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「よしっ、感応能力を結ぼう」

 

「あはは……な、何だか顔が怖いですよ、アキさん?」

 

「気のせいだ」

 

 

 膝を滑らせ、琥珀に詰め寄る。

 同時に、琥珀は苦笑いで誤魔化しながら少しずつ身を引いていく。

 

 ジリジリと畳の上で行われる、一進一退の攻防。

 

 

「で、ですから、今回の件は心配させるアキさんに、無茶される側の気持ちを解って貰いたくて――」

 

「だからってあのやり方は無いだろ?

 琥珀がそう言う事は――いや、弓塚だってもちろん駄目だが、やっていい行為じゃない」

 

「そんなに気にする事では……ほ、ほら、私はすでに汚れていますから」

 

 

 洒落にならない自虐に、無言で肩を掴んだ。

 

 強張る琥珀の身体。

 怒気を含んだ視線で、捉える。

 

 

「……あの……ま、まだ夕食を食べ終えたばかりですし、皆さんが起きています」

 

「い、いや、別に何もしないぞ?」

 

 

 俯いて顔を隠す琥珀に、誤解の無いよう慌てて言い直す。

 

 

 慎二との一件が済んでから、経過したのは数時間ばかり。

 詰まりは夜が更けるにはまだ早く、風呂だってまだ入っていない。

 

 もちろん、衝動に任せて押し倒す気など微塵も無いが。

 

 迫ったのは、あくまで真剣に怒っているという言わばポーズである。

 

 

「……はい?」

 

「だから、何もしないって。

 迫力付けて叱れば琥珀も反省してくれるかと思っただけで」

 

 

 部屋まで押し掛けたのはこちらだが、幸いにも琥珀は弓塚と相部屋。

 すぐ隣で弓塚が眠っているのだから、騒ぐ筈も無いだろうに。

 

 

「……ちょ、ちょっと覚悟したのですが」

 

 

 むすっと、照れる様にして睨む琥珀。

 リアクションの困る仕草をされて、頬を掻いた。

 

 

「わ、悪い」

 

「謝られても……えっと、要はそんなに怒ってはいないんですか?」

 

「それは違う。腹が立ってるのは嘘じゃない」

 

 

 毅然と言い放つ。

 

 危険な事は咎めたい。

 が、あれは琥珀なりの仕返しで、それについては一方的に叱る事など出来はしない。

 

 

 ただ、自身の体を武器にしたやり方。

 それが――何か悲しくて、嫌なのだ。

 

 

「幾ら他に方法がなかったとしても、その、何だ……せめて事前に伝えておいて欲しかったと言うか……」

 

 

 言い淀む。

 

 上手く要領がまとまらない。

 理屈より感情が勝っているためか、次の言葉が出てこない。

 

 

「……そう、ですね。すみません」

 

「あれ、伝わった?」

 

「はい。表情を見れば解りますよ」

 

 

 そこら辺は長年の付き合いでカバーだった。

 

 

「確かに、私も怒っていたとは言え少し迂闊でした」

 

「迂闊?」

 

 

 微妙にニュアンスの異なる言葉に、眉を寄せる。

 

 

「アキさんがそこまで気を悪くするとは思っていませんでしたから。

 ……不謹慎ですけど、こういうのって嬉しいですね」

 

 

 言われて、怒気が萎んでしまう。

 

 大切に想っている事なんて解っている癖に、控え目に顔を綻ばせる琥珀。

 可愛いは正義に異論は無いが、相手に回ると結構ズルイものである。

 

 

「い、今更だろ、そんなのは……」

 

「あはっ、アキさんは堅物ですからねぇ。

 とは言いましても、流石にボディタッチには妬いちゃいました?」

 

「そりゃ俺だって触った事無いのに、何で慎二に――って、そうじゃない!」

 

 

 問いかけられて、思わず口が滑る。

 

 

 誤魔化すために咳払い。

 見苦しいかもしれないが、男として恰好は付けたいのだ。

 

 故に、多少の物事では動じない姿を意識して、

 

 

 

 

「アキさん」

 

 

 琥珀が、不意にこちらの右手に両手を重ねる。

 

 何を思ったのか、そのまま――自身の胸元へと持っていった。

 掌が、服越しに柔らかいそれへ触れる。

 

 

「……これで、お相子ですね」

 

 

 頬を染めて、はにかむ琥珀。

手から伝わる感触に、取り敢えず頭の中が吹き飛んだ。

 

 

 固まる。

 目の前の琥珀は微笑んだまま、こちらを見つめて動かない。

 

 何とか活動を再開させようと身じろぎし、手に力が入る。

 

 

「んっ……」

 

 

 瞬間、琥珀から吐息が漏れた。

 熱を感じさせる仕草に、驚き再び止まってしまう。

 

 が、琥珀は顔を赤くするだけ。

 ガラリと、脆くも何かを遮っていた防波堤が一つ壊された様な……気がした。

 

 

「……アキさん」

 

 

 甘い声に誘われて、手を動かす。

 鼓動が早まるのを感じながら、段々と左へ這わせていく。

 

 

「ぁ……んうっ……」

 

 

 切なそうな琥珀の表情が、堪らなく艶めかしい。

 

 霞がかった思考に流されるまま。

程良く膨らんだそれを、愛しさを込めてぎゅっと掴む。

 

 

「ふぁっ……!」

 

 

 驚いた様に、初めて琥珀が声を上げる。

 同時に、慎二に勝ったと心の中で反響する叫び声。

 

 ……仕様も無い優越感である。

 

 

「そ、そんなに強くしないで……」

 

「――琥珀」

 

 

 内から沸き上がる情欲。

 平静を装う傍ら、脳裏に浮かぶのは先程の光景。

 

