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「アキとの関係、今日ははっきりと決めておきたいの」

 

「その呼び方って恥ずかしくないか? 昔はそうだったとは言え琥珀に呼び捨てされると……気恥かしいぞ、おい」

 

「い、いいんですよ! 我慢して下さい、男の子なんですから!」

 

 

 ただでさえ自制心振り絞って布切れ一枚の琥珀と向き合ってるのに、これ以上まだ我慢しろと。

 

 今夜の琥珀は無茶を言う。

 そもそも、風呂でマジ話へ突入って展開からどうなのさと思うけど。

 

 

「てか、関係をはっきりさせるって……何だかいきなりだな」

 

「アキ、それ本気で言ってる?」

 

「ほ、本当に心当たりないぞ」

 

 

 不満顔で睨んでくる琥珀。

 その表情も仕草も思いっきり素が出ている感じで、普段とのギャップに慣れずに動じる。

 

 

「嘘。翡翠ちゃんや秋葉様は妹って感じなのに、私とさっちゃんには接し方が全然違う」

 

「そりゃ、比べられてもな」

 

「同じ“家族”なのに?」

 

「ポジションが違うだろ、どう考えても」

 

 

 琥珀と弓塚の二人とは助けたり助けられたり。それも命懸けのレベルでだ。

 差別するつもりはないが、他より大事に想ってしまうのは人間として当たり前だろう。

 

 

「うん、自分で言うのもあれですけど、アキに一番近いのは私で、次にさっちゃん」

 

「二人一緒じゃないのな」

 

「付き合いは私の方が長いから、一応は」

 

 

 ほんの少しの優越を感じてか、嬉しそうに笑う。

 そんな事で笑顔になられると、こっちまで照れ臭くなるけど。

 

 

 

 

「――――でも、アキは私とさっちゃんを避けています」

 

 

 さっちゃんの方はおそらくだけど、私には絶対に。

 そう、まるで事実を互いに突き付けるかのように言った。

 

 

「一歩引いて、それ以上近づけようとはしない。ここ最近一緒にお出掛けして、嫌になるくらい気付きました」

 

「それは……ないだろ? だいたい、避ける理由なんてないし」

 

「そうなの、理由なんて見つからない。……だから、困っているんです」

 

 

悄然とした声。

本気で困惑した表情が瞳に映る。

 

 

「手を繋げば照れますし、意地悪したら顔が赤くなる。人の気持ちなんて付き合いの狭い私にはわかりませんけど、アキのだけはわかってるつもりなんです。

 ……だけど近付こうとすればする程、アキは強く線を引く。だから、どれだけ悩んでもアキがどう想っているのかがわからない」

 

「それは……」

 

「それでもいいと思ってた。アキは昔から“正しい人”だったから。

 距離を取る事には何か意味がある。なら、それを壊すような事はしちゃいけない」

 

 

 正しい人。

 琥珀がそう思うのは、彼女を槙久から救ったからか。

 

 犯された夜に心を立て直し、暴力、凌辱を続ける槙久を殺してくれた人物。

 四季に深手を負わされたとはいえ、手際良く救った姿は子供から見ればヒーローに似ているかもしれない。

 

 振り返れば、それは命懸けの綱渡りだったわけだけど。

 

 

「でも、友達になってくれたさっちゃんとお話したり、命を粗末にしているアキを見て、そう思えなく、うぅん、そう思っちゃいけないって考えるようになったの」

 

「命は人一倍大事にしてるので後半は訂正してくれ。止むを得ないまで巻き込まれた事はあるけどな」

 

「吸血鬼化したさっちゃんを助けようとしたのは? 結果オーライですけど、あと一歩で死ぬところだったんでしょ?」

 

「……認めたくないものだな……自分自身の、若さ故の過ちというものを」

 

「格好つけてないで本気で反省してよ、もう!」

 

 

そう言われたって、あの頃は仕方ない。

 

四季以外に化け物なんか相手にした事はなかったのだから、身体のスペックに調子乗ってしまうのは不可抗力だ。

常識的な思考回路を持っているので尚更に。

 

 

「凄く大事な話ですから……いつもみたいに誤魔化そうとしないで下さい……」

 

 

