「アサシンの霊圧が……消えた?」

 

 

 ランサーが己の凶器を静止させるまで、然して時間は掛からなかった。

 

 地形が荒れる間もなく、敗北を喫した二騎のサーヴァント。

 アサシンの身体は存在が薄れ、キャスターは底のついた魔力に息を切らし膝をつく。

 

 

 ――――てめぇら、英霊が二人揃ってこの程度か?

 

 

 悪態を吐く様に、地に伏したそれらを退屈そうに見下す槍の英霊。

 

 ジロリと、離れた位置で見守っていた――弓塚に視線を向ける。

 

考えるよりも先に、慌てて弓塚の手を引き背中へ隠した。

瞬間、ランサーのその好奇の眼差しが若干驚いた様に見開かれて――

 

 

 次に会ったら手加減は無理だ。

 そう言い残して、ランサーは跳んで姿を消す。

 

 

 ……弓塚を襲わなかったのは、幼さを残した容姿や雰囲気に闘争心が刺激されなかったのか。

 または、キャスター達との手合わせで令呪の縛りが消え、自身に相応しい獲物を探しにいったのか。

 

 

 どちらにせよ、初めて英霊と対峙した今夜。

 知識だけでは計り知れないその無類の強さと弱者を寄せ付けない威圧感に、ただ茫然と立ち竦む事しかできなかった。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第二十話

 

 

 

 

 

「キャスター、俺の衣装を見てくれ。こいつをどう思う?」

 

「凄く……可愛いです――って、何を着ているんです、マスター!?」

 

「いや、琥珀に言ったら貸してくれてさ」

 

 

 色々と衝撃を受けた昨晩のランサーとの遭遇。

 長く部屋へ引き籠っている訳にもいかず、渋々と顔を出したら昼だった。

 

 

「中身は男だが、そこらの女には負けない自信があったりする」

 

 

 仕様も無い自信である。

 

 唐突に女装癖に目覚めた主にキャスターはどう思ったのか、こちらの真意を疑う様な目線でしばらく睨み、

 

 

「……で、でしたら、こっちのお召し物は如何です、マスター?」

 

 

 どこから取り出したのか、黒くて白くてフリフリの洋服が目の前に現われる。

 パッと見た感じ、人形に着させる様な……どうにも水銀燈を思い浮かべるデザインであった。

 

 

「あの、試着させても宜しくて?」

 

「あ、あぁ」

 

 

 いつの間にか懐まで近付いていたキャスターに戦慄を覚える。

 キャスターの趣味に合わせて可愛く女装。半ば駄目元で冷たい目で見られる事も覚悟していたが――

 

 ……何と言うかこのサーヴァント、ノリノリである。

 正直、英霊だけに少し引いた。

 

 

「で、起きて早々質問だけど、衛宮と弓塚は?」

 

「はい、二人は道場に。衛宮さんがさっちゃんに稽古を付けて欲しいと頼みまして」

 

「……死なないか、それ?」

 

「さっちゃんも手加減くらい出来ますよ、もう。

 そろそろお昼ですし、二人とも戻って来るんじゃありません?」

 

 

 傍らの琥珀が答えてそう時間の経たない内に、玄関でドタバタと音が鳴る。

 

 頭から血を垂れ流している士郎。

 申し訳なさそうに肩を小さくしている弓塚。

 

 一応、最低限の加減は出来た様である。

 

 

「無事だったか、衛宮」

 

「何とか。アキも起きたのか――――って何さ、その格好!?」

 

 

 顔を合わせると同時、姿を確認した士郎が声を上げる。

 

 キャスターと同じ反応に苦笑して、そんなに変なものかと今一度自身の格好を見下げると……先とは別の服装に変わっていた。

 正確には、さっきキャスターが手にしていた洋服へと着せ替えられている。

 

「ヤ、ヤバいわ……これが男の娘(おとこのこ)の破壊力……」

 

 

 両手で四角を作り、フレームに収める様な仕草でこちらを恍惚と見つめる神代の魔女。

 お前、魔力も無いのにいつ着せた? そう突っ込みたい気分である。

 

 だが、ここは敢えてノーリアクション。

 キャスターと打ち解けるには、この方法が一番の近道であるだろうから。

 

 

 

 

 ――真名を覚えておらず、よって宝具も使えない。

 

 

 “ズレ”のある世界のため、その言葉は本当かもしれない。

 しかし、余りの都合の良さに騙そうとしている可能性も否定できない。

 