 

 自身の性格に、嫌気が指す。

 

 この身体は本来のものでは無いとして、我儘にも拒んでいた筈なのに。

 

 

慎二とキスした琥珀を見て、酷く動揺している自分がいる。

 取られたくないと焦燥する気持ちが中々、どうにも抑えられない。

 

 

「そこに……横になってくれ」

 

「えっ、でもさっちゃんが――」

 

「よし、半分退かそう」

 

 

 悩み、迷う心中とは対照的に導かれる様にして身体は動く。

 

涎を垂らして眠る弓塚を毛布に包む。

布団の脇へとずらし、次いで琥珀の腰をそっと抱いて浮かした。

 

 

 抵抗は無い。

 恥ずかしそうに縮こまっている琥珀だが、その手は布団の上に置かれたまま、拒絶する素振りが見られない。

 

 呼吸が乱れ、荒くなる。

 

 

 気付かれない様にそれをぐっと呑み込み、彼女の衣服へと手を伸ばした。

 

 

 

 

「――――アキ君」

 

 

 直後、囁かれた声に心臓が跳ねた。

 

 琥珀も同じく硬直する。

 恐る恐る脇の方へと視線をやると――弓塚の目蓋は閉じたまま。

 

 

 寝言。

 

 

 身体の力が抜かれていく。

 それはもう、とんでもない勢いで。

 

 

「……は、はは」

 

「さ、さっちゃんてば……」

 

 

 頭が冷える。

 我に返るのに一秒と掛からず、緊張に固まっていた琥珀も先とは違う意味で赤面する。

 

 一体何をやっていたのだろうか……お互い的な意味で。

 

 

「いやぁ、危うく流されるとこ――」

 

「七夜、いますか?」

 

 

 間髪開けずに、襖がガラリと開いた。

 

 入って来たのは……シオン。

戸に手を掛けまま立ち竦む、アトラスの錬金術師。

 

 

 ……もう少し、こう、未来を予測して空気を読んで欲しいものである。

 いや、無茶言ってるのは承知だが。

 

 

「……あー、な、何か用か?」

 

 

 琥珀の胸から手を放し、努めて冷静に先手を打つ。

 

 何事もなかったかの様に。

 頭の回らない野郎だと、自身の苦しさに辟易する。

 

 

「……は、はい。七夜に訊ねたい事があったのです。

 えぇ、そうですね、私が突っ込むべき事は何も無い」

 

 

 一人で呟きながら、納得した様に頷くシオン。

 とても賢い女の子であった。

 

 

「――って、さつきが寝ている隣で何をしてるんですか、二人とも!

 それにまだ……だ、男女の営みは、その、夜が更けてからにして下さい!」

 

「声が大きいんだよ、ちくしょうっ!」

 

 

 我慢できなかったのか、痛い所を指摘してくる。

 常識に欠けていますと、シオンは赤面して腕を組む。

 

 

「雰囲気に流されたから仕方ない」

 

「貴方の中でさつきはどういう位置付けですか!」

 

「え、怒ってるのってそっち!?」

 

 

 衛宮邸での共同生活の中、公序良俗を乱すとして注意されたと思った手前、まさかの弓塚に不意を突かれる。

 

長く結んだお下げが、左右に揺れた。

 

 

「三人の関係は心得てますし、部外者である私が口を出して良いものでも無い。

 ですが、何故依りによってさつきの隣で――って七夜は未だに気付いてないのでした! 全く、この鈍感がっ!」

 

「あぁ、アキさんってば、やっぱりさっちゃんの気持ちを知らないんですね」

 

「お前ら日本語でおk

 

 

 女性二人から避難の目線を受けるも、心当たりが無いため華麗に流す。

 柄に無く感情を出したシオンを宥めて、逸れた路線を元に戻した。

 

 

「で、改めて用件は? シオンさんの説教は朝食の時にでも聞くからさ」

 

「その場で話せば不利になるのは貴方ですが……まぁ、いいでしょう」

 

 

 コホン、と小さく咳払い。

 表情を引き締めて、こちらを見据える。

 

 

「玄関先で揉め事が起きています。

士郎と間桐の娘が対応していますが、相手の――学生と思われる男性が、少々異常だ」

 

「学生で男? 待て、そいつの容貌は……それにいつ来たんだ、そいつ?」

 

 

 インターホンの鳴った音は聞いていない。

 

 

「つい今しがたに。衛宮士郎が外へ、おそらく蔵へ向かう時でしょうが、ちょうどその男性と鉢合わせたそうです。

モジャモジャした青髪が特徴だと、アーチャーは言っていましたが――」

 

「まさかっ!」

 

 

 琥珀と顔を見合わせる。

 外見からして、その男性は間桐慎二に違いない。

 

 

しかし何故、と疑問が浮かんで頭を巡る。

奴はこちらの居場所を、どうして特定できたのか。

 

 そして目的は――報復か?