 ぎゅっとカッパのぬいぐるみが胸に押し潰される。

 琥珀は俯いて、こちらの顔を見ようとはしない。

 

 

いつか弓塚と歩いた夕暮れの帰り道のように、茶化して逃れる術は思い付かない。

 

 前から気付いていた事を、なぜ今夜になって問い詰める気になったのか。

 きっかけは弓塚か、または他の何かか。

 

 

(一歩引いている理由……)

 

 

 人に深く干渉されるのが嫌いとか、女性と真面目に付き合うのが苦手とか、実は女性より男性の方が好きだったとか、適当な言い訳を頭に思い浮かべては消していく。

 

 普通と若干ズレているところはあっても、琥珀の洞察力は一流だ。

 その場の考えで言い逃れができる程、甘い相手じゃない。

 

 

……それに、琥珀の行動を無下にするのも戸惑われる。

 

 相手の考えがわからなくて、でも自分を助けてくれた人を疑うのは難しくて。

 それでわざわざ昔の自身を投影して、余計な想いを真っ白にして……そうやってまで答えを得ようとする琥珀を振り払うのは、正直きつい。

 

 

(また、一時の感情に流されてなんて言われるかもしれないが……)

 

 

 訳なんて、そんな大層なものじゃない。

 誰もが思い付くような、普遍的なもの。

 

 だけど、それを話すには大きな門を通らなくちゃならない。

 全てとは言わなくとも、今まで隠してきた半分以上を説明する必要性が出てきてしまう。

 

 

「……理由は、魔術的な話なんだよ。

 それも突飛な内容で、聞いたら嘘だと決めつけられるようなものだぞ?」

 

「嘘かどうかくらい、顔を向けてくれれば判断できます」

 

「そりゃ心強い」

 

 

 喉を震わせながら、おいおい本当に喋るのか? と自身に突っ込む。

 下手したら今まで築いてきたもの全部崩れるぞ、そんな声が頭に響く。

 

 

 ……そんな事はわかってる。

 

 

 しかし、秘密を墓まで持ってくなんてのは意外と厳しい。

 人と親密になればなるほど、自分を理解してほしいと思ってしまうのが人の性だ。

 

 言い逃れのできない雰囲気はこっちにとってもお膳立て。

 

 握る秘密は、関わる人の全てを騙しているようなもの。

 中途半端な魂に、中途半端な血の身体に、身体は慣れても結局はいつまでも割り切れない心。

 

 

 

 

 この世界に来た意味は、未来改変の可能性としてケジメをつけた。

 

 ならば、次はこの身体。

 

 

「……ないんだ」

 

「えっ?」

 

 

 声が掠れる。

 受け入れてくれる期待と完璧に嫌われる不安の中で、もう一度言葉にする。

 

 瞬間、視線が重なった。

 

 

 

 

「――――俺は、七夜アキハなんて人間じゃないんだよ」

 

 

 

 

 

憑依in月姫no外伝

第十話

 

 

 

 

 

「……アキじゃ、ない」

 

 

 呟くと同時に、ばっと身を引く琥珀。

 

 ……うん、実に紛らわしい言い方で申し訳ない。

 今の言い方だと、七夜アキハに乗り移ってる事になるよな。

 

 

「すまん、正確には“七夜アキハという人物は存在しない”だ」

 

「はぁ……」

 

 

 返ってくるのは生返事。

 何言いだしてるのこの人、って感じの視線が実につらい。

 

 

「お前、今日は真面目に話しするんじゃなかったのか?」

 

「えっと、いきなりおかしな事を言われたので」

 

「はははっ」

 

 

 笑うしかない。

 まぁ、確かに「そんな人は存在しません」なんて出だしは唐突だけどさ。

 

 

「で、真面目な話」

 

「は、はい」

 

 

 紡ぐ言葉を考える。

 

 どこからどうやって話せば良いか。

 取りあえずは、無難に例え話で始めていこう。

 

 

「シンデレラってあるだろ、グリム童話でさ」

 

「不幸な子が魔法で舞踏会に出て、最後に王子様と結婚するお話ですよね」

 

「そう……そんな感じに絵本の世界に入ったのが、七夜アキハ」

 

 

