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   *

 

 

 

 やってしまった、と琥珀は寝ぼけ眼を擦りながらボンヤリ思う。

 

傍らに転がっている目覚まし時計。

時刻は日も大分傾いた頃合いで、少しだけの昼寝の筈が熟睡してしまった事に気付く。

 

 

「……もう、起こしてくれてもいいじゃないですか」

 

 

 おそらく気を使ったのか。

 上手く隠していたつもりでも、こうも態度で表わしてしまったら意味がない。

 

 布団を剥いで、パジャマを脱ぐ。

 折りたたんでおいた服を着付けたところで、枕元にある何かが目に入った。

 

 

「アキさんのリボンと……メモ用紙?」

 

 

 何故と疑問符を浮かべて、それらを手に取る。

 

 似合っていても流石にリボンは恥ずかしくなったのでしょうか、何て考えながら用紙に視線を通して、

 

 

「……」

 

 

 押し黙る。

 

 

「……っ、あの人は」

 

 

 思わず、こめかみを押さえた。

 

どうしようもないと解っていても、怨まずにはいられない。

……主に目覚まし時計を。

 

 念のために護衛まで置いてくれたのは嬉しいが、それよりも危険な場所へ身を投じる本人にこそ必要だ。

 

 

こちらの気持ちも察して欲しいと不満げに呟き、琥珀は白いリボンをそっと折りたたんでポケットに仕舞った。

 

 

 自室を出て、渡り廊下を伝って居間の方へと足を向ける。

 

 連絡に書かれてあった通り、現在、琥珀の他には一人しかこの屋敷にいない様であった。

 

 

「――桜さんですか?」

 

「あ、はい……あの、誰ですか?」

 

「顔を合わせるのは初めてですね。私は琥珀と申します」

 

 

 ポツンと、取り残された様に桜の姿がそこにあった。

 

 テレビを見ている訳でもなく、座卓の上にも新聞や広告どころか湯呑みすらなく、ただ不安げな顔をしたまま身体を固くして座っている。

 

 

「桜さん、他の方たちは?」

 

「え、それは……言えません」

 

「言えない? あ、私なら大丈夫ですよ。魔術や聖杯戦争について知っていますから。

 アキさんの付き人と言えば、分かります?」

 

 

 その言葉に反応してか、桜が俯いていた顔を上げる。

 

 警戒する様に、嫌悪する様に身体を引く。

 アキさん嫌われてますねぇ、と分かり易い反応に琥珀は苦笑した。

 

 

「すみません、アキさんが色々とご迷惑を掛けたみたいで……私の口からでは仕方ないかもしれませんが、代わりに謝らせて頂きます」

 

 

 深く、頭を下げる。

 秋葉に仕えていた頃を思い出し、使用人としての礼儀を取る琥珀。

 

 アキの付き人。

 おそらく桜のイメージとはかけ離れていたであろう殊勝な姿に、桜は慌てた様に手を振った。

 

 

「い、いえ、そんな、琥珀さんが謝る事は……」

 

 

 居心地が悪そうに再び俯き、顔を上げて下さい、と呟く桜。

 これで第一印象は悪くないでしょう、とはおくびに出さずに琥珀はそれではと再び訊ねる。

 

 

「私の元に置き手紙がありまして、桜さんに確認したいんですよ。

 ――やっぱり、行っちゃったんですか?」

 

「……はい。その、衛宮先輩が他のマスターに攫われて」

 

 

 憂鬱そうに話す桜に、琥珀も胸が重苦しくなっていく。

 

 アインツベルンの城へ向かったのは、琥珀と桜、アサシンを除いた七人。

 サーヴァント三人にさっちゃんがいれば大丈夫、そうは思ってもやはり不安は拭えない。

 

 

 万が一戦闘になれば、さつきに感応の補助はないのだ。

 

加えて連夜連戦。

 死徒であるさつきはともかく、アキやシオンの傷は完治している筈もない。

 

 

 心配の種は尽きない。

 

 かと言って、取り残された自分に彼らの身を案じる以外に何が出来る訳でもなく――

 

 

「――桜さん、皆さんが帰ってくるまでお話でもしませんか?」

 

「えっ……」

 

 

 雰囲気だけでも持ち直さなければと、強張った頬を揉みほぐして桜に微笑みを向けた。

 

 

「あんまり辛気臭い面持ちでいると、不幸を招いてしまいますから。

 衛宮さんたちの無事を祈りながら、気持ちを明るくして待ちましょう」

 

 

 要は気のまぎれる事をして意気消沈する心を誤魔化そうと、琥珀は提案する。

 

 

「……そ、そうですよね。私たちまで暗い顔していたら、先輩に心配されますし。

 でも、何を話したらいいか、そう言うのって苦手で……」

 

「あはっ、心配なさらずに。腹の探り合いをする訳でもありませんし、何でも聞いて構いませんよ?」

 

 

 お茶菓子を取りに台所へ。

 湯呑みとともに盆へ乗せて運び、自らも桜の正面に腰を下ろした。

 

 

「年も近いですし、桜さんの事も色々聞いてみたいですね」

 

 

 これは本音だと、琥珀は口に出してから思う。

 

 

 アキから聞いた、Fateという物語での桜の境遇。

 それが、自分と似ていると思ってしまったのは気のせいか。

 

 もっとも互いに幼い頃からの不幸とは言え、半年程で志貴に助けられる手筈の自分と現在に至るまで辱めを受けている桜では比べる方が失礼だと自嘲する。

 

 

