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「こんにちは、私は冬木のセカンドオーナーを任せられている遠坂と申します」

 

「これは丁寧に……いやぁ、うちの衛宮が迷惑かけて申し訳ない」

 

「衛宮君は貴女の弟子という事で?」

 

「そんな弟子を持つほど優秀じゃありませんって。同志、といったところです」

 

「同志、ね……」

 

 

 腕を組んでスッと品定めする様な目線を向ける遠坂凛。

 屋上で吹く風は強く、季節だけに肌に染みる。

 

 ……貴女ではなく貴方です、とは言うまい。

 このネタもそろそろ疲れてきたし、勘違いされても別段困りはしないのだから。

 

 

 遠坂の傍らで待機していた士郎が、駆けつけた俺たち――桜までいた事に驚いただろうが――を見て、足早に近付いた。

 

 

「ア、アキ、巻き込んで悪い。でも、何で桜までここに――」

 

「その説明は後で。まずは何でいきなり拉致されたかだ。しかも学校だぞ、ここ」

 

 

 素早く士郎を引き寄せ、小声で質問を掛ける。

 遠坂との対峙に緊張しているのだろうか、若干顔を赤くしながらも士郎は答えた。

 

 

「買い物途中に一成……友人に会ってさ。家電量販店の方に修理依頼に向かってて、それなら金も勿体無いから代わりに修理してやるって言って……ほら、解析の魔術は得意だから――」

 

「よし、もう黙っていいぞ」

 

「……何でさ?」

 

「大方、学校に行ったら遠坂さんと擦れ違って声を掛けられたんじゃないか?

 で、“ちょっと時間ある?”とか言われてほいほいついていったら、屋上へ連行されていたと」

 

 

 ぐっ、と士郎が唸る。

 

 

「いや、正確には擦れ違った後、生徒会室で解析魔術を行った時にノックも無しに侵入されて」

「現行犯逮捕だったか……どっちも変わらんが」

 

 

 さすが四十以上のBAD ENDフラグを持つ主人公。

 遠坂は御三家の一つだと前に教えたにも関わらず、ちょっと目を離した隙に接触イベントを起こしてしまうのには脱帽である。

 

 魔術回路を閉ざして鍛錬の度に一から作り上げていた時の士郎ならともかく、一般の魔術師と変わらない今では感知されて当然であろう。

 それが予想できたからこそ、土下座してでも高校を休ませた訳で……正直、溜め息しか出ない。

 

 

 士郎にすでに用は無いらしく、遠坂は俺と鮮花へ交互に視線を移す。

 表面上は温和な態度を見せているが、それは誰にでも上辺と解るようなくらい薄い微笑み。

 

 おそらく、向こうもそれを理解していて見せつけているのだろう。

 

 

「貴女方は、聖杯を求めてこの冬木に?」

 

 

 目線を外さないまま、億劫も無しに口を切る遠坂。

 士郎から遠坂へ情報がどこまで漏れているか、考えあぐねて言葉が詰まる。

 

 沈黙へ至る前に――つまりは肯定と受け取られる寸前に、隣に立つ鮮花が返した。

 

 

「残念ながら違います。その様なものが存在しているのは聞いていますが……確か、それには周期がありますでしょう? 遠坂さん」

 

 

 自然と、雰囲気に呑まれない毅然とした表情を保ったまま。

 

 鮮花が何故聖杯戦争について知っているのか疑問を持つ。

が、今は対峙する遠坂凛に意識の全てを向けておく。

 

 士郎や桜がいるため間違っても戦闘へ発展する事はないと思うが、それでもこの魔術師を警戒せずにはいられない。

 

 

 鮮花がいるとはいえ真正面に姿を見せるのは避けたいくらい、実力差があるのだから。

 

 

「……そうね。確かに十年も経たない内に聖杯が降霊する筈はない。

 ――――でも、聖痕が現われればそれは合図になるわ。だから、貴女も気付けたのではなくて?」

 

 

 睨み返す遠坂。

 羽織っている深紅のコートが、風にはためいて音を鳴らす。

 

 

 ――ここまで、

 

 こんな風に問われれば、どんな馬鹿でも感じるだろう。

 実際、俺たちと遠坂を見つめる士郎は余りの場の雰囲気に困惑しているのだから。

 

 

(自分の土地に魔術師が訪れただけなら、初めから睨まれたりはしないよな)

 

 

