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「アキさん、いくら腹が立ったとはいえグーで殴るのは……」

 

「あれは弓塚が悪い」

 

「で、でも、いきなりアキ君が抱きついてくるから我慢するのに精一杯で」

 

「アキさんっ!」

 

「……今の怒られるとこ?」

 

 

 昨晩の件で琥珀に説教を受けている図。

弓塚と二人で縮こまって正座中である。

 

 ちょっと強引に懲らしめてやろうと思ったのが、琥珀的にはNGだったらしい。

 

 何で夜中に出掛けたのを知っているのかと聞いてみたら、花火を見終わった後に一度離れまで訪ねて来たとか。

 弓塚と一緒にいる手前、どうもLUCK値が異様に低く感じられる今日この頃だ。

 

 

「まぁ、アキさんのやり方はどうであれ――――さっちゃん!」

 

「は、はいっ」

 

「吸血衝動が強くなってる、だっけ? 私には感応能力があるのを知ってるのに、どうして我慢して隠したりするの?」

 

「え、えっと、お薬とか貰ってるし、これ以上琥珀ちゃんに負担かけるのは、その……」

 

「……」

 

 

 畳目を見つめながら申し訳なさそうに答える弓塚。

 もう少し上手い言い訳を思い浮かばなかったのだろうか、こいつは。

 

 案の定、琥珀が微笑んだ。頬が引きつった感じに。

 

 

「アキさん……今日一日、さっちゃんを借りますね」

 

「え……まだ日が昇ったばかりじゃん?」

 

 

 何これ怖い。

 昨日弓塚に説教しといて何だけど、若干同情する気持ちが芽生えたかもしれん。

 

 言い忘れてたが、昨晩は弓塚に一発拳を入れた後はずっと説教してたんで。

 シリアスとか甘い展開はもちろんない。志貴や士郎じゃあるまいし。

 

 

「も、もしかして琥珀ちゃんも怒ってる?」

 

 

 声を小さくして、慌てた様子で訊いてくる。

 額に浮かぶ汗は暑さのせいではないっぽい。

 

 

「今更気付くか」

 

「ど、どうしよう……それでもアキ君なら、アキ君なら何とかしてくれると」

 

「おっはよ――――!! 特訓しに来たよ、アキお姉……お兄ちゃん!!」

 

「また君か」

 

 

 隣で囁かれた言葉が、元気一杯な叫び声にかき消された。

 

板戸が壊れるかと思うくらいに音を立てて開けられる。

 このロリッ子のどこに我が友人は惚れたのであろうか、今のところ共感できる部分はさっぱり無い。

 

 

「おはよう都古ちゃん。それと素で姉と兄を間違えるのは止めてくれ」

 

「ポニーテールの女顔だから仕方ないもん! いいなぁ、綺麗な髪で」

 

「子供の純粋な言葉が痛い……」

 

 

 相変わらずのチャイナ服でパタパタと部屋へ入ってくる。

 背中には水色のリュックサックが。どうやらお弁当まで持って来たらしい。

 

 

 以前、特訓の約束をしたその週末に嬉々として家を出掛けた都古ちゃん。

 しかし離れはもぬけの殻で、目に涙を浮かべてしょんぼり帰って来たとは翡翠の談。

 

 今は夏休み。

 その時の憂さを晴らすように、ほぼ毎日特訓に付き合わされているのが現状である。

 

 こっちも多少の罪悪感に加えて時間を持て余している現状、断る理由もないためせっせと健康的に汗を流している。

 

この暑い中、子供の相手は疲れるけど。都古ちゃんだと余計に。

 

 

 朝早い来訪者に何を焦ったのか、弓塚が戸惑う。

 

 

「み、都古ちゃん、アキ君は今から琥珀ちゃんの機嫌を直さなきゃいけなくてね」

 

「こら、勝手に押し付けるなって」

 

「だ、だって〜」

 

「変に意地を張るからいけないんだぞ。迷惑かけない事と一人で耐える事は違うからな。

 ……一度、琥珀に徹底的に絞られた方が弓塚のためになるだろ」

 

「うぅぅ……」

 

 

 口を尖らせて恨めしそうな視線を寄越す。

 しかし今回に限っては弓塚の自業自得なので、涼しい顔して受け流しておく。

 

 

「ほ、ほら、都古ちゃんだって宿題やらなきゃ! 特訓した後だと疲れてやる気で無いし、ね?」

 

 

