「私たちがライダーと戦闘になったのは四日前。

 昨夜はセイバーを連れて校舎、その後新都を周って士郎と合流しただけよ」

 

「誤魔化す訳があったのか、それ?」

 

「……ちょっと、ね」

 

 

 ためらう様に、視線を落とす。

 互いに立ち位置は敵である筈なのに、凛には気概の類が欠けている。

 

 

 呟いて、また間を置かれる。

 

 そこまで何を考え込んでいるのか。

 じっと凛を見据えたまま、自らもまた彼女の表情から思索を巡らす。

 

 

「――――七夜君、停戦協定を結ばない?」

 

 

 唐突に、言った。

 

 その考えを読み取ろうと腐心するが、やはり意図は掴めない。

 

 

「こっちに戦力が集まり過ぎて怖くなったのか?」

 

「残念、そこらの魔術師と一緒にしないでくれる?

 三対一でも四対一でも、頼まれればいつでも受けてあげるわよ」

 

 

 下らない事を言わせないで、とガンを飛ばされる。

 少なくとも、原作通りに凛の気の強さは健在らしい。

 

 

「七夜君たちは、聖杯を得るために戦っている訳じゃないんでしょ。

 私たち以外のマスターが消えるまでの停戦――悪い話じゃないと思うけど?」

 

「俺と衛宮はな。さっきも言ったが、シオンさんは別だ。

 遠坂さんには悪いが……先に同盟を結んだ分、こっちはシオンさん寄りだぞ?」

 

 

 停戦の期間が終わりいざ聖杯を求めての勝負になれば、こちらはシオンの味方をするであろう事を暗に伝える。

 

 

 凛もシオンも、聖杯を譲る気はないだろう。

 

 その時、月姫に深く関わってきた自身としてはシオンに手を貸すのは当然の事。

 衛宮は知らないが、凛にとっては面白くない話に決まっている。

 

 

 しかし、それを知って尚この魔術師は頷いた。

 

 

「セイバーの件もあるし、後から入って来た身としては当然ね。

 ――それで、七夜君の返事は?」

 

「えぇぇ……」

 

 

 考えが読めなさ過ぎて、参った。

 

 こめかみを押さえる。

 手持ちの情報だけでは、余りに理が適わない。

 

 

「納得できる理由が欲しいな。そこまでしてこちらと争いたくない理由。

 考えられるとすれば校舎に張られたライダーの結界だが……それでも、些か慎重過ぎる」

 

 

 多対一でも受けて立つと啖呵を切れる凛にしては、不自然極まりない提案。

 

 凛はまたしても口を閉ざし、沈黙する。

 

 

易々と話せない事なのか。

 また自分の思わぬ事態へと、物事が動いているのではないか。

 

 

 

 

 喋らない。

 それだけで自身は酷く不安に……不安定になっていく。

 

 

「――理由は」

 

 

 辛うじて思い付いた様な、そんな声。

 

 

「……馬鹿に思われるかもしれないけど、これといった訳はないの。

 ただ、昨夜からどうにも不安が拭えなくてね」

 

「昨夜?」

 

「校舎を出て、新都の方を周ったって言ったでしょ。

衛宮君に会うまでに……何て言うんだろう、私、睨まれたのよ」

 

 

 凛にしては、要領を得ない物言い。

 その瞬間を思い出してか、凛の表情に影が差す。

 

 

「サーヴァント、魔術師、それとも他の何か。

 姿も形も見えなかったけど――私は確かに睨まれて、うぅん、怨まれてた」

 

「……そんなので、停戦を結んでいいのか?」

 

「不安なのよ。互いに殺し合うだけならともかく、私だけじゃ手に負えない様な不測の事態が起きるかもしれない。

 その時にセイバーがいてくれれば、どんな事でも対処できそうでしょ?」

 

 

七夜君たちから手を出してくるとは思えないけど、万が一もあるしね。

そう付け足して締めた凛は、深く息を吐く。

 

 それだけの仕草が――まるで、怯えている様にも見えた。

 

 