 我ながらわかりにくい例えだなと、少し国語力に不安になるこの頃。

 

 

「そういった異世界からの来訪者なんだよ、“アキ”は。信じられないかもしれないけど」

 

 

 しかも故意じゃなく偶然に、と伝えておく。

 ……ほんと、偶然で異世界に来るってイカレテルと思う。

 

 それにしても……緊張するな、この話。

 心地の良い緊張なんてものとは全く逆のベクトルに、気が触れそうになるくらい。

 

 

「じゃあ……アキはここじゃなくて別の世界の人?」

 

「魂は違うが、身体はこっちの。

 魂だけ飛ばされて、この世界の七夜の里に住む七才の子供に乗り移った」

 

「七才……それって」

 

「琥珀と初めて会った年、つまりは遠野に里を滅ぼされたオマケで引き取られた時期だな」

 

 

 思い出してみると、憑依した時期はかなり瀬戸際じゃなかったのだろうか。

 

志貴と満月の夜に里から離れていたのは数えるほど。

 あと少し経てば七夜の民は志貴を残していなくなるので、そうなれば憑依も何もあったものじゃない。もしくは別の誰かに憑依した可能性もあり得るけど。

 

 

 琥珀は……話に深く入り込めてはいないものの、どこか安堵した様子。

 琥珀の知る“七夜アキハ”は一人だけ。その事に安心できたのか……そうならば、少し嬉しい。

 

 そして、表情が変わった。

 何かに気付いたのか、あっ、と口から小さく声が漏れる。

 

 弓塚と違って、頭の回転はやっぱり早い。

 

 

「なら、アキが小さい頃から大人びていたのも、私を助けてくれたのも……」

 

「今更だけど、琥珀より精神年齢は上なんだよ。物語の流れは知っていたから、いくらか余裕もあった」

 

 

 身体に引きずられて精神が幼くなってる感じもあったが、それでも思考は同年代よりずっと上だ。

 

 

「それにも関わらず、槙久の暴行を止められなくて悪かったな」

 

「そ、それは構いませんけど……ちょっと、いいですか?」

 

 

 何とも微妙な面持ちで、少し照れた感じの琥珀。

 その手はぬいぐるみの頬を伸ばしては放し、伸ばしては放し……そんな事やってるから、ボロボロなんだなとカッパに同情。

 

 

「さっき、絵本の世界って言ったでしょ、アキ」

 

「あ、あぁ、非現実的だとは思うが、絵本の世界に入った風に考えてくれるとありがたい」

 

「うん……それって、その物語では私がヒロインでアキが主人公だったって事?」

 

「――――ん?」

 

 

 言いにくそうに喋る琥珀が、何を言いたいのか。

 頭の悪いのは一流魔術師のお墨付きなので、思考が掴めずストップする。

 

 

「ほ、ほら、シンデレラの話! 本来のアキとは中身が違うけど、物語に沿って助けてくれた……じゃないの?」

 

「ん、ヒロインってのは合ってるが……」

 

 

 思わぬ勘違いに頭を掻いた。

 ふわりと下半身を覆っていたタオルが浮いてきたので、慌てて抑える。

 

 

「最初に言っただろ、“七夜アキハ”は存在しないって。

 あれはそのまんまの意味で、そんな人物は物語の中に欠片も出てこないんだ」

 

「え、でも……」

 

「遠野に引き取られたのは七夜志貴と七夜アキハだが……少し考えてみてくれ。

そんな都合良く、槙久と同じ名前の子供が見つかると思うか? しかも片方は女の子の名前が男についてるんだぞ」

 

 

 沈黙して、琥珀は考えを巡らせる。

 不自然と言われれば、確かに不自然。当たり前だ。それが、物語に強引に介入した第一歩なのだから。

 

 

「“七夜アキハ”が存在しないと言ったのは、この名が偽物なのに加え、本来なら死んでいる筈の人物だから」

 

 

 七夜アキハとあの場で槙久相手に啖呵を切らなければ、この子供は生き残れなかった。

 どれだけ修練を積んだところで、殺し合いでは勝負にならない。

 

 その事実があるからこそ、憑依した罪悪感もいくらかは減っているわけだけど。

 

 