 記憶にある遠坂の性格と現状を照らし合わせる。

 つまりは、すでに遠坂はこちらを敵と――七人の中の一人と捉えているに違いない。

 

 

 互いの一挙一動に目を配る。

 まだ昼間の、ようやく太陽が傾き始めた時刻のくせに、遠坂は一部の隙も見せてこない。

 

 今まで出会った奴らに比べれば、幾らでも突破口の見出せる対人戦。

 されど、相手は五大元素を操る実力派の生粋の魔術師。

 

 下手に動く事は、まず出来ない。

 

 

 目蓋の動きすら追う様な、静かな対峙。

 どれだけ続くかと思われたそれは――――唐突に崩れた。

 

 

「うっ!」

 

「桜!?」

 

 

 突如、桜が苦悶を発する。

 一瞬、遠坂の視線が桜へ移る。つられて振り向いた。

 

 

「まさか、貴女たち――!」

 

「ま、待て、それは誤解だ!」

 

 

 制服越しに薄らと漏れる左腕の光に、慌てて手を振る。

 桜に何か仕掛けたと思われたのか、遠坂の表情は威圧する頬笑みから一転し、

 

 

「えっ……」

 

 

 肩越しに見えたであろう光景に、動きを止めた。

 

 

「し、失礼します!」

 

「お、おい、桜!」

 

 

 背後で駆け出す気配。士郎の叫び。

 唖然として、しかし追い掛けようとする士郎を遠坂が呼び止める。

 

 

「衛宮君、止めなさい!」

 

「な、何でだよ? 今、明らかに桜の様子がおかしかっただろ」

 

「……いいえ、別におかしくなんてないわ」

 

 

 反響する階段の音が段々と離れていく。

 ゆっくりと、桜の去った後を見つめながら遠坂は足を動かす。

 

 もう、場は緊迫したそれでなく、魔術師として立ちはだかる少女は消えていた。

 今はただ、一介の生徒でしかないそいつは、

 

 

「左手押さえてたわね、あの子……」

 

 

 こちらに向けて、何かを確認するように呟いた。

 

 首を振る事も、頷く事も無しに。

ただ階下へ降りていく遠坂を姿が見えなくなるまで見続けていた。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第十八話

 

 

 

 

 

 

「……え、えっと、何でこんなに荒れてるんだ?」

 

「すっかり忘れてた」

 

「魔術で修復できるのは……私だけですよね」

 

 

 時間かかるなぁ、とぼやきながら、鮮花は丁寧に術式を組み上げ始める。

 苦手な部類なのか、珍しく失敗している姿が目に入った。

 

 

「……ボケっと見ていないで、七夜さんも動いたらどうですか?」

 

「わ、悪いっ」

 

 

 ばつの悪そうな視線を受けて、突っ立っていた身体を移動させる。

 士郎に声を掛け、粉々になっている食器類――修復が難しいと思われるの――を優先に片付け始めた。

 

 ホウキとチリを扱い、細かな破片から順に丁寧に。

 部屋を荒らした張本人がこの場を片付けないのは、何だか癪な気分だが。

 

 

「アキ……一体何があったんだ? まさか、他の魔術師に襲われたのか?」

 

「いいや、別にそういう訳じゃないから心配はいらんぞ」

 

「……桜と、何かあったのか?」

 

 

 手を止めて、士郎が声色を変えて尋ねて来る。

 勘がいいなと思ったが――少し考えれば、不自然な点は幾らかある。

 

 士郎の元へ向かう際に同行しているし、瞳も薄らと赤色で涙を流した跡が見て取れたのだ。

 

 

「なかったとは言えないが、衛宮は知らない方がいい」

 

 

 嘘を吐くでもなく、適当に誤魔化す。

 今の士郎に、そこまで教えるメリットは何もない。

 

 むしろ、混乱するだけである様に思える。

 

 

「……俺には、教えられないのか?」

 

「……」

 

 

 目線を外さず、そう口にする士郎に違和感を覚える。

 

 

「なぁ、アキ……」

 

「お前、遠坂に何か言われたのか?」

 

「……あぁ、色々と」

 

 

 隠さず、堂々と言ってのける。

 眉を寄せず、かと言って微笑みもせず、その表情から何を考えているかは読み取りづらい。

 

 遠坂に捕まったのは、単に士郎がもぐりの魔術師という要因から。

 冬木の管理人である遠坂家の許可も無しにこの地に滞在していた事について咎められたのだと、士郎からは聞いてある。

 