「余計な戦いは避けて、しばらく何かしら異変が起きていないか調査したいの。

 聖杯戦争中とは言え、セカンドオーナーとしての仕事でもあるしね」

 

「勘にしては警戒し過ぎじゃないか、それ?」

 

「あら、知らないの? 女の勘は馬鹿にしちゃいけないのよ」

 

 

 もっとも、それは幻覚だったのか。

一秒も経たぬ内に、凛は隙の無い毅然な態度へと戻っていた。

 

 

「まぁ、シオンって魔術師がどう動くかは解らないけど……話は通しておいてくれるのかしら?」

 

「約束を違わないならな」

 

「それじゃ決まりね」

 

 

 状況は次々と形を変える。

 

 流されているつもりは無い。

 だが、聖杯戦争は全貌の掴めぬまま、進むべき道が今は段々と霞んでいる。

 

 

 

 

「――ただいまー」

 

「「早っ!?」」

 

 

 買い物に出掛けてから十五分程でしかない筈が、士郎の声が届いた。

 

 どこか、機嫌の悪さが込められた低い声色で。

 しかし、次に耳に届いた音は、全く異質である少女の様なか細い声。

 

 

「……お、お邪魔します」

 

 

 凛の身体が強張る。

 

 事態は、一日を待たずして変容していく。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第二十六話

 

 

 

 

 

「シオンさん、少しいいか?」

 

 

 シオンが割り当てられた部屋まで早足で移動。

 扉を軽く叩いた後、目的の人物が開いた隙間から顔を出す。

 

 

「七夜ですか……客人はどうしたのです? もう一人来たようですが」

 

「あれ、気付いてたのか。その事でシオンさんに連絡しておく事ができてな。

 ――聞かれると面倒になるから、廊下では話したくないんだが……」

 

「解りました。今はさつきもいますが、どうします?」

 

「あぁ、弓塚なら大丈夫だ……と言うか、シオンさんの所にいたのか。

 ……迷惑掛けてないよな、あいつ?」

 

「大丈夫です。そもそも、さつきを呼んだのは私の方ですから」

 

 

 昨夜まで敵だったにも関わらず仲良くやっているものだと感心する。

 原作では成り行き上で生活を共にしていた二人だが、やはり波長は合うのかもしれない。

 

 琥珀が嫉妬しなければいいが、何て考えながら部屋へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 ――何故か、下着姿の弓塚がいた。

 

 視線が絡まる。

 フリルの付いた純白のブラとパンツで、清楚さが出ていて可愛いかった。

 

 

「ちょ、や、やああぁああぁ!! な、何でアキ君が!? 最近お猿さん過ぎない!?」

 

「さ、叫ぶな! それと事故だ、断じて故意じゃないぞ!」

 

 

 弓塚が服を胸元に手繰り寄せると同時に、こちらもバッと背を向ける。

 

そして体育座りに姿勢を変更。

 昨夜の出来事も相まって、鼻頭を強く押さえた。

 

 

「……何をやっているのですか、貴方達は」

 

 

 心底不思議そうに、こちらを交互に見ながら訊ねるシオン。

 こっちとしては、その振る舞いこそが不思議である。

 

 

「シ、シオンさん! お、男! 男だって事は教えましたよね!?」

 

「はい、最初は認識を誤りましたが、七夜アキハが男性である事は承知しています。

 ……それが何か?」

 

「せめて弓塚に服を着せてから入れて下さい!」

 

 

 顔を赤くして隅で縮こまっている弓塚を指差す。

 シオンが箱入りなのは解っていたが、こうも常識に欠けているとは思わなかった。

 

 だが、その極めて的を射た指摘にもシオンは首を傾ける。

 

 

「理解できません。見も知らぬ女性ならともかく、相手はさつきなのですよ」

 

「ゆ、弓塚ならいいんですか!?」

 

「いえ、そう言う意味では無く……さつきの話では、貴方とは特別な間柄にあると聞きました。

 そ、その……口に出すのは憚れますが、この程度の事なら相互に問題は無いと思い……」

 