「じゃあ、アキは……本当は私と会う前に殺されていて……」

 

「七夜の生き残りは志貴一人。あいつが、物語の主人公だ。

 ……ついでに言うと、ヒロインは琥珀だけじゃなくて真祖に代行者、秋葉に翡翠と計五人いる」

 

「お、多いですね」

 

 

 主人公とヒロインの割合に苦笑するも、長くは続かず、雰囲気が重くなる。

 

 物語の中の話であっても、人が死ぬ話は笑えない。

 ましてや、今はそれが現実に反映されてるようなもの。本来、と区切ったところで、この身が表舞台に立つ事もなく死ぬ運命だったのだから尚更だ。

 

 

「……そうですか、アキの話を信じるなら、私は志貴さんに助けられて」

 

 

 琥珀の言葉が、止まる。

 ねぇアキ、と違和感があるのか、眉を寄せて怪訝な顔をこちらに向けた。

 

 

「あの時の志貴さんで……どう、槙久様を止めるんです?」

 

「――――っ」

 

 

 さも不思議といった具合に、唸る琥珀。

本人に自覚はないだろうが……実に、痛いところを突いてくる。

 

 

「誕生日の出来事だって知らないし、当時の志貴さんは純粋に子供でしたから……アキと同じ事、できるようには思えません。

いえ、できないのが普通ですけど……」

 

「……色々と、上手くやれたんだよ」

 

「アキ?」

 

 

 真剣に悩む琥珀が見ていられなくて、目を逸らした。

 

 言える訳がない。

 琥珀が救われるのは、九年も後の事なんて。

 

 

 タスケテタスケテと怖いくらい羅列された文字を、ふいに思い出す。

 志貴が勘当されてからの空白の期間は、あまりにも大きい。

 

 槙久に犯されるだけじゃなく四季も加わっていた事や、男性恐怖症になった翡翠、嫉妬に狂う秋葉。

 

 

 ……そして、心から救われるのは五つあるルートの中で一つだけ。

 歌月十夜へ繋がるEDでも救われるだろうが、表ルートなら仮面を被ったまま、裏ルートなら死んだり記憶喪失に陥ったりで悲惨なもの。

 

 

 そんな話、例えこの世界ではIFの可能性であっても知ってほしくない。

 目の前にいる琥珀には特に。

 

 

「何と言うか……その話は勘弁してくれないか?

琥珀と志貴がラブラブなのを思い出すだけで、嫉妬で悔しくなってくるしな。こう、志貴のリア充めっ! って感じに」

 

「……はい」

 

 

 笑って誤魔化す。

 

琥珀も大人しく頷いて、追及の素振りは何もなかった。

変に勘ぐられていないといいのだけど。

 

 

「でしたら、それを聞かない代わりに一つ、質問をいいですか?」

 

「ん、構わないぞ」

 

 

 話を上手く逸らせて一先ず安心する。

 

 構わない、と言ったにも関わらず、琥珀は喋らない。

 そんなに難しい問いかけなのかと、警戒心が少々高まる。

 

 

「…………私を助けたのは、同情ですか?」

 

「……」

 

 

 答えに詰まるような質問を出されたものだと、見つめられながらに思った。

 琥珀の瞳に宿るのは言い表せられないくらいに複雑な感情で、視線を合わしているだけで辛くなる。

 

 

(同情……)

 

 

 そう考える気持ちは、わかる。

 

 何せ、こっちは物語として出来事を最初から把握した立場にいたのだ。

 物語の全容を琥珀は知らないとしても、同じく身近にいた翡翠や秋葉より琥珀を構っていたという事実は、そう取られかねない。

 

 

「アキ、本音でお願いっ……」

 

 

 まるで懇願するような物言いに、迷いながらも呟いた。

 

 

「……同情だ」

 

「…………うん、ありがとう」

 

 

 何を表すでもなく、礼を言う。

 

 

 ……琥珀の境遇を見れば誰だって同じ気持ちになる筈だ。同情するに決まっている。

実際に救う救わないは別にしても、正直、月姫のヒロイン全員に同じ感情を持っている。

 

 だから、琥珀が何で不安そうにそんな質問をしたのかわからない。

 同情で手を差し伸ばされるのが嫌だったのだろうか? そういった気持までは読み取れないが。

 

