「――――二人とも、セイバーを止めろっ!!」
事態は唐突に傾いた。
士郎とキャスターに向けて叫び、セイバーに対して己の最大の力を持って投擲術を放つ。
「野郎っ!」
意図に気付いたのは士郎。
戸惑うキャスターを置いて、セイバーの前に身を投げ出す。
巨人との戦いは熾烈を極め、二対一でも押しきれないと察した弓塚は原作のセイバーと同様、わざと吹き飛ばされる事で戦いのフィールドを変更した。
原作では外人墓地、この世界では小高い丘の上に広がる空き地でバーサーカーを迎え撃つ。
遮るものが無い戦場は、弓塚が力を振るいセイバーが後方支援を務めるには格好の場所で――――
――セイバーに背を向けた事が、仇になった。
詠唱と共に現われた武器は“偽・螺旋剣”。
弓を番える姿に既視感。
この場面、開いたフィールド、放つ先はバーサーカーと少女。
鷹の眼は何を捉えているのか。
嫌な予感――それだけの理由で、亀裂ともなる一手を投じた。
「むっ!」
迫る凶器を弾くため、セイバーは弓の構えを解く。
この裏切りとも取れる行為に、凛が黙っている筈は無く、
「貴女、どういうつもりよっ!」
言うより早く、ガンドが躊躇なしに発射される。
しかしあくまで威嚇。
足元に被弾し、それらは標的を一歩下げるだけに終わった。
「ぐっ、ああぁっ!! ――――投影、」
「……」
苦悶を叫びで押さえながら、士郎は魔術行使する。
対峙する英霊に対抗するためか、投影されたのは木刀や俺の持つ短刀と言った生半可なものではなく、
「――完了……!!」
「え、衛宮君、貴方――っ!」
「貴様……」
痙攣する腕を気力で捩じ伏せ、士郎は大地に足を張る。
中国における名剣、そして英霊エミヤが愛用する干将・莫耶。
士郎の手に収まったそれを見て、セイバーが歪な表情を浮かべる。
士郎は眼前のセイバーを睨みながら、凛へと言葉を放った。
「遠坂……俺やアキにとって、先に裏切ったのはこいつだ」
「な、何言ってんのよ、あんた?」
「構えを見れば解る。弓ってのは当たるイメージがあれば当てれるし、外れるイメージがあれば外せるものなんだ」
「はぁ? えっと……」
俺と琥珀、キャスター、凛、そしてセイバーが注視する中、士郎は紡ぐ。
「セイバーに聞けばいい。そいつは今――弓塚さんを狙ってた」
「…………ふんっ、正確にはバーサーカー共々だ、小僧」
「てめぇ、開き直るのか!?」
「開き直る? 言い掛かりだな。
聖杯戦争で勝ち残ろうと策を講じる、それの何処に咎められる訳がある?」
「ちょ、ちょっとセイバー! 衛宮君も落ち着きなさい!」
今にも剣を交わそうとする二人に、凛が慌てて止める。
セイバーと士郎の間に割って入り、交互に牽制の視線を送る凛。
「セ、セイバー、貴方あの女の子を狙ったって本当なの?」
「女の子とは、君にしては的を得ない表現だな、凛。
――――あれは死徒だ。それもそこらの奴とは格が違う」
「死徒ですって!? 人間じゃないとは思ってたけど、まさか本当に……」
「だから殺そうとしたのか? お前は人間じゃないってだけで命を奪うのかよ!」
隠しきれない動揺を見せる凛、吠える士郎。
セイバーは静かに、再び何処からともなく取りだした夫婦剣をその手に握った。
「――そうだ」
「っ!?」
「衛宮、下がれ!」
「坊や、少しは身の程を知った方が良くってよ」
「さっちゃんの命を狙うのなら、流石に見守っているだけとはいきません」
凛に続いて衛宮の元へ。
次いで琥珀とキャスターも駆けつける。
中心に凛を挟んだ、鍛鉄の英霊との対峙。
啖呵を切って衛宮を庇う様に出て来たものの、この状況は頂けない。
戦闘になれば琥珀は例外。
キャスターも弓塚の強化に魔力を回したため、戦闘行為は到底不可能。
士郎と二人で立ち向かうには、些か荷が重過ぎる相手である。
……それでも、凛が死徒殺しを肯定すればすぐさま刃は振るわれるだろう。
