「――――っ!?」
視界が開ける。
腕の中には琥珀を抱えていて、自分は肩半分までローブが掛かっている事に気が付く。
すぐ隣にいた、キャスターの髪が頬をくすぐった。
「キャ、キャスター、お前っ!」
「わ、私の事はいいですから……今はサツキを心配してあげなさい」
長髪が汚れる事も気にせず蹲るキャスターは、その額に玉の様な汗を張り付かせて息を乱す。
状況認識も間々ならないまま、言われて弓塚の姿を探した。
「ぅ……くぅ、ア、アキ君……」
「さ、さっちゃん! 腕が――」
――――弓塚の左腕は、肘の先端辺りまで消滅していた。
ガツンと頭を鈍器で殴られる様な衝撃が走る。
気を抜けば茫然と立ち竦んでしまうその光景を――頬を思いっきり張って振り切った。
「弓塚、大丈夫か!?」
「う、うん……何とか」
周囲を見渡す。
足元にはキャスターと共に描いた魔方陣が薄らと残っていて、咄嗟にキャスターが四人全員を転移させたと理解する。
そのせいか、キャスターの存在感がやけに薄い。
異常な疲労の度合いからして、魔力を今の一度で全て使い切ったのだろう。
……キャスターに助けられるのは、かなり意外であったけど。
内面までは推し量れないが、今はただ感謝しておく。どちらにせよ、助かったのだから。
「キャスター、残りの魔力はどうなってる? 消滅しそうか?」
「ご冗談を。流石にまだ消える訳にはいかなくてよ。
……と言っても、今ならどんなへボい魔術師にも負けそうだわ」
魔力が枯渇寸前なのか、エルフ耳をピクピクさせて地面に手と膝を着いている。
ちょっと気になったが今はスルー。
飛ばされた先の魔方陣は、襲撃された箇所からは百mも離れていない。
警戒しながらさっきいた場所に目を移すと、巨大なクレーターが見て取れた。
直撃すれば殺されていたであろうソレに、冷や汗が流れる。
「本当に一瞬。何とか転移に間に合ったけど……サツキが私たちの前に出て庇わなかったら、私のスキルを持ってしても最後まで唱えられなかったかもしれないわ」
「弓塚……」
ずば抜けた身体能力の高さもあり、唯一反応できたのは弓塚だけだったのだろう。
叫び声も、あの刹那は弓塚しか上げていなかったのだ。
近付き、琥珀に肩を抱かれる様にして呼吸を整えている弓塚の手を取る。
傷口は見るに堪えない。
「“魔術殺し”は使えなかったのか?」
「うぅん、発動はできたんだけど押し切られちゃって……ごめんね、アキ君」
「馬鹿、謝るな。右腕の方は動かせるか? あ、でも無理はするなよ」
「う、うん、右は大丈夫。多分、能力を使い慣れてるから右手の方が強く発揮できたんじゃないかな。ちょっと火傷はしちゃったけど」
「そうか、良かった……」
無事を確認して一息吐く。
付き合ってからずっと変わらない弓塚の笑顔に、失わなくて良かったと全身の力が抜けそうになる。
しかし安心するのはまだ早い。
今度こそこの身に流れる七夜の――その超人的な第六感を研ぎ澄まし、
「――――弓塚っ!」
「きゃっ!?」
琥珀共々腕に抱き、地面を転がる。
コンマ遅れてその空間を通過する何か。コンクリートに火花を散らし、抉る。
近代兵器による攻撃。
狙撃銃の類だと、直感した。
「そこの工場――建物へ隠れろ、急げ!」
「ア、アキ君!?」
「さっちゃん、早く! 止まらないで!」
琥珀、弓塚、キャスターを促し走らせる。
瞳を凝らす。
辺りは漆黒で、それに紛れた銃撃は死神の鎌の如く相手の命を容易に絶つ。
腰から抜刀すると同時に振るった。
目の前で甲高い音が響く。
弾ける金属音。腕が重く、じんと痺れた。
再び狙いを定められる前に、弓塚たちの後に続いて物影へと跳び込む。
鋼鉄で覆われたコンテナを背に、避難した全員と顔を合わせる。
冬木港で廃棄されたものなのか、建物の内部には使い古された様な錆びたコンテナが幾つも積み上げられていた。
取りあえず、これで狙撃は防げるだろう。
もっとも、弓塚の左腕を吹き飛ばしたあの砲撃を考えると、防壁と言うには心細い。
(休みたいが、これ以上先手は取らせたら駄目だ――仕掛けるか?)
