「――――という訳で、魔術を教えてほしいのですが」

 

「相変わらず唐突だな、君は」

 

 

 翌日、伽藍の洞にて蒼崎橙子に土下座をする図。

 ここまで人に頭を下げた……というより、真剣に床と頭をくっ付けたのは生まれて初めてかもしれん。

 

 

「琥珀ちゃん、アキ君が憑き物落ちたみたいにすっきりした顔つきなんだけど、何かあった?」

 

「悩み事に決着がついた……とかじゃない? 私に聞かれてもちょっとわからないかな」

 

「……ほんと? 何か怪しいなぁ、夜に二人きりだったわけだし」

 

「な、何にもなかったってば!」

 

 

 で、少し離れたところに琥珀と弓塚が待機中である。

 

 琥珀を留守番させておくか迷ったが、弓塚もこちらに来ている状態の今、一人置いておくには心配だった。

原作の舞台となった街だし、ここ。

 

 工房の主も特に何を言ってくるわけでもなかったので、迷惑と思われてはいないのだろう。

 

 

「何だ、男女二人が一晩過ごして何も起こらなかったのか?」

 

「積極的に話を逸らさないで下さいって。それより」

 

 

 この魔術師も、機嫌がいいのかやけにフランクである。

暇潰しにからかっているだけかもしれないが。

 

 

「わかっている。それで、魔術の用途はどちらだ?」

 

「はい?」

 

「とぼけるな。私は昨日、君に“良い返事を期待する”と言っただろ。

――――そして、夜が明けたら魔術の教えを乞うてきたという事は」

 

 

 少なくとも返事には応える、それが前提条件。

 私の期待を空振りさせた挙句にまた話を持ってくるなどはあり得ない、と蒼崎橙子は若干の苛立ちを含めて言ってくる。

 

 しかめっ面されたのは、いちいち聞き返したりしたからだな、多分。

 

 

 会って話すのはもう四度目だが、未だに眼鏡をかけたところを一度も見ていないのはこっちが不幸体質というものだからか。

 

 相変わらず顔が真剣味を帯びると怖いので、そろそろ掛けて欲しいんだが……その状態で話ができればラッキーというよりハッピーだな、もう。

 

 

 と、余計な事を考えてる場合じゃない。

 怒らせたらどう転ぶかわからんし、少しでも機嫌が良いのならさっさと事を進めるべきだ。

 

 

「覚悟しましたよ、ちゃんと。

だからこうして誠意を込めてお願いしている訳でありまして……そろそろ土下座止めてもいいですか?」

 

「早く座れ。話しにくい」

 

 

 言われて、ようやくソファに腰掛けた。

 慣れない事はするものじゃないなと思いながらも、続きを促される前に口を開く。

 

 

「魔術師の戦争に首突っ込む予定ですけど、その前に魔術というものを少しは理解しておくよう努めておくべきかなと」

 

 

 問われたのは、どの程度、ではなく、どちらか。

 

 これは魔術を学ぶ目的を問われているのだと気付くのに、時間はかからなかった。

 何せ夜更かしして悩み続け、今朝方まで頭を絞っていた事なのだから。

 

 

「具体的には……」

 

 

 喋れば喋る程、後戻りできなくなる感覚。

 

 ……まぁ、こうやってはっきり言葉にしておくのも、臆病な自分にとっては必要な儀式だなと言い聞かせる。

 

 

「――――基礎くらいは、人に教えられるほどに」

 

「くくっ……そうか、そちらを選んだか」

 

 

 聞いて、魔術師は楽しそうに忍んで笑う。

 どっかのメディアさんよりも十分な魔女たる顔つきに、足先から震えた。

 

 

「……エンターテイメントを提供したつもりはないんですが」

 

「おっと、確かに笑っては失礼だったか。君にとっては重大な選択肢だろうからな、詫びておこう」

 

「い、いえ、それは構わないんですけど……もしかして、何かおかしな事を言いました?」

 

「気にするな。その判断は賢明だ。同じ立場なら、おそらく私もそうしただろう」

 

 

 特に何を言うのでもなく、灰皿を手元に寄せて一服。

 

この人の一挙一動に緊張するのは堪らないが、取りあえずはすんなりと意見が通った事に安堵する。

 

 

 はぁぁ、と深く息を吐いたと同時に弓塚が隣へ移ってきた。

 何か知らんが、どこか詰まって腑に落ちない表情なのが気になる。

 

 

「アキ君、ちょっといい?」

 

「馬鹿、今は大事な話中だって」

 

 