 

 だが、それ以外に士郎と遠坂が何を話したかについては何も知らない。

 

 数秒の間を置いた後、等価交換――そう士郎は口を開いた。

 

 

「それが、魔術師の原則だって遠坂は言っていた。

 だから、アキや黒桐さんが協力するには絶対に裏があるって……」

 

「俺たちが魔術を教えている事や同盟の事、話したのか?」

 

「いきなり遠坂に感知できるような……あ〜、要するに普通の魔術師になった説明で、省く訳にもいかなかったから」

 

「いや、そこは頑張れよ」

 

 

 ぶっきら棒に語る士郎に、やっぱり頭が悪いわけではないけど不器用な人間だと再確認。

 

察するに大半の情報を漏らしたのだろう。

 士郎も気まずそうに視線を漂わせているため、反省はしているようだけど。

 

 

「それにほら、アキって俺に偽名使ってないか? 黒桐さんは七夜って呼んでいるし」

 

「そいつは……何と言えばいいか」

 

「同盟の件だって俺に都合のいい様な内容でさ、魔術師同士の契約にはギアスとか何とか、本来は何かしらの制約を互いに戒めるべきと言っていた。

 随分と二人の世話になってるし、決して信じていないわけじゃない。ただ、遠坂も悪い奴には見えないから……正直、どこを信用すればいいか、頭の中でごっちゃになってる」

 

 

 やり切れない表情で、呟く士郎。

 赤毛を掻きむしりながら葛藤する様子は、原作と何ら変わりない。

 

 その姿を瞳に映し、悩む。

 

 真っ直ぐな性格はたまに傷だが、こうして胸の内を隠さず吐露してくれるのは有り難い。

 聖杯戦争が始まるよりも前に同盟破棄なんてのは、弓塚のためにも頂けない展開だ。

 

 

 この程度の拗れなら、問題ない。

考えるべきは、愚直な、この正義の味方を目指す少年にどこまで答えるべきかであろう。

 

 

「――――ちょっと、二人とも手が止まってますよ!」

 

「おわっ、す、すまん!」

 

「衛宮さんも! このままだと午後の鍛錬も間々なりません」

 

「そ、それは困るな、うん」

 

 

 鮮花の叱責が入り、二人して慌てて作業に戻る。

 その様子に嘆息する鮮花。小言を呟き、また集中して魔力を練っていく。

 

 

「……鮮花の集中力を乱さないよう、小声で続けるか」

 

「あ、あぁ。何か機嫌悪そうだったな、黒桐さん」

 

「ありゃ単に術式の構成が上手くいかなかっただけじゃないか? それで不機嫌と」

 

 

 迷惑な奴である。

 が、それ以上に手を貸して貰っている手前、文句を言える筈もないが。

 

 破片を集めながら、先の思考へと頭を戻す。

 桜の行動と遠坂の言葉、様々な要因を浮かべて境界線を段々と定めていく。

 

 

「……まずは、名前の話だが」

 

「アキ?」

 

 

 そっと、沈黙を破った。

 

 

「磯野アキって名は、嘘でもあるし本当でもある。

 戸籍一応あるんだが……事情があって、実は名前が決まって無かったりするわけだ」

 

「じゃあ、七夜も名前なのか?」

 

「あれは苗字だな。磯野と七夜を使い分けているし、一昔前は遠野だったし。

 名前はアキだったりアキハだったりな。下手したら苗字がない場合もあったりする」

 

「……今は、どうなんだ?」

 

「基本的には磯野アキで、臨機応変に七夜アキに変えているかな。まぁ、衛宮からの呼び名はどっちにしろ変わらんが」

 

「そうか、なら疑って悪かった」

 

 

 ぎこちなく笑う士郎は、しかしまだ目線を外さない。

 

 

「……言ってくれるのは、それだけか?」

 

「そ、そう焦るな。言えるところまでは言ってやるよ……はぁ」

 

 

 余程疑っているのか、それとも信じたい一心でか。

 どちらにしても、真剣な表情を向けて来る士郎をあしらうより幾らか答えた方が、骨が折れずに済みそうに思えた。

 

 ゴホン、と咳払いを一つ。

 あくまで手を動かしながら、話を進める。

 

 

「使い魔の研究とか言ったような気がするが……すまん、あれ嘘だ」

 

