「では衛宮さん、今から五段階に分けて少しずつ魔術回路を開いていきます」

 

「俺は何をすればいいんだ?」

 

「少量の魔力が籠ったビー玉。これを嘗めて下さい」

 

「楽勝じゃないか」

 

 

 数分後、額に玉のような汗を張り付かせながら苦悶に耐える士郎の姿が。

 魔術講座は、どうやら順調に進みそうである。

 

 ……教えているのは俺でなくて鮮花だけど。

 

 

「さすが鮮花先生っ! 俺にはできない事を平然とやってのける! そこに痺れる憧れる!」

 

「人を褒める前にもっと勉強したらどうですか?」

 

「すでに頑張った」

 

「努力が足りないんです! 全く、師匠は同じなのに何でこんなに差が開くのよ?」

 

 

 こちらを訪ねてきた士郎を一旦家に帰し、その翌日から魔術の訓練を開始した。

 

 まずは士郎の魔術回路を開かなければいけないのだが、不幸にも連れの二人は魔術師でなく、加えて自身も知識だけの魔術師風情。

 

 橙子さんが関わる筈もなく、鮮花に頭を下げたのは当然の流れと言えるだろう。

 計画通りなので、何も問題はないのだけど。

 

 

 頬を突っ張らせ、叱るようにして鮮花は言う。

 

 

「プライドってものはないんですか、七夜さんは?

 都合がついたから協力しましたけど、あんまり頼ると上下関係が築かれちゃいますよ」

 

「実力では負けた事ないし大丈夫だろ」

 

 

 からかうような口調に対して、余裕をもって不敵に返す。

 

 同じ環境で魔術を習うも、鮮花とは大分差をつけられた。

 魔術師としてなら大敗ものだが、互いにそこは重要視していない。

 

 覚えたところで、相手より弱ければ意味ないのだから。

 

 

「ゴッドフィンガー当たらず、現在は八勝ゼロ敗。人間、やっぱり身体が基本だな」

 

「バ、バランスの方が大事でしょ。魔術と体術を応用させてこそ、幅広く対応できる力が――」

 

「勝ってから言うがいい」

 

「くっ……」

 

 

 ギシっと歯を噛みならす鮮花。

 模擬戦で未だ勝てないのが悔しいのか、対抗心を瞳に宿らせ投げつける。

 

 

 真正面からの戦いは七夜の得意とするところではないが、それでも身体能力の高さは折り紙つきだ。

 ちょっと運動神経の良い女子学生くらいなら、悪いが相手にはなり得ない。

 

 それでも何だかんだ言って勝負になっている辺り、こちらが弱いのか鮮花が優秀なのか。

 

 

「まぁ、勝負の話はまた今度にな。今は怪我する訳にもいかないし」

 

「むぅ、仕方ありませんね。

……あ、それはそうと、七夜さんに藤乃からお届けものです」

 

「届け物?」

 

「最近会っていないから、本を返しておいてと頼まれまして」

 

 

 そう言って文庫本をこちらに手渡す。

 

 

「二人とも仲良くやってそうで何よりです」

 

「従妹だしな。そっちはどうなんだ? 幹也さんと、こう……」

 

「……あの女が目覚めてからというもの」

 

「あぁ、ご愁傷様」

 

 

 目の敵、というのだろう。

 去年の冬頃から、両儀式が伽藍の洞に顔を出すようになった。

 

 

 蒼崎橙子がいつ彼女に接触したのか、正確な時期はわからない。

 極力こちらは“空の境界”に関わらない事を、弓塚の身体を手に入れようとした際に取り決めたからである。

 

 もっとも、修行という名目で監禁されている日々が多かったために、外での動きを探れる機会なんてものは存在しなかったわけだけど。

 

 

(しかし、どこまで原作通りに進むやら……)

 

 

 この時期にすでに鮮花が魔術を会得しているというのは、大きなズレだ。

 

藤乃と鮮花の関係も、原作とは大分異なる。

 藤乃自身、従兄の存在というファクターがどう影響するのかも問題であり、物語が逸れる可能性も少なくない。

 

 

 良い方向に逸れてくれるよう願ってはいるが、さてどうなるか。

 

 

「魔術も恋も、お互いに苦しい勝負ですね!」

 

「いや待て、俺のは健全な兄妹愛だ」

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第十五話

 

 

 

 

 