 だからこそ、この子には報われて欲しいと思ってしまう。

 

 

「あの……琥珀さん?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「……私、あの人の事、知りたいです」

 

「……アキさん、ですか?」

 

 

 頷く。

 

 興味と言うより探り。

 場を和ませるのは難しいかもしれないと、琥珀はその話題で進めるかどうか迷った。

 

 

(……いえ、関係ありませんね)

 

 

 どんな話であろうと、語り手次第で雰囲気はどうにも作れる。

 せっかく向こう側から、思索は何であれ話し掛けて来たのだからここで流れを切ってはいけない。

 

 

 アキの事を知りたい。

 

 ……むしろ得意分野かもしれないと、琥珀は微笑した。

 

 

「うぅん、アキさんの事……性格とか交際関係で宜しいでしょうか?」

 

「えっと、琥珀さんの自由で構いません」

 

 

 困った表情を浮かべる琥珀に、桜が慌ててフォローに入る。

 

 やっぱり露骨過ぎたかと、気まずそうに視線を落とす桜。

 

 

 

 

 だが、琥珀が困惑しているのは桜の結構斜め上で、

 

 

「その、先に謝っておきますね、桜さん」

 

「え?」

 

 

 何故謝れるのか、今度は桜が戸惑いを見せる。

 そんな彼女に構わず、琥珀は笑みを零しながらこう言った。

 

 

「――――惚気ちゃったら、御免なさいね?」

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第二十七話

 

 

 

 

 

「原作とズレ過ぎワロタ」

 

 

 笑ってる場合じゃないけどな、と心を引き締め持ち直す。

 

 ズタズタに破壊された扉を前に一旦立ち止り、現状確認。

 力押しでは破れないと判断したのか、内側から巨大な斧で斬り付けた様な跡がある。

 

 

 ――イリヤスフィールによる士郎の拉致。

 

 

 原作の二の舞を踏まぬために警告した筈が、しっかりと原作再現を起こしてくれた。

 ホイホイついて行ってしまう士郎に頭を押さえながらも、まず考えた事は救出するかどうかである。

 

 セイバーのマスターである士郎ならともかく、この世界では選定されなかったただの魔術師。

 

 元々セイバーを味方につける為に手を組んだのであって、今の士郎は原作と比べて価値が低い。

 

 

(……まぁ、結局助けに来ている訳だけど)

 

 

 主に凛の提案で。

 

 何か不吉なもの、昨夜に感じたその正体を探るためにも自身のサーヴァントを失いたくないとして停戦を申し出て来た凛。

 

 故に、この時点で彼女の敵はランサー、ライダー、バーサーカーに限られる。

 士郎が攫われたのを聞いた彼女は、これを好機と捉えたのだろう。

 

 

 こちらに戦力が集まっている今、共同して戦線に当たろうと言ったのだ。

 

 

バーサーカーの真名はヘラクレス。

 まだ見ぬ宝具に加えて、知名度から受ける恩恵は高い揺ぎ無い強敵。

 

 しかし、この数なら押し切れると考えたのか。

 

 

 どちらにせよ一昨日の様にいずれ向こうから仕掛けて来る。

 ならばこれを機に打倒してしまえと――桜への配慮も入れて、思ったのかもしれない。

 

 

 もちろん、渋りに渋ったが。

 凛は知らないけど、相手は十二回も殺さないと死なない化け物だし。

 

 エミヤなら“是・射殺す百頭(ナインライブズ)”で対抗できるかもしれないが、どうにもあれは納得し難い。

 

急所を同時に九つ穿つから、バーサーカーは九回死ぬ。

 設定通りなら問題ないが、都合良過ぎてこの世界でも適用されるのかが逆に不安だ。

 

 

 と、士郎との友情を放り出して保身を考えている最中。

 シオンも、加えて弓塚やキャスターも凛に同意を表わしたため、士郎奪還と言う現状に至った。

 

 士郎を人質にされたら困るので、先に救出をしてから――そうして、イリヤが出払ったのを確認してから城へと潜入。

 

 

そして、

 

 

「椅子と千切れた縄……間違いない、衛宮君はここに閉じ込められていて――」

 

 

 凛が室内へと踏み込み、周囲を見回す。

 

原作と酷似したこの状況。

 本来なら扉の影で待ち伏せしているかベッドに潜り込んでいる筈なのに、士郎の姿は何処にもない。

 

 

 もう一度、壊された扉に目を向ける。

 やはり一人で逃亡したのか――そう思った矢先、轟音が響いた。

 

 

「何!?」

 

「外だ、凛!」

 

 

 獣の様な咆哮。

 

 真っ先に反応したセイバーに続き、こちらも弓塚に指示を出す。

 弓塚の拳が部屋の側面へと叩きつけられ、盛大に壁が吹き飛ばされる。

 

 

――信じがたい光景が、網膜に映った。

 

 

「え、衛宮か、あれ!?」

 

 

 城からそう離れていない場所で、巨人に翻弄される小さな人影。

 

違和感は互いに手にしている得物が――そう、同じなのだ。

身体に不釣り合いな程の凶器を振り回す士郎は、しかしすぐに吹き飛ばされる。

 

 

「――――I am the bone of my sword

 

 

 凛が声を上げるよりも早く、英霊は動く。

 

 即座に詠唱を始めるセイバー。

 同時にアーチャーも懐から銃を取り出し――

 

「“偽・螺旋剣(カラドボルグU)”――――!!」

 

 

 音速で放たれた螺旋の剣。

 その捻じれた空間を、紫色の魔力が追従して埋め尽くす。

 