 と、意地汚い事にそそくさと都古ちゃんに近寄り、交渉を始める。

 本人的に怒った琥珀と二人きりはどうしても回避したいらしかった。俺が加わっても、琥珀に加勢するだけだと思うんだが。

 

 

 それに、その手の忠告は都古ちゃんには通用しない。

 

 

「もう全部終わらしたもん!」

 

「え? ……でもまだ一カ月も残ってるんだけど、夏休み」

 

「最初の十日で片付けたんだ。それに、午後には翡翠にお裁縫教えてもらうから、午前中に特訓しなきゃだし」

 

「……あれ、この子って小学生だよね?」

 

 

 緩慢な動きでこちらに向き直る。

 自分の子供時代と比べて困惑しているのか、視線が弱弱しかった。

 

 

「この子凄いぞ。運動神経抜群で勉強も真面目に取り組んでるし、料理も琥珀が教えた短期間でそれなりに物にしたらしい」

 

「はい、目玉焼きなら負けちゃうかもしれませんね」

 

「知的好奇心も無駄に強いから、特技の幅も広い……有り体に言うとスーパー美少女だ」

 

「美少女って言うなっ!」

 

「間一髪で回避!」

 

 

 顔を赤くしてタックルして来る都古ちゃんを華麗に避ける。

 ある程度親密度が上昇すると、このような奇行が生じる事が発覚した。もう慣れたけど。

 

 何かと原作とズレてるが、もしかしたら志貴の性格が変化した所為かもしれないので断定はできない。

 大した問題ではないから、別段気にする事でもないだろう。

 

 

「と言う訳で琥珀、昼まで都古ちゃんの相手してるから後は任せた」

 

「それじゃさっちゃん、ここじゃ子供もいるし、まずは降りましょうか」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

 

 琥珀に引っ張られていく弓塚を見て、一寸間を置いて立ちあがった。

 

 

サンダルを履いて縁側から外へ出る。

 予想以上に日差しが強く、一瞬、視界が閉ざされた様な感覚に陥った。

 

 

「アキお兄ちゃん、早くあの技見せてよっ!」

 

「いやいや、まずはゆっくり準備体操からだって。常識的に考えて」

 

 

 あの技、とは劣化版の七夜の体術の事。

 それなりに記憶の通りに練習してはいるんだが、いつまで経ってもピンとこない技ばかり。

 

 志貴はどこまで扱えるのだろうか、と想像してみる。

 正式に最後まで習った訳ではないけど、基礎が出来ているため独学で奥義まで辿り着いているのかもしれない。

 

 

「むぅ、じゃあ見てて。ちょっとオリジナル入ってるけど……」

 

「何を?」

 

「ふっ……せん走・りくとぉ!」

 

 

 身体を屈め、そびえ立つ木に向かって斜め上に大きく足を蹴りあげる。

 

瞬発力を最大に生かしたその技。

 フォームが少しばかし覚束ないながらも、背の低い枝を綺麗に立ち切り吹き飛ばす。

 

 

 閃走・六兎。

 七夜の歴史が作り上げた、奇襲用の高速蹴技である。

 

 

「……そんなアホな」

 

 

 耳障りな蝉の音により一層の暑さを感じながら、汗を拭う。

 

今日も三咲町は平和であった。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

幕間・その二

 

 

 

 

 

 騒がしい、と蒼崎橙子はブラインドの隙間を見つめながらに思う。

 

 何せ人が多い。

 半年前には一人でいたこの伽藍の堂も、今では自分含め六人。内、二人の兄妹を除いてはここに住み込みである。

 

 静寂を保たれていた工房も、俗な場所になったものと言えよう。

 

 

 そもそも身を隠す魔術師の工房にこうも藁々と集まってくること自体、相当に珍奇な事だが、半ばそれに馴染んでしまっている自身も連中に似た変わり者という事なのだろう。

 

 

「どうしたんです? 失望した様な、嘲笑ってる様な……何か微妙な表情ですね、それ」

 

「君達が原因だ、全く」

 

 

 どこか気だるそうな声。

 同じ口調で言葉を返した。

 

 橙子は窓から目を離し正面を向く。

 視線の先には分厚い書物に囲まれながら、やはり疲れた表情で目を通している者がいた。

 

 

 名を七夜アキ。

 薄く紫に染まった長い髪をポニーテールに結わえた、女の子の様な男である。

 

 

「橙子さん……これ、難しくないですか?」

 

「つべこべ言わずに覚えろ」

 