「さて、では恒例の作戦会議を始めたいと思う」

 

「え、だって今からエンタの――」

 

「お茶を用意しますね」

 

 

 夕食、風呂、そして寝巻に着替えて残りは夜を過ごすだけ。

 見計らって、琥珀と弓塚に声をかけた。

 

 

 一日かけて魔術回路を開いた士郎。

 彼が無事家に着いたのを確認した後、最寄りの駅まで鮮花を見送った。

 

 最初の一歩に、鮮花の力が必要だった。

 もちろん、今後も協力を仰げるものなら仰ぎたい。

 

 が、鮮花もあれで忙しそうであるし、何より巻き込む訳にはいかないだろう。

 聖杯戦争が始まれば、自ずと距離を置かなければならなくなる。

 

 

 

 

 湯呑みを順に座卓の上に並べる琥珀。

 足を崩し、三人でテーブルを囲う形になる。

 

 

「会議と言っても、そんなに深刻なものじゃないけどな。

 衛宮にこちらが協力する姿勢は見せたから、これで同盟関係が結ばれたって事が一つ」

 

「衛宮さんが使役されるものは……サーヴァント、でしたっけ?」

 

「そう。衛宮は前回の聖杯戦争の犠牲者でもあるし、聖杯を望んでなくともマスターに選ばれる可能性は高い」

 

 

 隣に座る琥珀は、そうですかと頷く仕草。

 畳みの敷かれた狭い部屋で茶を啜りながら、とうとうスタートラインに立ったのだと感慨深く思った。

 

 

 聖杯戦争については、予めその概要を二人に説明してある。

 

加えて、琥珀にはさらにその奥。

 呼び出されるであろう英霊たちと、主人公の衛宮士郎が辿る顛末を話した。

 

 弓塚には話していない、というよりそこまでは到底話せない。

 故に弓塚自身、聖杯戦争に参加する事と蒼崎橙子の呪いを解く事の関連性が見られていないままだろう。

 

 

 それでも、ある程度の説明で満足したのか、弓塚からの言及は無い。

 自身の役割を心得ているのか、ひたすらに信じてくれているのか。

 

 この荒んだ社会の中で、貴重な性格である事は間違いない。

 

 

「それで弓塚。使い魔の様子は?」

 

「大丈夫、今日も元気に走り回ってるよ」

 

 

 弓塚は胸を張って答える。

 使い魔、それは弓塚の血を分け与えた十匹のワン公の事である。

 

 

「大家さんに空き部屋を貸してもらってるから、飼う場所にも困らないしね。

 あの子たち日光弱いから」

 

「結構鬼畜だよな、暗示の魔眼って」

 

 

 数日前に保健所から頂戴してきた多種多様の犬。

 チワワからブルドックまで何でもござれのそいつらは、現在弓塚の従順な下僕と化している。

 

 

 ――――葛木より早く、キャスターを発見する事。

 

 

 それが、この使い魔たちに与えられた使命である。

 弓塚には、単にマスターのいないサーヴァントを探すためと言ってあるが。

 

 問題はキャスターのマスター殺しがいつ起こるか不明である事。

見つかるまでの間、毎晩辛抱強く探すしか方法はないのだろう。

 

 

「本来なら、俺も一緒に出掛けてた筈なんだが、今日は士郎の面倒見てたからな」

 

「危険だから、わたしに任せてくれればいいのに……」

 

「馬鹿、見つけてもすぐに現場にいけなかったら、契約のチャンスを逃すかもだろ?」

 

 

 聖杯戦争に介入する際、どう動くか。

 悩んだ末の結論が、キャスターの捕獲を優先とした原作無視の介入だ。

 

 そもそも、ルールブレイカーを手に入れなければ意味がない。

 加えて、この不安定な世界で果たして士郎が選択肢を間違えずに最後まで戦い抜けるのかを考えた時、それは余りにも歩が悪い。

 

 

(原作の流れを捨てるデメリットは大きいが……)

 

 

 士郎を味方につければ、セイバーのサーヴァントと共同戦線。

 キャスターのマスターになり原作通りにアサシンを召喚させれば、その時点でサーヴァントは三体となる。

 

 そして当初の戦力として死徒・弓塚さつき。

 

 ここまで戦力が揃えば、並大抵の事は乗り越えられると踏んでいる。

 

 

