「成程、さつきはこの薬で吸血衝動を抑えているのですか」

 

「うん、琥珀ちゃんが栄養剤っぽくすれば摂取しやすいねって用意してくれて……」

 

「良かったらシオンさんも使います?

持ち運びやすいものですから、ストックは多くありますし」

 

「いえ、それには及びませんが……そうですね、製造方法には興味があります」

 

「あ、でしたら三咲町にいらした時にでも――って、ご招待できるか微妙ですね。

 診療所はともかく、秋葉様が屋敷を再建しているかわかりませんし……」

 

 

 居間で仲良く雑談する女の子三人。

 女三人寄ればかしましい、何て諺があった気がするが、それとは真逆で見ていて非常に心落ち着く光景である。

 

 

 シオンと停戦を結ぶのに、対して労力は掛からなかった。

 

 今年の夏に三咲町で起こるであろうタタリの出現。

 吸血鬼になりながらも人間寄りの生活をしている弓塚。

 

 

 共通点、協力できる点はあれ、無理に争う間柄でない事は容易に解る。

 もっとも、平和的な話し合いに持ち込むまでが大変だったが、万事上手くいったのでよしとしよう。

 

弓塚の左腕も、一晩寝たらニョキっと生えてきた訳だし。

 

 

 色々と穴のある説明にシオンが十分納得したとは思えないが、当面は収まった現状に満足して場所を移動する。

 

 

 雑談になれば、男一人混ざるのは少々肩身が狭い。

 ふらふらして台所に足を向けるも、ふと思い出して踵を返す。

 

 昨日一日料理を他人に任せていた所為で、士郎の奴がコック並みに輝いているのだ。

 曰く、今日は俺一人で作らせてもらう。

 

 あくまでこちらは客人扱いなのか、士郎にとっては色々と申し訳なかったらしい。

 

 

 キャスターもアサシンも、食事時以外は基本的に単独行動。

 完全に手持無沙汰になりさてどうするかと考えながら……ふらふらと縁側に足を向ける。

 

 昼食まで日光浴をしながら二度寝するのも悪くない。

 ただし枕は欲しかったので、先に部屋へと赴いてから行く事にした。

 

 

「ん? 嬢ちゃん――じゃなくて坊主か」

 

 

 先客がいた。

 シオンのサーヴァント、ゴドーである。

 

 

「こんな所にいたんですか、アーチャーさん」

 

「こんな? 中々良い場所だぞ、此処は」

 

 

 くたびれたコートに身を包み、無精髭をなぞる。

 

 おそらく台所から頂戴してきたであろう大福を頬張り、ふむ美味い、と笑う姿は天体最強種を倒した英雄とはどうにも思えない程に人間臭かった。

 

 引き返すのもあれなので、枕を置いて横になる。

 

横目でしばらく様子を見てみるが、庭を眺めながら咀嚼し美味いと呟く、その繰り返し。

 どうやらアーチャーらしく見張り、と言う訳ではないらしい。

 

 

「マスターはどうした? 君と話していたんじゃなかったのか?」

 

 

 前を向いたまま、訊ねて来る。

 主への忠誠心というよりは単に年下の女の子を気遣っている感じに近いと、何気なしに思った。

 

 

「さっきまでは。今は琥珀と弓塚――えっと、赤毛と茶髪の女の子と話してますよ」

 

「そうか。まぁ、いい事だ」

 

 

 盆の上に置いてあった湯呑を手に取り、啜った。

 視線は変わらず、庭の方を向いている。

 

 

「……俺たちから仕掛けておいて、共同戦線に収まるとはな。

 うちの子も変わっているが、君たちも大概変わり者の様だ」

 

「……アーチャーさんはシオンさんと違い反対でしたか?」

 

「いや、都合がいいさ。敵は少ない方がいい」

 

 

 思案する間もなしに答える。

 予想外にも、サーヴァントとこうも会話が続く事に驚いた。

 

 

「聖杯に願いがあるから……ですか?」

 

「……おいおい、美味いものを食ってる時に野暮な話はなしだろ、坊主」

 

 

 辟易とした顔で言われる。

 ようやくこちらを向いたサーヴァントは、しかし大福を咥えたままでどうにも締まらなかった。

 