「くっ、何故に心理学なんかを……」

 

 

 情けない声でアキは言う。

 

 橙子から見ても、彼は決して頭の良い部類ではない。

さして期待していなかったため、当然の反応と橙子はその発言を聞く耳持たないと受け流す。

 

 

 七夜アキは、巫浄の分家筋に当たる少女と二十七祖に近い実力を持つ同い年の死徒に深い交流を持っている。

 

 三人が互いをどのように意識しているかは定かでないが、一見バランスの取れている様な、それでいて危うい関係でもある。

 最大のネックは死徒、弓塚さつきの性格であろうと、夏の出来事を掻い摘んで聞かされた後に同意した。

 

 いまいち状況把握が出来ていないと言うか、優し過ぎると言うか。

 己の利益を追求する魔術師、それが徘徊する裏の世界には生き難い。

 

 

 故に、この男の役割はその穴を埋める事にある。

 

アキ本人は生存確率を上げるに躍起になってか自己鍛錬を重視しがちだが、彼女の精神状況を分析し、常に良好な状態を保ってやる事こそが必要であると橙子には思われた。

 

 

 もっとも、巧妙かつ饒舌に不安を煽るだけの提案をしてそれ以上は関与しないという、橙子らしいやり方であったが。

 

 

「――――しかし、結局タタリは現れぬまま、か」

 

「夏終わっちゃいましたからね、もう。一年早い“ズレ”は在っても、二三ヶ月は無い……と思いたいですし」

 

 

 アキがその事をどう捉えているのか、推測するに自身一人で解決する状況に追い込まれず安心といったところであろう。

 己の力のみで解決に向かうのは命知らずと同義だが、友人を巻き込みたくないと思う気も毛頭無いらしい。

 

先程からの気の抜けた表情を見る限り、あの少女二人がこの男のどこに惹かれたのか、橙子は半年ほどの付き合いになるが共感できる部分はさっぱり無い。

 

 

 用意させた熱いコーヒーに口をつける。

橙子は引き出しから束になった書類を取り出し、言った。

 

 

「それはそうと七夜。冬木の方にはもう手を出したのか?」

 

「聖杯戦争の話ですか? すみませんけど、夏の間は頭空にして特訓に励んでましたから、何も準備はしてません」

 

「……思った以上に休息していたか。それほど脳に負荷をかけた覚えはないんだがな。

 まぁ、いい。ならば、黒桐の働きも無駄にならなかったという事だ」

 

 

 試しに調査させ二日で結果が返って来た黒桐の仕事ぶりには、断るとわかっていたにも関わらず探偵になる事を勧めた程。

 

 空の境界側の事情を大して聞かされていないアキにとっては意味不明な呟きになり、必然的に尋ねる形となった。

 

 

「黒桐さんがどうかしたんですか?」

 

「私が黒桐をバイトの扱いですでに雇っている事は話しただろ」

 

「……まぁ、いつの間にか鮮花さんもいますし。むしろそっちに驚きましたけど」

 

 

 橙子は原作より早いと言え幹也、鮮花の順で招き入れているのだが、三咲町から帰って来たアキにしてみればいきなり二人が伽藍の堂に居座った様なもの。

 

原作乖離には慣れていても、それなりにインパクトは強かったらしい。

 

 

 ちなみに黒桐幹也は現在、橙子の都合でこの街を離れているが、鮮花の方は橙子を師匠と慕い魔術の習得に勤しんでいる。

 

休日のため、今もアキのすぐ隣の机で魔術書を広げている。

二人の会話に入ってこないのは、持ち前の集中力のせいであろう。

 

 

 アキは隣で熱心に読み耽る鮮花をばつの悪い表情でちらりと見てから、橙子に話の続きを促した。

 

 

「一般人が知り得る程度の事を調査させてな。衛宮の年齢は掴んでおいたぞ」

 

「親切……だと?」

 

「何、ただのついでだ。後で缶ビールを五ダースほど買ってくればチャラにしてやろう」

 

「安い様な高い様な……」

 

 

 逡巡するのも束の間、金で情報が買えるならと渋々頷くアキ。

 冴えない顔をしているのは金関係なしに都合良く扱われているのを感じてかと、橙子には見えた。

 

 書類を受け取り、さっそくアキが声を上げた。

 

 

「穂群原学園一年……志貴と同じ年齢か」

 

「予想できない事ではないな。良かったじゃないか、まだ終わっていなくて」

 

