「はあぁ!」

 

 上段から迫る竹刀。

 それよりも早く、士郎の腕を渾身の力を持って蹴り上げる。

 

 士郎の顔が歪み、竹刀は手を離れて宙を飛ぶ。

 すかさず、逆手に構えた脇差の木刀を首元目掛けて突き出した。

 

 後方から聞こえるのは、戦いを見守っている鮮花の声。

 

 

「衛宮さん、投影魔術!」

「っ! ――投影(トレース)開始(オン)!!」

 

 

 ガキッと手に衝撃が走る。

 

 避ける間もなく繰り出された筈の一突き。

 新たな竹刀を魔術で作り出す事により、士郎はその防御を可能とした。

 

 

「で、出来た! 見ろよアキ、俺も実戦で魔術が使えるように――」

 

「――甘い」

 

 

 互いが硬直状態のまま、魔眼を解放して士郎の手首を思いっきり捻る。

 呻き声を上げ竹刀を手放した所に、懐へ潜り今度こそ首筋へ木刀を当てた。

 

 

「よし、チェックメイト」

 

「いっ、ちょっと待てって! 模擬戦で魔眼を使うのか? 俺相手に!?」

 

「油断する方が悪い。俺の島ではノーカンとか言うなよ」

 

 

 確かに対士郎で今まで魔眼を使った事はなかったが、魔眼を隠していた訳ではないため予告なしに使ったとしてもセコイと言われる筋合いはない。

 

 決して負けるのが嫌だったのではないので、悪しからず。

 

 

 言葉を返そうとした士郎は、しかし足がもつれて膝から崩れた。

 額は汗で埋め尽くされていて、体力はどうやら底を尽きかけているらしい。

 

 手合わせ一回の平均が五分に満たないとしても、それを繰り返せばいつかは倒れる。

 体術だけでなく魔術も扱うなら尚更だ。

 

 

「衛宮さんはもう限界ですね。では、ここからは交代です」

 

「やる気有り余ってるな、おい」

 

「えぇ、それはもう……今日は一味違いますよ?」

 

 

 待ちきれないとばかりに士郎を道場の端まで押し退けて、ずいっと対峙する鮮花。

 

士郎の扱いがアレだが、本人は黙したまま手足を広げて大の字に。

 戦いの中での魔術行使が相当神経を擦り減らしたのか、しばらく指一つ動きそうにない。

 

 

 鮮花は少し洒落たキャラメル色の革製トランクを開け、中からガチャリと質量のある物体を取り出し装着する。

 

 白銀に光るガントレットとグリーヴ。

 共に肘先、膝先までを鉄の鎧で覆ったそれは、かつて中世の騎士が身に付けていた紛れもない本物で、

 

 

「え……何それ?」

 

「魔眼対策ですよ、七夜さんの。

体術の差は魔術の差でカバーしても、前回は魔眼でやられましたから」

 

「ひたすら足首狙って転ばせる戦法。太もも眼福でした」

 

「チェイサ――!!」

 

「不意打ち!?」

 

 

 高く蹴り上げられた右足を屈んで避ける。

 いつもに比べてスピードが落ちているものの、鉄の爪先を喰い込まされた日には内出血で済むかどうかは大変怪しい。

 

 後ろに大きく跳躍。

 姿勢を前のめりに倒し木刀を構えながら、取りあえず魔眼を解放する。

 

 

 そうして鮮花の手首辺りに狙いを定めるが……全くもって効果がなかった。

 

 

「堅いって、おい。

 ……あ、でもガントレット装備してたら、発火の魔術使えなくね?」

 

「ご心配なく。これはほら、手は甲の部分しか覆われないようになっていまして」

 

「なにそのオーダーメイド」

 

 

 こちらの呟きに感じるものがあったのか、鮮花はにんまりと口元を曲げる。

 

 防具はなしだろと言いたいところだが、手裏剣やら短刀やら使ってる奴がそんな事いう訳にもいかないだろう。

 役に立たなくて忘れがちだけど、ちゃっかり自分も手甲してるし。

 

 

 魔術の起動言語を口にし、鮮花の手の平に薄らと魔術回路が走る。

 赤く燃える手を突き出してこっちを見据える顔は、いつにもまして機嫌が良かった。

 

 

「火傷する前にさっさと降参して下さいね、七夜さん。

――――いや、七夜っ!」

 

 

 ついに呼び捨てになった。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第十七話

 

 

 

 

 