 

 考え付く可能性を端から次々に考慮していく。

 

 

 しかし、続くシオンの言葉は思い付くものとは全く別の、

 

 

「彼の狙いは間桐の娘らしく、剣呑な雰囲気だ。

どうします、七夜? 様子見に止まるか、それとも介入しますか?」

 

「桜だと?」

 

「えぇ、彼の暴言は全て――っ、待って下さい!」

 

 

 素早く手を前に出したシオンは、目蓋を閉じて口を噤む。

 サーヴァントから送られて来る映像が、彼女の思考を回していく。

 

 

「“お前があんな英霊を召喚したから”――これは、彼も魔術師か?」

 

「シオンさん、その男はおそらく桜の兄、間桐の長男だ」

 

「間桐の、では二人は兄妹――」

 

「遠坂さんはどうした、近くにはいないのか?」

 

 

 考え込むシオンに、急かす様にして声を掛ける。

 

 今の呟き一つで、事態を呑み込むには十分だった。

 

 桜が危うい。

 原作に似た状況が、この後の展開を突き付け焦らせる。

 

 

「彼女なら、今は入浴中ですが」

 

「間が悪いな、おい!」

 

「っ、どこへ行くのです、七夜!?」

 

「あいつ等を止めるんだよ!」

 

 

 走り出す。

 

 が、廊下に出た瞬間に現われる黒い影。

 透き通った瞳でこちらを睨むキャスターが、立ち塞がる様にして正面に現われる。

 

 

「お待ちください、マスター」

 

 

 ローブを広げたキャスターを前に立ち止まった。

 訳も解らぬ己のサーヴァントの奇行に、邪魔だとイラついた声を上げる。

 

 しかし、美貌の魔女は動かぬまま、

 

 

「マスター、あの女……間桐の娘はマスターです」

 

 

 端然とした口調で、事実を突き付けるキャスター。

 

それを何故知っているのか。

否、今はそんな事はどうでもいい。

 

 

「知ってる。ついでに言うと、今来た男も元マスターだ。急いがなきゃヤバいぞっ」

 

「何と、七夜、どういう事です!」

 

「……私にも教えて欲しいですね、マスター」

 

 

 隠す必要もないので手短に伝える。

 

 

 琥珀と一緒に、間桐慎二へと接触した事。

 偽臣の書でサーヴァントの所有権を得ており、それを燃やしてライダーのマスターを桜に戻した事。

 

 そして衛宮邸へと足を運んだ慎二の狙いは、単に桜への八つ当たりであろう推測を述べる。

 

 

 凛のサーヴァントに撃退され、宝具を用いた結界も半ば封印され。

 加えて慎二の所為とはいえ、偽臣の書を守り切れなかったライダー。

 

 全てが上手くいかず、力を失った慎二が向けられる感情の矛先は――ライダーを召喚した桜のみ。

 

 

 

 

 だからこそ、慎二の内心を推し量るに事態は酷く深刻なのだ。

 

 

「――成る程。ならば現在の彼は自棄……一種の興奮状態にある可能性が高い」

 

 

 理解を示したシオンが、眉間に皺を寄せる。

 

 

「すみません、アキさん。こんな事になるなんて……」

 

「いや、謝らなくていい」

 

 

 俯く琥珀。

 

 

 サーヴァントを失った慎二の行動。

 

自宅に引きこもるか、教会に保護を求めるか。

琥珀はそのどちらかであると見当付けていたのだろう。

 

 それは間違いではないし、事実、自分もそう思ったからこそあの場で慎二を生かしておいた。

 

 

「ライダーは慎二から引き離せたんだ。それだけでも、琥珀は良くやってくれた」

 

 

 決定的なミスは何処にも無い。

 今からもう一度、慎二が事を起こす前に意識を落として捕縛すれば修正できる、そんな程度。

 

 

 しかし、

 

 

「――なら尚更、ここから先へは行かせません」

 

「なっ!?」

 

 

 キャスターは動かない。

 話を聞いて尚、衛宮達の元へは行かせないと道を塞いだ。

 

 その反逆とも思える行動に、自身のサーヴァントだと言う事も忘れて腰の短刀に手を掛ける。

 

 

「そんなに睨まないで下さらない、マスター?

 私は何も、良からぬ事を企んでいる訳ではありませんのに」

 

「今の話は理解出来ただろ。確かに慎二は無力だが、奥の手が無いとは限らないぞ」

 

「あるのなら、使わせれば宜しいのでは?」

 

 

 キャスターが目を細める。

 思慮が浅いと、誹謗の声を瞳で表わす。

 

 

 

 

「――――ここらで見切りをつけるべきだと、進言しますわ」

 

 

 そうして、憮然と言い放った。

 

 その意味を理解して、表情が自然と険しくなる。

 構わず、キャスターは視線をシオンへ向けた。

 

 

「そちらのお譲さんも解るでしょ。協定を結んでいるのなら、人事では無い筈よ」

 

「……確かに、貴女の意見には賛同出来る」

 

「シ、シオンさん!?」

 

 

 振り向く。

 

 顎に手を当て思索するシオン。

その瞳は普段とは異なり、無機質なものへと変わっている。

 

 

「七夜、私たちの現状を省みて必要なものは何だか……解りますか?」

 

「……」

 

 

 シオンの問いに、押し黙った。

 理解しているからこそ――答えたく無いのだ。

 

 

「時間。霊的に有利な場所に陣を作り、構えられる猶予が欲しい。

 そしてそのためには、衛宮士郎との協力体制を破棄する事こそが望ましい」

 

 

 見捨てろと、暗にシオンは伝えて来る。

 

 

 既に出揃った、第五次聖杯戦争の英霊達。

 注目すべきは、破格の英霊と最優のサーヴァントを使役するアインツベルンのマスター・イリヤスフィール。

 

 数で勝っているとは言え、こちらの戦力は弓塚以外に期待できない。

 だが、キャスターの本領さえ発揮出来れば二騎が相手であろうと有利に立てる。

 

 

 陣地構築。

 

 更なる弓塚の強化に加え、アサシンやアーチャーも対サーヴァントに運用可能なまでに引き上げられれば――

 

 

「衛宮士郎は、アインツベルンのマスターに狙われている。

……最早、彼との協力はデメリットでしか有り得ない」

 

「そ、それは……」

 

 

 苦々しく告げるシオンに、言葉が詰まる。

 

 

 戦いは非情だ。

 