 サーヴァントは高位と言っても立場は使い魔。

 マスターとの契約を、彼らが一方的に破棄する事など出来はしない。

 

 

 故に、キャスターの“破壊すべき全ての符”は敵だけでなく味方に対しても有効打となる。

 

 

キャスター自身が自由に契約を破棄できると、それをマスターに教えるメリットは何も無く“裏切りの魔女”であれば黙していて当然であろう。

実際、前のマスターにも教えたかどうかは十二分に疑える。

 

 

 予想通りに令呪が発現せず、警戒を解いてはならないサーヴァント・キャスター。

 

 しかし、事態はそれを許さない方へと陥った。

 

 

(何故かは知らんが、すでに召喚されているセイバー……)

 

 

 ランサーの言動の信頼性は置いておき、昨晩の言葉が真実であればランサーはすでにどこぞのセイバーと戦った後。

 しかもキャスターとアサシンが最後の手合わせであれば、冬木にサーヴァントは七騎揃っている事になる。

 

 こちらを陽動させる嘘を、手の込んだ事を嫌うランサーが吐くとは思えない。

 万が一にも八騎目のサーヴァント――ギルガメッシュに遭遇していれば勘違いする可能性もあるが、聖杯戦争の序盤で姿を見せるかは大変怪しい。

 

 

(撤退……冬木を去るには、まだ早いか?)

 

 

 真名を思い出さない限り、宝具を使えないキャスター。

 士郎に召喚させるつもりが、他の魔術師に呼ばれてしまったセイバーのサーヴァント。

 

 すでに自分の考えとは全く別の方向へと、聖杯戦争は混迷してしまっている。

 

 

「アキ……その、何だ」

 

 

 頬を掻いて、ちらちらと視線を向ける士郎。

 

 それを見て、思う。

 この町を去ると言う事は、必然的にこの少年を見捨てる事にも繋がる。

 

 本当に大切なのは遠野の家族や弓塚であり、いざという時の覚悟はしたつもりだが――

 

 

「に、似合ってるぞ、うん。アキも着飾ればそんなに可愛く――」

 

「顔を赤くするな、馬鹿野郎っ! 褒めなくていいから昼食の支度を頼むっての」

 

 

 同情以前にフラグを建たせる気は毛頭無いので、また甘い言葉を吐かれる前に士郎を促した。

 琥珀も笑って、手伝うためか士郎に次いで台所へと足を運ぶ。

 

 野郎と分かって口説くとは、計り知れない主人公である。

 十中八九、無自覚で喋っているのだろうけど。

 

 

「まぁ、弓塚もお疲れさんだ。衛宮を殺さなくて何より」

 

「あはは……手加減はしてたんだけど、不安と言うか、どうにも気合いが入っちゃって」

 

 

 くたりと、座卓に身体を預けて顔を伏せる姿は、元気と言うには程遠い。

 

強靭な肉体から繰り出される必殺の槍捌き。

 

 化け物並みの動体視力を持つ弓塚は見えていたのだろう。

彼らが対峙するのにどれだけ恐ろしい相手なのか、実際に戦いはしなかったものの少なかれ感じ取ったかもしれない。

 

 

 周囲でごそごそと音を立てるキャスターを無視して、脱がされた服から携帯を取り出す。

 

 

「電話?」

 

「そう、ちょいと橙子さんにな」

 

「おぉ……」

 

 

 顔を上げて感嘆詞を吐く弓塚。

 

 何だかんだ言っても、悠に半年以上面倒を見てくれた人である。

 頼りに思っているのは、弓塚も同じなのだろう。

 

 

 十秒程待ったところで、懐かしい声が耳に届いた。

 

 

『はい、こちら――』

 

「あっ、お久しぶりです、橙子さん!」

 

『……何だ、七夜か』

 

 

 自覚している以上に精神的に参っているのか、電話が繋がっただけで少し歓喜。

 

 にも関わらず、橙子さんは丁寧な口調から一気に粗末なものへと様変わり。

 眼鏡を外した事は容易に知れた。

 

 

『随分と早いな。いや、切迫すれば頼られるだろうと予想していたが、まさかこれ程とは……無視するつもりが、まさか七夜とは思わず受話器を取ってしまったではないか』

 

「相変わらずの放置プレイですね、わかります」

 

『そう言うな。健闘くらいは祈っておいてやる』

 

「ちょ、ちょっと、マジで切らないで下さいよ!?」

 

 