「一体何て言った、さっちん」

 

「え、えへへ……えっと、誇張というか想像というか……よ、よく覚えてないかな?」

 

 

 とぼけやがった。

 

 

「まぁいい、いや、良くは無いが見逃そう。

今はそれよりも――って、そう言えば琥珀はどうしたんだ?」

 

「へ、琥珀ちゃん?」

 

 

 よいしょっと長袖とスカートを着け直した弓塚に安堵したところで、ふと訊ねる。

 

いつも一緒とは言わないが、何かと二人でいる事の多い琥珀と弓塚。

珍しい事に、その片方の姿が見当たらない。

 

 

「琥珀ならしばらく横になると言い、昼食後は自室で睡眠を取っている筈です」

 

「何だ、寝てるのか」

 

「えぇ……私が言えた義理ではありませんが、昨夜の戦闘で疲弊したのではないかと」

 

「……そうだな、少し無理をさせたかもしれない」

 

 

 申し訳なさそうに、シオンが答える。

 聖杯戦争の最中、互いに相対すればそれは仕方のない事なのだけど。

 

 

 感応能力の契約を二人同時に結ぶ事が、どれ程の負担かはわからない。

 

 ただ、昨夜の戦闘で中途半端なこの身が曲がりなりにもアトラスの錬金術師と戦えたのは、琥珀の補助のおかげだったのであろう。

 

 顔に出さないのは性格故に仕方ないとしても、それに気付けなかった事が情けない。

 

 

「夕食も衛宮が作ってくれるし、今日一日はゆっくりさせてあげなきゃな」

 

「同意です。魔術師でもない彼女に無理は禁物だ。

 ――それで七夜、話とは?」

 

「あぁ、そうだった。アーチャーとは連絡取れるか?」

 

「アーチャーですか? そう離れてもいませんし、念話でなら可能ですが」

 

 

 彼にも話を? とシオンが聞いてきたところで、本題に入った。

 

 

「遠坂と間桐の娘がこの家に来てな。

余計な情報は与えたくないから、アーチャーに姿を見せない様に言っておいて欲しい」

 

「何と、御三家の内の二家が!? 目的は何です?」

 

「遠坂の方はさっき停戦の話を持ち掛けられて、シオンさんには悪いがこっちの判断で手を結んだ。間桐の方は、士郎が強引に引っ張って来ただけだ」

 

 

 シオンが眉を寄せる。

 言いたい事は、何となく解った。

 

 

「遠坂の娘が停戦を? それで、貴方は了承したのですか?」

 

「こっちにしてもシオンにしても、不利な話じゃなかったからな。

幾らか情報は渡したが、シオンについては使役するサーヴァントのクラス以外は教えていない。アトラシアの名も出していないから、詳細を掴む事は出来ない筈だ」

 

「遠坂のサーヴァントは?」

 

「セイバーだ。ただし、弓も使いこなすオールラウンダー」

 

「そうですか、解りました。

 まだ聞いておく事がありますが、話には優先順位がある。次は間桐について訊ねたい」

 

 

 取り敢えず了解した形を見せ、会話を進める。

 何故士郎が連れて来たのか、シオンの問いは第三者からすれば当然のものだった

 

 

「間桐桜って子なんだが、買い物に出掛けた士郎とばったり会ってな。

 それで何か様子が変だとあの士郎が意外にも気付いて――暴行の痕が見つかったらしい」

 

「貴方たちとその間桐の娘は、保護する程の間柄なのですか?」

 

「士郎にとってはそう何だろ。

こちらとは魔術師同士と言うか、色々あってむしろ嫌われてる」

 

 

 遅かれ早かれ士郎は聖杯戦争に巻き込まれるとは言え、桜から見れば発端はこちら。

 波風立たぬよう生きたい所であるが、どうにも間々ならないものである。

 

 

「間桐の長男がライダーのサーヴァントを使役していて、桜自体は戦争に参加している訳じゃないが――」

 

「成る程、監視の可能性があるためにアーチャーを隠しておけと言うのですね」

 