 仕方なしに、食べ終わるのを待つ。

 

 

「これも美味いな」

 

「また食い始めた……」

 

 

 みたらし団子も持ってきていた様である。

 

 

「ん? 俺に用でもあるのかい?」

 

「いえ、用事って程では……ただ、暇なので未来の話でも聞きたいなと」

 

「……マスターが教えたのか?」

 

 

 少し意外そうに聞いてくるアーチャー。

 この二人、意思疎通が出来ていそうで実は結構バラバラなのかもしれない。

 

 

「ずっと未来の英霊とは聞きました。真名までは教えて貰ってませんけど」

 

「銃神やGODOとも呼ばれているが……まぁ、名乗るとしたらゴドーだな」

 

「いやいや、何バラしちゃってるんですか!?」

 

 

 普通に名乗られた。

 その不自然な対応に焦るが、アーチャー――ゴドーは気に止めた様子も無しに串をかじる。

 

 

「関係ないさ。比べる事すらおこがましい程の別世界、そんな遠い未来だ」

 

 

 名が知れたところで意味は無い、そう付け足す。

 

 

「君は……こんな世界に住んでいても、願い事があるのか?」

 

 

 声の調子が微妙に変わる。

 表情は、前を向いていて窺えない。

 

 手の動きが止まっている事から、どうでもいい質問とは違うのだろう。

 

 

「誰とも争う事無く、天寿を全うする事……ですね」

 

「聖杯戦争に参加しているんじゃないのか? 矛盾している様だが……」

 

「聖杯は要りませんが、色々と事情が複雑でして」

 

 

 振り向いてこちらが肩を落とす姿を目に映すと、ゴドーは苦笑した。

現代人なりに苦労している事が、それなりに伝わったのだろう。

 

昨夜殺そうとした本人の反応としては如何なものかと思うが、すでに忘れているかもしれない。性格的に。

 

 

「英霊何てものに祀られる気はなかったが……美味い飯と空気だけでも、価値はあったかもしれないな」

 

 

 あいつにも見せてやりたかった、と小さな呟き。

 縁側に腰かけたまま、ゴドーは黙して動かない。

 

 

 遥か先の、この世界の終焉から呼ばれた英霊。

 

 若くして達観した雰囲気を纏うゴドーにとっても、それらは全て野暮な話として口を閉ざすのではないか。

 

 

 踏み入れて良い領域かどうか、しばし迷い――

 

 

 

 

 ――結局、昼食を作り終えた士郎に呼ばれるまで、彼の背中を見続けていた。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第二十五話

 

 

 

 

 

「遅い! 全く、昼食の片付けにどれたけ人を待たせてるのよっ」

 

「仕方ないだろ。うちは数が多いんだから」

 

「何か性格変わってないか、遠坂さん?」

 

 

 客人を待たせていた部屋へと、士郎の後に続いて向かった。

 ここでいう客人とは、遠坂凛の事を指している。

 

 

 昼食が終わる頃合いだろうか、凛がこの衛宮邸へと訪ねてきた。

 

人間慣れたもので、ここ最近予定外の事象が起き過ぎたために敵対関係にあるこの魔術師の電撃訪問にも汗一つ垂らす事無く対応できた。

 

我ながら肝が据わってきたと思う。

諦観してきただけかもしれないが。

 

 

「セイバーは近くにいないよな?」

 

「屋根で見張りをさせてるわ。そっちこそ、キャスターは置いてきてる?」

 

「キャスターなら飯食って早々、付近住民に迷惑を掛けない程度に魂喰いだ」

 

 

 互いにサーヴァントを連れていない事を確認。

 

魔術師通しの会談に、殺し合いの道具は不要だ。

 互いにサーヴァントを傍らに置いて睨ませた日には、おちおち建設的な話も出来やしない。

 

 

「魂喰い? 衛宮君の同盟者がやる事しては物騒ね」

 

「俺も最初は渋ったけど……本当に大丈夫なんだろ、アキ」

 

「他の魔術師には絶対に勘付かれない量と言ってたからな、キャスターは」

 

 

 保証はするよ、と適当に答えておく。

 

昨夜の戦闘でキャスターの衣装を微塵にしてしまった代償。

ここぞとばかりに等価交換として魔力収集を迫られたため、反発を恐れてついつい妥協してしまった次第である

 