 初撃がバーサーカーの頭部を潰し、迫る“黒い銃身(ブラックバレル)”の一撃が辺り一帯を呑み込んだ。

 紙切れの様に宙を舞う士郎が目に映る。

 

 

 凛は重力制御とセイバーに支えられ、俺とキャスターは弓塚に担いで貰い、シオンとアーチャーよりも一足先に士郎の元へと急ぐ。

 

 犬神家の如く頭を地面へと突っ込ましている士郎を引っこ抜いて、頬を引っ叩いた。

 

 

「ア、アキ!? それに遠坂も!」

 

「よし、怪我は無いな。全く心配――」

 

「ちょっと衛宮君! 貴方、何無謀な事してるのよっ!」

 

 

 凛に割って入られ、仕方なしに黙る。

 

事態はすでに殺し合い。

 緊張に身を引き締めて、周囲に感覚を張り巡らす。

 

 

 巻き起こった粉塵の向こう側には――イリヤの姿。

巨大な傷跡を刻んだ大地を挟み、じっとこちらに視線を向けている。

 

 その唇が、三日月の様に酷く歪んだ。

 

 

「バーサーカーっ!」

 

「■■■■■■■ッ――――!!」

 

 

 鼓膜の破れそうな雄叫びに、空気が大きく揺れる。

 

 燃え尽きた枯れ木みたく原型を僅かしか留めていなかった狂戦士は、ボコボコと泡を立て身を膨らましながら復元を始めた。

 

 

「な、何なの、あいつ……!?」

 

 

 凛が悪魔にも似たその怪物を見て、震えながら呟く。

 

英霊二体の宝具による連動爆撃。

 それを持ってしても倒せないサーヴァントなど、まさか誰が想像できようか。

 

 

「一度じゃなく二度もなんて、よっぽど横槍を入れるのが好きな様ね、凛」

 

 

 幼い声に、意識を向ける。

 

 バーサーカーの傍らに歩み寄るイリヤスフィール。

 一昨日の様に悠然とこちらを見下ろす姿は、しかし次の瞬間に瞳が曇る。

 

 

「死と同時に発動する自動蘇生……それが、貴女のサーヴァントの宝具かしら」

 

「……ふん、そんなの自分で考えればいいじゃない。敵にねだるなんて滑稽よ」

 

 

 凛と口を交わすイリヤは、しかし彼女の顔を見ていない。

 

 自身のサーヴァントの能力を自慢する様に、原作のイリヤは敵であろうとバーサーカーの宝具を暴露する筈。

 それをしない理由は、イリヤの目線の先――――弓塚にあった。

 

 

「アキ君、あの子、わたしを……」

 

「警戒されて……いや、警戒してくれてるな、ちゃんと」

 

 

 バーサーカーと互角に渡り合った吸血鬼。

 現在はカッパに身を包んで顔もまともに見えないが、イリヤは感覚で覚えていたのだろう。

 

 目の前には強力な死徒と二体の英霊。

小聖杯としてアーチャーの存在も嗅ぎ取っていれば、この状況は明確にイリヤの不利を表わしている。

 

 

 白銀の髪に隠れた額を、冷や汗が流れる。

 

 

 ――やはり、イリヤは窮していた。

 

 

「口論する気はないわ、イリヤスフィール。衛宮君を取り戻した今、私たちの目的は一つ。

 ――――貴女には、ここでリタイアして貰うわよっ!」

 

 

 凛の号令を筆頭に、皆が構える。

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

 バチリと、電流が走る音。

 振り返ると、右腕に薄く回路を映した衛宮が魔術を行使していた。

 

 何も無かった空間に、幻想の様に現われる漆黒の斧。

 バーサーカーの一撃を凌いだそれを、再び手中に創り出す。

 

 

「え、衛宮君、貴方――」

 

「大丈夫だ、遠坂。無理はしてない。

 それに失態を犯したのは俺なんだ。見ているだけなんて、出来やしない」

 

 

 佇む巨人を見据えて、力強く士郎は言う。

 半人前、足手纏い……そう止めるには、今の彼は余りにも逞しく意志が強い。

 

 

「……もう、仕方ないわね!」

 

 

 ポケットから宝石を取り出し、指に挟む凛。

 士郎に向けて、振り切った様に言い放つ。

 

 

「長引かせないで一気に叩くわ! 邪魔だけはしないでよっ!」

 

「遠坂……あぁ!」

 

 

 拳を握る弓塚。

無手のまま、凛の前方を守り巨人を睨みセイバー。

 

 士郎も大剣を構え、遠坂とキャスターは後方から様子を見守る。

 

 

 シオンとアーチャーが加われば、総勢八人。

 如何にバーサーカーとて、イリヤを死守しながら戦える状況ではすでに無い。

 

 

 詰みは、見えている。

 

 

 

 

 誰もがそう思った時――――男は動いた。

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

 

 囁いた様なその言葉。

 硬直する士郎と凛。

 

 

 ――瞬間、士郎に殺意が向けられた。

 

 

「ぐっ――はぁ!」

 

「セ、セイバー!?」

 

 

 振り切られる剣筋は、咄嗟に士郎の下ろした石斧によって防がれる。

 

が、余程の斬撃であったのか、斧は消滅し余波で地へ身体を打ち付けられる士郎。

 

 

 突然のセイバーの奇行に周囲が唖然とする中、凛は迷わず動いた。

 マスターとして、サーヴァントの暴走を止める為の絶対命令権、それを光らせ振りかざす。

 