「――と、ちょっと防具を装備したくらいで年上を呼び捨てする粋がった娘がおりまして」

 

「き、九連敗……うぅ……」

 

 

 座敷で寝転がり、午前でそれなりに酷使した身体を休める。

 少し離れたところでは、鮮花がまだ拳を握りしめて屈辱に震えていた。

 

全くもって、向上心の強い奴である。

 

 

「あんなもの履いてたら、動きが鈍くなるのくらいわかるだろうに」

 

「いえ、でも狙いは悪くありませんでした。現に今回は転ばされませんでしたし……」

 

 

 先の模擬戦を思い浮かべてるのか、眉を寄せて独り言を呟き始める鮮花。

 この真面目さに少しだけ嫉妬しながら、壁にかかった時計を一瞥する。

 

 

 士郎が買い物に出掛けてから、結構な時間が経った。

そろそろ帰ってくるだろうと、腹を押さて家の主をのんびり待つ。

 

 いつもなら道場だけ借り、屋敷へお邪魔する事はない。

 大河も桜も、関わるデメリットはあれメリットのない人物であるから。

 

特に間桐桜は色々な意味で厄介で、これ以上の面倒事は御免被りたい。

 愚鈍な主人公はどこまで了解しているかわからないが、こちらの思うところは察してくれたらしい。

 

 

 よって、本日は土曜で大河は仕事上、桜も用事があるらしく来るのは夕方、だから普段の礼に昼飯を食べていってくれと言われた時は空いた口が塞がらなかったが。

 

 やはり人間、本格的な殺し合いを経験した事がない限りは平和ボケするのだろう。

 

 まぁ、そう思いながら士郎の飯を食べてみたさにホイホイ誘いに応じる自分も、かなり学習能力に問題あるけど。

 

 

「防具は軽量化重視の方向で解決するとして、問題は歪曲の箇所を複数にされた時。

 ……二つならまだしも、三つだとガントレットで隠しきれませんね」

 

「避ければいいじゃんね?」

 

 

 何を悩むかといった具合に、寝転がったまま鮮花の方へ首を向ける。

 劇場版で駆け回ったのと変わらず、鮮花の運動神経は相当に良いのだから。

 

 鮮花は同調せず、不機嫌に言葉を返す。

 

 

「簡単に言いますけどね、結構怖いんですよ? 空間が歪んだのを察知してから急いで跳び退くのって。

 熱源があれば別ですが、そうでなければ目に映るものにしか頼れません。反応が遅れれば、避ける事のできない状態にだってなってしまう」

 

 

 そこで鮮花はぐっと拳を胸に当てて、視線を下ろす。

 睨む表情が、秋葉にそっくりだなと思った。

 

 

「だからこそ、完璧に防ぐ。避けるよりも応戦して防げるようになる必要があるのです」

 

「……そんな事になったら、魔眼が飾りになっちゃうじゃん」

 

「だったらもっと強力にすればいいでしょう!」

 

「もう無理っ! 橙子さんのお墨付きだっての!」

 

 

 修行という名の洗脳放置プレイを思い出して身の毛が逆立つ。

 

 橙子さんのおかげで、それなりに使い物になった歪曲の魔眼。

 予定より長引いた修行も、限界と思わしきところまでは進めてくれたらしい。

 

 認識の限界か、精神の限界かはわからないが。

 

 

「それでも、工夫すれば伸びる筈です。せっかくの長所なんですから、七夜さんだって愛着があるでしょう?」

 

「長所というのかね、これ。

 というか、魔術師なら誰しも特性って感じで得手不得手があるのは当たり前だろ」

 

「え、そうなんですか? そりゃ、師匠や私にも得意分野はありますが他の魔術師までは……あ、良く考えたら衛宮さんにもありますね」

 

「いや、あれは長所と言っていいのか……」

 

 

 勝手に納得する鮮花を余所に、そっと呟く。

 

 

「私と同じで特化型の魔術師なんでしょうね、衛宮さんは。

 強化はともかく高度な魔術である投影を扱えるのはレアですよ、絶対。幾らか教授しましたけど、成功率は他と比べて断然高いですし……難しい割に役には立たない魔術ですが」

 

「ま、そういう事。魔術師は皆、属性みたいなものを持ってるから必要以上に拘るのもな」

 

 

 歪曲の魔眼は、並みの相手であれば十分使えるようになったのだ。

 これ以上、血反吐してまで限界値を伸ばす行為はおそらく割に合わないだろう。

 