 ギルガメッシュは鞘を返したセイバーと士郎の全投影連続層写が決まれば勝ち目がない事もないし、バーサーカーには感応能力の補強効果にキャスターの強化魔術を加えた弓塚が魔術殺しと怪力スキルを発揮して挑めばおそらく狂戦士と言えども何とか抑えられる。

 

 とにかくキャスターさえ手中に収められれば、厄介な展開はないだろう。

 

 

 

 

 もっとも、全てが計画通りに行くほど楽観的には構えていない。

 相応の覚悟を持って臨んでいる聖杯戦争だが、危なくなったら迷わず撤退だ。

 

 三咲町と違い、冬木には思い入れはないのだから。

 

 士郎には悪いが、兎にも角にもこっちの最優先事項は生き残る事。

 見も知らぬ人達よりも、自身や琥珀、弓塚の命の方が遥かに重い。

 

 

 そして、懸念事項はもう一つ。

 

 

「弓塚って魔力の総量は多いよな?」

 

「うーん、良く分からないけど、橙子さんに褒められるくらいは」

 

「俺の何倍あるんだか……」

 

 

 頼もしさと同時に、都合の悪さに苦笑する。

 

 裏切りの魔女、メディア。

 そのマスターは、やはり弓塚には任せられないから。

 

 サーヴァントを制御するための絶対命令権。

 令呪は召喚した際にマスターに与えられるものであるが、それ以外にもマスターが手にする機会はある。

 

 聖杯による令呪の分配。

 マスターが令呪を残したまま聖杯戦争を脱落した場合、その令呪は一旦聖杯の元に送られ――後にマスターとサーヴァントが契約を結んだところで再分配される。

 

 

 しかし、こちらがキャスターと契約を結ぶであろう時期は戦争の序盤。

 万が一にもキャスターを呼びだしたマスターが令呪を使いきらないで殺されたのであれば、一画か二画、令呪を手にできるだろう。

 

 だが、その可能性はあまりに低く――

 

 

(多分、キャスターを令呪無しで従えなければならなくなる)

 

 

 キャスターが聖杯に何を願うかは知らないが、マスターと信頼関係を結ぶ姿は想像し難い。

 

 むしろ、マスターを傀儡として裏で暗躍するのを望むだろう。

 葛木総一郎が特殊な人物であっただけであり、彼の真似をして振る舞ったところで本性を見抜かれ殺されるのがオチである。

 

 

 よって、キャスターをコントロールするには魔力を最小限しか与えずに制限を掛けるしかない。

 契約を結ぶ条件として魂喰いを禁じ、且つ魔力の少ない俺をマスターとすればかなりの行動に自由が利かなくなるのではないか。

 

 ……サーヴァントとして戦力外になるのも確定的となってしまうけど。

 

 

「取りあえず、衛宮に聖杯戦争が終わるまで高校を休むよう頼んだから、明日からは向こうで魔術と体術の鍛錬をやってくる。

弓塚は悪いけど一人留守番ってことで」

 

「うー、最近身体が鈍ってきてるような……」

 

「この町は物騒な人が多いからな。

どのみち戦争が始まれば、嫌でも身体を動かさなきゃいけなくなるさ」

 

 

 間桐桜の存在も、極めて厄介。

 

 正直、士郎に対しての好感度以外に桜ルートに入る分岐点は見当たらないのだから。

 そして、ゲームならともかく現実の好感度なんてものを数値で表す事はできない。

 

 アンリマユの登場だけは、勘弁願いたいものである。

 

 

 

 

 可愛らしい寝巻にカーディガンを羽織った姿の琥珀と弓塚。

 二人に交互に視線を移し、思う。

 

 

 三咲町の猟奇殺人事件が終息してから、約九ヶ月。

 今一度、死地を駆けずり回る機会が巡ってきた。

 

 志貴も真祖も代行者も秋葉もいない中で。

 絶対勝たなければいけないわけでないにしろ、この機会を逃せば弓塚の問題はまた一から練り直しだ。

 

 

 人生の踏ん張りどころ、という奴だろう。

 

 

「弓塚の身体……苦労して手に入ったら三人の宝物みたいな感じだな、もう」

 

「わ、わたしがアキ君の宝物……」

 

「さ、さっちゃんだけ宝物扱い?」

 

「待て、言ってる事なんかおかしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

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短くて御免ね!

今回は今後の方針を。まぁ、言わずとも計画通りに進まない事は確定的