「それはそうですけど、これは」

 

「何か不味い事でも……あぁ、そう言えば、一年早いんだったな」

 

 

 可能性の話を橙子は思い出す。

 

タタリの夜の発現時期は変わらぬらしいが、遠野四季の反転と両儀式の昏睡は一年ズレている。

ならば、第五次聖杯戦争の時期も早まり――――来年の二月。今から四カ月後には冬木に異変が起きるかもしれない。

 

 目の前の男が頭を抱えるのも、その理由だろう。

 

 

「読めばわかるが、面白い“ズレ”もある。君にとっても、対策の練り甲斐があるものだ」

 

「碌な事じゃないんでしょうね。目を通すのが怖くなってきましたよ」

 

「君が恐れてどうする。彼女たちの能力を当てにしているからこそ、平常時の負担分くらいは全て背負え」

 

「そのくらいはわかって……」

 

 

 途端、アキは言葉を切って口を閉ざす。

 何を思い至ったのか、額に手を当て怪訝な顔をし、

 

 

「橙子さん、琥珀の感応能力ってその、強くなったりするんですか?」

 

 

 と言った。

 

 

「何だ、いきなり」

 

「負担で思い出したんです。そう言えば、琥珀の奴がそれで伸び悩んでいたなと」

 

「……そうか。ふむ、感応能力、か」

 

「琥珀に押された手前、反対はしませんでしたけど、そもそも巫浄の感応能力って成長するものなんですか?」

 

「どうだろうな。断定はできんが――――」

 

 

 眉間に皺を寄せながらそう言って、煙草に火をつける。

 

 魔術師である橙子にとって、超能力という分野は畑違いと言わぬまでも専門ではない。

 第一、巫浄の家系が没落したため、今となっては数少ない歴史的資料から推測するのが限界だろう。

 

 

 七夜アキの知識は“この世界”では鵜呑みにできない。

 事実、橙子とて原作との浅神家の違いに混乱した覚えがある。

 

今後、橙子自身が関わるであろう両儀式を中心とした幾つかの事件も、彼の知識に足を捕られない事をまず警戒しなければならない。

 

 

 つくづく迷惑な男を招いたものだと、煙に混じって溜め息をついた。

 女性として見るなら、黒桐の方が付き合いやすい。もっとも、橙子は妹と違い年下趣味は控えているつもりだが。

 

 

「生命力を分け与えると言うのがどの程度のものかは推し量れないが、感応能力を受けた事のある君とさつきから見て、能力は原作と変わりないと考えていいだろう。

能力の強化と体力・精神力の補強。この内、さつきは感情から沸く吸血衝動に対して精神力の増加で余裕ができるため、本来の力が発揮されやすくなり非常に相性がいい。身体強化、魔術殺しの能力も底上げされるから全てにおいて感応能力の恩恵が得られるしな」

 

「成る程、そういう意味で“厄介”だったんですか」

 

「そうだ。ただ、君の質問に答えると成長はできない、というのが私の見解だ。生命力を魔力に変換して用いる魔術とは異なり、生命力そのものを扱っているからな。一定の年齢までは増加傾向を辿ると思うが、鍛錬でどうこうなるものではないだろう」

 

 

 山籠りでもすれば別だがな、と橙子は付け足す。

 

修験者の真似事ならともかく、本格的な修行となれば大の男ですら厳しいもの。

屋敷で暮らしてきた十六程度の少女では到底無理な話だ。

 

 

「琥珀にも一度尋ねられ、この話をしたのだが……その時はまぁ、効果範囲の拡大や強化する能力の選定くらいなら可能だろうと言っておいた。

彼女は能力者として優秀であったしな。しかし、少々無責任が過ぎたか……」

 

「へぇ、魔術関係の事で師匠でもわからない事ってあるんですね」

 

 

 凛とした張りのある声が橙子の言葉に割って入る。

 背もたれに身体を預ける恰好で、既に魔術書は閉じられていた。

 

 

「鮮花、もう読み終えたのか?」

 

「はい。面白い……とは言い難い内容でしたけど、とても勉強になりました。

 あ、磯野、じゃないですね。七夜さんも読んでみます?」

 

「止めておけ。この男はそこまで手が回らないだろうからな、当分は精神分析学の体系を理解するだけで手一杯だ」

 

「えっと、ここって魔術師の工房ですよね?」

 

 

 高く積み上げられたテキストの類を目にして若干戸惑う鮮花。

 橙子とアキを見比べて、不本意だという顔をした。

 

 

「七夜さん、魔術は扱えるようになったんですか?