魔力切れのキャスターに、片腕を失った弓塚。
戦闘を避けてこの場を去りたい所だが、これまでの攻撃からして襲ってくる敵は遠距離に特化したサーヴァント、または魔術師。
背中を見せるのは、逆に危うい。
それに追い詰められているのはこちらだが……敵の魔力消費もおそらく激しい。
網膜に焼き付いた、奇襲された瞬間の膨大な魔力量。
弓塚の“魔術殺し”を容易く破った事もあり、下手をすれば宝具を使った攻撃とも考えられる。
ならば、苦しいのは決してこちらだけでは無い。
まだ弓塚は十分に戦えるし、琥珀の感応能力には余裕がある。
何より、俺自身がまだ無傷なのだ。
頭を殺し合いの世界へと切り替える。
使える物はないか、周囲を注意深く観察し、
「――弓塚、そこのドラム缶、投げれるか?」
「え、これ?」
右手で化け物染みた握力を持ってして、掴む。
ぐちゃ、と掴んだ部分が潰れて液体が零れ出した。
――原油だ。
「よし、力一杯投げるぞ」
「……どこに?」
「敵さんの所。おそらく、一つ離れた工場の……屋根だろうな。そこから狙撃されている。
できれば急いでくれ、移動されたらこっちがヤバい」
「そ、そうだね! 取りあえず三つあるから――」
右の拳をぐっと握ったまま、それらを睨む。
時間差を縮めて、全部放り投げる気なのだろう。
当たる確率は低いが、何かしらアクションを起こさなくては始まらない。
こちらの連携が取れている分、後手に回ったら確実に不利になる。
「貴方……意外としっかりしてるのね」
「中身は男だからな、一応」
面喰った様なキャスターの視線。
何が意外なのかは知らないが、今は褒められたと受け取っておく。
「そう――――れっ!!」
物陰から跳び出し、瞬時にドラム缶をぶん投げた。
巨大な弾丸となって一直線に軌道を描いたソレは、しかし目標に到達する事はなかった。
爆発音。
狙撃され、空中で盛大に爆発を起こす。
――――余りの大爆発に、夜空一帯が燃える炎に包まれた。
……どう考えても原油ってレベルじゃありません。
実はニトロだったんじゃね? と思わせる程に紅い光が闇夜を照らす。
「見えた――」
全神経を双眸に集中させる。
これは攻撃ではなく情報収集。
さきに見当を付けた場所。そこにある人影が、色を付けて瞳に映った。
長身の男と、琥珀や弓塚に近い背丈の女の子。
割と長めの黒髪に黒のコートを纏った――衛宮切嗣を思わせるような服装。
女の子の方は紫に身を固めていて、良くは見えないがおそらく三つ編み。下は冬にも関わらずミニスカート――、
…………シオン・エルトナム・アトラシアと銃神・ゴドーさんである。
速攻で頭を抱えた。
憑依in月姫no外伝
第二十三話
「アキ君、次は――!」
「ま、待て、弓塚。少しだけ時間が欲しい」
慌てて弓塚の手を引き、物影まで引き寄せる。
左手を失くしてバランスの危うい弓塚を抱え、さきの光景を脳裏に浮かべた。
遠目でおぼろげにしか見えなかったが、少なくともシオンの方は間違いない。
特徴的な服装は、これ以上無いくらい彼女のトレードマークとなっている。
(サーヴァントの方は判らない。ただ、可能性であればむしろ高い)
此処は戦場。
長丁場な思考は許されない。
(要は――シオンの存在が、Fateにおける最大の“ズレ”か?)
