この世界には原作設定との“ズレ”が存在する。

 

だが、それと同時にある種の“必然”とも言える運命的な操作がある事も、この世界での出来事を振り返ると思えてくる。

 

 

 猟奇殺人の開始時期が違えど、弓塚はロアに襲われ吸血鬼化した。

 浅神家に伝わるのは原作と異なり歪曲の能力と限定的であったが、これも藤乃が原作を沿う分には何ら問題ない。

 

 ただ、琥珀は遠野への復讐に走らなかった。

 つまり、中途半端な介入でなく根から原因となるものを捻じ曲げてしまえば、その手の運命操作は立ち切れる可能性があると言う事。

 

 

 内に入るか、外で見守るか。

 

 曖昧な介入は後々身を滅ぼす原因になり得るのだろう。

 

 

 去年、事件が始まったら弓塚を避難させておこう――なんて甘い考えで、見事に先手を取られて頭抱えたのはいい思い出。

 

 

 

 

 ――――そんな事を、夜行列車に揺られながら思ったのだ。

 

 

「結局、大した魔術は覚えれなかったしなぁ……」

 

「げ、元気出しなよアキ君! 橙子さんも言ってたじゃん、世の中には凡人と天才がさ、ね?」

 

「……さっちゃん、それフォローになってない」

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第十三話

 

5th – Heaven’s Feel

 

 

 

 

 

   *

 

 

 心なしか、手が震えている。

 

 客人用の湯呑みにカチンと当たる急須。

 衛宮士郎は数秒の間だけ目を瞑り、幾ばか早くなった動悸を整えた。

 

 

「……ふぅ」                                                    

 

 

 いつもの様に高校へ行き、友人――柳洞一成の仕事を手伝い、藤ねぇこと藤村大河と妹分である間桐桜の三人で夕食を終えた。

 

 ここまではいい。別段、何も変わらない日常だ。

 

相変わらず同居人は騒がしいが、そのおかげか間桐桜が一月前と比べて少しずつ年相応の少女らしい表情を現すようになってきた。

そんな桜を見て、やっぱり女の子は笑ってるのが一番だな、なんて士郎は微笑ましく感じている。

 

 

 だからだろうか。

 

 突然と言ってもいい来客に、士郎は必要以上の焦りを感じている。

 

 

 

 

帰路に着く二人を見送った後に、その訪問者は現われた。

 

ちょうど一息ついたところに屋敷に響く呼び鈴。

まるで、自分が一人になるのを待っていたようだと士郎は思った。

 

 

 訪ねて来たのは記憶にない女の子二人。

どちらも自分と同年代か、一つ年上に見える風貌。

 

 こんな時間に、それも女の子が――と士郎の頭に浮かんだのは二人の身の心配と奇怪な状況に対する若干の疑念であった。

 

 新聞の集金にしては一人多いし、恰好も仕事上のものでなく街中で見かける様な洒落た格好。片方の子が手さげの鞄を持っていた事から、宗教勧誘の線が浮かび上がる。

 

 

 しかし、直後に掛けられた言葉は大よそ士郎の予想できるものでなかった。

 

 

 

 

 ――――魔術師として、衛宮さんにお話に参りました。

 

 

 

 

 お茶受けを掴んで盆に乗せ、客人を待たしてある居間に足を向ける。

 

どんな用件かはわからないが、発する声は穏やかであった。

少なくとも、魔術師という言葉から連想される様な物騒な雰囲気を纏っている風ではない。

 

 もっとも、これまでの生涯で自身の養父以外の魔術師と出会った事のない士郎が魔術師に対して抱いている想像は、些か客観性の欠けるものではあったが。

 

 

「すみません。お待たせしました」

 

 

 湯呑みをテーブルに置いて渡す。

 一礼して、彼女らはそれを受け取った。

 

 正座の姿勢は崩さないまま、微かに口元を綻ばせる。

 やはり悪い人じゃないかもしれない、と士郎は礼儀の正しさから単純にそう感じた。

 