 しかし、それもセイバーには予想の範疇。

 

 

「――遅過ぎるぞ、凛!!」

 

 

 セイバーの左手に現われたのは禍々しく光沢を走らせる歪な短剣。

 

 それを見て驚いたのは、俺か、はたまたキャスターか。

 

 

 凛の口が動くよりも迅速に、セイバーは自身の胸へとその短剣を突き刺す。

 刹那、凛に刻まれた令呪が弾けた。

 

 

「そ、そんな!?」

 

「契約を破棄した。これで君はもう、俺のマスターではない。

 流石に同じ事をやられる訳にはいかないのでな……強引だが、致し方あるまい」

 

 

 光を失った令呪を押さえて狼狽する凛。

 

 

 無理もない。

 訳も解らずに、サーヴァントが突然の裏切り行為。

 

 しかも、彼らを卸すための令呪を使う間もなく契約を強制的に破壊。

 こっちも、その騒動に対処しようにも頭が状況に追いつかない。

 

 

「――むっ!」

 

 

 セイバーの眼前で弾ける火花。

 続く銃撃を、セイバーは無数の剣を盾に身を隠してやり過ごす。

 

 

 シオンとアーチャーが駆けつけたのだ。

 

 

「遠坂、七夜、これはどういう事です!」

 

「ど、どうって……」

 

 

 凛から言葉は出ない。

 彼女とて、状況認識がままならないのだ。

 

 地に伏した士郎。

 それを敵意の眼差しで睨みつけるセイバー。

 

 

「まさか、セイバーが反旗を翻すとはな……」

 

 

 アーチャーはそう呟き、セイバーに対して警戒態勢を取る。

 シオンもまた、アーチャーの言葉から凛へと視線を移し、現状を把握した。

 

 

「て、てめぇ、何で遠坂を裏切った――っ!!」

 

「ふん、自分が斬りつけられておいてその台詞……。

 やはりどこの世界であろうとも、貴様は変わらん様だな」

 

 

 全員の注目を浴びる中、セイバーは構えた剣を消して歩を進める。

 士郎でも凛でもなく、イリヤに向けて。

 

 

 ――そして、跪いた。

 

 

「アインツベルンのマスターよ。この俺と契約を結んではくれないかね?」

 

「……へぇ、凛の召喚したサーヴァントの癖に面白い事言うじゃない」

 

 

 警戒を解かず、イリヤは己の前に身を屈めるサーヴァントから疑う様に目を離さない。

 

 隣でぎらつく巨人の紅い瞳を、セイバーは受け流す。

 

 斧が振り下ろされれば、セイバーは避け切れないだろう。

 それでも頭を垂れたままに、忠誠の言葉を紡いだ。

 

 

「向こうの陣営にいては目的が達成できないと踏んでな。利害一致のためにも、君には俺のマスターになって欲しい」

 

「目の前でマスターを裏切るサーヴァントと、私が契約を結ぶと思うの?」

 

「何、君と凛では器が違う。

 それとも、君でも私を卸す事はできないと言うのかね?」

 

 

 表情が険しくなるイリヤ。

 眼前で地に膝を付けているサーヴァントを殺す事は、簡単だ。

 

 だが、その後は?

 

 仮にセイバーがいなくなったとしても、相手にはバーサーカーと互角の力を有するヴァンパイアがいる。

 

 理性のない巨人は、その圧倒的な暴力こそが他を追随させぬ武器。

 そのアドバンテージを抑えられたままでは、風向きも変わる事はない。

 

 

「……先に言っておくわ。貴方に聖杯は渡せない」

 

「構わんよ。私の願いは、私自身で叶えてこそ意味がある」

 

 

 肯定。

 そう取れるイリヤの返答に、士郎が叫ぶ。

 

 

「イリヤっ!?」

 

「こっちの数が多過ぎた――いや、アインツベルンのプライドね。セイバーの奴、憎い事を……」

 

 

 凛が忌々しそうに言葉を吐く。

 

 固唾を呑んで見つめる中、最後の問いが交わされた。

 

 

「セイバーのサーヴァント。貴方が望むものは何?」

 

「……ふむ、いいだろう」

 

 

 逡巡した様子を表わしたセイバーは、しかし納得した様にイリヤから視線を外し――

 

 

 

 

「――――衛宮士郎を、私の手で抹殺する事だ」

 

 

 士郎に向けて明確に、呪詛を投げ付けるが如く殺気を飛ばした。

 

 

「お兄ちゃんを?

 ふふ、殺したいのは私もなんだけど……いいわ」

 

 

 手を差し伸べるイリヤ。

 令呪の光か、ふいにイリヤの身体が輝き出す。

 

 

「でも、あっさり死なせたら詰まらないから、殺す時はじっくりやるの。

 それが守れるなら……私の元に下りなさい、セイバー!」

 

「セイバーの名に懸け誓いを受ける。

 君を我が主として認めよう――イリヤスフィール」

 

 

 閃光が走る。

 

 築かれた魔方陣はイリヤとセイバーを繋ぎ、新たな主従を作り出す。

 

 

「……弓塚」

 

「ア、アキ君?」

 

 

 目の前の光景の意味を理解しながら、弓塚に囁きかける。

 

 顔を合わせた弓塚は、普段の能天気さに似合わない重い表情。

 流石に、雲行きの不味さは解っているらしい。

 

 

「琥珀の感応なしに、バーサーカーとガチでどれくらい持つ?」

 

「えっと、よく解らないけど……蘇生するんだよね、あのサーヴァント」

 

「おそらくな。一昨日みたいにフルスロットで早々に決着付けようとしても、逆に蘇生されて追い詰められるだけだ」

 

「て、手強いなぁ……多分、六分が限界かな」

 

「……見栄を張って無理するなよ?」

 

「…………三分でいい?」

 

 

 気まずそうに笑う弓塚。

 油断するとすぐに誤魔化そうとするので、ほんと困る奴である。

 

 

「衛宮! それと遠坂さんっ!」 

 

 

 叫ぶ。

 

 先手を取られる痛さは、昨夜に十分経験した。

 

 

各々思う事はあるかもしれない。

 だが、狂化された大英雄と最優のクラスで降ろされた鍛鉄の英雄を前にして、これ以上の混乱は命取りだ。

 

 

「バーサーカーは弓塚が抑える。二人はセイバーを頼んだ!