「そう言う事。こっちもキャスターはともかく、アサシンの姿は見せないつもりだ。

 身内に酷い事をされていたとしても、間桐には変わりないからな」

 

 

 油断はしない、と語気を強めて言う。

 

 

 暴行は多分、慎二にやられたのだろう。

 

 桜が士郎に腕を引かれて居間に腰を落ちつかせたのを見た後、こちらは顔を合わせる前にとすぐさま場を去ったため詳しい事情は聞いていない。

 

 士郎を含めた会話ならまだしも、連れて来た本人は再び商店街へと出掛けてしまったのだ。

 

 凛に任せたと言って即退散。

 後で恨まれるであろう事は確実である。

 

 

 もっとも、桜に関しては原作でも似た様なイベントがあったために誰に殴られたかは聞くまでもない。

 

凛の話を聞く限り、慎二はセイバーに敗北し校舎に仕掛けた結界の妨害も受けている。

 怒りが桜に向く事は、容易に想像できた。

 

 

 

 

 しかし何も匿う事もないだろうに、と士郎の時たま見せる頑固、強引さには溜め息しか出ない。

 

 間桐は御三家と知っていてこの行動。

 それが士郎の良い所でもあるのだが、もう少し状況を考えて欲しい次第だ。

 

 

(間桐臓硯がどう動くかも判らないし……)

 

 

 謎の凄腕魔術師が士郎と共に臓硯を倒したとしても、彼の本体については不明。

 

 力は無くとも相手は数百年生きた化け物だ。

 したたかに、醜くも生き延びる事には特化した魔術師。

 

 

 ――すでに、桜の心臓に住みついているのか。

 

 

 確認する手段はある。

 

が、ほんの少しでも違和感を与えたら駄目だ。

 手段を選ばない相手だけに、慎重故の行動だとしても踏み切れない。

 

 

(……どちらにせよ、今は無理な話だ。琥珀にこれ以上負担は掛けられない)

 

 

 思考を切り替える。

 

 臓硯の話は、この時点では余計なものでしかない。

 間桐桜に不必要に情報を与えたくないと言えば、それ自体に不自然な点は無いのだから。

 

 

「では、アーチャーには念話の届く範囲に入った後に伝えておきましょう。

彼は時々、理解が及ばない行動を起こしますから。先に釘を刺しておくのは賛成です」

 

「ん? アーチャーの奴、近くにはいないのか?」

 

「町を見て回ると。ついでに私の財布からお金も頂戴していきました、あの野郎は」

 

「……」

 

 

 予想以上に、問題のあるサーヴァントの様だった。

 

 

「ま、まぁいいんじゃないか?

あの人とは話をさせて貰ったけど、何と言うか、未来の事は語りたくない様な雰囲気で……余り、いい時代じゃなかったんだろうから」

 

「それと彼の素行は別な気もしますが――」

 

 

 ふと、シオンの口が止まる。

 時に七夜、そう言うシオンの顔つきは重々しいものへと変わった。

 

「何故、貴方が“黒い銃身(ブラックバレル)”に詳しかったのか、私にはそれが腑に落ちない」

 

「……説明しなきゃ駄目?」

 

「言えない訳があるのですか?」

 

 

 シオンから視線を逸らすと、非常に暇そうにしている弓塚が目に入る。

 

 こちらが見ているのに気付いた弓塚が、嬉しそうに笑い返す。

 呑気な奴であった。

 

「確かに、貴方の考えた通りに彼の持つ“黒い銃身(ブラックバレル)”には専用の弾丸を必要とします

 その能力はサーヴァントに対して絶対的な威力を誇りますが、打てる弾数は限られているために並みの宝具以上に機会をうかがわなければなりません」

 

「だからこそ、シオンとタイマンに持ち込めると考えた事は言ったよな?」

 

「えぇ、ですが、貴方にそれを予測させる程の情報を与えたとは思えない。

 事実、私たちは奇襲に宝具を一度、狙撃を数回しかしていないのだから」

 

 

 シオンの追求に、言葉が詰まる。

 相手を少しでも動揺させるとは言え、迂闊に喋り過ぎた事は否めない。

 