 

「……あんた等、二人とも魔術師なのか?」

 

 

 尋ねて、ぶっきら棒な言い方だと口を噤んだ。

 

 士郎とて並みに礼節は知っているが、どうにも素が出てしまう。

敬語はともかくとしても、流石に“あんた等”は初対面の、それもわざわざ足を運んで来た者に対して失礼だろう。

 

 

「魔術は知ってますけど、魔術師ではありません。

 あ、それと、言葉遣いは変に気にしなくても構いませんよ。イメージ通りですし」

 

「イメージ?」

 

「気にしないで下さい」

 

「そ、そうか……」

 

 

 薄い紫の髪を後ろで結んだ子に言われて、言葉を詰まらせながらも返事を返す。

 顔色で判断されたのか……どちらにしても、洞察力は優れていそうだ。

 

 隣に座る赤髪の子は黙したまま、同じ子が言葉を続けた。

 

 

「まずは簡単に自己紹介を済ませておきましょう。

 俺は磯野アキ、それでこちらが――」

 

「磯野琥珀です」

 

 

 良く透き通る声で、少女は言った。

 

 苗字が同じと言う事は、二人は姉妹なのだろうか。

 それにしてはあまり似ていない。否、それ以外にも士郎には違和感があった。

 

 

「俺?」

 

「ボーイッシュな女、ではないですから。歴とした男ですよ」

 

「……」

 

 

 思わず固まる。

 

いや、言われてみれば、男に見えない事もない。

容姿はともかく、磯野アキと名乗る人物の身体は女性特有のふくよかな感じはしなかった。

 

ただ、ガタイが良いと言う訳でもなかったので、士郎にとっては本人の口から言われなければやはり気付かない事と思えた。

 

 

「まぁ、それはともかく……そうですね、先程は否定しましたが、取りあえず三流の魔術師と思って頂ければ話しやすいかと」

 

「ん、わかった。

 俺は衛宮士郎。高校は穂群原学園ってところに通っていて……一応、魔術師をやっている」

 

 

 歯切れの悪い、らしくない物言い。

 

 それは自然な事なのだろう。

士郎自身、碌に魔術が扱えない事に加え同類との接触が一度もなかったのだから、そう名乗るのは戸惑われた。

 

 魔術師見習いと格を下げたところで、果たしてそれすら見合うかどうか。

相手が魔術師として求めてきた以上、まさか一般人と称する訳にもいかないが。

 

 

 士郎の含むところに気付いたのか、アキは苦笑して言った。

 

 

「ここに来る手前、衛宮さんの事情は調査させて貰いましたから気になさらずに。

 衛宮切嗣さんや藤村大河さんの事も同様です……もし、気分を害したのならすみません」

 

「い、いや、そんな事はないぞ。大丈夫だ」

 

 

 畏まる姿に、慌てて頭を振る。

 

 身の回りを調べられて顔をしかめるのは士郎も同じだが、魔術師同士の対話が前提なら話は別だ。

魔術師側の常識を士郎が知る由はないにしても、普通と比べて慎重さが必要であるくらいは想像できた。

 

 

 むしろ、士郎にとっては衛宮切嗣という言葉にこそ興味を持った。

 

魔術師としての養父。

 

彼がどんな魔術師で、どんな事を為してきたのか。

士郎は全くと言っていいほど知らないのだから。

 

 

「それで、二人は何で……えっと、俺なんかのところに?