 倒さなくとも、足止めだけしてくれればそれでいいっ!」

 

 

 英霊相手に足止め“だけ”とは、無茶無謀な要求だと自分でも思う。

 けど、それ程の無茶が今は欲しい。

 

 

「キャスターは弓塚の援護。

 ――シオンさん、アーチャー、手伝って貰えるか!?」

 

「何を、と聞くのは無粋ですね。

 これは聖杯戦争。ならば、状況を打開するには初めからその手しか残されていない」

 

「英霊と言っても元人間だからな。そのくらいの相手の方が適ってる」

 

 

 頼もしい返事に、幾らか気落ちしていた心を立て直す。

 

 そう、これはルール無用の殺し合い。

 相手より数だけは勝っているのなら、やるべき事は最早一つ。

 

 

「へぇ、三人掛かりなら倒せると思ってるんだ?

 ……いいわ、少しばかり遊んであげる」

 

 

 パチンとイリヤが指を鳴らす。

 どこに控えていたのか、スッと両隣に現われたのは世話係であるセラとリズ。

 

 仮にもこちらにはアーチャーがいるのに何て強気――と思ったが、すぐに考えを改める。

 

ステータスを見れば解る通り、アーチャーは正規の英霊たちとは異なる存在。

 

 

人間三人に、対してホムンクルスが三体。

 弓塚や士郎が耐えられる時間を考慮すれば、余裕の一欠片も無いのは明白だ。

 

 

「バーサーカー、セイバー、蹴散らしなさい!!」

 

「行きますよ、アーチャー、七夜っ!

 アインツベルンのマスターを百八十秒以内で捕縛します!」

 

 

 迫られた状況に心臓が高鳴る。

 戦いは何時だって命懸けだ。

 

 

 ぶつかる剛腕。

 響く剣戟。

 

 自らもまた、白き魔術師らへと刃を抜いて疾走した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「七夜、今更なのですが――実は昨夜の戦闘の所為で身体が本調子ではないのです」

 

「奇遇っすね。こっちもシオンさん達にやられた肩や腹の傷が治ってなくて……」

 

「君たちはまだいい。俺なんて悠に二km以上投げ飛ばされたんだ。

 英霊だから無事だったものの、おかげで狙いもまともに定まりゃしない」

 

 

 呟く愚痴は、余力の多さを表わすものでは決してなく、

 

 

「二人とも、後ろ!」

 

 

 シオンの声に合わせて後方から風が唸る。

 

アーチャーと同時、弾けるようにして跳び退いた。

 銀色に光沢を放つハルバードが遅れて高速に薙ぎ払われる。

 

Strarker(重圧) druck,Einschrankung(束縛)――――」

 

「ぐぅ!?」

 

 

 跳んだ矢先、身体へ圧し掛かる強力な負荷。

 抗えずに、膝を屈して地べたを這う。

 

 

「今です、リーゼリット!」

 

「了……解っ」

 

「――させません!!」

 

 

 敵の追撃よりも早くエーテライトが足に巻き付き、強引に宙へと放り出される。

 

目まぐるしく変わる景色。

 何とか頭と態勢を立て直し、若干危なげにも無事に着地を果たした。

 

 

「七夜、援護を頼みます! アーチャーはあの武器使いを!」

 

「わ、解った!」

 

「荷が重いな……」

 

 

 シオンが先陣を切り、駆けていく。

 

 狙いはイリヤ。

 銃撃でアーチャーがメイドの一人を抑えている中、こっちの役割は――

 

 

「お嬢様っ!」

 

「いかせねぇよ!」

 

 

 シオンに向けて魔術を放とうとしたもう一人のメイド・セラに刃を振るう。

 

 当たる――直前で身を屈められ、その一閃は前髪を掠めるに終わる。

 衣装が土で汚れるのも構わず、セラは辛うじてこちらとの距離を取ると、

 

Ich schnitt(斬撃) es, Eine Verfolgungsjagd(追跡)――――!」

 

 

 鎌鼬。

 真空の刃が、大地を抉りながら滑走する。

 

 全力で逃げた。

 

 

 ――――追って来た。

 

 

「ぶふぅっ!?」

 

 

 予想外の後方転換に、咄嗟の回避も空しく鋭い痛みが走る。

 

 ざっくりと、紅く染まった己の右足が目に入った。

 

 だが、痛みに嘆いている場合じゃない。

 それよりも重要なのは、セラの呪文に対応して今一度襲いかかってくる風の凶器で――

 

 

「坊主っ!」

 

「へぶっ!?」

 

 

 軌道上に蹲っていたところを、乱暴に抱えられて危機を脱する。

 

 拳銃を口に咥えて転がるアーチャー。

 片方の脇には、頭から血を流すシオンの姿。

 