この世界を不安定と定義する内の一つに、主人公の死が存在する。
橙子さん曰く、理不尽な形でそれは起こっていると。
志貴の場合は夏の惨劇、両儀式の方は橙子さんが担当したため解らないが、手を焼いた様な事を言っていた記憶が確かにある。
シオンが聖杯を求めて冬木を訪れれば、御三家でも聖杯に願いがある訳でもない士郎はおそらく選定から省かれる。
そうなれば彼は死ぬだろう。
聖杯戦争に参加しなくとも士郎に殺される要因は多々あるのだし、セイバー無しで生き延びられる筈はない。
そして、シオンは――聖杯戦争で“死ぬ”のだろうか。
彼女もメルブラでは設定上主人公だ。
勝ち抜くには、第五次聖杯戦争は余りに規格外の敵が多過ぎる。
「……案外、見間違いじゃないかもしれん」
「え、何か言った、アキ君?」
「いや、色々と考えていただけだ。相手の情報も掴んだし――」
銃神・ゴドー。
“鋼の大地”で書かれていた最後の人間にして、物語の主人公。
シオンとの共通点は、確かにある。
シオンの持つバレルレプリカのオリジナル、“黒い銃身”は彼の愛用する武器だ。
そして、オリジナルとレプリカの両方を彼は所持していた筈。
だが、矛盾してはいないかと疑問が生じる。
彼は“”鋼の大地“における最後の人間。であるならば、英霊にはなれないのではないか。
アラヤ……霊長の抑止力は、人間全体で生み出している無意識の集合体。
人類が滅んでいれば抑止力自体が消えている。英霊として祀り上げられる事などあり得ない。
……と、馬鹿馬鹿しいとその思考を退けた。
そもそも自分のいるこの世界も原作とは勝手の違う並行世界。
ならば、ある程度人類を残したまま“鋼の大地”へと至った世界もあるのだろう。
そこでアリストテレスを倒したなら、彼は問題なく英雄だ。
「――――決めた」
「よしっ、わたしはどうする?」
真剣な表情を見せ、人一倍張りきる弓塚。
どこからやる気が出るのか――察するに、俺や琥珀に怪我をさせないためだろう。
自分が頑張れば周りは傷つかない、そんな考えが容易に浮かぶ。
本人は笑って否定するであろうけど。
しかし、今回はその逆だ。
「三人はここで待機。ちょっと一人で戦ってくる」
「「絶対ダメっ!!」」
ハモった。
その様子が可笑しかったのか、隣でキャスターが忍び笑い。
「アキ君、わたしより全然弱いんだよ!? 見た目もか弱い女の子っ!」
「そうです! そんな格好付けたって無駄ですよ、アキさん!」
隠れている事も忘れて、鬼気迫る感じにずいっと顔を近付けて怒る二人。
どうでもいいが、酷い言われようである。
「……いや、これも作戦であってだな」
「だったらわたしが一人で行くから。何も、アキ君が戦わなくてもいいんじゃない?」
「……むぅ」
弓塚にどこまで喋っていいものか、逡巡して口が止まった。
その様子に何を思ったのか、琥珀が挙手。
視線を合わして、少し困っている様が感じ取れた。
「……アキさんじゃなきゃ、いけないって事ですか?」
「こ、琥珀ちゃん!?」
反対から唐突に肯定へと移った友人に驚く弓塚。
だが理解してくれた琥珀自身、もの凄く不満な表情で抗議しているが。
「……そうだな。少し言うと、敵のマスターの素性は幾らか見覚えがある。
それに、弓塚はこの場に留まって貰わないと意味が無くてな」
「む、無茶苦茶だよ〜」
「今更な様な気もしますけど……」
溜め息を吐く二人。
その反応に、当事者であるこちらは苦笑いをするしかない。
琥珀の手が祈る様にして両手を包み込む。