 こちらの慌てふためく様に、くっくっと陰湿な笑い声が漏れる。

 本当に電話を置かれても困るため、文句も早々に用件をまとめて口にした。

 

 

「実は、かくかくしかじか――――」

 

 

 身近にキャスターがいるため、それも含めて説明する。

 

 キャスターの眼前で相談を持ちかけるのは、決して頭が壊れた所為からではない。

 相手が魔術師の英霊であるならば、いつ、どこに耳があっても不思議でないと心得ているから。

 

 この身が七夜であり、周囲の気配に敏感であったとしても。

 魔力が少なく、脅威の無いサーヴァントであったとしても、こちらに油断などと言う文字は無い。

 

 

 目付きが若干鋭くなるキャスターだが、それも予測の内である。

 

 

『……ふむ、衛宮はサーヴァントを持たなかったか』

 

「はい、それに、キャスターも宝具が使えない状態ですし……」

 

『ふふっ、本当に当てにならないな、君の知識は』

 

「いやいや、笑い事じゃないですって」

 

 

 陽気に話す橙子さんとは反対に声を落とす。

 

 

 事実、キャスターの宝具の問題を何とかしなければ冬木まで来た意味は全くないのだ。

 その宝具目当てで参加したため、例え聖杯戦争に勝ち抜いても仕方がない。

 

 だと言うのに、相手は他人事と割り切っているのか、然して問題が無い様に平然と言葉を返す。

 

 

『何、君たちが足掻いて勝ち残れば直に解決しそうな問題だと思うがな、私は』

 

「その前に命取られますよ、実力的に」

 

『それは些か過小評価過ぎないか? さつきと琥珀……それに、君もだ』

 

 

 厳しい、だがどこか魅惑的な言葉遣いで橙子さんは言う。

 

 

『さつきも琥珀も、己の特性を理解して伸ばしてきた。君も、仮にも私の元で修行を受けた身だ』

 

「修行……だと?」

 

 

 不思議な事に、橙子さんの中では洗脳と修行を付ける事は同義らしい。

 

 

『茶化すな、馬鹿者。

 どちらにせよ、君の武器である魔眼は大分扱える代物になった筈だ。君たち三人に加え、力不足と言えサーヴァントがいるのだ。さつきをメインにして戦闘を組み上げれば、相手が一対のマスターとサーヴァントである限り余程の事では負けはしない』

 

「それは……」

 

 

 言っている事は、理解できる。

 

 

 今は本物の英霊を目の前にして、足が竦んでいる状態なのだろう。

 冷静に実力を分析出来れば、弓塚に琥珀とキャスターの援護が入るだけでそれなりに実力は拮抗する筈。

 

 それに加えて、俺と士郎、アサシンがいるのだ。

 個々の力は心細くとも、頭を使えばどうにでもなる。仮にもアサシンは英霊な訳だし。

 

 

『藤乃と比べるのは異常だが、対人であるならば君のそれは軽く先手を取れるのだぞ。

以前より威力は上がったのだから、例え中距離からでも回転軸五つを発現させれば――人を殺せる』

 

「まぁ、そうですけど……相手は魔術師ですし」

 

『煮え切らない男だな、君は。これ以上は有料にするぞ?』

 

「そ、そろそろ金が底を突きそうなのでご勘弁を……」

 

 

 溜め息が聞こえる。

 

 

『まぁ、魔力の少なさに不安なのは解るがな』

 

「はは……解りますか?」

 

『個人ではどうにもならない問題だからな。時計塔の魔術師ですら、それに悩む奴らはざらにいたさ』

 

 

 優秀な魔術師を引き合いに出し、諦めろと橙子さんは言う。

 

 歪曲の認識を“硬さ”に集中させ、魔術回路を意識して魔力を効率良く通す。

七夜の体術を駆使して立ち回り、隙があれば魔眼で殺傷出来る戦闘スタイルを確立した現状。

 

 

欠点は、魔力の総量が圧倒的に少ない事だ。

 

 曰く、回路数は五に満たない。

 浅神家は七夜と異なり魔術回路を扱う家系ではないため、七夜と混ざれば回路が少なくなるのは必然。

 

 

もっとも、橙子さんに師事して貰えた手前、能力者でなく魔術師寄りに生まれただけでも有り難いが。

 

 

 

 

 回転軸を発生させ捻じ曲げるのを一として、限界は十二回。

 軸の数を最大の五つまで増やすとなると、本気で打てる弾はたったの二発だけ。

 