そうなれば、ほぼチェックメイトと同義。
橙子さんは勝ち残れる実力が十分にあると言っていたが、要は俺もあの人も聖杯戦争を嘗めていたと言う事だ。
(……もし今日を生き残れたら、琥珀とさっちんに夜這いしよう)
自分で死亡フラグを建ててる辺り、本気でヤバい状況だと認識する。
ついでに頭の思考回路も何だかおかしくなってるし。
夜這いとか意味不明である。相手がさっちんなら間違いなくあの世行きだ。
「私は構いませんよ、アキさん?」
「待て。色々と突っ込みたいが、少なくともこの状況でその言葉は絶対におかしい」
琥珀の能力忘れてたよ、おい。
最早これだけで恥ずかしくて死ねるのではないだろうか。死にたくないけど。
「――――ちょっと! わたしを無視して盛り上がるなんて酷いじゃないっ!!」
「■■■■っ!!」
セイバーとの一触即発、その雰囲気は今まで弓塚を相手していたイリヤによって崩された。
と同時に、物体が高速で飛来。
こちらを狙った訳では無いのか、離れた場所へ砂煙を巻き上げ転がった。
「ふぎゃ!」
「ゆ、弓塚!」
「さっちゃん!」
セイバーの事も忘れ、急いで駆け寄る。
大の字に、土の上に乱れた髪を広げて苦しそうに呼吸をする弓塚。
深い外傷は見当たらないが、身体に力が入らないのか弓塚は立ち上がろうとしない。
スッと閉じていた目蓋を開け、情けなく微笑んで謝った。
「ご、ごめん、アキ君……」
「ば、馬鹿! 何謝ってるんだ!」
「今日はスカートだから……アキ君のパンツ、見えちゃったよ」
「これは重傷だ」
下ネタを口にする弓塚に戦慄する。
恥ずかしがり屋のこいつが担当する筈の無い分野。
おそらく、かなりの力で頭を打ったに違いない。
「今気付いたけど、そう言えば女装のままだったな、俺。
……どうりで若干動きにくかった訳だ」
「あはっ、とても似合ってますよ。ちょっと嫉妬しちゃいますね」
「……反応に困った」
と言っても、微妙に男の面影が残っているよりは十分良いかと思う。
男のプライドなぞ中学一年の頃にすでに捨てた。
これでキャスターの好感度が少しでも上昇するのなら、喜んでゴスロリ衣装を着続けようじゃないか。
琥珀がポーチから薬品を取り出し、素早く弓塚を手当てする。
最中、士郎達の方へ視線を移し、
「――アキさん、どうやらあの子は引く様です」
バーサーカーの動きは疾うに止まっている。
今夜の主役でいたつもりが何時の間にか省かれていた事に気を悪くしてか、イリヤはその身を巨人に預けていた。
また今度、そう士郎に向けて口を動かした――と思う。
殺し合いの発端となったイリヤスフィールは、同じ人間とは思えない様な無邪気な感情を始終向けたまま。
巨人が去り、その気配が完全に消える。
二度目の死闘は、最後まで少女に振り回されたままに終わりを迎えた。
憑依in月姫no外伝
第二十二話
「さっちゃんには悪いですけど……この戦争、降りた方が良くありません?」
「実は五割ほど同じ事考えてた」
昼食の支度をする琥珀を手伝いながら、深々と肩を落とす。
台所に士郎の姿は無い。
昨晩の投影の影響で両腕に若干の麻痺が見られ、現在は料理の役職を外されている。
悔しそうな顔が見物であった。
「一昨日はアサシン、昨日は士郎の戦力ダウン。次は一体誰がなるやら……」
「不吉な事言わないで下さいよ、もう」
少し怒った感じに、琥珀は眉を上げる。
それを見て安心してしまうのはこっちがマゾだから――ではなく、至極日常的な仕草だからだ。
死を覚悟した瞬間を振り返ると、襲ってくる虚脱感。
そいつのせいで、心がこんなにも揺らいでいるのだ。
「さっちゃんの身体は欲しい。でも、この戦争は払うリスクが大き過ぎます」
野菜を切る手を止めて、心細そうに言う琥珀。
瞳をこちらに向け、訴える。
「私は、田舎でも山奥でもお二人と暮らしていければ満足ですよ?