暖かいなと、場違いにも安心した心地になった。
「何を考えてるかは聞きません。
ただ、勝手に死んだりしたら怒りますからね」
「うぅむ、実は弓塚次第だったりする」
「わ、わたし!?」
「アキさん、茶化さないっ」
めっと真顔で睨まれる。
「感応能力、全てアキさんに回しますから……上手く使って下さいよ?」
「了承。配分は任せた」
「…………あれ、アキ君と琥珀ちゃんって感応の契約結んでたの?」
ふと、弓塚が突っ込む。
もしかしたら、要らぬ事を言ったかもしれないなぁと、そっと横目で表情を窺う。
――案の定、弓塚がこれまた微妙な角度に眉を吊り上げていた。
「いつ、どこで、どこまでいったのかな?」
「お、落ち付け。何か目が据わってるぞ」
琥珀に助けるよう目線を送ると、無表情に微笑まれた。
こんな時だけ意味の通じない奴である。いや、こちらの意思は通じているかもしれないが。
「ねぇ、アキ君」
「目が紅いし顔も赤い、そして今はシリアスだ、さっちん」
「じゅ、十分これもシリアスだよっ! それとさっちんって呼ばないで!」
ガチっと掴まれる肩。
相手は片手だが、逃げられる自信が全くない。
弓塚もそれを承知しているのだろう。何だか色々と本気な顔付きである。
――――だが、甘い。
「あ〜……怒ってるのか、さつき?」
「だからさっちんって――――ふぇ?」
きょとんと、弓塚の表情から力が抜ける。
「ん? どうした、さつき?」
「さ、さささ……」
「いや、どもり過ぎたって」
「だ、だって……ゆ、弓塚じゃないんだもん……」
頬を染めて萎れる。
普段は苗字で呼んでいるから、少し驚かせようと名前で呼んでみたら予想以上の効果が発覚。
しかも何か、こっちが赤面するくらい可愛くなるし。
……しかし、橙子さんやキャスターにも名前で呼ばれてるけどな、こいつ。
天然の脳内は色々と解らない事だらけである
「さつき、何か可愛いな」
「そ、そんな事……えへへ」
とろける。
戦場なのに周囲が桃色に染まっているのは、きっと錯覚じゃないだろう。
と言うか、当初の目的の“弓塚の気を逸らす事”はすでに達した。
掴まれた肩も、力は全然入っていない。
よって、そろそろ止めておく。
「それじゃ、さつき――――去らばっ!!」
「へ……ええええぇっ!? に、逃げられた!?」
弓塚の絶叫が背中に響く。
名残惜しいが、一切合切無視して戦場へと踏み入れた。
身体のリラックスは十二分に出来ている。
弓塚への言い訳を課題に残して、意識を魔術師のソレへと反転させた。
◇
「ふと思ったけど、弓塚に言い訳って何かおかしいよな?」
そもそも何をどう説得すればいいのか。
最初は無謀な作戦についての言い訳かと思ったが、どうもそれだけで矛を収めてくれるイメージが浮かばない。
取りあえず棚上げしておこうと、服についた汚れを払いながら立ち上がった。
ヘッドスライディングの如きで駆け込んだのは、二つ程離れていた工場の内部へ。
つまり、頭上には襲撃を仕掛けて来た二人がいる。
同じ様に乱雑に積まれたコンテナの影に入り込み、一息吐いた。
怪我は一ヶ所。
駆け抜ける中で数発の狙撃に晒されたが、右肩を掠ったに過ぎず戦闘に支障はない。
後は、相手側のリアクションをただ待つのみ。
――――瞬間的に、身を投げた。
「早っ!?」
慌てて態勢を立て直す。
敵の姿はどこにもない。
傍から見れば、まるで一人芝居をしている様だろう。
だが、何となく、何かが首元を狙う感覚。
おそらくはエーテライト。