 生憎だけど、俺は――」

 

「魔術師としては未熟、ですか?」

 

「え、あ、あぁ……」

 

 

 先を言われる形で、アキが言葉を遮る。

 士郎は面喰って目を剥いた。

 

 

「そ、そうだ。もしかして、そこまで調べていたのか?」

 

「環境から判断してです。切嗣さんは亡くなられていますし、衛宮さんは魔術協会にも属さないフリーの方ですから。おそらく、魔術を習得する環境が整ってはいないのではないかと思いまして」

 

 

 聞きなれない単語に、士郎は眉を寄せる。

 しかし少なくとも――相手が自分の力量を周知した上で話を持ちかけて来たという事は、士郎にも理解できた。

 

 

「それでも、衛宮さんには話しておきたいのです。

 ――――この町で起こるであろう、災いを」

 

「災い?」

 

「聖杯戦争、という言葉をご存知ですか?」

 

 

 役者に似た、迫力ある物言いに気圧されるのを感じながら、士郎は首を横に振る。

 

 

「知らないが、何なんだ、その……何とか戦争ってのは? やけに物騒な響きだけど」

 

「聖杯戦争。七人の魔術師による、聖杯を掛けた殺し合いです。

 聖杯とはあらゆる願いを叶える願望器。その奪い合いが、この冬木の町でおこなわれる」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれっ」

 

 

 飛んだ話、というのはこういう事を言うのだろう。

 相手が言葉を紡ぎ始めてから一分も待たずに、士郎は静止の声をかけた。

 

 より一層、眉を折り曲げて顔全体で理解が及ばぬ意を表す。

 

 

「何だか話がファンタジー過ぎやしないか?

 願いを叶えるとか、殺し合いとか……もしかして、俺をからかって――」

 

 

 言い切る前に、士郎は視線で押し負けた。

 

 蔑む訳でもなく、驚愕に見開く訳でもない。

 ただジッと無表情で伺ってくる視線に、己の言い分は場違いであると飲まされてしまっただけ。

 

 

「魔術師通しの殺し合いなら、それも七人ほどならまだ規模は抑えられますが、聖杯戦争には厄介な事に最高位の使い魔を持ち駒として使役できる特権があります」

 

 

 態度を変えず、アキは話を続けた。

 

 

「これはサーヴァントと呼ばれるのですが、彼らは単体で町一つを滅ぼせる力を持っています。

……それが七つも呼ばれ互いを殺しあったらどうなるか、わかりますか?」

 

「どうなるって……そんなのは」

 

「甚大な被害が生じるのは想像に難くない。

 第一、衛宮さん。貴方はこの戦争を、そしておそらくは聖杯自体を目にした筈です」

 

「え?」

 

 

 アキは念を押すように、視線を鋭くして士郎に向ける。

 

 

「貴方は十年、いや、九年前の大火災の生き残りだ。

 “その場”にいた貴方なら、きっと何かが見えたでしょう」

 

「な、何の事だ? そもそも、あの事件が何で関係して――」

 

「――わからないのですか? 未だに原因不明の大火災。あれこそがまさに、聖杯戦争が残した大きな爪痕です。

 そして得体の知れないモノを見た筈です。そう、例えば……」

 

 

 士郎の動揺にも反応を示さず、アキは言葉を切って顎に手を当てた。

 

 士郎の身体が、膝下から段々と強張る。

 否が応にも、ぼんやりと脳裏に映し出される死に際の情景。

 

 

 

 

「――――空に浮かぶ、底なしの丸い孔」

 

「っ!?」

 

 

 黒だ、と衝動的に叫びたくなる。

 世界の色が失われていた士郎にとって、そこだけひたすらに黒かった。そんな記憶が色を付けて蘇る。

 

 まるで、と記憶が鮮明になる前に士郎は手を動かす。

 座卓の上に置かれた湯呑みをぐっと掴み、喉に流し込んだ。

 

 

 その様子を不審に思ったのか、士郎が向き直るまで続く声は聞こえなかった。

 顔を上げたのち、士郎に向けられたのは申し訳そうな表情で、

 

 

「無理に思い出させてしまって、すみません」

 

 

 律儀に謝罪を通した。

 

 

「思うところは色々とあるでしょうが、今は聞いて下さい。

 俺たちは使い魔について三流の魔術師なりに研究をしているのですが、それで使い魔の最高位であるサーヴァント、ひいては冬木の聖杯戦争に辿りついた。万能の願望器は少々胡散臭く感じていますけど、サーヴァントの召喚は紛れもない真実です。