 連れが空気読めなくてすみませんね、的な感じで蒼崎橙子に顔を向ける。

 だが、意外にも返ってきたのは取りとめもない相槌で、

 

 

「構わんよ。そろそろ料理も運ばれてくる。話の続きはその時でよかろう」

 

「料理?」

 

 

 振り向いて部屋の奥を見ると、エプロンつけて手を動かしている琥珀の後ろ姿が。

 ……あそこってキッチンだったんだな、と物置の様にその脇へと積み上げられた書類やら何やらを眺めて少し驚く。

 

 魔術師のお許しが出て、再び話しかけてくる弓塚。

 あまり聞かれたくない事なのか、その声は小さく、まるで内緒話と言った感じ。

 

 

「昨日の夜、琥珀ちゃんに何か言った?」

 

「………いや、何も」

 

 

 真正面を見つめたまま、極めて仏頂面を作って述べる。

 

 余計な事は喋るまい。二人で一緒に風呂入っていたとか、聞かれたらどう反応されるかわからんし。良い意味でのリアクションが無い事は確かだけど。

 

 

 大事な秘密を、琥珀に話せた。

 

 今はそれでお腹一杯だ。弓塚にまで話す勇気はさすがにない。

 弓塚が同じ反応をしてくれるとも限らないし、またいつか、追い詰められた時にでもと保留しておく。暴露話なんてレベルじゃないもん、あれ。

 

 

「けど、何か雰囲気違うんだよね……こう、合格発表の掲示を見に行く前と後くらい?」

 

「センスのない例え。国語力無いよな、俺たち」

 

「い、いいの! そんな事より、ほんとに心当たりない?」

 

「ないって、本当に」

 

 

 ひらひらと手を振って答えるも、弓塚はジッとこちらを見つめ続ける。

 ……やけに粘るな、と内心で冷や汗。

 

 

「…………好きだ、とか言ってない?」

 

「な、何だよ、それ!?」

 

「だ、だって〜」

 

 

 いきなりの飛んだ発言に呆れかえる。

 

 ない、ない、さすがにそれはないだろう。

 

 事態の深刻さは弓塚だってわかってる筈だ。

 自身の命を秤にかけた選択。それを悩んでる最中に、そんな甘い言葉を囁くわけがない。

 

 

(そりゃ、似たような事を言った気がしなくもないが……)

 

 

 あれは琥珀ではなく“琥珀さん”。

 間違っても、対面していた琥珀に言った訳じゃない。

 

 それは琥珀もわかっているだろうし……

 

 

「はい、お待たせしました」

 

 

 お盆に三人分の炒飯とスープを乗せ、こちらへ運ぶ琥珀。

 何が嬉しいのか、いつもよりも笑顔が綺麗で鼻歌の一つでも歌いそうなくらい上機嫌。

 

 

 ……琥珀もわかってるよな?

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第十一話

 

 

 

 

 

「あれ、琥珀ちゃんは食べないの?」

 

「ん、私はいいの」

 

 

 三人分しか用意されていない昼食を見て、弓塚が琥珀に問いかける。

 

おそらく、付き添いとして遠慮しているのだろう。

別に気にする様な事でもないと思うが……ちらりと視線を蒼崎へ向ける。

 

 

「何だ、おもむろにこっちを見て」

 

「いえ、別に」

 

「……はぁ、好きにすればいいだろう。私はどちらでも構わん」

 

 

 溜息を吐き、座る場所を若干ずらす蒼崎橙子。

右側に空いたスペース。弓塚の対面に当たるそこは、ちょうど人が一人座れる空間になる。

 

 

「琥珀ちゃんも一緒に食べよ? 私とアキ君の分、分けるからさ」

 

「何勝手に抜かしよる……っていいけどさ。琥珀、もう一つ皿持ってきてくれ」

 

「じゃん! 取ってきたよ、アキ君」

 

「早っ!?」

 

「……私の突っ込む暇がありませんね」

 

 

 すみません、と一言入れて席へ着く琥珀。

 対して苦笑しながら蒼崎橙子は言葉を返すが、それに少しだけ違和感……ん、何だろうな。

 

 

「さて、それでは話を戻すか」

 

「あ、はい――――って、もう半分以上食べ終わってる!?」

 

 

 目を離した隙にとはまさにこの事。

 セイバーじゃあるまいし、大食いなんてキャラ付け設定はこの人にはなかった筈なんだが。

 

 

「いや、何。人並みの飯を食べたのは久しぶりだったものでな。つい食指が動いてしまった」

 

「魔術師って怖い」

 

 

 それだけ琥珀の作った料理が美味しかったって事なんだろうけど。

 