習い始めた時期が近いんですから、もうちょっと頑張ってもらわないと同じ弟子として張り合いがないじゃないですか」

 

「そう言えば、七月に入ってからだっけ? ここに来るようになったの」

 

「はい、電話越しの兄さんから女性の匂いがしたので、後日尾行してみたら……」

 

「スペック高い妹だな、おい」

 

 

 二人の会話を、橙子はただ眺める。

 

 ここから先は鮮花の愚痴が続くのだ。

数年ぶりに出会った兄が成長した自分に対して何のリアクションも起こさない事への憤り。

 

 原作では両儀式に横から取られたと言っていたが、何て事はない。

 隣に女がいようといまいと、黒桐幹也にとって黒桐鮮花は妹以外の何物でもないという事だろう。

 

 

 

 

 煙草をくゆらせ、目の前の情景から思考の方へ埋没する。

 

 弓塚さつきのサンプルは最低限取り終えた。

 これでもし彼女が亡き者になったとしても大きな支障はなくなったが、触れれば触れる程、殺すには惜しいと思えてくる。

 

 

 情が移ったわけではない。

 ただ、せっかくいい声で泣く、もとい喘ぐ様になったのだ。

 

 決して、サディストになったわけではないが、あの可愛らしく、それでいて乱れた顔をみれば誰でも心が揺れるだろう。

女の自分ですらこうなのだから、世の男どもなら一撃で沈む、と橙子はざわめく背中の原因を訳わからん言い訳で纏めた。

 

 

 

 

「――――で、七夜さんは現在、何の魔術を扱えるんですか?」

 

「あー、ルーンで気配遮断、密閉の魔術を二つほど……」

 

「え? あれはノーカンですよ。師匠から聞きましたけど、確か形成に二時間以上かかるそうじゃないですか。

魔術書の通りに陣を描けば発動するやつなんて、魔術師なら誰でもできます。テキスト以上の効力が発揮できるのなら別ですが、そんなに時間がかかっては――」

 

「――い、いいんだよ! こっちは体術も会得してるんだし、魔術だって取りあえずはどんな感じかは掴めたんだから」

 

「その言い分は苦しいですよ。そもそも、半端に体術を学ぶなら重火器類を用いた方が効率がいい筈です。

だいたい、七夜さんの体術は“臆病者の体術”だって師匠が前に仰っていましたよ」

 

「へ、何それ?」

 

「曰く、ピストルを持つ行為は怖いが、刃物は既に“馴染む身体”になっている。

選択したのではなく、あの男は単にそちらしか手に出来なかっただけ、と」

 

「そ、そうかもしれない。かもしれないが……よ、余計な事言いやがって! あんの傷んだ(スカー・)、っなんてのは冗談で」

 

 

 さて、と橙子はおもむろに煙草を押し付けて立ちあがる。

 

 ペコちゃんみたく下を出してヘマしちゃったと謝罪の視線を送るアキ。

 お調子者に対して橙子も笑顔で視線を返してやる。……七夜アキが、固まった。

 

 

 突如訪れた不穏な空気を察してか、鮮花は徐々に後ろへ下がっていく。

 蒼崎橙子に対しての禁忌など、到底鮮花の知るところではない。しかし、アキの言葉が原因だと、この聡明な少女は理解できた。

 

 アキを挑発しなければ回避できた事態だけに、もし何かあったら謝ろうと鮮花は申し訳なさそうな顔をした。

表情を浮かべるだけで、助けようと動く気配は全くないが。

 

 

 

 

「中傷すら最後まで言い切らないとは、本当に中途半端だな、君は。

 ――――この場合は、半殺しか?」

 

「逃げるなら……いや、もう遅いか」

 

 

 椅子に座った状態のまま、アキは冷や汗を垂らしながら不敵に自虐ネタを零す。

 二十七祖の一角や代行者と対峙した経験の賜物か、開き直って受けをとろうという事くらいはできるらしい。

 

 

 橙子の中の七夜アキの評価が少しだけ上昇する。

 

 こんな時にネタを口にできるとは――――大した奴だ。

 

 

 

 

「褒美だ。一日で治せる大怪我をさせてやろう」

 

「……ナンテコッタイ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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幕間終了。今回はほのぼの? 季節がポンポン変わってスマソ。

次回から聖杯戦争編に入ります。