 共に飯を食い、笑い合い、鍛錬をした仲間。

 そんな者にさえ、冷酷な選択を迫るのだから。

 

 

「これ以上、マスターが彼の厄介に関わる必要はありません。

 自滅するのであれば良し。そうでなくとも、今宵を限りに我らは場所を移しましょう。既に霊脈の強い地は幾つか目星を付けてあります故……」

 

 

 キャスターが今一度、強く言う。

 

 

 ――――響く女の子の叫び声。士郎の怒声が後に続き、

 

 

 

 

「っ、見捨てられる訳無いだろ!!」

 

「マ、マスター!」

 

 

 キャスターの静止を振り切って、駆け出した。

 

 

 シオンやキャスターは知らないのだ。

 第八のサーヴァント、ギルガメッシュを打倒するのには士郎の力が必要だと。

 

 それに、士郎は違う。

 

 一緒にいて感じる、志貴に似た何か。

 自分には決して無い、特別な力が士郎にはあるのだ。

 

 

 

 

 流される。

 感情を優先して、人の命を重んじて最良の選択を零してしまう。

 

 暗殺者の血が幾ら身体を巡っていても、この気持ちだけは譲れない。

 

 

「衛宮――っ!」

 

 

 戸を破る様にして玄関から飛び出す。

 

 開けた視界。

 

 映ったのは頬を腫らして地に伏している慎二と、手足をくたりと力無く垂らして倒れている桜。

そして、彼女を抱えて困惑している士郎。

 

 

 側に佇む英霊――ライダーが、こちらを捉えた。

 

 

 

 

 背後から足音。

 シオン達が遅れて駆け付け、一番後ろには、

 

 

「あ、あんた達何をやって――――さ、桜!?」

 

 

 バスタオル姿の凛が、その双眸を大きく開いた。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第二十九話

 

 

 

 

 

「き、綺礼、あんた魔術刻印が――」

 

「何、治療に必要だから使ったまでだ。そんな事より、彼女の様態でも気にしていたまえ」

 

 

 丘の上に建つ、薄らと明りを灯した深夜の教会。

 虫の摘出を主とした間桐桜の治療は数時間に及び――無事、言峰綺礼はそれを成し遂げた。

 

 落ち着きなく右往左往していた士郎が、漸く安堵の息を吐く。

 だが、士郎と異なりこちらの心情は穏やかなものとは程遠い。

 

 

 周囲を見回す。

 教会には衛宮邸にいた全員が、万が一を考慮して一人残らず付いてきている。

 

 何時アインツベルンに襲われるかも解らない衛宮邸に、夜中、少人数で待機するのは自殺行為だ。

 大所帯で訪れるのは、止むを得ない状態だった。

 

 

 キャスターの冷徹な視線が、放れない。

 

 

 無視して、睡眠を取っているシオン、琥珀を頃合いだと揺さって起こす。

 原作に近い流れなら――桜の逃亡も見越し、アーチャーとアサシン、加えて弓塚も裏に配置させなければと指示を出した。

 

 

「良かった。これで桜は助かるんだな……」

 

「……衛宮君」

 

 

 士郎の胸を撫で下ろす仕草を見て、凛の表情は固くなる。

 その反応に、やはり変わりは無いのだと淡い期待が散っていく。

 

 沈痛な面持ちで凛が声を掛けようとした寸前、

 

 

「――そちらの小僧は、気付いていない様だな」

 

 

 鬱蒼とした声色。

 言峰綺礼が、士郎を淀んだ眼差しで見下ろす。

 

 治療は成功した。

 なのに暗雲に覆われたこの雰囲気に、士郎が困惑する。

 

 

「な、何をさ」

 

「さて、これを貴様に話していいのものか……」

 

 

 綺礼の目線は、士郎を通り越して凛へ移る。

 その意味を悟ってか、凛は無言で頷いた。

 

 

「衛宮、私が聖杯戦争の監督役を任されているのは聞いているだろう。

 秘匿とされる魔術を公然と扱う者、民間人を平気で巻き込む輩もいるものでな」

 

 

 当然、事後処理も私に一任されている。

 そう続ける綺礼は背を向けた。

 

 まるで壁の向こうにいる彼女にも聞かせる様に、声のトーンが一段上がる。

 

 

「町を騒がす猟奇事件は言わずもがな、先日になってもう一つ奇怪な事象が起きた。

 ……深夜徘徊していた高校生らの集団が、その実全員、跡形もなく行方不明になっている」

 

「彼らが好んで集まっていた場所は中央公園らしいわ。

物好きにも程があるけど、今回ばかりは笑えないわね」

 

「そ、そんな事が……いや、でも何で今にそんな話――」

 

 

 関連の見出せない士郎の問いを、凛が遮る。

 

 

「落ち着いて聞きなさい、衛宮君。問題はここから。現地調査に向かった私の……見解を言うわ。

 ……七夜君には、もう話したんだっけ?」

 

「女の勘は聞いたが、そっちの話は初めてだ。調査したのは?」

 

「ライダーと接触した翌日よ。昼に綺礼から伝えられてね。

 聖杯戦争に加えてセカンドオーナーの仕事をしなくちゃならないんだから――」

 

 

 あいつも見限るわ、そう呟く。

 

 凛なりの小さな愚痴なのだろう。

 弱音を押さえ、彼女の瞳に力が籠る。

 

 

「大気中に散在するマナ以上に、個人に内在する魔力には質の違いが見られるものよ。

 それこそ、その匂いに敏感な魔術師ならそれだけで相手を特定出来るくらいにね」

 

「私も遅ればせながら、そちらの調査に入ってな……ふむ、切り開いて診なければ解らなかったが、どうやら凛の見解は正しい様だ。

 気配だけでそれとなく察知出来るとは、姓は違えどやはり姉――」

 