相手の神経とリンクして疑似神経へとなるそれは、接続した対象の思考を読み取るだけでなく肉体を操る事も可能とする。
メルブラでは鞭として主に扱われていた武器であるが、実際の対人戦闘で用いるにはどう考えても一級品の武装である。
視覚を削り聴覚を、そして気配こそに集中する。
四方全てから睨まれている感覚。
姿は見えない。
エーテライトにどの程度の飛距離があるのか、操作は可能なのか。
戦いの中での性能には未知な所が多く油断はできない。
逃げていても、いつか捕まる。
だが、この状況に哂う自分がいる。
心が躍る自分がいる。
「――――やっぱり“天寿の概念武装”と言っても弾数に限りはあるようだな!」
「――っ!?」
極々小さな、喉の奥の微かな呻き。
それを七夜が、見逃すなどあり得ない。
「そこっ!」
「ちっ!」
横っ跳びにコンテナの影へと身を投じ、棒手裏剣を三つ投擲。
宙で薙ぎ払われ、甲高い音を立ててコンクリートの床へと落ちる。
――――紛れもない、シオン・エルトナム・アトラシアの姿がそこにあった。
鋭い眼差し。
即座に拳銃が抜かれて発砲――影に隠れてやり過ごす。
(は、ははっ……)
喉が渇く。
が、自身の立てた仮説は間違っていなかった。
この状況を作り出す事が唯一の目的。ある種の賭け。
(サーヴァントは屋根にいるだろうが、人間同士の一対一だ)
天体の最強種、アルテミット・ワンを倒したとは言え、ゴドーは身体能力だけで言えば志貴や俺を下回るかもしれない程の――要はただの人間に過ぎない。
最大の懸念事項が彼の持つ“黒い銃身”に備わった“対象の寿命に比例した攻撃力”を放つ効果。
その銃身から放たれた弾丸は、対象に“寿命”の概念を叩きこみ不死性を失わせて倒す――と設定にはあるが、問題は弾丸自身である。
どんな鉄の弾でも、“黒い銃身”から放たれれば例外なく効果は発揮されるのか。
それとも、その神秘を内蔵するそれ相応の弾丸が必要なのか。
前者と後者では、状況が天と地ほどに大きく変わる。
弾数制限があれば聖杯戦争を勝ち残るためにも、序盤での乱用は必ず控える。
そして未だ、奇襲以後は一度も放った様子はないのだ。
(そもそも、アリストテレスを殺せるだけの神秘を一介の鉛玉に詰められる筈が無い)
ゴドーの能力から考えて、彼は狙撃にこそサーヴァントに対等足る力を発揮する。
ならば、弓塚やキャスターのいる側から目を離す訳が無い。
頭の良いシオンなら、その選択肢は在り得ない。
故に、ゴドーをあちらに釘付けにしてシオンとの戦闘。
単独行動の多いシオンの性格からして、この状況を作り出せる確率は十分に存在した。
「よし、殺し合いは嫌いだが……今は何だか、妙に気分が高揚してる」
どこに姿を隠したか知らないシオンに向かい、呟く。
話し合える余地は前向きに見積もっても二割程度。
路地裏同盟の時のシオンはともかく、今は純粋なエルトナムの娘。
志貴とシオンの邂逅は戦闘から。
夜中にナイフを持ち歩く志貴も悪いが、拳銃をぶっ放すシオンも温厚な思考の持ち主とは言えないだろう。
と、建て前はそんな所で止めておく。
詰まる所、実力で大人しくさせるのが手っ取り早いから。
志貴に負けたと同時に全てを委ねるくらい、シオンは割と潔い。
――――何より、俺は全力で戦ってみたい。
野蛮な思考は相手の格を知っているからか、それとも彼女を“吸血鬼”と知っているからか――シオンの中の因子は眠っているにも関わらず、退魔の血がやけに騒ぐ。
コンクリートを蹴り上げ、疾走。