加えて、聖杯が召喚の補助をしてくれているというのだから、つまりは実力の低い魔術師でもサンプルを手に入れるチャンスとなります」

 

 

 そこでアキは言葉を一旦止め、正面から士郎を見つめた。

 吐き気の様な余韻が胸に残っている士郎も、真摯にその瞳を見返す。

 

 話の流れが、少しずつ輪郭を伴ってくる。

 

 

「しかし、それと同時に聖杯戦争で起こり得る被害も知ってしまった。

 一月後か、一年後か。近いうちにまた、この地に聖杯が降霊して魔術師同士の争いが勃発するでしょう。今度は、一層大きな惨事を招くかもしれません」

 

「……あんたは、それを止めるために?」

 

「サーヴァントへの興味があっての事ですけどね。そんなに立派な人間ではありませんよ。

 ですけど、どういう形であれ、関わるのなら無関係な一般人を巻き込むのは防ぎたい」

 

 

 実力に似合わない事を言ってますけど、とアキと名乗る男性は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

自嘲する青年。しかし士郎は笑わなかった。

 否、笑えなかった。むしろ、彼の立ち位置に羨望を抱く気持ちが沸き上がる。

 

 魔術師の殺し合い。人を超えた力を有するサーヴァント。巻き込まれる善良な一般人。

 士郎の中で、自身の存在意義が明確になっていく。

 

 

 ――――正義の味方。

 

 養父の顔が、脳裏をよぎった。

 

 

「じゃあ、魔術師としての用件は……」

 

「はい、きっと、衛宮さんの思っている通りの事を尋ねに来ました。

 ――――聖杯戦争に関わる気は、ありますか?」

 

 

 つまり、と士郎は息を飲む。

 

 アキという魔術師が求めているものを、頭の中で状況を整理し組み上げる。

 

 

 聖杯戦争に参加するなら、魔術師である自分を今この場で抹殺するか。

 もしくは手を組み、互いに争わない事を事前に取り決めておくか。

 

 会話で予想できる彼の性格、聖杯よりもサーヴァントを重視して無関係な人間を巻き込みたくないという言葉を全面的に信用するのであれば、ここは後者であろうと士郎は思った。

 

 

 だが、果たしてそう簡単に信頼していいのか。

 基本的に人一倍のお人好しで嘘を知らない士郎にも、“魔術師同士”の会話である事が相手の意図を素直に汲めない要因となっている。

 

 

「関わるのなら、衛宮さんと同盟を結びたい。大きな被害を出さない、要は悪質な魔術師の暴走を食い止めるといった点で。

 もっとも、出会ったばかりの人間を、それもこんな物騒な話自体を信用しろというのは難しいかもしれませんが――」

 

 

 一度、湯呑みに口をつけて間を置いた。

 つられて、士郎もお茶を飲む。無性に喉が渇いていた。

 

 

「――万が一、衛宮さんがサーヴァントを召喚した後に訪れるとなれば、また別の意味で話が通しにくくなります。

勘ぐられ、サーヴァントに首を切られるのが関の山でしょう」

 

「それは……」

 

 

 確かにその通りかもしれない、と士郎も頷く。

 

 現在の士郎は未熟な魔術師以下の存在だが、サーヴァントとやらを手に入れた後では利用価値が大きく跳ね上がる。

 

 奪うにしろ取り込むにしろ、無知であればある程いいように利用できるのだ。

 そんな事は、士郎でも容易に想像できる。

 

 

「だからこそ、聖杯戦争が始まる前に会って話を通したかった。

 聖杯戦争に参加する魔術師は、誰でもない聖杯自身が選定します。聖杯を求めていなくとも、時には魔術師でない人ですらサーヴァントを行使して戦争に参加する、もしくは巻き込まれる事がある。

もちろん確率は低いですし、他に有能な魔術師がいればそちらが優先される可能性は高いですけど」

 

「……少なくとも、先に話しておけば余計な争いを起こさずに済むってことか。サーヴァントってものもいない今なら」

 