 見事なワンチャン体質である。

 

 

「相手も馬鹿じゃありませんから……せめて十発くらい打てれば、立派に牽制役が果たせるんですけど」

 

『そう贅沢を言うな。

 ……しかし何、君ならどうとでもなる。さつきがいるのだから、彼女を使えばいいだろう?』

 

「使う?」

 

『さつきと契約を結べば、魔力の心配はさっぱり無くなるぞ。

魔術師同士でないため少々手間が掛かるが……キャスターに手伝って貰えば訳は無い』

 

「ん? それって……」

 

『君とさつきでアクエリオンだ。いちいち言わせるな』

 

「ぶっ!!」

 

 

 突っ込みどころが多くて吹いた。

 電話越しに、笑みを浮かべている橙子さんが思い浮かぶ。

 

 

『まさか気付いていなかったのか? 先に言っておくが、君程度の魔力なら幾ら引き出したところで彼女の負担にはならんから安心しろ』

 

「そ、そうじゃなくて……いきなり何言っちゃってるんですか、橙子さん!?」

 

『何だ、処女膜が心配か? 手は出していないから安心しておけ』

 

「頭痛くなってきた……」

 

『ふぅ、仕様も無い奴だ。取りあえず、さつきはそこにいるか。いるなら彼女を見ろ』

 

「何する気ですか」

 

『ナニもせんよ』

 

 

 電話越しだろ、と言われ、それもそうだと一息吐いて弓塚に目を向けた。

 

 先と同じく畳に座ったまま、首を傾げてこちらを見返す弓塚。

 何と言うか、内容を聞かれなかった事に最高にほっとした。

 

 

「ん、どうしたの、アキ君?」

 

「い、いや、ちょっと橙子さんがな……」

 

 

 どうにも言い淀み、顔を合わせる事に抵抗を感じる。

 

視線を下げ、弓塚の服装可愛いなぁとか思っておく。

 吸血鬼はあまり寒がりではないのか、結構な軽装でふとももが自然と目に入る。

 

 

 ――とても、扇情的に見えた。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 一度目蓋を閉じて見直すと、今度は乳房を隠して程良く膨らんだ布地に目線が行く。

 邪魔だな、とか思ってしまう辺り、どうやらついに頭が可笑しくなったと考えられる。

 

 

 それにしても、さっきから耳元で囁く声が煩わしい。

 

 

「――――マ、マスター、鼻血! 鼻血が垂れてます!!」

 

「ぉ……おぅ!?」

 

 

 夢かうつつか、そんな半覚醒状態からキャスターの叫び声を機に一気に覚める。

 慌てて鼻元に手をやると確かに血が滴っていて、危うくキャスターの服を汚す手前だったと認識した。

 

 

「って、弓塚は!? 無事なのか!?」

 

「へ? わたしがどうかしたの」

 

「な、何でもないぞ。ちょっと驚いただけで……」

 

 

 ケロッとした感じに訳も解らず視線を向けて来る弓塚。

 

その無垢な瞳が、今は非常に心に刺さる。

むらむらした気持ちがまだ残っている分、余計に。

 

 

 遅れて携帯を確認すると、すでに通話は切れていた。

 魔術師ェ……。

 

 

「今回の教訓。やっぱりあの人を頼っちゃいけません」

 

「え、何で?」

 

 

 最後まで蚊帳の外にいた弓塚に安堵の息を吐きながら、こちらを見てこっそり笑うキャスターに言いも知れぬ不安を感じた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「――そういう訳で、夜は鍛錬よりも見回りに費やしたい」

 

 

 昼食の席に着いたメンツに、頃合いを見計らって士郎がそう話した。

 テレビにはまさにその元凶――血を抜かれ病院に搬送された女性二名の様態を語りながら、現代の吸血鬼とゴロを大っぴらに掲げて報道されていた。

 

 何か、デジャヴュを感じる。

 

 

「それは賛同しかねますが……マスターは如何お考えに?」

 

「反対はしたいが、これも衛宮との約束だからな……反故にはできん」

 

 

 眉間に皺を寄せるキャスターに、悪いなと謝っておく。

 

我慢、なのだろう。

あくまでサーヴァントとして仕える身である事を承知してか、何も言わず食事へと戻る。

 

 ……正直、素直すぎて逆に怖い。

 

 