死んでしまったら、それこそどうしようも無いじゃないですか……」
「……そうだよな」
キャスターを捕まえてから僅か四日で、思い描いていた聖杯戦争は脆くも崩れ去った。
出だしこそ順調だったものの、真名を忘れ宝具の使えないキャスター。
予想よりも能力値の低いアサシンに、セイバーを召喚できなかった衛宮。
止めに、セイバーのクラスで呼ばれた原作アーチャー。
つまりは、どう考えても衛宮と縁のあるアーサー王は聖杯戦争に参加出来ない事になる。
(本来なら、もっと余裕があった筈なんだが……)
どこで間違ったのか、または最初から正解なぞ無かったのかはわからない。
衛宮にセイバーを召喚させ、バーサーカーを共通の敵として遠坂凛と同盟を組めればその時点でサーヴァント四体に死徒の弓塚。
そんなに上手くいけば世の中苦労しないかもしれないが、せめて凛とは話を付けたかった。
実際、昨夜の戦闘は途中までの流れは問題無いと評価できる。
セイバーが弓塚を狙わなければ――それでも、あそこまで殺伐とした睨み合いは失態だった。
イリヤとバーサーカーが去った後、凛から仕掛けて来る事はなかった。
そして、話し掛ける事も無かったのだ。
ヘラクレスの宝具が“十二の試練”と知っていれば、凛の方から共同戦線の話が出たかもしれない。
だが、イリヤが宣言したのはバーサーカーの真名のみ。
勝てない程の脅威、とは思わなかったのだろう。
もっとも、バーサーカーが最強のサーヴァントと解った所で、あの雰囲気を無視して協力しよう等と言えるかどうかは非常に疑問ではあるけれど。
キャスターの宝具も、結局はどうなるか分からない。
宝具さえ持っていてくれれば、一日借りてその後でキャスターを始末するなり、士郎に覚えさせて実力が備わるまで死なせないよう努力するなりと、やり方は幾らか考えていた。
それが、キャスター自身が宝具を使えない状態なんて誰が想像していようか。
こちらを騙すための嘘であったとしても、それを確信できた所でそこから先の策が無い。
「――支度手伝うぞ……って、二人ともそんな暗い顔してどうしたんだ?」
衛宮が台所へ顔を出す。
こっちの気も知らず呑気な主人公――と頭を過ぎって、止めた。
無理な魔術行使をしたせいで、衛宮は大分回路に負担を掛けたのだ。
宝具の投影を成功させたからこそ、セイバーの関心は衛宮へ移った。
その勇気を称える事はあれど、咎める資格は俺には無い。
「どうだ衛宮、まだ身体は治りそうにないか?」
「藤ねぇの所へ顔を見せるついでにマッサージして貰ったから、少しは楽になったかな」
余り痺れは取れていないのか、衛宮は自身の右肩を掴んで回す。
不自然な動きだと、見ていて思った。
「……想像はしてたけど、サーヴァントの武器って凄いんだな。
アキや黒桐さんに鍛えられなかったら、今頃かなりヤバくなってたかもしれない」
「そりゃ仮にも宝具だからな。衛宮が投影魔術を得意なのは解っているが、無理はするなよ?」
「ははっ……まぁ、もう一度試すにしてもまずは腕が直ってからだな」
苦笑する士郎。
昨晩、殺し合いの中に身を投じたにも関わらず俺たちよりは大分明るい。
藤村大河の影響だろうか。
大河を出入り禁止にする際に、ならばあんたが家に来なさいと士郎は言われたそうである。
頻繁に行く訳にもいかず回数は週一に止めると言うが、今朝と比べて明るいのはやはり大河のおかげと思える。
(そう言えば、そろそろ啓子さんに連絡入れなきゃな……)
忘れた代償に捜索願でも出された日には聖杯戦争どころじゃなくなる。
後で琥珀と共に電話を入れようと頭に刻んだ。
「弓塚は寝てるしキャスターは庭で怪しい活動。衛宮はどうする? と言っても、もうすぐ昼飯が出来るけど」
「後十分程、待っていて下さいね」
フライパンを振るう琥珀。
隣で眺めているのも暇なので、士郎に話題を振ってみた。
「――今夜の事について、アキに話しておきたい」
予想以上に真面目だった。
「今夜のパトロールは、二手に分かれよう」
「……」
言葉に詰まる。
二手、戦力の分断。
それは、俺たちの現状を省みるに簡単には頷けない。
「衛宮――」
「アキは弓塚さんや琥珀さん、キャスターと一緒に動いてくれると助かる。嫌だったら、パトロール自体を断ってくれて構わない。
……俺は、一人で回らせてくれ」