「綺礼っ」

 

 

 鋭い叱責が響く。

 

 凛の刺す様な眼差しを、綺礼は口元を歪に曲げて受け流す。

 不気味な雰囲気が礼拝堂を包んだ。

 

 

「……だから、何なんだよっ」

 

 

 耐えきれず、士郎が呻く。

 

 

「その人達と桜に、一体何の関係が――!」

 

「同じなのよ! あの子に酷似した魔力の痕跡が、マナを濁す程に残っていたんだからっ!」

 

 

 奏でるのは絶望。

 士郎の感情に触発され、凛も声を張り上げる。

 

 凍りつく表情は、最悪のシナリオを浮かべた証拠だ。

 

 

 

 

「……詰まり」

 

 

 シオンが静寂の中で口を紡ぐ。

 

 

「彼らに危害を加えたのは間桐の娘だと、貴女はそう言いたいのですか?」

 

「それが一番確率の高い……それだけよ」

 

「だから、彼女を生かしておく訳にはいかないのですね」

 

「……」

 

 

 非情に言い放つ。

 

 凛は唇を噛み締めたまま、押し黙る。

 明らかな――肯定を表わす仕草に、士郎が吠えた。

 

 

「で、でも、あの桜が人を傷つける事なんて……そ、それに魔術は習ってない筈だろ?」

 

「間桐の娘は――」

 

 

 重く響く、神父の声音。

 

 

「心臓が――否、心臓にある何かが、聖杯に繋がっている可能性がある。

 間桐の老骨に身体を弄られたか……いずれにせよ、常人の身体ではあるまい」

 

「そ、それでもだ! まだ桜が原因だって決まった訳じゃ――」

 

「本気で言っているの、衛宮君?

 次の被害も数人で収まるとは限らない。最悪、確定した頃には大量の行方不明――いえ、死者が出ている場合もあり得るのよっ!」

 

 

 凛の形相に、押されて士郎は後ろへ下がる。

 

 握り締める拳は、しかし何も生み出せない。

 

 

 遂に来てしまったのだ。

 人の命を天秤にかける、その時が。

 

 

「性格を考慮すれば、おそらく無意識下での行為。

 ……ですが何故? 願いを叶える聖杯にしては、繋がっている彼女の行動は醜過ぎる」

 

「シオンさん、その考察はまた後でだ。今は――」

 

 

 思案に耽るシオンを呼び覚ます。

 士郎の覚悟が何であれ、そろそろこちらも、聖杯戦争における方向性を定めなければいけないらしい。

 

 

 キャスターの宝具を頼りとして訪れた、冬木の地。

 当初の予定からどれだけ蛇行したのか、現状は生き延びるのに精一杯で。

 

(……“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”は諦めよう)

 

 

 己の真名が欠損しているキャスター。

 真偽はともかく、契約を結んだ夜から度々聞いてはいるが進展は一向に見られない。

 

 最後までキャスターが裏切らない保証も、先の一件で強引な態度を取ったのを考えれば悩ましい。

 

 論理付ける事無く、キャスターの言動を感情で無下にしてしまったのだ。

 美貌の下には、マスターへの反感が渦巻いている可能性も十分にある。

 

 

 残る手は、規格外の投影魔術を扱える士郎以外に無い。

 

 原作でイメージから体内の“全て遠き理想郷(アヴァロン)”を取り出し、同じく設計図とイリヤの補助で宝石剣を創り出せた彼ならば、記憶に依る投影の行使も期待出来る。

 “破壊すべき全ての符”の映像を士郎に流し込み、それだけを元にして投影――

 

 

「待て、それは危うい。確実な事なんて何も無い……っ」

 

「……アキさん」

 

 

 傍らの琥珀と、手が重なる。

 

 約束された報酬は、既にどこにも見当たらない。

 命を懸けるに見合う対価が――支払われる裏打ちが存在しない。

 

 

 流れるままに聖杯戦争を続けたとしても、キャスターの宝具が使用可能になるかは分からず。

 士郎に全面的な協力をした所で、彼がこちらの望む能力まで有するかは分からない。

 

 しかし……撤退すれば、その後の生活は弓塚の罪悪感を募らせるまま。

 琥珀も、俺も、三咲の町には帰れない。

 

 

 

 

「俺は……キリツグになれないっ……!」

 

 

 士郎の悲痛な叫び。

 それに呼応して、戸を破る様な物音が響いて蝋燭を揺らした。

 

 

「っ、今の音は――!?」

 

 

 即座に反応した凛に、答えるのは綺礼。

 原作通りの桜の逃亡に、綺礼への罵倒を浴びせて外へと飛び出す。

 

 

 

 

 慌ただしい気配の中、蹲り床を叩く士郎が目に映る。

 歯を食い縛り、苦渋に顔を歪める姿は痛々しい。

 

 全てを救うと、豪語した士郎は今も変わらず。

 己の非力さに嘆きはしても、桜を切り捨てる道は選ばない。

 

 

「……どうするんだ、衛宮?」

 

 

 知らず、声を掛けていた。

 

 迷い苦しむ彼の姿は、人事では無いのだ。

 自身の在り方、進むべき道が定まらない――人の命を背負った、それは。

 

 

「切嗣にはなれない。俺の……親父の理想は、キリツグなんだ。

 桜を殺す……そんな解決が……キリツグで、あるもんかっ!」

 

「遠坂を止めるのか? だが、その後の展開はおそらく悲惨なものになるぞ」

 

「――させない」

 

 

 膝に力を込めて、立ち上がる士郎。

 理屈すらない幼稚な物言いに、しかし秘める想いはひたすら堅く。

 