 

(あくまでマスターを勝利に導くため、と言っているが……)

 

 

 裏切りフラグにしか思えないのは、原作での所業を知っているからか。

 改めて聖杯戦争がこれ程に心の休まらない儀式だと、実感するに至った。

 

 

「そう、なら見逃してもいいわね」

 

「……へぇ」

 

 

 さらりと流す凛。

 

 セカンドオーナーの発言としては、無責任とも取れるその一言。

 余裕が無い証拠なのかと、少し勘繰る。

 

 

「それよりも衛宮君に案内された時に居間の方を覗く――というか、見ちゃったんだけど……貴方達、二日前より増えてない?」

 

「情報をタダで渡すと思うか?」

 

「私は魔術師よ、原則は心得ているに決まっているでしょ。

ちゃんとそれ相応にメリットになるものを用意してあるわ」

 

 

 気に障ったのか、眉をひそめて凛は言う。

 

 彼女からのメリットとは何なのか。

 情報を出した分だけ応えるのであれば損はしないのだろう、若干肩の力を抜く事にした。

 

 

「昼は朝より量が多かったよな、衛宮?」

 

「シオンさんとアーチャーが入ったから八人分。おかげで冷蔵庫が空っぽだ」

 

「衛宮君と七夜君と付き人に死徒、シオンって人とサーヴァント二人……一人分多くない?」

 

「実はアサシンもいるんだ。マスターはキャスターな」

 

「……」

 

 

 唖然とする凛。

 バーサーカーと渡り合える死徒に加えてサーヴァント三人もいると聞けば、その戦力の凄まじさが極めて目立つ。驚くのも無理はない。

 

 もっとも、弓塚以外はまともに戦えたものではないが。

 

 

「それで、遠坂さんの話って何なんだ?」

 

「――え? あ、あぁ、そうね。思わず忘れるところだったわ」

 

 

 コホンと咳払をし、一拍置く。

 

 

「今日は二つ。貴方達に――七夜君の陣営と言った方がいいのかしら、衛宮君の昨夜の出来事と私の提案をしに来たわ」

 

「昨晩……衛宮が蟲遣いの爺を倒した話か?」

 

 

 頷く遠坂。

 そう、昨夜に別行動を取った士郎は蟲遣いの魔術師と遭遇しているのだ。

 

 そして驚く事にこれを撃退、否、殺したと言う。

 幻覚でも見ていたのかと俄かに信じられない話だったが、凛の反応が答えを表わしていた。

 

 

 士郎は、間桐臓硯を倒したのだ。

 

 

「私が衛宮君を見つけたのは中央公園よ。そこで、人型の様に崩れた何かを前に佇んでいた衛宮君と出会って――」

 

「待ってくれ、遠坂さんは何故そこに?

こっちと同じく、民間人を巻き込んでいる奴らを叩くつもりで見回りしてたのか?」

 

「……そうね、順を追って説明するわ。

まず、貴方たちが辿った聖杯戦争を話してくれる? その後で関係のある事を整理して話すから」

 

 

 言われて、士郎に視線を向ける。

 

 話しても大丈夫だろ、と士郎はめっきり凛を信用した様子。

 人を見る目があるのか、暢気なのか、判断しかねるところである。

 

 

「むぅ、どこから話すか……」

 

 

 記憶を遡り、士郎と同盟を結んだ日を初めとして話を進めていく。

 

 桜とのいざこざを省き、マスターを失ったキャスターとの契約、アサシンの召喚。

ランサー、バーサーカーとの戦闘、加えて昨夜のアーチャー戦。

 

 

 ただし昨日は二手に分かれたため、シオンと協力体制を築いた話を終えた後に士郎の話へと移る。

 

 

「士郎は単独で行動して――うん、呆れるのは解るが聞いてくれ。

 最初は新都のオフィス街、センタービル辺りを周っていた。で、女性の叫び声が聞こえたと」

 

「あぁ、それで慌てて声の方へ掛けていって……女性が大量の虫に襲われていた。

 それをセイバーの剣を投影して追い払っている内に虫が爺さんの形になったんだ」

 

「それで、その蟲遣いに衛宮君が勝ったの?」

 