「はい。魔術師同士、水入らずで。

 お互いに七人の中に選ばれるかわかりませんし、選ばれなければサーヴァントも使役できないため介入はほぼ不可能。ですから、もしも衛宮さんが選ばれずにこちらだけ選ばれた時は、衛宮さんに協力しましょう」

 

「協力?」

 

「衛宮さんが聖杯戦争による被害者を出したくないと言うのであれば、全面的に協力すると言う事です」

 

「な、何だって!?」

 

 

 思わず声を上げた。

 それでもアキは落ち着いた様子で、抑揚の無い声を士郎に向ける。

 

 

「その逆であれば……どうでしょうね。歩が悪くなればこの町から撤退しますが、そうでない限りはこの地の聖杯を拝みたいとも考えています。本物であれば、一目見るだけでも価値ありですし」

 

「何だか、条件が割に合っていなくないか? そっちは全面的に協力するのに、俺は大した事をできそうにないんだけど」

 

「衛宮さんだって同じようなものです。幾ら被害者を減らしたところで、貴方自身にメリットはないのですから」

 

「いや、だって俺は……」

 

 

 満足だから、と言ったところで、一体誰が本気にするのか。

 だから士郎は考えた末、そこから先を口に出さず、飲み込んだ。

 

 士郎が黙るのを納得したと見たのか、再びアキは話を続ける。

 

 

「理想は、お互いがサーヴァントを持つ事です。そうなれば他の魔術師にも引けは取りませんし、被害の拡大も協力して動けば最小限に抑えられる。

 何より、聖杯を求めるという前提で参加していないのであれば、互いに安心して背中を預けられますから。もっとも、聖杯の話を聞いた衛宮さんが何か聖杯に望むと言うのであれば、この話は無かった事にして大人しく帰らせて頂きますけど」

 

 

 そう言って、アキは話を締めた。

 

 七人という限定された人数の中で、同盟を組む効果は非常に大きい。

 

 

士郎はどういった形で戦争を行うかは知らない。

だが、策略や裏切りが錯綜するかもしれない中で、動機づけられた信頼関係があれば確かに心強いだろうとは思う。

 

聖杯を求めないのであれば、互いの協力関係はメリットが大半を占めるものになるからだ。

 

 

「この同盟は、あくまで衛宮さんが聖杯を求めない、付け加えては戦争の被害者を出したくないと考えていなければ成立しません。

 文字通り、これは戦争であり場合によっては命を落とすでしょう。そして命を張ったところで報酬はありません。ただ、町の平和が守られるだけ」

 

「だけ……だって?」

 

 

 誰にも届かぬ小さな声で士郎は呟く。

 

 聞いて、何だそれはと半ば思考が止まった。

 

 

 ――――その、パズルの様に嵌る、自分ぴったりの条件は。

 

 

 不謹慎にも、その聖杯戦争で当て嵌められた条件は、士郎にとってやる気を起こさせた。

 アキの、正面の魔術師の言葉を信じるなら、士郎が断る道理は何もない。

 

 むしろ協力させて貰うべきだと、士郎は汗ばむ拳を隠して握り締める。

 

 

「大丈夫だ……いいや、その話が本当なら、俺はじっとしている訳にはいかない。

 七人に選ばれなかったとしても、平穏に暮らしている人を巻き込むのなら、俺は――」

 

「サーヴァントなしで争いを止める事は無理ですよ。

 もしお互いに選ばれなかったのなら、早々にこの町を離れた方が得策です」

 

「関係ない。無理でも無茶でも、俺が戦ってる間に誰かが逃げれれば――――!」

 

「衛宮さん?」

 

 

 ハッと士郎は気付く。

 

いつの間にか、身を乗り出している自分がいる事に。

 

 思考が霞がかっている様に鈍く、感情が高ぶっていた。

 得体の知れない悪寒が襲って来たように士郎は感じていた……様に思えた。

 

 

「わ、悪い。何でもないんだ」

 

 