 

「だいたい戦闘になれば弓塚が出張るわけで、役目は補佐と生き延びる事に限定されるから……やっぱり後は体術なんだよ」

 

「人間止めるくらいの、ですか?」

 

「それは無い」

 

 

 脱力した感じに手をプラプラと振る。

 志貴じゃあるまいし、七夜の身体と言えども中途半端なこの身では無理に違いない。

 

かつて弓塚と代行者の戦いを間近で見た所為か、鍛錬をしながらも限界を意識できるようになった。否、なってしまったと言うべきか。

 

 

 人間と化け物には、絶対的な境界がある。

 どれだけ頑張ったところで、その線は何かしらの“特別”を持たぬ限りは超えられまい。

 

 その境界線のギリギリ一歩手前まで一心に鍛錬を重ねて辿りついたのが英霊・エミヤ。

 だとすれば、俺なんて百歩も二百歩も後ろで足掻いてるのがお似合いだろう。

 

 

 ……もっとも、理想を目指したエミヤとはそもそも目標のレベルが異なっているが。

 こちらは、ただ弓塚も含めて三咲町で静かに暮らせるように、できれば天寿を全うできるまで平穏な生活を送りたい事が唯一の願い。

 

 鍛錬を続けて死亡確率を減らすのも悪くないが、月姫本編が始まってからほとんどが先行く不安を懸念して駆け回る日々だ。正直そろそろ休みたい。

 

 

「いや、吸血鬼になれば飛躍的にパワーアップ出来るかもしれないが……」

 

 

 と、疲労が溜まっているのか危険な思考が頭を掠めたと同時に、ガラガラと玄関の方から物音が聞こえた。

 

 士郎が帰ってきたのだ。

 

 

「おぅ、おかえりー」

 

「…………」

 

「……ん?」

 

 

 気配が玄関に止まったまま動かない。

 嫌な予感に身体を起こす。

 

 ようやく動いたその気配は、しかし明らかに士郎の足音とは異なっていて、

 

 

「……ぁ」

 

 

 セーラー服姿の間桐桜が、俺と鮮花を見て鞄を落とした。

 後ろに一歩引き、その足元は覚束ない。

 

 少女といった印象が強い、目の前で視線を合わしたまま立ちつくす桜。

 何がこの子をそこまで怯えさせるのか、その挙動に声を掛ける機会を完全に失った。

 

 

 沈黙の中で、無理に調子を戻して挨拶だけ何とかしておく。

 士郎に問い詰めるのは後にして、今はこの場を離れるのが賢明ではないかと頭を巡らす。

 

 俺も鮮花も、桜には衛宮邸の門の前で一度遭遇した程度。

 名前だけは士郎から聞いているかもしれないが、初対面に近いこの状況。

 

 相手が相手だけに、どう転んでもプラスの展開になるのは想像し難い。

 

 

 桜は聞こえていないのか、こちらの挨拶には反応せずにおろおろと視線を彷徨わせて、駆け足で台所へ引っ込んだ。

 

 

 ――――数秒の後、光沢を放つ包丁を握って再び現われる桜。

 

 

「えええぇ!?」

 

「ち、ちょっと貴女、一体何して――」

 

 

 理解不能な行動に身体を急いで立ち上がらせる。

 鮮花も身の危険を感じ、跳び上がる。

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

 ぐいっとこちらに刃物を突き付けて、桜は顔を上げる。

 構えは素人だが、迫力だけは見て取れた。

 

 

「せ、先輩を傷つけているのはあなた達ですか?」

 

「傷つける? 何の事――」

 

「――先輩は最近ずっと身体を痛めていて、昨日なんて腕が動かなかった時もあったんです!」

 

 

 瞳を揺らし、キッと俺と鮮花を交互に睨む。

 その、明らかな敵を見る眼差し。

 

 

「高校も休学すると言って、先輩は私たちと過ごすよりも一人でいる事の方が多くなりました。

 もし、あなた達が先輩を惑わしているのなら……」

 

「な、何だ?」

 

「い、今すぐ出ていって下さい!!」

 

 

 叫びと共に桜は凶器を投げ付ける。

 鮮花が小さく悲鳴を上げるが、それは見当違いに壁へと突き刺さるだけ。

 

 ただし目蓋を閉じて投擲されたため、意図して外した様子ではない。

 つまり、桜は脅すつもりでなく本気という事。

 

 初対面とも言える客人へのこの行為は、明らかに錯綜している。

 

 

(おいおい、何故にこんなヤンデレ値が高いんだ!?)