 対して同じサーヴァントであるアサシンは何も言わず、ただ黙して食べ物を喉へ通す。

 昨日は全身漆黒に染まっていたアサシンだが、裂傷が激しく現在は包帯ぐるぐる巻きと言っても過言ではないくらい。白くて眩しい奴である。

 

 

 何で一緒に飯食ってんだろうなとも思ったが、本人が言うには士郎に誘われたからだとか。

 あんまり喋らないアサシン曰く、食事を取る事でもほんの少しの魔力補給にはなるらしい。

 

 本当かどうかは知らないが、原作のセイバーがそんな事を喚いていた様な気もするし、精液で魔力が提供できるのだからあり得るかもしれん。

 

 

「吸血事件か……それを、衛宮はサーヴァントの仕業だと?」

 

「聖杯戦争中に異質な事件が起きれば、そう考えてもおかしくはないだろ」

 

 

 茶を啜りながら頷く。

 

 この吸血行為はライダーの仕業である事に間違いない。

 もう少し推測すると、血を吸って魔力補給を行っている所から、マスターは桜でなく慎二と言う事まで辿り着ける。

 

 

(慎二がマスターなら、桜ルートは回避したのか……)

 

 

 張っていた肩が、少しだけ楽になる。

 しかし頭の中では、未だに巡る疑問点。

 

 

 ――臓硯の意図が、解らない。

 

 

 桜ルート以外は自ら動かず、聖杯を壊されたとしても最後まで様子見で終わった臓硯。

 ルート上、描写が無いのは仕方のない事なのだが、そのために彼が介入するか否かの分岐点が非常に判りにくい。

 

 

 桜の影――アンリマユが姿を見せれば、真アサシンを召喚し裏で暗躍する?

 

 いや、臓硯が真アサシンを召喚するのは、士郎がセイバーを召喚したすぐ後だ。

つまり、まだその時点では桜の様子が他のルートと何ら変わりがなく、決定的な分岐には成り得ない。

 

 それに、彼の身体は日々朽ちている。

 セイバールートや凛ルートであろうとも、臓硯は町の人を犠牲にして己の身体を作っていただろう。

 

 

 

 

 月姫の方では琥珀の事情もあり、裏ルート自体が存在しなかったために大した矛盾は生じなかった。

 しかし、本編と同時に介入したこの聖杯戦争……ルート同士が混ざり合う可能性も捨て切れない。

 

 聖杯戦争の期間に、臓硯がどの程度動くのか。

 アンリマユの顕現は、この現実でも桜の士郎に対する好感度だけが分岐条件なのか。

 

 

「まぁ、確かに衛宮の言う通りかもしれないし……キャスター、アサシンの依り代を正門からこのリボンに代えてくれないか?」

 

「待機……させておいても、仕方ありませんか」

 

「そういう訳じゃないんだが、何かと一緒にいて貰った方が融通が利くしな」

 

 

 まさか、どこぞの爺に召喚の媒体にされるとは口が裂けても言えん。

 キャスターとの会話を了承と取ったのか、士郎が頭を下げる。

 

 

「悪い。結局、俺は聖杯に選ばれなくて役立たずなのに……約束だけ押し付けて」

 

「気にするなって。むしろ、こういう時は一人で勝手に行動される方が迷惑になる」

 

「あー、最初はそう考えてたんだけど、弓塚さんに打ちのめされたら実力を再確認したと言うか……」

 

「一体何やった、さっちん」

 

「えへへ……ちょっとだけ、衛宮君を昨日のサーヴァントさんと想定して模擬戦を……」

 

 

 頭を掻いて苦笑いする姿は可愛いが、言っている内容は中々洒落で済まない事である。

 天然も力を持てばボケで人を殺してしまうのだと、改めて恐ろしさを確認した。

 

 

 

 

 午後は不安を打ち消す様に鍛錬に励もう。

夜になれば、士郎の提案通りに夜の町へと踏み出そう。

 

 忘れてはいけないが、士郎はアインツベルンに狙われている。

 

 パトロールの有無はともかく、士郎の側にいる限り夜はこの場を離れなくてならない。

留まっていれば、屋敷まで出向いたイリヤに遭遇してしまう確率は高いだろう。

 

 

 ランサーが放った言葉は、嘘か真か。

 それを見極めるのにはもう少しだけ時間が欲しい。

 

 

 士郎を見捨てるか、聖痕が刻まれるのをまだ待つか。

 

 劇中に描写されていた通りの美味しい飯を掻き込みながら、この少年の未来を危惧して目蓋を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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