 

「確かに、私は吸血鬼化治療の為に様々な場所を渡り歩き、この極東の地に来てからは秘匿にある聖杯の詳細を掴む為にかなり動いたと言えましょう。

 ですが、そこから素性が漏れたとしても貴方は多く知り過ぎている」

 

「アキ君だもん、仕方ないよ」

 

「さつきは黙っていて下さい」

 

 

 弓塚のフォローは頼りにならない。

 訝しげな色合いを込めた瞳を隠さず、シオンは見つめる。

 

 

「……聖杯が要らないってのは本気だぞ。それだけじゃ手を組めないのか?」

 

「いえ、敗北した身でありながら協力して頂ける現状は、私にとっても有り難い。

 ……ただし、吸血鬼の身体に苦悩しているのは貴方達とて同じだ。サーヴァントの宝具に頼らずとも、私と同様に聖杯に人の身に返るのを望めばいいではないですか」

 

「言われてみれば……アキ君、聖杯って何でも叶えてくれるんじゃなかったっけ?」

 

 

 今更気付いたのですか、と驚くシオンに弓塚は頭を掻いて苦笑い。

 

 

「いや、何でも叶えるとか、都合が良過ぎて逆に胡散臭いし……」

 

「と、とにかくです。私には貴方がどうも――」

 

「男の癖に女顔で知識も変に持ち過ぎている、得体の知れない野郎だと」

 

「そこまでは言っていませんが……」

 

 

 渋るシオン。

 

 

 ……怪しまれるのは半ば解っていた。

 

 シオンとの戦闘、果ては味方に引き込む事に必死だったが、そのために引き出したカードはどれも普通には説明づかない様な、それこそ一介の魔術師では知り様も無いものばかり。

 

 

 ――ならば、次にシオンに掛ける言葉は決まっている。

 

 

「エーテライトを使うか?」

 

「えっ」

 

 

 目を見開く。

 

 停戦を、いや、聖杯戦争を協力して勝ち残ると決めた時。

 こちらに対するエーテライトの使用を禁じたのは、他でもない自分なのだから。

 

 

「いいのですか?」

 

「一度だけなら。納得できないのは説明不足なこっちにも非があるし。

 それに今までそれで人を判断してきたのなら、信用して貰うためにも仕方ないだろ」

 

 

 薄っぺらい言葉よりも、脳から直接読み取った情報の方が信用足り得るのは当然の事。

 非人道的な道具ではあるがそれで話が進むのならと、シオンに対して頷いた。

 

 

「一方的に脳を探られるのは嫌だけどな。それが手っ取り早そうだし」

 

「……いいでしょう、解りました」

 

 

 金色の腕輪が揺れる。

 

 腕を振るい、シオンは目蓋を閉じた。

 昨夜の戦闘程に集中していなかったせいか、すでに首筋にエーテライトが接続されていた事に遅れて気付く。

 

 

 提案しておいて何だが、情報は汲み取れないだろう。

 

 

 じっとシオンの整った容貌を見つめる。

 可愛い子だな、と思いながら眺めているうちに、シオンの双眸が開いた。

 

 額に青筋が浮かんでいる辺り、結構怒っているっぽい。

 

 

「な、七夜! これはどういう事ですか!」

 

「おぉ、やっぱり読み取れなかったか?」

 

「知っていて言ったのですか、貴方は!?」

 

 

 いきなり怒鳴り始めたシオンを前に、弓塚が袖を引っ張って来て説明を求める眼差し。

 軽く訳を話したら、準備いいね、何て驚いていた。呑気な(ry

 

 

「橙子さんに世話になっていたって言っただろ?