 

 

 努めて冷静に、無手になった桜へ顔を向ける。

 

 士郎を取られて病む事は、性格からしてわからなくはない。

 しかし、それでもその原因となる相手と対峙して排除しようとする性格かと言えば、そこまで攻撃的な性質では決してない。

 

 穴倉で長年、ひたすら救われるのを願うだけの様な子だ。

 琥珀と似た境遇であれ、一般人に近い桜は精神崩壊しない限りは自身から動こうなどとは思わない筈。

 

 

 それ故に、この状況は逸している。

 まるで、桜の性格が“ズレ”ていなければ辻褄が合わないと考えさせられるくらいに。

 

 

 ――だが、次に聞こえた桜の叫びが別の見解を弾き出した。

 

 

「せっかく手に入れた居場所を……わ、私の安息を奪わないで下さいっ!!」

 

 

 放られた鞄を腕で防ぐ。

 じんと二の腕に響く衝撃を感じながら、納得する。

 

 

「七夜さん、この子の様子は幾らなんでも変です。刃物を使用した時点ですでに――」

 

「いや、錯乱しているわけじゃない。ちゃんと真っ当な、こっちを攻撃するくらいの理由はあるさ」

 

「え、七夜さん?」

 

 

 混乱を示す鮮花の前に、一歩分身体を進める。

 声の調子を落として、前後の二人に言い放った。

 

 

「鮮花、この子は魔術師だ」

 

「ま、魔術師!? でも、この子からは――」

 

「魔力のある人間、と言った方が嵌るかもな。

 要は衛宮を裏の世界に傾ける行為が、それをする俺たちが気に食わなかったんだろ?」

 

 

 その程度の感情ならば、桜が刃を向ける程にはならない。

 “ズレ”の所為とすれば考えなしに解決できそうだが、それ以外にも要因は確かにある。

 

 

 ――それはタイミング。

 桜の精神具合とこちらが士郎へ接触する時期が、上手い具合に重なったのだ。

 

 士郎から聞くに辺り、桜が衛宮邸に通い始めた時期は原作と合致している。

 最近になって笑顔を見せ始めたという言葉から、桜の心境の移り具合は手に取るようにわかる筈だ。

 

 

「巡ってきた場所でようやく人並みに心を落ち着かせる事ができたのも束の間、それを崩されれば情緒不安定になるのも頷ける」

 

 

 当たり前の話だが、人間は予期していた事よりも予期せぬ事の方が精神的ショックは大きい。

 

そういう意味では、この状況も不思議でない。

 顔を合わせる事がトリガーとなるのは、火を見るよりも明らかだ。

 

 

 胸の前で両手を合わせ、小声を発しながら狼狽の様子を桜は表わす。

 それも間を置いた刹那、叫び声へと形を変えた。

 

 

「そ、そこまでわかっているなら、何であなた達は――!」

 

「そうは言ったって、不幸なのはそっちだけじゃないんだ。いちいち他人の事情まで考えてられん」

 

 

 静かに怒気を含めた言葉に、びくりと桜が震える。

 構う事なしに、正面の少女に冷たい目線を浴びせながら言い放つ。

 

 

「救い上げてくれる“誰か”を望んでいるとか、ふざけるなよ。

 馬鹿高い素質を持ってるんだ。結果はともかく、周囲を恨んだりするのは共感できないぞ?」

 

 

 幼くして蟲に犯され続け、塞ぎ込んでしまうのは仕方ない。

 

 けど、桜の姉だってベクトルは別だが悲惨なもの。

 精神崩壊した母親を支えていかなければいけなかったのは、彼女だけだったのだから。

 

 

 桜と境遇の近い琥珀。吸血鬼に変貌して世界の敵となってしまった弓塚。

 混血の当主として生きていく秋葉や一族を皆殺しにされた志貴だって、不幸の度合いはあれ生きるのに必死だった事は変わりない。

 

 

「頭を絞って、少しでも足掻いたらどうなんだ? 世の中には、理不尽な不幸に苦しむ人なんてたくさんいる」

 

「え、偉そうな事を言って……私の立場も知らない癖に」

 

 

 桜は肩を震わせ、一層険しい瞳を向ける。

 その濁った色に、嫌悪感が沸いた。

 

 

 

 

「――――もう……もう、貴方たちは何処かに消えてよ!!」

 

 