コンテナへ跳び乗り、獣の様な動きを模倣する。
「――っ」
「させるか!」
互いが視界に入った瞬間、シオンは銃口を向け、こちらはホルスターに手を掛ける。
距離は二十。
発砲、と見せかけて後頭部を狙ったエーテライトを即座に抜刀して弾く。
同時に不意を突こうとしたのか、早くも接近して容赦ない回し蹴りを叩き込みに来たシオン。
その積極的な戦いに、口元が曲がる。
「ぐっ――」
避けず、左肩で受け止める。
傷口から血が噴き出すが、今はそれも心地良い。
次はこっちの番。
逆手に持った刃を敵の右手、拳銃を狙って薙ぎ払う。
「甘いっ!!」
「――っ、使い勝手いいな、それ!!」
鞭の様にしならせたエーテライトが切っ先を弾く。
見えにくい武器だけに、月明かりが遮られる建物内ではやりにくい事この上ない。
悪態をついて、しかしシオンを視界に外さずに若干の距離を取る。
「……アグレシップな女性ですね、貴女は。とても魔術師とは思えない戦い方だ」
「何だ、お話に持ち込んで油断させる気か?」
「――しっ!」
またも後ろから迫るエーテライトを、跳び退き避ける。
息つく暇も無い。
ゲームの様に会話シーンを用意してくれてもいいんじゃないかと、誰に向かうでもなく文句を吐く。
「いいねぇ、最初は話し合いなんて生温い事を考えていたが、殺し合いを選んで正解だ!」
「――高速思考、展開」
「そらっ!」
二つ、二つと時間差を持って投擲。
エーテライトに慣れるためにも、シオンに一手でも多く使わせる――つもりが、それらは弾かれずに避けられるのみ。
シオンの動きが変わる。
分割思考を用いた徹底的な理詰めの戦闘。
「撃ち抜く……!」
単発では無く連射。
物影に跳んでやり過ごす、と同時にそれを予測していた様なタイミングで追われ、鞭を振るわれる。
反応が遅れ、脇腹の肉を削ぎ落される。
「っ!」
「これで――」
シオンが視界から消える。
そんな筈は無い、とその思考が全ての反応を鈍らせて――、
『――アキ殿、顎に守りを!!』
「終わりですっ!」
カッティング・シンク。
懐に入り垂直に蹴り上げられる強打が、顔面を襲い意識を断ち切る。
――――が、意識は残った。
咄嗟にクロスさせた腕が、骨を軋ませながらも損傷を最小限に止めるに至る。
「反応した? まさか、予測数値以上とは――っ」
「この――野郎!!」
力に任せた蹴りを放つ。
当たる筈もなくバックステップで華麗に避けられたそれは、しかし一瞬の間を作る事には成功する。
『ア、アサシンか!?』
『左様』
戸惑いながらも意思疎通を試み、それに応える声が頭に響く。
アサシンは何処にいるのか、周囲に気配は全く無い。
気配遮断のため当たり前かもしれないが、リボンが依り代であるため意外と近くにいるのかもしれない。
と言うか、すぐ隣にいなければ先の様な指示を出せる筈がない。
予測が外れて猛攻から一転、隙を疑うシオンの視線。
『アサシン、怪我が治ったのか?』
『否、現界しての戦闘は不可能』
『霊体のまま、さっきの様な指示は?』
『可能』
『おk、頼んだ』
もう一度、構えを取ってシオンに刃を突き付ける。
身体能力が劣っていようが相手の反応速度、対処法、タイミングや視界の扱い方など全てを計算、予測して上回る分割思考は想像以上に難敵だ。
結局、一人で勝つには及ばないと諦めるしかない相手だが――
「今度は、こっちの番だ――シオンっ!!」
「――っ、私の名を!?」
全速力疾走。
ジャスト一分。
パターンが再度シオンの中に構築される前に勝負を決める!