「勝った、のかな? ただ、腕に噛みつかれてかなり危なかったというか……」

 

「その女性は? 私が衛宮君を見かけた時にはいなかったじゃない」

 

「……あぁ〜、何か記憶がおぼろげで、その時の事は覚えてない」

 

 

 滅茶苦茶な説明である。

 今朝士郎に訊ねた時も同様で、肝心の過程が話にならない。

 

 多分に洩れず、凛も馬鹿馬鹿しくて相手をしない……と思いきや、何やら考え込む仕草。

 

 

「やっぱり……」

 

「衛宮のこの話で何かわかったのか?」

 

「それなりにね。取り敢えず、次は私の話を聞いて頂戴」

 

 

 明確に事を分け隔てて、凛は解り易く聖杯戦争の顛末を語った。

 

 戦闘はこちらと同じく三度。

 槍兵、狂戦士と共通のサーヴァントが続き、対して昨夜相手にしたのは、

 

 

「ライダーのサーヴァント、こいつが一連の吸血事件の犯人よ。

 それに衛宮君は知らないだろうけど、私たちに通っている校舎にかなり悪質な結界も張っている……性質の悪いマスターだから仕方ないでしょうけど」

 

「まさか遠坂、マスターまで分かってるのか?」

 

「間抜けにも近くで阿呆面を晒してたからね、深追いする必要もなかったわ。

 ――間桐慎二。衛宮君の友人だっけ、彼?」

 

「し、慎二が!?」

 

 

 ガタン、と座卓が揺れる。

 

予想できた反応だが、仮にも魔術師同士の話し合いに感情を出すのはご法度だ。

 凛も鋭い眼を向けて、士郎に座るよう促す。

 

 

「遠坂さん、質問いいか?」

 

「何かしら?」

 

「ライダーのサーヴァントが犯人ってのと、そのマスターも割れた。

 ……他には、どこまで引き出せた?」

 

 

 凛の話では、その戦闘で彼女は慎二たちを取り逃がしている。

 しかし、コンビで考えればこの聖杯戦争で上位に入るであろう凛たちから逃亡を成功させるのは、キャスターみたいな高位の魔術師でなければ難しい。

 

 詰まる所、それはライダーが、

 

 

「宝具は使わせたわ。天馬……ペガサスを召喚して使役する宝具ね。

 一瞬だったし、見たのは私じゃなくてセイバーだったけど」

 

「……幻想種を召喚か。ライダーと言うよりはキャスターっぽいな。

 どっちにしても、そいつが生徒を巻き込むつもりなら今日にでも何とかしなくちゃならないか」

 

 

 原作通りの能力に、ライダーは変わらずメデューサの英霊であると確信する。

 まずは今晩、学校に乗り込んで結界の対策を――そう言い掛けたところに、遠坂が被せた。

 

 

「違うの、七夜君。その必要は無くなったわ。

 無くなった訳じゃないけど、そこまで焦る必要は消えたと言うべきね」

 

「何だ、もしかしてもう封印処理を施したのか?」

 

 

 凛一人でも出来るものなのかと、原作以上の優秀さに驚く。

 しかし、首を振る凛。

 

 

「それも含めて聞きに来たのよ――衛宮君にね」

 

「お、俺?」

 

「衛宮……お前、また黙って何か危険な事を――」

 

「お、落ち着けアキ! 俺は何もしてないぞ!?」

 

「いいえ、違うわ、衛宮君!」

 

 

 強い語気を士郎に向ける。

 何か剥きになっている様な、切り詰めた表情。

 

 

「貴方は関わっていた筈よ。

七夜君も気付きなさい! 今の衛宮君は明らかに異常だわ」

 

「そ、その言い方は失礼じゃないか、遠坂? 人を指してマトモじゃないなんて――」

 

「じゃあ聞くけど、宝具を投影した反動は?