「嘘か……」

 

「お、落ち込むなよ、おい」

 

 

 項垂れる衛宮に、慌てて肩を小突いて元気づける。

 タフな精神力が取り柄の主人公なのだから、ショックを受けずに軽く流せよ、マジで。

 

 

「気を取り直して……前にサーヴァントの話をして、その際に宝具についても教えただろ?」

 

「英霊が必ず一つは持っている切り札、だっけ?」

 

「そう。俺たち、って鮮花は関係ないか。

 俺はその宝具の力を借りたいんだよ――呪いを解くためにな」

 

 

 呪いという不気味な言葉に士郎の眉が上がる。

 反応を確認しながら、紡いだ。

 

 

「前に一度、こっちの住処に招いた事あっただろ? 衛宮の在り方を決めろって言って」

 

「結構前だな」

 

「あぁ。で、その時に女の子が二人いたの覚えてるか? 赤毛の子と茶髪のロングヘアーな奴がさ」

 

「……ふと思ったけど、もしかしてアキって女の子二人と同棲してるのか?」

 

「茶化すでない」

 

 

 成り行き上の事情であるが、真面目に答えるのは恥ずかしいのでノーコメント。

 と言うか、hollow的に馬鹿みたいなハーレムを作り上げていた士郎に言われたくはないね。

 

 ほんと、剣とフラグだけは一級なんだよな、こいつ。

 

同じ男として羨ましく……はないけれど。

精神的に辛そうだし、近所からの目線がどう考えても大変である。

 

 

「その片方……茶色の髪を伸ばしている子が、人間じゃなくて吸血鬼でな」

 

「き、吸血鬼!?」

 

 

 驚き声を上げる士郎に、ガチャンと甲高い音が続く。

 額に青筋を浮かべる鮮花に速攻二人で頭を下げ、そそくさと話に戻った。

 

 

「怒られたぞ、おい」

 

「わ、悪い……って、そうじゃなくて、吸血鬼というのはあの……空想上の?」

 

「裏の世界には普通にいるんだよ。それを退治するための専門機関なんてのも存在するしな」

 

「はぁ……」

 

 

 何だか呆けた感じに士郎は相槌を打つ。

 今まで普通に暮らしてきた手前、そう簡単には信じられないかもしれないが。

 

 

「埋葬機関や二十七祖の話をすると長引くし、取りあえず理解はしておいてくれ。

 一つ言っておくが、間違っても人を襲う様な吸血鬼じゃないからな。血は仕方なしに摂取するけど、後はゴロゴロしているだけの無害な子だ」

 

「そ、そういうものなのか、吸血鬼って?」

 

「いや、内の――弓塚って言うんだが、あいつは例外中の例外。

 大半はまぁ、人にとって危険な生き物だな」

 

 

 聞いて、士郎の手が静止する。

 正義の味方に、全てを救うキリツグを目指す士郎とは決して相容れられない存在。

 

 士郎が何を、どこまで悩んでいるかはわからないが……

 

 

「話を戻すと、この聖杯戦争に参加するのはその子のためって訳だ」

 

「呪いを解いて、吸血鬼から人間に戻すのか?

 ……あれ、それだとその弓塚って子が元は人間って事になるよな」

 

「吸血鬼ってのはそんな簡単なものじゃないんだけどな……。

 大雑把に言えば、聖杯戦争で強力な呪いすら解除できる宝具を持ったサーヴァントを手に入れられれば、その子が人に戻れて……と、それが嘘偽りない目的だ」

 

「……マスターに選ばれるかもわからないのに、それって難し過ぎないか」

 

「ははっ……解ってるが他に方法もないし、英霊だって宝具を二つ三つ持ってる奴もいるからさ」

 

 

 自分で言ってみて、やはり人に聞かせるには分の悪過ぎるやり方だと実感する。

 召喚される英霊と登場人物を知っていなければ、頭の悪い行動でしかないのだろう。

 

 実質、士郎だからこそ特に追及はされないものの、これが遠坂の様な人物なら怪しい事この上ない。

 

 

「本当は間に人形師やら身体の話が入ってくるが、そこは長くなるだけだしまた今度で」

 

「じゃあ、アキは自分のために聖杯戦争に参加する訳じゃないのか……凄いな」

 

「自分のせい、ではあるけどな」

 

 