 どうやら、イリヤの捕縛は失敗に終わったらしかった。

 

 

 こちらを抱えたまま、アーチャーはイリヤ達から距離を置く。

 降ろされて地へ足を着いた瞬間、先にやられた太ももから血が噴き出した。

 

 上着を脱ぎ、裂けたジーンズに手荒く巻き付ける。

 刺繍の施したシャツ一枚で寒天の下に立ち続けるのは、鍛えている身体としても少々厳しい。

 

 

「……シオンさん、イリヤを狙うのは厳しいか?」

 

「エーテライトの接続を力任せに外されました。障壁を破って作った一度きりの奇襲でしたから、二度目は無い……状況は、かなり厳しいかと」

 

「バレルレプリカは? 弓塚はともかく、イリヤになら――」

 

「既に使用済みです。予測以上に彼女の魔力障壁が固く、奇襲か零距離で当てでもしなければ彼女の身体には届かない」

 

「……嘘ぉ」

 

 

 良く見れば、シオンの腰に携えた銃身からは薄らと煙が上がっていた。

 それ程の轟音――だが、ここら一帯は銃撃の音響すらも生温い戦場と化している。

 

 敵は違えど、どこも旗色は悪過ぎる。

 弓塚も士郎も、援護があるとは言え英霊相手に真正面からの対峙は自殺に近い。

 

 

「――――キャスターさんっ!!」

 

 

 咆哮が木々を大きく揺らす中、弓塚の叫び声だけははっきり聞こえた。

 

 キャスターが暴風に巻き込まれたのか、振り向く事が許されない現状に歯痒さを感じる。

 

 

 弓塚の傍へと今すぐにでも駆けつけたい。

 不安が、彼女を失う恐怖がジワリジワリと胸の底から押し寄せて来る。

 

 

「シオンさん、残り時間は!?」

 

「四十二秒。それ以上は持ちません――私たちもです」

 

 

 切羽詰まった声色で、シオンが言う。

 囮を置いて逃亡、そんな考えが脳裏を過ぎる。

 

 

(落ち着け、馬鹿っ!)

 

 

 頭を振る。

 結われていない髪が、無造作に乱れて汚らしい。

 

 

(バーサーカーを無理にでも止められるのは弓塚しかいないんだ)

 

 

 つまり、囮役に適するのは現状では弓塚しか在り得ない。

 

 それは、絶対に駄目だ。

 利己的なのは承知だが、自分の中で弓塚の命は士郎やシオンよりもずっと重い。

 

 

 

 

 ――――ピンチの時は一先ず落ち着き、その後に良く考慮しろ。

 

 

 いつか、橙子さんに言われた助言を思い出す。

 己だけでなく他人の命も関わる状況で、冷静さを保てるかが未来を分かつ。

 

 一秒だけ、目蓋を閉じる。

 心臓に杭を打つイメージを作り出し、駆け巡る動機を無理やりに抑えた。

 

 

「……三人の内、一番厄介なのは?」

 

「あのハルバードを扱うホムンクルスです。前衛を崩さない事には、後ろへ連撃が続けられないっ」

 

 

 始末が悪い。

 確かにシオンの言う通り、疲れを知らないが如く得物を振り回すリーゼリットは厄介だ。

 

あの重量級の刃物で斬り付けられれば余裕で死ねる。

単純な動きに避けるのは容易だと解っていても、風切り音は次第に恐怖を呼び起こす。

 

 

 ならばこそ、

 

 

「よしっ、だったら俺が――」

 

「いや、俺がやろう。君では火力が足りな過ぎる」

 

 

 決意に放った言葉は、すぐさまアーチャーに上塗りされた。

 

 

「弾丸を作れないのは痛いが……まぁ、幸いにも銃は二丁ある。

 仮にも呼ばれた身だ。一番の負担所は受け持とう」

 

 

 やれやれといった感じに肩を竦める銃神・ゴドー。

 今まで使用していた“黒い銃身(ブラックバレル)”から、酷似した別の銃へと持ち替える

 

 

 バレルレプリカ。

 それを右手に構え、アーチャーはシオンへと振り返らずに言葉を向ける。

 

 

「マスター、与えられた役割は果たす。後は任せた」

 

「可能ですか、アーチャー?」

 

「何、あの化け物どもに比べれば程度の低いミッションさ」

 

 

 同時に、前方へと跳び出すアーチャー。

 

 ハルバードの攻撃範囲内へと身を置いた瞬間に、鋼鉄の切っ先が胴を容易く両断させる勢いで襲い掛かる。

 

 

 ――唐突に、アーチャーの姿が視界から消えた

 

 

「っ!?」

 

「……単調すぎるな、お前は」

 

 

 薙ぎ払われた凶器は、目標を捕らえる事無く盛大に空を斬る。

 

間を置かず、アーチャーは再び姿を現す。

 リーゼリットの眼前へ、その手に黒光りする銃身を携えて。

 

 

 ――姿勢は、疾うにリズの顔面を狙い定めた状態だ。

 

「悪いな、これも(・・・)英霊の特権だ」

 

 

 如何なる反応よりも先に、引き金を絞る。

 

 昨夜、シオンが弓塚に放った最後の一撃。

 その光景と重なる砲撃が今、ホムンクルスの一体を襲った。

 

 

 零距離で解き放たれた魔力に、互いが木の葉の様に吹き飛ばされる。

 

 

 敵は倒したのか、アーチャーは無事か。

最後まで見届ける余裕が、今は無い。

 