それに衛宮君、二日前と比べて大幅に魔力が増えてるじゃない!」

 

 

 ビシッと士郎の眉間に指を突き付ける凛。

 

 ふと、昨夜から現在までの行動を思い返してみる。

 

 

「そう言えば、普通に朝食作ってたな……朝にはすでに完治していたって事か」

 

「あぁ、俺ってば魔力が増えてたのか。

 魔力の流れが違うって言うか、調子がいいって言うか……どうりで」

 

「流暢過ぎるでしょ、あんた等!」

 

 

 テーブルに両手を張って吠えた。

 

 

「――ちょっと面貸しなさい、衛宮君!」

 

「な、何をする気だ?」

 

「何もしないわよ」

 

 

 士郎の腕を取り目蓋を閉じる凛。

 ひーふーみー、何を数えているのか、真剣な面持ちで言葉を呟く。

 

 

「……やっぱり魔術回路が多くなってる。

いえ、これは眠っていた回路を強制的に開いた? そんな荒技、一体誰が……」

 

「な、なぁ、遠坂。一人でブツブツ言ってないで俺にも解った事を説明してくれないか」

 

「けど、それなら二日前は数本の回路で宝具の投影を成功させた事になる。

 ……在り得ないわ。ランクが低いとしても、それも即興で創り上げる事なんて――」

 

「お、おい、遠坂」

 

「だああああぁあぁっ! 煩いわね、もうっ!!」

 

 

 集中してるんだから静かにしなさい、と士郎に叱りつける凛に対して、士郎は頬を染めて目線を逸らす。

 

おそらく顔が近いせいだろう。

こんな場面でラブコメするとは、常識の欠けた奴らである。

 

 

「話を進めよう。結局、衛宮はどうなってるんだ?」

 

「魔術回路が増えたんじゃないかしら? 今の衛宮君の回路数はざっと二十四本。

 前に会った時と比べて魔力の総量がやたらに増えていておかしいと思ったけど、それだけ回路があれば確かに並みの魔術師と変わらないわね」

 

「俺の六倍……だと?」

 

 

 増える前の回路数は一、二本。

成金ってレベルじゃないぞ、おい。

 

 

「回路はおそらく眠っているものを開かせて、腕の痺れは魔術で治療して貰ったのよ。

 えぇ、ようやく合点が行ったわ」

 

「つまり……どういう事だ?」

 

「衛宮君は、蟲遣いと戦闘に入る前にもう一人別の魔術師と出会っているのよ。

 そして、その魔術師とともにその蟲遣いを打倒したんだわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、遠坂! 俺にはそんな記憶は全然ないぞ」

 

「当り前よ。他人の魔術回路にそこまで干渉できるくらいの魔術師だもの、記憶の操作なんて訳無いわ。

警戒心の薄い衛宮君なら尚更ね」

 

「ぐっ――」

 

 

 事態がまたも思い掛けない方向へと転換していく。

 

 何故か士郎に協力する姿勢を見せる、見知らぬ魔術師。

 少なくとも原作を参考にする限りでは、凛以外に彼を導く魔術師なんていない筈。

 

 

 桜は魔術師を扱うものとしては士郎以下だし、そんな精神的余裕はない。

 イリヤは先日の戦闘で示された通り、昼間はともかく夜に出会えば敵の立ち位置。

 

 ならばと、最後に浮かんだのは封印指定の執行者。

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 彼女に“ズレ”が起こり、ランサーを奪われずに聖杯戦争に参加していたらどうだろうか。

 

 

(……いや、原作通り、ランサーに令呪は掛かっていた。マスターは言峰で変わらない)

 

 

 ランサー自身、現マスターについて悪態を述べていた様な記憶もある。

 だとすれば、左腕を切り取られても瀕死には陥らなかった……その説が今は有力か。

 

 

「それにオフィス街と中央公園だと距離があって、叫び声が届くかなんて微妙じゃない。魔術で聴覚を強化していない限り聞こえないし……それに、衛宮君がそんなに早く駆けつけられる筈がないわ。

 第一、どこを怪我してるのよ、あんたは!?」

 

 

 凛の視線は士郎の――至って健康そうな身体を捉える。

 怪我に顔をしかめる様子もなく、士郎自身も解っているのか言葉に窮した。

 

 

「じゃあ決まりだな。衛宮は昨夜……謎の魔術師と遭遇したって事か」

 

「えぇ、何で衛宮君の味方をしたかはともかく、私が公園に駆けつけた時にもう一人いたもの。

うん、見間違いじゃなかったのね」

 

 

