 

 

「……弓塚、しっかり掴まれよっ」

 

「う、うん」

 

「アキさん、早く――シオンさん!」

 

 

 琥珀がシオンの腕を掴む。

 

 この場にいるだけで、呼吸がまともに保てない。

 逃げろ、逃げろと心臓が脈打ち鐘を鳴らす。

 

 

 背後で爆発音。

 

 

 

 

 ――――それを機に、一斉に駆け出した。

 

 

 息が乱れるのも構わず、がむしゃらに足を前へ前へと動かしていく。

 

道の半ば、躓き蹲るシオン。

 右手を押さえ、顔を歪めるその姿。

 

 

 残っていた令呪の一画が、溶ける様にして露散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

小説置場へ

 


うぅむ、場面転換が難しい。どうにも急な感じが否めません。

力を合わせて我様に勝利――にならず、もう一人のラスボス登場。さて、三人組はもうひと頑張りです。