「……自殺願望?」
日本語なのに、言っている事が解らなかった。
何いきなり言い出してるのこの子、って感じに。
「おかしいな……衛宮は弓塚と違ってアホな子じゃ無い筈なんだが……また“ズレ”?」
「股ズレ? ズボンに穴でも空いたのか?」
「気にせんでいい。
――で、何故にそんな命知らずな事を……SHIROUにでもなったつもりか?」
訳わかんないなぁ、と士郎は頭を掻く。
気のせいか、態度がらしくなく顔が微かに俯き加減だ。
「俺がアキ達といても意味が無いんだ。弓塚さんは戦って、琥珀さんとキャスターはそれを補助。アキが後ろ二人を守るから、そこに俺の役目は無い」
「言ってる事は間違ってないが……だからって邪魔って訳じゃないだろ。
それに聖杯戦争中に一人で、それも夜中に出歩くのは自殺行為だ」
「解ってる。解ってるけど……それでも、俺は少しでも犠牲を減らしたいんだ」
「……二手に分かれれば、それだけ襲われてる人を見つけやすくなるって事か」
「あぁ」
この言葉を、遠坂凛が聞いたらどう思うだろう。
いや、間桐桜でもセイバーことアルトリアでも、反応に差はあれ目を見開き思うだろう。
衛宮士郎は、どうかしていると。
「昨日だって一人だけど血を吸われる被害者が出た。
もし俺が一人で新都の方を見回っていれば、その人を助けられたかもしれないのにっ」
「……衛宮さん、貴方」
「――琥珀、何も言うなよ」
赤の他人を救えなくて、本気で歯を食い縛るその表情。
偽善――とは嗤えない。
普通の人なら大した正義感だと一蹴するかもしれないが、俺には到底笑えない。
衛宮士郎が何を抱えていて、何を失っていて。
叶わない夢、在り得ない理想と解っていても自分自身を張り続けた。
Fateを最後まで見届けた者には、彼が異常な程の欠陥者と解っていてもその想いを無下には出来ない。
出来る筈がない。士郎視点の一人称でやったのだから、尚更だ。
「うぐぅ……」
悩む。
他人を救いたいなんてのは大抵のものが偽善だけど、確かにそれは美しい。
欠陥品を言い訳にするなら、こっちだって多聞に漏れずに欠陥だらけだ。
士郎の生き様を見せられると、何だか戦争から尻尾巻いて逃げようと考えている自分が情けない。
「……」
しかし、と琥珀の方を一瞥する。
何よりも大切なのは琥珀と弓塚の命、ついでに自身の。
彼女の後ろ姿を瞳に映し、心に決めた事を再認識する。
どうすべきか。
どうしたいか。
去年の五月に三咲町を離れて、巡りに廻って冬木まで来たのは何のためか。
「――――衛宮がそう言うのなら止めはしない。ただし、一度約束した事だ。見回りくらいは俺たちにもさせてくれ」
「アキ……ありがとう」
「い、いや、ほら、衛宮の家にいるとまた昨日の子が襲ってきたりしないかなぁって思ってな」
「ははっ、アキも照れるんだな。それに、焦ってると年相応に可愛く見える」
「て、照れてないっての! あと口説くな馬鹿野郎っ!!」
感謝されていいものかどうか戸惑っただけで、決して顔を染めてはいないので悪しからず。
ド、ドキドキなんてしてないんだからねっ!
これ以上ペースを乱されるのは癪なので、料理の邪魔と文句を付けて早々にこの場から追い払う。
協力すると言った事が余程嬉しかったのか、最後まで頬笑みを向けて来る野郎であった。
「アキさん……」
「すまん、琥珀。まだ、聖杯戦争から引く訳にはいかなくなった」
「いえ……でしたら、私は皆のお手伝いをするだけですから。アキさんも怪我しない程度に頑張って下さいな」
「いやいや、それは無理だって」
琥珀も冗談で言ったのか、こちらの反応にくすりと笑う。
ただ、陰りの色は表情から消えないまま。
原因は俺半分弓塚半分であるからして、普段が明るいだけに心苦しく思った。
琥珀に気苦労を掛けないためにも、俺自身、そろそろ我儘を言っている場合じゃないかもしれない。
「琥珀……感応能力、弓塚に回すので精一杯か?」
「はい? それはまぁ、さっちゃんとは結構深く契約していますし……」
「あ〜、その……こ、琥珀さえ良ければ、こっちともしばらく契約してくれないか?」
「……」
笑うなよ、おい。
「えっと、昨日は弓塚に戦闘任せてたが、次からは積極的に加勢しようと思ってな……そ、それで何と言うか――」
「うんうん。死なれたら困るし、いい心掛けね、アキ」