 眉間に皺を寄せ、深刻そうに凛は俯く。

 話を聞く限りでは悪い魔術師には思えないため、凛が何故にそう警戒心を強めるのかが疑問に思えた。

 

 

「その魔術師の格好とかはわからないのか? 例えば、スーツを着ていたとか」

 

「スーツ? 暗闇で良く見えなかったわ。ただ……」

 

 

 沈黙する。

 彼女の頭に何が巡っているのか、しばらく間を置いた後にこちらを交互に睨む。

 

 

「……そうね。あくまで予測だけど、言っておいた方がいいか。

 おそらくだけど、その魔術師の実力は単体でサーヴァントに拮抗するわ」

 

「お、おいおい、何の冗談だ、それ」

 

 

 頬が引くつく。

 

 本気よ、勝てるかどうかはともかく戦いにはなる――そう続ける凛の表情は、嘘偽りを言っているとは到底思えない程真に迫っている。

 

 やはりバゼットか。

 そう思う傍ら、凛の言葉が引っかかる。

 

 

「さっき話したライダーの結界だけど、これもすでに封印処置がなされていたわ。

これは昨夜に確認したから、多分二、三日前に施されたものだと思う」

 

「魔術の方はどうなんだ? その、遠坂さんが封印をやり直さなきゃいけないとか言う事は……」

 

「悔しいけど、魔術のレベルが私よりも数段上。

見た事ない術式だったし……まぁ、効果とその複雑さは実感させられたわ」

 

「そんなにか……」

 

 

 当てが外れた。

 

 凛より優秀な魔術式の構築。

 武闘派魔術師のバゼットのイメージとは、大分かけ離れる。

 

 

「マスターと考えれば、サーヴァントはランサーで決まりね。

 ただ、そうなると不自然な点が多いと言うか……いずれにせよ、脅威である事に間違いないわ」

 

「……俺が会ったのが本当なら、何か欠片でも思い出せれば――」

 

「はいはい、無駄な事はしない。

 聖杯戦争から降りなければ、いずれ嫌でも会う事になるでしょ」

 

 

 パンと手を叩いて話は終わりと場を閉じる凛。

 どうにも拭えない閊えを胸に残しながらも、立ち上がった。

 

 途端、凛に腕を掴まれる。

 

 

「――それと、七夜君には話があるの。もう少し付き合ってくれる?」

 

 

 有無を言わさぬ目とはこういうものを言うのだろうなと、しみじみ思った。

 

 

「そうか。なら俺は買い物に出掛けてるから、帰るまでには終わらしてくれよ」

 

「あら、衛宮君は用事でもあるの?」

 

「身体の調子がいいからな。夜までアキに鍛錬を頼もうかなってさ」

 

「へぇ、随分と熱心ね……何なら私が相手してあげようか?」

 

「ば、馬鹿言うな! 遠坂みたいな女の子相手にして傷つけたら取り返しがつかないだろ」

 

 

 凛がきょとんとした感じに、口を開ける。

 これがフラグ建築士がその土台を作る常套口であるのだと、最近は段々と解ってきた。

 

 

「衛宮! 出掛けるのはいいが、昼間だからって他のマスターにほいほい付いて行ったりするなよ?」

 

 

 そんな事する筈ないだろ、と呆れた感じに笑って退出する士郎。

 警告しておけば、流石の士郎も阿呆ではないので大丈夫だろう。

 

 

「悪いわね、時間を取らしちゃって」

 

「ノープロブレム。しかし、衛宮を抜いて話すなんて……もしや士郎についてか?」

 

「違うわ。衛宮君がいると話が捩れそうだし、貴方と話すだけの方が早そうだったから」

 

 

 見送り、再び畳の上に胡坐をかく。

 赤い魔術師と、初めてになる一対一の対峙。

 

 

 次にその口から喋る言葉は如何なるものか。

 間隔を開け、緊張の度合いが程良く高まった所で――ようやく凛は口を動かした。

 

 

 

 

「一つだけ嘘を言ったわ。

 昨夜、私たちはライダー達()()会っていない」

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

小説置場へ

 


インターバルその一。オリキャラに近いゴドーのキャラ付けと凛様参戦。

アキは気付いていませんが、裏方で動いているのはもちろんあの人です。