 自嘲気味に笑って言うこちらに対し、士郎は床を睨んだまま黙りこむ。

 そして難しい、この主人公に対しては複雑な表情を向けてきた。

 

 

「聖杯は……求めないのか?」

 

「はい?」

 

「だから、その……聖杯だよ。何でも叶える願望器。アキの目的は、聖杯を手に入れる事でも叶うだろ?」

 

 

 都合の良い宝具が見つからなかったら――そう士郎は続ける。

 

 

「俺たちは互いに聖杯を求めないから、互いの目的を協力する形が保っている。

 もちろん、聖杯戦争でアキが無差別に他人を巻き込むとは思わないし、俺も聖杯は要らないからアキと争う理由なんてない。だけど……」

 

「――――遠坂か?」

 

「っ!? あ、あぁ」

 

 

 良くわかったなと言いたげに目を見開く士郎。

 考えている事はやはり原作と同じ。

 

開始時期が一年早いところで、桜ほどの影響は無いと思えた。

むしろ、あれは桜の方が特殊だった訳だが。

 

 

「遠坂も聖杯を欲しているから、俺と遠坂で争いが起きると考えてるのか?」

 

「そうだ。協力して貰って悪いが……俺は、あいつとは戦いたくない。出来れば、二人とも殺し合いなんて馬鹿な事をしないで話し合いで解決してほしいと思ってる」

 

「いやぁ、それは流石に……」

 

 

 理想主義なのは悪いとは言わないが、そこまで虫の良い話を口にするのは頂けない。

 

 そもそも、士郎の非現実的な“正義の味方”を無くすために介入直後に士郎の芯を無理にでも定めさせた訳なのだが……“キリツグ”になるとか抜かして余計に理想を固めただけとはこれ如何に。

 

 

「それに慎二と桜の事も気になる。御三家の間桐なら、戦争に巻き込まれるかもしれないだろ?

 確か前に、本人の意思とは関係なしに聖杯に選ばれる可能性もあるって言ってたよな」

 

 

 士郎の不安は、どうやらその二つらしい。

 争わない、巻き込まない。確固たる意志が瞳の中に揺らいでいる。

 

 

「勝手に決められても困るが……」

 

 

 中指で額を叩く。

 頭を整理しながら、少しずつ言葉を作っていった。

 

 

「俺は……俺たちは、聖杯を求めているわけじゃない」

 

「な、何でだ? 叶えたい願いが無い訳じゃないだろ?」

 

「こっちはさ、石橋は渡る前に役所とかで製造年月や建設会社を調べてから叩いて渡る主義なんだ」

 

「結局叩くんだな」

 

 

 つまり、と言葉を切って、

 

 

「聖杯戦争については、ある程度の情報は得ている。衛宮に話した通り、それぞれ七つのクラスに分けられたサーヴァントとそのマスター。与えられる令呪の数に、御三家と呼ばれる代々戦争を管理する家系。

 ――――だが聖杯そのものについては、万能の願望器って以外に何も情報が無いんだよ」

 

 

 真正面から視線を合わせる。

 緊迫した物言いにつられて、衛宮の身体も自然と強張る。

 

 

「だから聖杯戦争自体は当てに出来ても、聖杯を目的にする事はナッシングだ。

 興味はあるが、それがパンドラの箱じゃない保証も無い。何処にもな」

 

「なら、遠坂とは……」

 

「十中八九、こっちから仕掛ける事はないだろう。衛宮の遠坂は悪い奴じゃないって言葉が当たっていればの話だが」

 

「そうか……良かった」

 

 

 ほっと安堵の表情を浮かべる士郎を見て、ふいに沸く罪悪感。

 

 アインツベルンに置き去りにされたイリヤの事。

 汚染された聖杯――それと繋がっている桜の心臓。

 

 

 誰よりも士郎が知っていなければならない事を、しかし士郎には伝えていない。

 

この少年は信じるだろう。

 良かれ悪かれ、誰に対しても真っ直ぐな人間だ。

 

 

 だからこそ……知った後の反応が怖い。

 俺程度では修正不可能なくらい、事態を捻じ曲げてしまう可能性が大き過ぎるから。

 

 

「……間桐の人は、選定から外れてくれればいいんだが」

 

「あぁ、慎二も桜も、魔術師の戦争になんか絶対に参加したくない筈だ。

 そう言えば、桜はどうする? 流石に戦争が始まる前には遠ざけておいた方がいいよな?」

 