 

 

 

――――ただ、同情、と聞いた目の前の女の子が少しだけ寂しそうだったから。

ついでに言うと、引っ張られたカッパの頬が今にも千切れそうだったから、本音を付け加える事にした。

 

 

「同情の他にも理由はあって――――俺、“琥珀さん”が一番好きだったんだよ」

 

「え?」

 

「どこがって聞かれても答えられないけど、しいて言うなら全部。

髪の色も、表情も、妹想いなところも、攻めると強く守りに弱いなんて性格も、割烹着なところもな」

 

 

 そうだ。

もう長い事こっちの世界にいるから、自分の中で琥珀と“琥珀さん”は全くの別人になっている。

 

けど、危険を冒してまでこの女の子を助けたのは、ヒロインの中で誰よりも救われてほしい人物だと思ったから。

 

 

 イヤホンつけてマウスを握って、徹夜で琥珀ルートを一気に読んだ時を思い出す。

 

 先にメルブラから入った自分としては先入観をひっくり返されて驚いたが、あの話は本当に大好きだ。

悲劇が好きってわけはないけどさ。

 

 

 最後に向日葵を背に満面の笑顔で。

 そのラストがあってこそ、型月のファンになったんだし。

 

 

「だから、“琥珀さん”が本当に好きだったから、琥珀を救った。

 これって答えになってるか――――っておい! なに気絶してんだよ!?」

 

 

 プクプクと泡を吐いて目下沈んでいる琥珀を慌てて掴んで引き上げる。

 まさしく茹でダコ。耳の先まで赤くなってた。

 

 

「――――ハッ、私は一体」

 

「話しの途中で意識無くなってたぞ、お前。もう風呂から上がった方がいいんじゃないか?」

 

「い、いえ、大丈夫です。

 ……それよりアキ、今の言葉は……や、やっぱりいいです」

 

「なにその挙動不審」

 

 

 うろうろと視線を彷徨わせ、落ち着かない素振り。

 

深呼吸して落ち着きを取り戻して……と思ったら、何を思ったのか今度は頭から血の気が引いていった。

赤くなったり青くなったりと忙しい奴である。

 

……こっちは終始、血を上らせたままだってのにな。

 

 

 

 

<琥珀side

 

 

 

 

「えっと、アキの事情はわかりました。……まだ、信じられないけど」

 

 

 別の世界から来た事や、アキにとってこの世界は絵本の中の様なものという事。

 藪を突いたら蛇どころじゃないくらいに予想できない事柄が、真実として伝わってくる。他でもない、アキ本人から。

 

 

(しかも、面と向かって……その……好きだなんて)

 

 

 あまりに唐突過ぎて、思わず意識を手放しちゃいました。

 

 全部好きだなんて……そ、そんな事をさらっと自然に言われても、どう反応すればいいかわかりません。

 いつもの呼び方ではなく、“さん”付けの丁寧な呼び名に変わっていたのは不思議でしたが。

 

 

 胸に手を当て、高ぶる気持ちを抑えつける。

 

 アキが複雑な事情を抱えていても、告白? してくれた事は素直に嬉しい。

 

誰でもなく“七夜アキハ”がこの人である事に変わりはないから。

別の世界から来た事や、本来は死ぬ筈だった身体で過ごしている事を本人は悩んでいるようだけど、少し考え過ぎだと思う。もっと私の好意を信じて欲しい。

 

 

(……でも、私たちの関係の本質は)

 

 

 浅上さんに悩みを打ち明けていたのを見て、距離感がわからないとショックを受けた。

 

思うところはすでに胸の内にありました。

 ここ数日は少し欲求を……というか無理に迫っていたので、私と距離を置きたいと考えたアキは、私以外を先に頼ったのではないかと。

 

 昔からあと一歩のところで線を引く理由も、アキの胸の内を聞ければ何とかなるなんて思ってたけど……

 

 

 ここはアキにとって物語の中で。

 アキに嫌われていないと言う事、それでも一歩引いている距離。

 

 

 私の中で、辻褄が合う。

 それは、肯定されるのが何よりも怖いくらい悲しい事実で。

 

 

「……アキにとって、私は絵本の中のキャラクターだったんですね」

 

「琥珀……」

 

「アキの話でわかりました。絵本の人物と仲良くなっても、本気になれなる筈はないですから」

 

 

 虚をつかれたかのように、アキの目元が大きく開く。

 

 そう、つまりはそう言う事。

 こればかりは、手の打ちようが思い付きません。

 

 

 アキに「私は絵本じゃなくて実在する人間です」と認めてもらう?