 

「――――アキ、力を貸してくれ」

 

 

 驚愕の言葉を、口にした。

 

 

「俺は、キリツグになりたい。たった一つの願いを、親父の理想を潰したくないっ。

 そのためには、今の俺だけじゃ全然足りない!」

 

「衛宮……お前」

 

「人の力を当てにする正義の味方なんて滑稽だ。笑ってくれて構わない。

 それでも、俺は――――っ」

 

 

 歪む。

 衛宮士郎の、原作とは異なる歪み方。

 

 唯、理想を追い求めるだけに。

 

 

「……まさに身を削る生き方だな、それ」

 

「これしか、俺は知らないから。元々、そんな器用には出来てない」

 

 

 走り出した士郎の後を、迷いながらも追い縋る。

 

 此処が、衛宮士郎の分岐点。

 

 

 ならば自分は?

 荒波の如く揺れ動く中で、今夜は間違いなく大一番だ。

 

 

「桜っ!」

 

「せ、先輩、来ないで!」

 

 

 下る坂道。

 アーチャーに腕を取られていた桜に、士郎が駆け寄る。

 

 離れた所には、暗闇に浮かぶライダーの姿。

 間に入った弓塚が、言い付け通りにそちらに警戒を向けていた。

 

 

「先輩……どうして、わ、私もやっと笑える様になったのに……」

 

「殺したりなんか絶対にさせない! だから桜は――」

 

「聞き捨てならないわね、衛宮君」

 

 

 桜の手を取る士郎を睨み付けるのは、凛。

 彼女の見せる苛立ちは、余計な光を見せないための――桜を想っての行為。

 

 

「遠坂だって才能ある魔術師なんだろ! サーヴァントもいて、俺を助けてくれた魔術師もまだこの町にいるかもしれないんだ。諦めるのはまだ早いっ」

 

「あんたねぇ、理想を振りかざすのもいい加減にしなさいよ!」

 

 

 言い争う。

 

この場を強引に収めらるのは、そして今後の方向性を矜持出来るのは、不幸にも自分。

 自身の力量は頼りなくとも、傍から見れば弓塚、キャスター、アサシンを従えているのだ。

 

 

 此処が、未来を分かつ一つの地点。

 

 

(……覚悟を決めよう)

 

 

 既に、迷いの種は割れている。

 

 

 いつかの仮説。

 この世界に呼ばれた自身の役割を思い出す。

 

 世界の滅亡を防ぐための、一種の抑止力。

 アンリマユの生誕は、下手したらそれに繋がるだろう。

 

 

 ――だけど、関係無い。

 

 

(そうだ、そんな事はどうでもいい)

 

 

 この足は、願いを叶えるために。

 

 琥珀も弓塚も頑張ってくれた。

 橙子さんや鮮花のおかげで、この身は未だに戦える。

 

 

 

 

 ――なら、もう少しだけ頑張ろう。

 

 

「衛宮、交渉だ」

 

 

 二人の間へ割って入り、士郎の肩を強く掴む。

 意表を突かれた様子に構わず、選んだ一歩を口にした。

 

 

「衛宮が俺たちを助けてくれると誓うなら――」

 

 

 告げる。

 

 

「――全力で助けてやる。衛宮の望む結末を、導き出してやろうと思う」

 

「アキ……」

 

 

 彼に懸けよう。

 衛宮士郎は、例えどんな事が起ころうと最後まで己を張り続けられる。

 

 正義の味方と裏切りの魔女。

 こんな簡単な図式、考えるまでも無いだろうに。

 

 

「琥珀、弓塚……悪い。

 全てが上手くいかなくても、責任だけはちゃんと取るから」

 

「せ、責任!?」

 

「あはっ、や〜っとその気になりましたか、アキさん」

 

「……何だろう、この微妙な食い違い」

 

 

 少なくとも、悶えるさっちんは意味が解らないと思うんだ。

 

 

 気を取り直して、士郎と凛、そして桜へと振り向いた。

 無意識下でアンリマユの顕現が始まっているのだとしたら、最早この戦争に猶予は無い。

 

 被害を出さないのなら、桜を寝かせる事はもう出来ない。

 詰まり決着は二日、遅くとも三日の内がリミットだ。

 

 

 

 

「――――根本を断とう。それが、唯一の手段だから」

 

 

 日付が変わる。

 

 後悔はしないと、それだけを胸に刻み込んで。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「――なら、聖杯は呪われた……既に汚染された欠陥品に成り下がっているとでも言うの!?」

 

「間桐さんへの影響も、それで説明が付く筈だ。

九年前の厄災にしたって、正しく聖杯が発動されなかった可能性も考えられる」

「……“この世全ての悪(アンリマユ)”ねぇ。

 でも何で七夜君が第三次の、そんな昔の事を知ってるのよ?」

 

「師が優秀な魔術師なんで……いや、マジで。嘘じゃないぞ」

 

 

 凛の怪訝な視線を往なし、衛宮邸へと歩を進める。

 

 両隣には士郎とシオン。

 自分を含めた魔術師四人が先行きながら、今後の方針について検討する。

 

 

「……どちらにしろ情報が少ないですね。七夜のそれは真偽が定かでは無いですし」

 

「えぇ、早々に事を進めなければいけないのは確かだけど……最悪、イリヤスフィールに訊くのも選択に入れなきゃいけないわ」

 

「アインツベルンのマスターに? それは賛同しかねますが」

 

「戦力が強大なのは承知の上。あの子自身が傀儡といった懸念もあるけど、尋ねてみる価値はあるでしょ」

 

 

 不満に顔を膨らましながらも、凛は積極的に活路を探す。

 