 こちらも遅れて一口目。

 最近はホテルや外食、コンビニ弁当と言ったものばかりだったので、慣れた味がひどく久しく感じた。

 

 美味しいね、と食べる弓塚に琥珀も微笑む。

 

 

「魔術か……君の役割として、覚えるとしたらまずは結界系統だろうな」

 

 

 突っ込みがなかったかの様に本題へと軌道が戻る。

 

一流の魔術師であるこの人と飯を食いながら話し込むってのは、少々失礼な気もするが……まぁ、取引先のお偉いさんなんかじゃないしな、こっちは。

 

向こうとしては、藁を掴もうとしてる子供を眺めている情景に近いかもしれん。

 

 

「それよりも、まずはその“眼”を上手く扱える事が大事だと私は思うがね」

 

「眼って……歪曲の魔眼ですか? これが魔術よりも大事?」

 

 

 思わず聞き返す。

確かに何度か助けられた覚えのある魔眼だが、それほど重要視するものだとは思えない。

 

 それに扱うも何も、八年間の特訓で“回転軸を増やす”なんて原作にない使い方まで開発したのだ。

魔眼に集中し過ぎて、後は投擲技術と適当な格闘技しか準備できないおまけつきで。

 

運用に消費する魔力もぎりぎり。これ以上の効用は求められないと半ば諦めている始末。

 

 

「歪曲の魔眼なんてただの飾りです。使わん人にはそれがわからんのですよ」

 

「そうだな、君の知る“原作”なら正真正銘の飾りだ。ステータスにもならんだろう」

 

 

 原作、と強くアクセントを置いて言い放つ。

 その言い方に引っかかり、口元まで持ってきたスプーンを直前で止めた。

 

 

「だが、この世界の浅神家は少々異なる。

原作と異なり発現する能力が“歪曲”に偏っているせいか、武器として使える程度の能力は秘めている」

 

 

 それは、以前に考えた事がある。

 

 憑依先の身体が魔眼持ちであった事に歓喜した時期。

あの時は歪曲=藤乃の印象が強かったため、歪曲の魔眼が非常に強力な武器になると錯覚していた。

 

しかし、実際の出力は弱く失望……歪曲本来の能力を思い出したのは、それからいくらか先の事だ。

本来は人の腕を曲げるのですら、確か精一杯であったような。そして、藤乃の歪曲が異常であったという事に。

 

 

「……それは、薄々気付いていました。

 原作と同じ設定なら、この身体の持つ魔眼ですら強くなる。浅神の血が薄いにも関わらず」

 

 

 重ね掛けして用いているとはいえ、原作基準に沿った威力であればいくら回転軸を重ねたところで運用には遥かに及ばない。

 

 だが、実際には回転軸一つでも相手の指を動かすくらいは出来るし、距離を縮めれば出力の上限は跳ねあがる。

“戦闘に使えない代物”の域は明らかにオーバーしているのだ。

 

 

……というか、この世界の浅神家の事情が少し違うとなると、藤乃が薬物を投与された理由も変わってくる筈だよな。

 

 藤乃の無痛症は変わってなかったから、こっちでは“発現した能力”というよりも“強力な歪曲”を抑えつけるために感覚ごと封印されたと考えられる。

 ……どんだけ強いんだよ、藤乃の歪曲。

 

 

「ねぇ、さっきから言ってる“ゲンサク”って?」

 

「小難しい魔術用語だ。気にしないで食べててくれ」

 

 

 ふいに訊ねてくる弓塚。

 

 ハブにして悪いが、適当に言い訳しておく。

 黙って耳を傾けている琥珀は、もしかしたら昨夜の話と繋げる事で気付いてるかもしれないが。

 

 再び向き直って蒼崎へ。

 

 

「でも、それって今は関係ないんじゃないですか? 違いがあった所で、これ以上の魔眼運用は思い付きませんよ」

 

「そう決めつけるな。何せ、君の魔眼はもう二段階ほど強くなれる」

 

「なん……だと……!?」

 

 

 使用頻度多いな、このネタ。

 

 

 ――――って、そうじゃない。

 今、確実に聞き捨てならない事をこの魔術師は言ったのだ。

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「“歪曲”の根本から直す必要があるがな。

……対象の認識。非常に稀な事に、君のはそれが決定的に異なっているのだよ」

 

 

 眉をしかめて、顎に手を添える。

 この魔術師にとっても理解しがたい事なのか、流暢な物言いが一転、一言一言を紡ぎ出す喋り方へと変わっていく。

 

 

「本来、歪曲の能力は対象物の“大きさ”に左右される。これは、この世界でも君の知る原作でも共通の法則だ」

 

「へ、“大きさ”? でも、俺は今まで……」

 

「そうだ、君の歪曲は何故か“硬度”を対象物に当てはめている。

本来なら意味の無い回転軸の重ね掛けでも効果が出ているのが、その証拠だ」

 

 

 聞いた様な、聞いてない様な、あやふやな記憶に混乱する。

 

 歪曲の程度は対象の大きさで変わる?