「そうだな。もう一人の藤村さんとやらも、考えなきゃならんし――」

 

 

 ――結局、悩んだ末に喋らないまま、生返事で場を済ました。

 

 遠坂の態度から、すでに聖杯戦争は始まっている事――こちらをマスターの一人と認識していると踏んで、大幅に話し合いを詰めていった。

 

 

 こちらが隣町から移り、明日からこの屋敷を拠点にして過ごす事。

 それに伴い、桜と大河を出入り禁止にして近付かせない事。

 

 

 これはゲームで無く、セーブもロードも出来はしない。

 大河を説得するのはかなり厳しいかもしれないが、下手したら命に関わる事は士郎だって十分理解している筈。

 

 巧みな弁舌で言い負かすのは期待しない。

 それでも、士郎のやり方で気持ちが届く事を願うばかりだ。

 

 

 加えて、忘れてはいけないやり残し。

 士郎ではなく、こちらの用件で大切な事が一つある。

 

 

「おーい、鮮花。ちょっといいか?」

 

「はい? ようやく片付きましたか――って、全然進んでないじゃないですか!?」

 

「ア、アキ! 俺は蔵から工具取ってくる」

 

 

 颯爽と退散する主人公。

 

 

「レディに働かせておいて男二人でお喋りなんて……静かにしていると思ったら、全く」

 

「今から真面目にやるからさ。

 ――そんな事よりも大事な話、いいか?」

 

「……何でしょう」

 

 

 肩をすぼめた格好から一転、真摯に視線を向けるこちらの態度から察したのか。

 真向かいに正座、姿勢を正して鮮花は尋ねた。

 

 陰がサッと室内を埋める。

 

 

 万感の礼を込めて、頭を下げた。

 

 

「無茶苦茶世話になった。改めて礼を言わせて貰う」

 

「……ここまでって事ですか?」

 

「何だ、衛宮との話聞いてたのか」

 

「最後の方だけですけど……雰囲気的に、そろそろかなって」

 

 

 意表を突かれた訳でもなく、淡々と鮮花は言った。

 涼しい顔をしながら、溜め息を吐くに似た感じに言葉を吐く。

 

 

「むぅ、誰かに魔術を教えるというのも、結構面白かったんですけどね」

 

「暫くしたら今度は俺に教えてくれよ」

 

「七夜さんとは師匠が同じなんですよ。私より強くなられたら困るじゃないですかっ」

 

「ケチだな、おい」

 

 

 ベーと舌を出す鮮花。

 その仕草が可愛らしくて、心の中で嬉しく思った。

 

 

 初めて出会ったのは、偶然琥珀を連れて入った喫茶店で。

 藤乃に似ている容姿でなければ、擦れ違いで終わっていたであろう黒桐鮮花。

 

 最初の頃見せていたお嬢様らしい態度よりもこうしたツンが見られるのは、それなりに友人と思ってくれているからか。

 

 

「一ヶ月も経たない内に、また橙子さんの所へ訪れると思うから」

 

「えぇ、その時は貯まりに貯まった恩、少しずつ返して下さいね、七夜さん」

 

 

 別れの儀式にパチンと手を合わせる。

 戻ってきた士郎に合わせて、立ち上がる鮮花と床の掃除に戻る自分。

 

 先に言った様に、今日一杯は士郎の鍛錬に付き合うのだろう。

 面と向かって礼を言うのは恥ずかしいが……また、帰りに送る際に頭を下げた方が良さそうだ。

 

 

 

 

 ――――そうして、全ての準備は整った。

 

 一年早い聖杯戦争。

 今日か、明日か。聖杯は次々とマスターを選び、殺伐とした戦いを告げるのだろう。

 

 こちらも衛宮邸に移り、キャスターを探すと同時に士郎に聖痕が刻まれるのを待つだけとなった。

 後は時が来るまで……やれる事は何も無い。

 

 

 

 

 ……と、こちらが衛宮邸に移るその前に重要な事を一つ。

 

 俺はともかく琥珀と弓塚も衛宮邸で一日を過ごすのだ。

 士郎の生真面目さは十分に信用しているが――

 

 

「衛宮……解ってると思うが、ノック無しに風呂でばったりなんてシチュエーションをしやがったら……」

 

「す、する訳無いだろ、そんな事!?」

 

 

 セイバールートを思い出しながら、主人公に念入りに釘を打っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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