Die Asche(灰は) in Asche(灰に) der Staub(塵に) in einem Staub(塵に)―――!」

 

「っ、ヤバい!」

 

 

 シオンと同時に、反対方向へと跳んで転がる。

 幾つもの豪火球が骨も残さないとばかりに灼熱を上げ、一歩手前を焼き尽くした。

 

 追撃に身を構える。

 前衛を失った敵に対する次の一手に思索を巡らし、

 

 

「七夜、これをっ!」

 

 

 ペレ―帽が投げられる。

 慌てて掴んだそれの、異変に気付いた。

 

 

 ――帽子の内側に収められた、一丁の拳銃。

 

 

 スルっとエーテライトが腰の短刀に巻き付き、シオンの元へと手繰り寄せられる。

 手の内は知られているため思い切って得物を交換、という事だろうか。

 

 

 ……非常に困った。

 

 

「装填はしてあります。タイミングは任せましたっ!」

 

「お、おい、それって!?」

 

 

 拳銃を渡すのに、弾丸を入れておくのは当然の事。

 

装填、タイミング。

それをわざわざ口頭で伝えるのは――つまり、特殊な一撃なのだ。

 

 

 銃身を手に取るも、ズッシリとした感触に震える。

 数年前に試しで一度扱った以来、こんな物騒なものには縁がない。

 

 しかし、迷ってる暇なんて何処にも無いのだ。

 

 

「こなくそ!!」

 

 

 イリヤとセラを睨みつけ、銃口を――地面に突き刺した。

 

 角度は勘。

 重い引き金に、指に有りっ丈の力を込めて一気に引き抜く。

 

 

「バレルレプリカ――――フルオープンっ!!」

 

 

 反動に耐え切れず、肩の骨が軋みを上げる。

 地中の土砂が大規模に空へと舞い、数秒間だけ互いの姿を覆い隠した。

 

 傷口が広がる右足、悲鳴を上げる右肩。

 麻痺する半身を気合いで抑えつけて、一目散に駆け出した。

 

 

 標的である少女を見据える。

 

 

 向こうも、こちらの姿を瞳に捉えた。

 目暗ましなぞ関係ない。そう嗤う様に、魔力が威圧感を伴ってぶつけられる。

 

Ein Flus, Ein Gletscher(氷河)……!!」

 

 

 とてつもない冷気。

巨大な氷柱が目前へと迫る。

 

シオンとセラの気配は無い。

それが確信できれば――――判断は早かった。

 

 

 昨夜の戦闘で用いた駆け引き。

 意識を七夜の暗殺者へと完全に切り替え、速攻で服に手をかけた。

 

 

「――ふっ」

 

 

 ルーンを施したシャツに魔力を込めて、発動させる。

 

変わり身として脱ぎ捨てたそれは、串刺しにされて役目を果たす。

刹那、視界の外へ回り込み――

 

 

「まるで少し知恵を付けただけの獣。

 ――――そんなの、視えてるんだからっ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 バッと身を翻したイリヤは、狂い無い標準で魔力光を突き付ける。

 

 懐に入る間際。

 華麗に避け切ったと思われた初撃は、詰まりは誘き寄せるための餌。

 

 圧縮された魔力弾が、頭部を吹き飛ばさんとばかりに高速で迫って、

 

 

(思い通りっ!)

 

 

 勝利を確信したようなイリヤの笑みに、こちらもチェックメイトの一手を放った。

 

 

 

「――――Brechung(屈折)!」

 

 

 昨夜は使わぬままに終えた、歪曲を応用させた自身の奥の手。

 

 軸は五つ。

緑の螺旋が膨大な力を外側へと受け流すイメージ。

 

 魔力を出し惜しみなしに、己の魔眼を解放する!

 

(まが)れええぇえ――――っ!!」

 

 

 左半身を照り付ける、眩い光。

 

 十分な殺傷力を備えた魔力光は、急激に軌道を変えて頬を焦がすに止まる。

 そのまま、突かれた不意に隙を見せたイリヤを押し倒した。

 

 

「痛っ!」

 

「動くなっ!!」

 

 

 森の奥まで響く様な、枯れた声も関係なしに腹の底から叫びを上げる。

 

 

「戦いは終わりだっ! 下手に動いたらイリヤを殺すぞ!!」

 

 

 銃口をイリヤの額に押し当て、空いた左手で瞳を覆い隠す。

 セイバーとバーサーカーが、揃って武器を振るう腕を止めた。

 

 

 地に組み伏せられ真直で銃を突き付けられたマスターを目にし、サーヴァントは静止する。

 

 その正常な反応に、未だ戦闘の最中であるにも関わらず安堵の息を漏らした。

 

 

 右の手中に収まっている、バレルレプリカ。

 弾丸が入っているかが不明なため、この格好はハッタリ以外の何でもない。

 

 

「……よしっ」

 

 

 イリヤに警戒心を向けながら、横目で周囲を探る。

 

 荒れた大地。

 打撃、斬撃、魔術に依る衝撃の跡が、生生しい血痕を残して見て取れる。

 

 

 突如、訳もなく強張る己の身体。

 

 

「マスター、後ろですっ!!」

 

「七夜君、危ない!!