 言われてみれば、そんな設定もあった気がしなくもないが……しかしこの八年間、ずっと物の硬度で扱ってきたのも確か。

 

 

「推測するに、本来の器と魂の違いから影響が出たのかもしれん。

君の脳……ここでは魂か、魂では“硬度”に関係なく歪める事を理解できなかったのだろうな」

 

 

 直死の魔眼が“死”を理解していないと扱えないように、本来の身体の持ち主でない俺では“歪曲”の本質を理解できないから正しく扱えなかったと。

 

 

「だが、逆に言えばこれはメリットでもある。対象の“大きさ”では人の四肢ですら捩じ切るには難しいが、“硬度”で扱えるのであればある程度は融通が効く。軸を重ねる特殊な使い方もその一例だ」

 

 

 問題は、とこちらの胸元を見つめる蒼崎。

 

 

「おそらくは、七夜と浅神の間に生まれた子の“認識”と一般人であった君の“認識”が一つの魂に混ざっている事だ。

 割合は君の方が大分多いが、それでも魔眼を使う上でその半端に存在するもう一つの“認識”は邪魔なものになる」

 

「……自覚は全くないのですが」

 

「そんなのあるものか。魂の不純物を見つけるなど、そこらの魔術師ですらできんだろうよ」

 

 

 それは、例えばロアの転生先を力が表に出てくる前に見つける様なものなのか。

 ……そうなら確かに不可能だ。あの代行者ですら、顕現するまで待つしかないと言っていたのだから。

 

 

「上手くいくかは保証できんがな。

もう一つ言っておくと、浅神家は歪曲の“能力”を扱うのであって魔術師ではないのだが……君の歪曲は魔眼による“魔術”行使の類だ。七夜の血、浄眼と混ざった所為かは知らんが、そのために藤乃の様な歪曲とは似て非なるものとなっている」

 

「ズレまくってますね、何か」

 

 

 超能力と魔術。

 そのメリットもデメリットも、この世界に疎いために自分の在り方さえ定まらない。

 

 

「話を戻すが……要はその割合を限度一杯まで君の“認識”に傾ければ、単純に“硬度”だけで歪曲を行う魔眼が出来上がるという訳だ」

 

「魂ごと何とかする事はできませんか? ……こう、成仏といった形で」

 

「馬鹿を言うな。私は魔術師で、仏僧の類ではない。

 それに忘れているようだが、君が魔術を使えるのは魂が融合していてこそだ。だから今回の話とて、あくまで七対三の認識を九対一に、大げさに言ってしまえば九分九厘まで君の認識を“高める”にすぎん」

 

「つまり洗脳されるんですね、わかります」

 

 

 どんな修行方法かと思ったら、酷く死亡フラグ的な臭いが漂ってきたよ。

 まだ地道に体力を鍛えていた方がマシのような……。

 

 それに伴い、そろそろ胸の内に溜まってきた不安を魔術師に訊ねた。

 何を訊ねるって、もちろんこの薄気味悪い状況を。

 

 

 

 

「――――で、どうしてこんなに親切なんですか、今日は? 自分、鳥肌立ってきたんですが」

 

 

 パワーアップが二段階あるとか言っていたのでそちらもぜひ聞きたいが、その前に何故こうも手を貸すようなアドバイスをしてくれるのか非常に気になります、橙子さん。

 

 等価交換をした覚えは全くない手前、この根っからの魔術師が無償で親身になってくれる事など普通はあり得ないのだ。

 タダより怖いモノは無いなんて言葉通り、この人の真意を聞かない限りは怖くておちおち話も聞いていられない。

 

 

「な、何の事だ?」

 

「嫌ですよ、先に価値のある情報を渡しておいて、後で対価とか言って毟られるのは」

 

「……ちっ、黙って聞いていれば良いものを」

 

「せめて心の中で舌打ちして下さい。マジ怖いんで」

 

 

 煙草二つを口に咥えて火をつける。

 どうやら思い通りに事が運ばなかったものでイラついてるらしい。油断も何もあったもんじゃないな、封印指定。

 

 

「仕方ない……あぁ、そう警戒するな。何も捕って喰おうとするわけではあるまい」

 

「なら、何でです?