 

 ……駄目。アキはすでにリアルな人間として見てくれてる。

 だから、私の仕草に照れたり、呆れたり、怒ったりしていて……心の奥深くに境界が一本引かれている訳だから、表面上は変わらない。

 

 

 最後の一線。

 それは、きっとアキも無意識下に働いているもの。

 

 

「……琥珀、凄いシリアスに悩んでいるところに悪いんだが――――それ、本気で言ってるのか?」

 

「はい?」                                                                                                                                      

 

「いや、こっちから言いにくい事だし、琥珀なら察してくれると思うんだが……えっと、距離を取ってる理由をさ」

 

 

 呆れた物言いに驚いて、段々と俯いていた顔をアキへ向ける。

 そこには、居心地悪そうに視線をあちらこちらへ彷徨わせるアキ。……顔の温度が上昇しているように見えるのは、気のせいでしょうか?

 

 

「……違うんですか?」

 

「鈍感、間抜け、とんま、朴念仁」

 

「酷い言われようですね……」

 

「いやいや、普通に気付けよ!? こっちの事情を話したんだから、琥珀から一歩引いてる訳なんてすぐわかるだろ!?」

 

「……だから、私がアキにとって絵本の中の」

 

「げっ、それマジで言ってるのかよ……」

 

 

 アキが頭を抱えて悶えます。

 まさか否定するなんて思ってませんでしたが、なら、理由は何なんでしょう。

 

 事情を話したのだから気付けという事は、今の話から考察できる内容なのは確か。

 ……思い付かない限りは、聞いた方が早いですね。

 

 

「違うのなら、教えてもらえませんか?」

 

「羞恥プレイ乙」                                          

 

「えっと……よくわからないけど、まだ話にくい事が何か?」

 

「さっきとは別の意味で……内容的に十五禁的な」

 

「…………」

 

「……話す?」

 

「そ、それはっ……」

 

 

 話の流れが少しおかしくなってきました。

 というか、ここで話して欲しいと言ったら、破廉恥に思われたりしませんよね?

 

 ……ど、どうしましょうか。

 

 

「わ、悪い。女の子に訊ねる事じゃなかったよな。

 ……そもそも、理由を話すための前振りが身の上話なんだ。この先を知ってもらわなきゃ意味ないし」

 

「はい……その、お願いします」

 

 

 コホンと咳払いして、努めて身体の力を抜くアキ。

 変に意識してか、細いながらも引き締まった男性らしい身体を目に映して、頬が染まる。

 

 少しでも落ち着こうと視線を顔へ。

浅上さん似の女の子っぽい顔を見て、性への意識がちょっと収まる。

 

 

だけど代わりに視線が絡まった。

余計に身体が火照る感覚。胸が、とても痛い。

 

 

「琥珀の言ってる事は、実はもう吹っ切れた。

 前はそうだったけど、今はそんな気持ちは微塵もなくて……だから、物語の人物とかは関係ない」

 

「そう、ですか……」

 

 

 アキの言葉に、良かったと気持ちが安らぐ。

 

 それでだな、と続きを紡ぐアキ。

 

 

「問題なのは……この身体なんだよ」

 

「身体? 確かに退魔の血が半々で流れてますし、アキ自身が複雑な事情を抱えてますけど」

 

「いや、変に深く考える必要はないんだが……。

 とにかく、例えば誰か女性と付き合うとする。この世界でだ」

 

 

 ……私やさっちゃん以外に深く交流を持つ異性はそんなにいないのに、誰か、と特定しないのは意地悪だと思う。

 恥ずかしがっているだけだと思いますけど。

 

 

「で、そうなると……色々とするだろ?」

 

「何をですか?」

 

「ぐっ……こ、恋人同士なら、ほら」

 

「て、手を繋ぐことですね」

 