その時に万が一にも外部に漏れる事が無い用に幾重にも封印して貰ったんだよ」

 

「確かに聞きましたが、まさか本当に面識があるとは……」

 

「別にシオンさんを騙したかった訳じゃない。

 ただ、それだけ秘匿に――それこそ、口外しないとかそう言うレベルじゃない事を解って欲しくてだな」

 

 

 言い掛けて、睨まれる。

 見定められている、と言った方が正しいのかシオンは静かに、今度は目線で覗き込む。

 

 

 虫のいい話だったか。

 そう簡単に人を信用できれば訳は無いと、視線を浴び続ける内に段々と気分が悪くなる。

 

 嫌な、緊張感。

 

 

 

 

「――貴方は、信用出来ません」

 

 

 そう言って、シオンは肩の力を抜くようにして息を吐いた。

 

 

「ですが、信頼はしましょう。えぇ、そのくらいなら構いません」

 

「ほ、本当か!?」

 

「記憶を見る限り、貴方を悪い人間とは思えない。

むしろ、さつきや琥珀のために命を張る貴方はお人好しで馬鹿な部類です」

 

「……辛辣な評価ですね」

 

 

 クールな美人さんに貶されてダメージを受けない程、こっちは心が強くない。

 Mでもないので、心苦しさに胸を押さえる。

 

 そんな様子に何を思ったのか、珍しくもシオンの口元が緩んだ。

 

 

「極めて正当ですよ、求めていたものは読み取れませんでしたが、代わりに貴方のさつきや琥珀に対する想いが解りました。

 色々と無謀な事もやっていますが……どこか、それは微笑ましい」

 

「い、いや、弓塚を巻き込んだのは遡ればこっちの所為でもあるし、幼馴染だから見捨てるのも……琥珀にしたって、結構迷惑掛けてますよ?」

 

 

 柔らかな口調のシオン。

 頭の中のイメージと違うそれに戸惑いながらも言葉を返す。

 

 

「違います、私が言いたい事はそうではなく……七夜の想いです」

 

「想い……だと?」

 

 

 第六感が走る。

 嫌な予感が、何となくした。

 

 

「――七夜はさつきと琥珀を……それもさつきは吸血鬼の身であるにも関わらず、愛している。

 私には、それが羨ましく思えます」

 

「あ、愛して……そんなア、アキ君、いきなり告白されても……え、えへへ」

 

「思ってない! 言ってない! そして赤くなるんじゃなああいっ!!」

 

 

 弓塚とシオンを交互に指差して叫ぶ。

 

 話が思わぬ方向へ進み始めたので、慌てて諸悪の根源に突っかかった。

 

 

「エーテライト狂ってるんじゃないか!? どうやったらそんな……と言うか空気読めよっ! 気まずいじゃん!」

 

「で、ですが……貴方は確かに……」

 

「確かに何さ?」

 

「な、何と言いますか……さつきの――で……いえ、男性ですから、それを咎める気はないのですが……」

 

「あ、あれは橙子さんのせいなんだああああぁ!!」

 

 

 苦い過去に罪悪感が沸き上がる。

 さっと恥ずかしそうに視線を逸らすシオンを見て、言葉にならない感覚。

 

 橙子さんに魔術かけて貰っておいたから大丈夫だよな、と安心していた数秒前の自身が恥ずかしい。

 流石にこればかりは橙子さんの所為にできないし。

 

 

 状況認識が出来ない弓塚は、首を傾げながら興味深けにわたしがどうかしたの、何てシオンに訊ねる始末。

 

 シオンが常識から微妙にズレている手前、一刻の猶予もなさそうであった。

 

 

 要らぬ事を喋ってくれたお礼として手刀を用意。

 

 いざシオンの首筋に叩きこもうとして――携帯が鳴った。

 

 

「どうしたのです? 手を挙げたまま固まって」

 

「……いや、気にしないでくれ」

 

 

 いつもいつも、タイミングの悪い事である。

 

 しかも着信音が士郎なので、もしかして先に感じた嫌な予感はこれなのではと変に勘ぐる。

 

 

 メール画面を開き、文章を表示。

 

 虫の知らせ。第六感。

 それは結局、間違ってはいなかった訳で、

 

 

「――――イリヤスフィールに拉致された?」

 

 

 何かデジャヴュを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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インターバルその二。やっぱり主人公(士郎)がいなきゃ話は進まないよね!