 

 

 魔術師二人の叫びに呼応して、解放した魔眼を後ろへ向けた。

 

 

 ――首筋に添えられた、氷の刃。

 

 

「俗物がっ、お嬢様からお退きなさい!」

 

 

 振り向いた先には、殺気を視線に宿したセラの姿。

 首の皮に、鋭い冷気が当てられる。

 

 胸の内に芽生えるのは驚愕。

 この七夜の身が、こうも容易く後ろを取られた事に。

 

 

 セラは見下ろしながら、焦る内心を見抜いた様に言葉を吐く。

 

 

「身のこなしに自信がある様ですが、神秘の前には無力。せいぜい分を弁えなさい」

 

「まさか魔術っ……この霧か!?」

 

「霧隠れ。今更気付くとは憐れな」

 

 

 いつの間にか周りを囲む、薄らとした霧のヴェール。

 

 攻性魔術にばかり気を張っていた自身の、明らかな失態。

 引き金に力を込めた瞬間、首に痛みを感じた。

 

 

「お退きなさい。この距離ならば、私は貴方の指が動く前に首と腕を断ち切れます」

 

 

 セラが二度目の警告を放つ。

 

 脅しか、それとも真か。

 一転して不利な状況へと戻った中、睨む視線だけは緩めない。

 

 

 一つだけ解る事は、ここでイリヤと相討ちになればバーサーカーは消滅する事。

 

そうなれば、力の均衡は再びこちらへ傾く。

 少なくとも、あいつは生き残ってくれるだろう。

 

 

 玉砕覚悟。

 その考えが頭を過ぎるも――、

 

 

「――――動くな、ホムンクルス。貴様の思考は既に私の中にある」

 

 

 またも事態は変化を見せた。

 

 

「シ、シオンさん!」

 

「なっ、私の背後を!?」

 

 

 セラの、その背中から短刀を首筋へ付けるシオン。

 金色に光る腕輪からは、目を凝らしても見え難い程の糸がセラの首へと伸びている。

 

 

「エーテライト……まさか、エルトナムの錬金術師っ!

 しかし幾ら疑似神経と言えども、ホムンクルスの制御までは出来ない筈」

 

「その通りだ、アインツベルン。確かに、人体とホムンクルスでは多大な誤差が生じて来る。

……だが、思考程度なら読み取れる。余り私を嘗めない方がいい」

 

 

 場はシオンが掌握した。

 周囲の有象無象は、こちらを見守るしか為す術は無い。

 

 セラの動きを完全に封じて、シオンは言葉を続ける。

 

 

「七夜、貴方のおかげだ。昨夜の戦闘経験がなければ、この状況は作れなかった」

 

「お、俺?」

 

「貴方の持つルーンの知識。私が使ったのは、七夜と丁度真逆のものです」

 

「……成る程」

 

 

 納得すると同時に、天才を冠する少女に感服する。

 

 真逆、詰まりは気配を薄めるルーン魔術。

 こっちを真似て、シオンも服の裏に刺繍を施したのだろう。

 

 もっとも、初歩の文字列しか組めないこちらに対して、シオンは高度な構築が組めるに違いない。

 羨ましいと、頭脳明晰な彼女に対して少しだけ嫉妬した。

 

 

 一周した現状に、もう一度頭を働かせる。

 

 賭けは避けたい。

 

 当初の目的は士郎の奪還。

 ならば、残りの一手は決まっている。

 

 

『――――キャスター、跳べるか!?』

 

 

 イリヤから目線を外さず、自身のサーヴァントへ念話を送る。

 

 

『空間転移、七人分だ。衛宮の家までとは言わないが出来るだけ遠くに』

 

『む、無理言わないで! そんな魔力ある訳……サツキも疲弊が激しいのよ!?』

 

 

 余りの提案に反発する。

 今の弓塚から魔力を調達するのは危険だと、キャスターの声が頭に響く。

 

 

『遠坂からはどうだ? 宝石に貯め込んだ魔力を使えば、撤退する事もおそらく出来る』

 

『あのお譲ちゃんから? それ程の魔力があると思うの?』

 

『知らないって。聞いて駄目なら、別の手段を考える』

 

 

 念話の回線が普段より細く、擦れた感じ。

 アインツベルンの結界内にいるからか、それともキャスターが弱っているからか。

 

 敵地には、これ以上長く居られない。

 

 

『……そうね、取り敢えずそこそこの魔術師だもの。

 それに、元凶はあの娘のサーヴァントなんだから、一肌脱ぐくらいじゃ足りないものね』

 

『……殺すなよ?』

 

『あら、そんな物騒な女に見えて?』

 

『……』

 

『ちょ、ちょっと、何か言いなさいよっ!!』

 

『い、いやぁ……』

 

 

 息も絶え絶えの癖に、冗談を口走るキャスター。

 打ち所が悪かったらしく、いい感じにネジが緩んでいるっぽい。

 

 それでも、一応は提案を呑んで凛へと訊ねてくれると言った。

 

 思い浮かべるのは、彼女の所持する紅い宝石。

 親の形見であるそれを、凛はきっと持っているだろう。

 

 士郎が殺される事は、この世界では起こらなかった。

 まだ使用していないのが確認できれば、後は凛の首肯を待つだけだ。

 

 

 

 

 ――――こうして、アインツベルンの城から帰還する。

 

 

 ただ、この一戦で交差したものは数知れない。

 

 弓塚や士郎は満身創痍。

 頭を悩ませるよりも先に、今は休息を与えてやらねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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久しぶりに書いたからか、詰み込み過ぎてごっちゃになった気が。

アキが“屈折”使えるのは変じゃね? と突っ込まれるかもしれませんが「第四回TMキャラクター人気投票」のキャラ紹介で藤乃の技欄に歪曲、屈折、大歪曲とありましたので採用した次第。ポジション的にこっちの方が使い勝手良いのは確実。