「口調変わってないか、お前?」
「あ、あはっ、これは失礼しました」
「何か不安だ……は、恥ずかしいけど、宜しく頼む」
「はいっ!」
琥珀の態度に一抹の不安を覚えながらも、固く拳を握り締める。
そうだ――次の戦闘からは弓塚の負担を軽くするために力尽きるまで駆けなければ。
月姫本編が終わってから、これまで積み上げて来た事を思い出す。
橙子さんの魔眼強化、都古ちゃんと技の開発、鮮花との模擬戦。
まだ何にも、自分は出し切ってはいないのだ。
何より、琥珀と弓塚を連れて遠野家へと帰りたい。
志貴や秋葉、翡翠と一緒にまた三咲町で……今度こそのんびりゆっくりと暮らしたい。
まずは、この聖杯戦争を生き残る。
キャスターの問題も、さじを投げずに考え抜こう。
「ではアキさん、昼食を終えたらお布団の準備を――」
「待て琥珀、さっきのはそう言う意味じゃないぞ!?」
◇
「で、キャスター。この服なんだが俺が着たままでいいのか? 下手したらこれから戦闘に入ったりも……」
「一度、そのデザインで街中を歩く人を見たかったから構わないわ。破いたらマスターと言えど怒りますけど」
「……善処します」
新都オフィス街の方へ一人で向かう士郎を見送った後、玄木工場地帯へと足を向けた。
木刀一本で未知の敵に挑む士郎は、果たして明日の朝日が拝めるのか。
無茶はしないよう再三に渡って忠告しておいたが、こちらも人の心配をしている場合では無い。
今できる事は、聖杯戦争のルールに乗っ取り他のマスター、サーヴァントを減らす事。
願わくばアーチャー……その情報が少しでも掴めればと思う。
原作でそのクラスに収められていた英霊エミヤは、この世界ではセイバーのクラスへ。
ならば、その席にはどんな英霊が座っているのか。
……どっかのSSで読んだ事がある様な、ギルガメッシュをもう一人召喚、と言うのだけは絶対に勘弁して欲しい。
「それよりもキャスター、空間転移はちゃんと使える様にしてあるか?」
「私は魔女。魔力さえあれば怠りないわ。
せっかくマスターの許可を得てサツキから提供して貰ったんですもの。全員含めて一度は跳べるわよ」
「……弓塚の生命力、必要以上に取って無いよな?」
「まさか」
自身の水色の髪を撫でながら、こちらに鋭く目線を送るキャスター。
仕草の一つ一つが胡散臭いサーヴァントである。
「空間転移と言っても、本物と違って魔力はそんなに使わないんだろ?」
「どちらかと言うと瞬間移動の部類ですから。高次元を経由するそれと比べれば消費魔力は少ないですが……おかげで手間が非常に掛かります」
「あぁ、それでさっきから何回も止まって魔方陣を描いてる訳だ」
「納得したのなら、少し手伝って下さらない? マスターでもチョークくらいは扱えるでしょう。
あ、服は地面に付けないよう気を付けて下さいね」
「……スカートだから無理じゃね?」
ミニスカートなら動きやすいのだが。
そうは言っても、流石にそれはキモいだろうか。いや、キモくない。
藤乃がミニスカート履いてると考えれば、むしろグッドではなかろうか。
「キャスターさんって最初は美人さんで近寄りにくいなぁと思ってたけど、可愛いものとか好きだし魔術に詳しくてお姉さんっぽいし……実は結構人間味のある人だったんだね」
「に、人間味? 私が?」
「うん。キャスターさんのおかげでわたしも怪我がしにくくなったし、凄く心強いですっ!」
「そ、そう…………ありがとうね、サツキ」
身体強化が余程気に入ったのか、全幅の信頼を置いてるかの如く手を取って礼を言う弓塚。
キャスターもキャスターで、何だか満更でもなさそうに微笑んでいる。
……俺とはまだ信頼関係を築けてないのにな。
女装までしてご機嫌取りしているのが、何だか惨めに思えて来る今日この頃。
海岸線に沿い、幾つもの工場が列を揃えて建ち並んでいる。
「新都と言っても、ここら辺は暗いんだな」
眼前に、暗闇の中ひっそりと波打つ海が広がる。
船だろうか。遠くの地平線に光が灯っていた。
見つめる程、吸い込まれそうになる感覚。
気分が悪くなる前に、視線を工場地帯の方へ戻し――――
「――――アキ君っ!!」
瞬間、膨大な力を宿した紫の魔力光が視界一杯に広がった。
アキが女装デフォルトに。キャスターが丸くなったでござる。