 サーヴァントを失い対等に動けない彼女は、仕方なく方向性を合わせるとの事。

 涙ぐましいツンデレに、士郎と共に少しだけ笑った。

 

 

「いや、だから柳洞寺の裏山――円蔵山地下に大聖杯が隠されているから、そいつをフルボッコにすれば……」

 

「七夜君、それ本気で言ってるの?」

 

 

 殺すと書いて笑顔。

 可愛くない女である。

 

 

「七夜、少し落ち着いて下さい。聖杯を壊すと言う事は、願いを破棄する事が前提だ。

 貴方は聖杯を欲していなくとも、私やサーヴァントは違います」

 

「そ、そうだった……って、だったらシオンさんはヤバくないか?」

 

 

 吸血鬼の因子に蝕まれ、いずれタタリの支配下に降ってしまうであろうシオン。

 今年の夏にタタリを取り逃したが最後、吸血鬼化の治療も望みは薄く、二度目のチャンスは訪れない。

 

 シオンに根ざす願いは、全てはタタリを滅するため。

 

 

「ヤバいですね。極東の地へ出向いた結果がこれでは、割に合わない」

 

「……俺の所為じゃないよ?」

 

「ですので七夜、誓って下さい」

 

「聞けよ、こら」

 

 

 無視される。

 

 代わりに向けられたのは、紫に染まる真摯な瞳。

 ペレ―帽を外し、厳かな口調でシオンは紡ぐ。

 

 

「七夜が私を助けてくれると誓うなら、私もアトラシアの名に懸けて全力で協力致しましょう」

 

「……パクリじゃん」

 

「失礼。何分、自我が薄いものですから」

 

 

 それで、とシオンは催促する。

 少しばかし茶化してはいても、そこにあるのは命懸け。

 

 これもまた、彼女の生涯を揺する選択肢に他ならない。

 

 

「貴方自身に期待はないが、構築された対人関係は魅力的だ。

 故にここでは得体の知れないアーティファクトよりも、貴方に借りを作っておく事が最良の選択だと判断しました」

 

「おぉ、だったら死にそうになれば助けてくれる訳か」

 

「協力関係であった手前、今までも助けていたではないですか……。

 と言うよりも、貴方はもう少し自分の命を重んじるべきだ。七夜自身が考えているよりも、貴方という個体の損失の影響は大きい」

 

「……臆病くらいでちょうどいいと思っているのだが」

 

「それにしては慎重さが欠けています! 彼女たちを見れば――くっ、鬱陶しいですねっ」

 

 

 髪を掻き毟るシオン。

 分割思考が混線でもしているんだろうと、噛み合わない話を勝手に結論付ける。

 

 

 願い。

 シオンが譲歩するというのであれば、こちらの残る問題は、

 

 

「シオンさん、アーチャーの願いは?」

 

「彼は……召喚の際に聞いたのですが、その時は無いと。

 もっとも、隠し事をする性質でしょうから鵜呑みには出来ませんが……」

 

 

 言って、シオンは右手の甲に触れる。 

 

 そこに刻まれた令呪は残り二画。

 いざとなれば、意思を封殺する事も不可能ではない。

 

 

 ……関係が良好とも見える二人だけに、使いたくない手でもあるが。

 

 

「キャスターはどうなの、七夜君?」

 

「そろそろ寝首を掻かれるかもしれん間柄」

 

「……マジ?」

 

 

 顔を引き攣らせる凛に頷く。

 

 

「マスターを弓塚にはしてないだろ?

 令呪が無い代わりに魔力供給を絞る事で抑えてはいるが、全く魔術が使えないのも困るしな……」

 

 

 幾ら信頼出来ないサーヴァントと言っても、彼女の力無しに弓塚をバーサーカーと戦わせる訳にはいかない。

 

 凛の宝石魔術とて、強化魔術に使えるものは限られている。

 そもそも、昼間の一件で凛は多くの宝石を使い果たしたために彼女の持つ切り札はあと僅か。

 

 

「でも、キャスターに何かされたのか?

 もしかしたらアキが信用してないだけで、向こうは裏切る気なんて微塵もないかも――」

 

「それは甘いぞ、衛宮」

 

「……何でさ?」

 

「……何となく」

 

 

 キャスターにすら教えられていない真名を言う訳にもいかず、口を閉じる。

 疑い過ぎだなぁ、と苦笑する士郎は、おそらく弓塚の次に呑気である事は確定的だ。

 

 

「とにかく、願い云々の以前にだな――――っ!」

 

「――サーヴァント!?」

 

 

 逸早く反応したのは凛。

 後列のメンツも駆け付け、全員で顔を見合わせる。

 

 近くまで迫った、拠点である衛宮邸。

 その場所から起こる――強烈な殺気と大気の震え。

 

 

「行きますよ、アーチャー!」

 

「シ、シオンさん! まだ相手が誰かも――」

 

「その必要は無い、七夜っ。

 こちらには既にサーヴァントが四騎。ならば――」

 

 

 残る組は、ランサーとアインツベルンの二騎しかいない。

 詰まり、深夜にも関わらずこの先にあるその姿は、

 

 

「イリヤっ!?」

 

「ふふ、こんばんは、お兄ちゃん。

レディを待たせるなんて減点も減点……ふぁ、ね、眠い」

 

 

 門の先に広がる光景は、一つの戦場。

 塀も、地も、穿たれた跡は愚直に闘争の激しさを物語る。

 

 

「おいおい、何かすげぇ大所帯で来やがったじゃねぇか!