 身体を戻し、士郎は深く呼吸を整える。

 

 数分の沈黙の後、息を吐き出すようにして士郎は喋り出した。

 言い淀む事なく、相手を見据えて。

 

 

「……正直、いきなり聖杯戦争なんて聞かされて戸惑っているし、初めて会うあんた達をどこまで信用していいのか困ってる。

 だけど――――俺が聖杯ってやつを見た事は、間違いじゃない」

 

「信用はこれから作りますよ。この町の近くにしばらく滞在しますし、何でしたら魔術……の基本くらいは教えましょう」

 

「ほ、本当か!? ってそうじゃなくて、つまり同盟の話だが――」

 

「手を組むという事でいいのでしょう?」

 

「あ、あぁ」

 

 

 決意を口に出す前に結論を言われ、士郎は流される形で相槌を打つ。

 何だか腑に落ちない終わらせ方と思いながらも、一先ずは緊張の糸が切れて姿勢が自然に崩れる。

 

 アキと、それから琥珀と名乗った少女もようやくお茶菓子に手をつけた。

 

 白と青のリボンが、交互に揺れた。

 

 

 

 

 

 

 その後、話は一時間ほど続いた。

 

話と言うよりは士郎が質問してアキが答えるやり取りの繰り返しであったが、士郎自身にとっては大変有意義な時間であったと言えよう。

 

 ここ数年で、最も魔術師らしい時間を過ごしたのかもしれない。

 

 

 そうして、士郎は玄関まで二人の魔術師を見送る。

 信頼関係を築くには早くとも、互いに信用できるようになればと士郎は思う。

 

 

「それでは、衛宮さん。遅くまで失礼しました」

 

「いいって、こっちこそ世話になったし……次はいつ会うんだ?」

 

「ここでは魔術の話や訓練もやりにくいので、こちらへ出向いて貰っても構いませんか? 地図は渡しておきますので」

 

「わかった」

 

 

 そう言って住居の示された地図を鞄から取り出し、士郎へ手渡す。

おそらく予め用意しておいたであろうそれには、隣町の、そしてアパートの番号室が書かれてあった。

 

 

「それと、これも渡しておきますね」

 

 

 一緒に、小さく折られた紙片を渡される。

 数枚を束にしてあるのか、士郎にはやけにそれが分厚く感じられた。

 

 

「ん、これは?」

 

「衛宮さんの養父、衛宮切嗣さんの活動をほんの一部ですが纏めました。

 もちろん、魔術師としての、です」

 

「なっ、親父の!?」

 

「最初に言いましたよね、調査させて頂きましたと。

 客観性に欠ける資料で申し訳ないですけど、嘘は書いてませんので」

 

 

 何でもない事の様に、アキは言う。

 士郎が受けた衝撃は関係なく、ただ聞こえていればいいと言った風に。

 

 

「聖杯戦争は殺し合いです。始まれば、油断を許さない日々が続くでしょう。

 ですから、いざ戦争が始まってから何かに葛藤するのは勘弁して欲しいのです」

 

「何か――――」

 

「それは目を通せば自ずとわかります。だって、貴方は“正義の味方”なんでしょう?」

 

「ど、どうしてそれを」

 

 

 絞るようにして出せたのは、その一声だけだった。

 

 一瞥して、アキは士郎に背を向ける。

 数歩先に進んでいた赤毛の少女が、心配そうな視線を寄越していた。

 

 

 影が歪む。

 

 

「貴方の在り方を決めたら、こちらを訪ねて下さい。

 切嗣さんの意思を継ぐか、継がないか――――」

 

 

 最後に言いも知れぬ不安だけを仄めかし、士郎の前から魔術師は姿を消していく。

 

年が明けてから、僅か十日目の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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書いていて思いましたが、実は「憑依in月姫no外伝」はシリアス物だったでござる。ここから先はさっちんの身体を手に入れるために必死だぜ。

初めて書くキャラがポンポン出てきますので、文がおかしかったら申し訳ない(--