こっちは頼ってる身ですし、無茶言われても断れない立場ですから隠す必要もないでしょう?」

 

「それはそうだが……」

 

 

 そう言って視線を向ける先は、俺の隣。

 青崎は弓塚の身体を睨む。いや、これは……魅入る? そう、まるで芸術品のように。

 

 

「まさか……」

 

「彼女に惚れた、そう言えばわかるだろう?」

 

「ゆ、百合展開だって――――!?」

 

「戯け、違うわ!!」

 

 

 叫ぶと同時に顔面に右ストレートが入る。

 容赦する気が無いのか、思いっきり鼻血が噴き出した。

 

 

「あ、あの、橙子さん……気持ちは嬉しいんですけど、わたしにもその、好きな人って言うか……実は、ア……アキ」

 

「待て、さつき。君までボケる必要はない。いや、天然だという事はわかっているがな」

 

 

 告白を受けた弓塚は真っ赤に俯く。

 

 頭に手を当てて困惑する蒼崎橙子って珍しいなと思いながら、傍に来てハンカチを手渡してくれた琥珀に礼を言っておく。

 

 

「コホン……言い直すが、人形師として彼女の身体に惚れ込んだという事だ」

 

「弓塚に何かおかしいところでも?」

 

「反対だ、馬鹿もの。

人間と同じ器官を用いていながら、これ程の素晴らしい身体スペック……昨日は興奮して眠れなかったくらいだぞ」

 

「さっちん、昨晩に一体なにされた?」

 

「は、恥ずかしくて言えないよぉ……」

 

「……ごくり」

 

「…………アキさん、昨日の事、さっちゃんに話しますよ?」

 

「よし、話を進めるか」

 

 

 陽気な声を上げて、さぁ続きをと場を促す。

 決して耳元での囁き声が怖かったわけじゃない。ないんだからねっ!

 

 

「つまり、弓塚をもっと弄くりたいと」

 

「その通りだ。彼女を身体の隅々まで調べつくしたい」

 

 

 何かエロい会話に聞こえん事もないが、この際は無視。

隣で弓塚が恥ずかしそうに顔を手で覆っているのも無視しよう。

 

 

「人体を完璧に再現できる域まで辿り着いたため、この分野の先はもう見えないと思っていたのだが……いや、吸血鬼が身体能力の優れた生物である事は知っていた。

しかし、彼らは血液を採取しないと崩壊してしまう脆い身体でもあったからな」

 

「一度も手は出さなかったんですか?」

 

「サンプルを得る機会はあったが、どうもデメリットの多さに興味が沸かなくてね。

しかし“弓塚さつき”の身体スペックを再現できればデメリットなんぞ上回る……もちろん、問題も多いが」

 

 

 学問を究めたところに、その先が開けたって事だろうか。

 身体能力なら真祖や他の二十七祖も負けてないと思うが、常識的に考えて手に入る筈もないし。

 

 知的欲求が別段高いわけではないのでいまいち共感できないけど、取りあえず嬉しそうなので何よりです。

 

 

 ぶつぶつと聞いた事もない言葉を呟きながら、一人の世界へ入っていく蒼崎橙子。

 

 その姿を見て、ふと、頭に名案が走った。

 

 

「あの、だったら魔術を教えて頂かなくても結構ですので、弓塚を貸す代わりにこいつの身体を作ってくれません?」

 

 

 この魔術師にとって弓塚の身体がどれくらい価値があるのかは今一つ理解し難いが、それでも欲しているのなら等価交換が成立する。

 

 わざわざ戦地に赴かなくてもいいならば、魔術だって別に必要ない。

 確かに一度は決心した対価だが、怖い事に変わりはないし。

 

 

「いや、それは駄目だ」

 

「な、何で!?」

 

「さつきの潜在能力は計り知れない。

身体にしろ能力にしろ、彼女はまだまだ進化する可能性を秘めている」

 

 

 なのに、返ってきたのは否定の言葉。

 

 一度契約した等価交換に変わりはないと、蒼崎は言う。

 

 

「聖杯戦争で生き残れれば、さらに花開くかもしれん。

またと無い機会だ。これを見逃す筈がないだろう?」

 

 

 戦争で弓塚が殺されるとは思っていないのか、それとも弓塚“だけ”は死なないと踏んでいるのか。

 

 

 真意は読めないが、確実に言える事が一つ。

 

やっぱり、魔術師が動くのは私利私欲という事。

 

 

 ……優しくない魔術師なんて、大っ嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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