まだ一人も脱落してないって事か、この戦争はよ? ハッ、アサシンもそこにいると来たかっ」

 

 

 一度手合わせした得物の匂いは忘れないのか。

 意図も簡単に、霊体化状態にある暗殺者を見破られる。

 

 巧みな槍捌きを披露しながら開放的な声を上げるのは、青一色に身を包んだ槍の英霊。

 それに対峙するのは――元遠坂凛のサーヴァント、セイバー。

 

 

「こんなに早く、あんたの顔を見る事になるとはね……」

 

「何、今度のマスターもせっかちな性分でな。

淑女になれとは言わんが、どうにもレディと呼ぶにはバイタリティが有り過ぎる」

 

「ああぁー! セイバーってば、今わたしの悪口言ったでしょ!」

 

 

 セイバーの態度に口を尖らせるイリヤを、忌々しそうに見つめる凛。

 

 その胸中を察する傍ら、予期しない現状に頭を回す。

 ちょんちょんと肩を突いてくるのは――弓塚。

 

 

「ア、アキ君、まさかとは思うけど……これから一戦あるのかな?」

 

 

 もう今日は無理だって。

 そう微塵も隠さず顔に表わす、実に弱気な死徒であった。

 

 

「さ、流石にガス欠だよ?」

 

「こっちも同じだ。

昨夜はシオンさんと殺し合いで昼は士郎奪還、夕方は慎二と接触して……まだ戦うってどんだけだよ」

 

 

 ちなみに一昨日はイリヤ遭遇でバーサーカー戦。

 飛んだハードスケジュールである。

 

 

 

 

 ……だが、この状況は千載一遇のチャンスでもある。

 

 イリヤのサーヴァントの一騎、セイバーはランサーと交戦中。

 

 

こちらにはサーヴァントが四騎と死徒の弓塚。

 如何に大英雄と言えど、イリヤを護りながら戦えば苦戦は必須。

 

 ここで倒しきる事も――

 

 

「てめぇ等、一つ言っておくがっ」

 

 

 そう思った矢先、ランサーの獰猛な視線がこちらを捉える。

 

 セイバーとの死闘に口を歪ませながら。

 そう、これは紛れもない、ランサーの望んでいた命を懸けた戦いであり、

 

 

「やっとこさ解けた鎖に、発散も兼ねて暴れてる所なんでな。

 ――――邪魔だけはするなよ?」

 

 

「くっ……」

 

 

 同じ思考に至っていたであろう凛が、舌を鳴らす。

 

 

 警告。

 己の剣技を競う中で、セイバーの気を散らしてくれるなと。

 

 もしもこちらがこれを好機にマスターを襲えば、ランサーもどう動くかは分からない。

 

 

最悪……一時、アンツベルンと共闘。

 そんなシナリオも紡がれる。

 

 

 

 

 手出しは出来ない。

 決着が付くのを、ただ見守るのか。

 

セイバーがランサーに敗れる事を祈る。

 でなければ、次の得物はほぼ全員が疲弊しているこちらなのだから。

 

 

 

 

「――――夜更けに騒がしいと出向いて見れば……此度の戦を宴と違えている馬鹿共か」

 

 

 瞬間、身体に重圧が掛かった。

 

 金属の弾ける音が、虚無へと帰る。

 水を打った様に静まり返った一帯を掌握するのは、一人の男。

 

 

 月明かりに、黄金の髪が照らされた。

 

 

「だ、誰!?」

 

「王に向かって汚らわしい口を開くな、雑種」

 

 

 歪んだ空間から射出される一本の剣。

 

 それが弾丸となりイリヤを襲い――

 

 

「――■■■■っ!!」

 

 

 咆哮を轟かせ、狂戦士に弾かれる。

 

 塀の上から泰然自若と、まるで天から地上を見下ろす様な遠い眼差し。

 真紅に燃える瞳で、眼下に佇む騎士たちを一瞥し、

 

 

「……サーヴァントが七騎。よもや未だに脱落者無しとはな。

我のいない戦争は、余程温いものと見た」

 

「ハッ、偉そうに愚痴愚痴言ってんじゃねぇよ、おらっ!」

 

 

 格下と決めつける不遜な態度に、血の気の多いランサーが槍を放つ。

 

 予備動作無く繰り出された、高速の刺突。

 それを――剣戟の散弾が迎え撃つ。

 

 

「――ちっ!」

 

「分を弁えろ、狗が」

 

「……殺すっ!!」

 

 

 空中で衝突したランサーは、矛先を届かせる事無く着地。

 

 最速の英霊を軽くあしらう新たな介入者に、場の全員が武器を手に持ち身構える。

 

 

本能が鳴らすのだ。

 この敵は、規格の器に収まる相手では無い事を。

 

 

「ふん、漸く我を崇める気になったか」

 

 

 闇夜に光る、金色の鎧。

 背後には男の力の片鱗を見せるかの様に、大規模な空間の歪みが発生する。

 

 

 

 

 英雄王・ギルガメッシュ。

 

 傍若無人にして最強の英雄は、指を形作り宙に掲げる。

 

 

 姿を表わすのは世界の全てを手に入れた彼の財宝、宝具の原典。

真夜中の空が、一瞬にして紅と黄金の色に侵食され、

 

 

「――――我からの選別だ。有象無象の英霊よ。

 その浅ましくも醜く抵抗する姿、七騎共々に戯れて遣ろうぞっ!」

 

 

 指が鳴る。

 

 無慈悲の無い大量殺戮が、切っ先を向けて襲って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

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……うん、長い。

アキ達の一日の密度が高いこの頃。次回はギル様のターンです。

慢心が弱点と言えど、相手の力量が上がるに連れて本気出すギル様……七騎相手なら本気でっせ。

 

……ちなみに前半はいいちこ片手に書きました。疲れてたから仕方ないヽ(´ー`)