 悲鳴が怒りに染まる。

 髪を振り乱して、桜は無造作に周囲の物を掴んでは放つ。

 

 湯呑み、盆、急須を筆頭に、手当たり次第我武者羅に。

 割れ物の音が室内を包み、散らばる破片が屋敷を荒らす。

 

 

 ヒステリックを起こしたように、桜の暴挙は止まらない。

 余りの狂乱ぶりに隙を突かれ、頬にフォークが刺さった。

 

 

「いたっ、痛い!?」

 

「っ、危ない!」

 

 

 痛みに気を取られ、次は木製のまな板が角を向けて一直線に襲いかかっていた。

 横に転がろうとして、畳み一面に敷かれた破片が目に映る。

 

 なにこのトラップ。

咄嗟に左手で顔面を庇う。

 

 

「――AzoLto!」

 

 

 前方に跳び出した鮮花が、腕を薙ぎ払い燃やし尽した。

 振り向く暇もなしに、片方の手にも魔術式を起動させて声を張る。

 

 

「七夜さん、事態は呑み込めませんがまずはあの子を止めましょう!

 やはり錯乱しているとしか思えません。放っておいたら近隣への被害になりかねませんよ! 騒音的な意味で!」

 

「お、おぅ!」

 

 

 腰に結びつけてある刀崎製の脇差を抜き、逆手に構える。

 本物の凶器を見せつける事で桜の動きが止まるのを期待したが、この少女はお構いなしに叫び声を上げ続ける。

 

 

……いっそ首を刎ねてしまおうか。

 不安要素の一つは消えるが、代わりに士郎との間に深い溝が出来るに違いない。キリツグを目指すというなら尚更。

 

 上手く、意識だけを刈り取るしかないのだろう。

 

 

 迫ってくる家具をスローに感じながら、完全に感情に呑み込まれたであろう桜に神経を集中させる。

 そのエネルギーを衛宮邸でなく間桐邸で使ってくれればと、具合の悪さに嘆息する。

 

 嫌われているのだから、仕方ないけど。

 

 

「鮮花、先手は任せた!」

 

「了承っ!」

 

 

 飛来する椅子に狙いを定める鮮花。

 魔力を用いない桜相手なら一人でも十分だが、これ以上荒らさせずに手早く済ますなら――

 

 

「まずは――FoLLte!!」

 

 

 狙い澄ました物体に叩きこんだ拳が着火し、爆発を起こす。

 爆煙が瞬く間に部屋中を埋め尽くす中、駆けた。

 

 感覚を頼りに障害を避ける。

 ――途端、けたたましい音が室内に鳴り響き、

 

 

「っ!?」

 

 

 狩る瞳と虚ろな瞳が交差した瞬間に、慌てて後ろへ転がるよう跳んだ。

 

桜の狂気に当てられた訳ではない。

 着信音のメロディに、心臓が掴まれる錯覚。

 

 

「――――桜、士郎がヤバい!!」

 

「えっ……」

 

 

 状況も忘れ、敵味方なしに叫んだ。

 

慌てて携帯を開く。

 着信歴は間違いなく士郎本人で、呼び出しの時間も約四秒。

 

 紛れもない合図が送られたのだ。

 

 

「な、七夜さん? 一体何が……」

 

「緊急連絡だよ。身の危険があった際には電話の切り方で状況を伝えるようにしてあるんだが……」

 

 

 襲われた際に呑気に携帯電話を弄くっている暇はない。

 それでも、戦闘への移行前に対峙する状況が作られればボタンを押す余裕はあるだろうと判断しての取り決め。

 

 士郎からの着信だけは曲を替え、すぐに気付けるよう設定してある。

 

 そして、ワンコールは危機的状況を表わし。

 ツーコールではその手前を示す様になっている。

 

 

「じゃ、じゃあ先輩が――!」

 

「少なくとも、今ここで衛宮を取り合っている場合じゃないって事だ!」

 

 

 次いで、携帯がまた着信音を響かせる。

 メロディの違いから今度はメールだと解り、若干だが胸を撫で下ろした。

 

 メールが打てるという事は、命を狙われる程の状況ではないと思える。

 

 

 直ちに内容を確認して駆けつける支度を。

 問題は送られた文字に目を通した瞬間、頭の痛い状況に思わず口から洩れた事で、

 

 

「――――遠坂に拉致された?」

 

「……ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

小説置場へ

 


管理人 桜アンチじゃ ありませぬ

7/21 修正