「可愛いな、おい。……って、そうじゃなくてもっと先だ」

 

「き……接吻とか」

 

「その先」

 

「……プロポーズ?」

 

「逸れた――――!!」

 

 

 顔を覆って叫ぶアキ。

一言一言喋るのに緊張してリアクションが大きくなっています。

 

 

「今わかっててボケただろ、お前! そこは真面目に答えろって!」

 

「そ、そんな事……というか、わざわざ質問形式にしないでアキがはっきり口にしてよ!」

 

「……くっ、仕方ない」

 

「きゃっ!?」

 

 

 伸ばされた手に、身体が弾む。

 両手で肩を掴まれ、覚悟を決めたアキの表情が近くにある。

 

 話す内容もあれですけど、状況だけでも十八禁に届きそうな勢いです。

 

 

「いいか、琥珀。誰かと付き合ったら……アクエリオンする可能性もあるわけだ」

 

 

 ……また随分と捻った言い方ですね。

 合体という意味では、間違ってはいませんけど。

 

 

「むしろ、男は親密になればなるほどそんな展開を期待するわけで、女顔してる奴だって例外じゃない」

 

「それは……男性なら当たり前かと思います」

 

 

 言われなくとも、そのくらいの常識は心得ている。

 箱入りのお嬢様とは正反対の境遇でしたし。あ、箱入りというのは合ってますね。

 

 

 でも、アキの言いたい事がいまいち掴めない。

 セッ……じゃなくて、アクエリオンしましたら、アキにとって何か不都合があるのでしょうか。

 

 そんな私の心の問いに、アキは声を落として呟いた。

 

 

「この身体は正確には自分のじゃないわけで、なのに相手と繋がったりしたら、それはつまり他の男のアレを入れてるようなものだろ?」

 

「ア、アレですか」

 

「そう。もちろん気持ちいいかもしれないけど、自分以外ので感じてるのを目の前で見る事になってだな……

――――って、何でこんな事をいちいち言わなくちゃならないんだよ!?」

 

 

 細々と喋っていた声も、最後には張り上げるくらいまで。

 恥ずかしくて真面目に喋っていられなかったんですね、おそらく。

 

 

「あの、アキ……それって」

 

「し、嫉妬じゃないんだから! 勘違いしないでよねっ!!」

 

「ツンデレ乙です」

 

 

 プイッとそっぽを向いてしまうアキ。

 可愛い、と言ったら失礼ですけど、実際に秋葉様や翡翠ちゃんに劣らず綺麗な顔作りしてますからね。

 

 

(でも……嫉妬?)

 

 

 男の人の……えっと、アレを入れて、それで感じる相手の姿を見たくないから、親密になり過ぎる一歩手前でわざと距離を取っていると。

 言われれば理屈は合っていますけど……もう八年もその身体で過ごしているのですから、気にしすぎかと思うのですが。

 

 意外にセンチメンタルなんでしょうか、アキは。

 

 

「私は別に気にしませんよ? 会った時から、アキは変わっていませんし」

 

「だ、駄目、俺が気にするんだよ!」

 

「……説得は無理っぽいですね」

 

 

 複雑な事情持ちのアキでしたから、訳を聞いたら肩透かしにあった感じ。

 ……他の男の身体では嫌だ、なんてやきもちを焼いているアキに、嬉しく思ってしまう心もありますけど。

 

 表情が顔に出てしまったのか、アキが妬ましそうにジト目で睨んでくる。

 口元に手を当てると……微かに、自然と綻んでいた。

 

 

「子供っぽい理由で悪かったな、全く。

 ……疑問には答えたし、もう話は終わりでいいか。というか、マジで赤面ものなのでほんと勘弁して下さい」

 

 

 必死に頭を下げる姿が可笑しくて。

 

 こうやって話す機会はないから本当はもっと話を聞きたかったけど、これ以上はアキも居た堪れないらしい。

 

 

(……ほんと、気にし過ぎですよ、アキさんは)

 

 

 わかりましたよ、と笑顔を作って湯船から上がる。

 バッと目を逸らすアキ。……そういえば、バスタオルごと湯に浸かっていたので、ぴっちり身体に張り付いている状態でした。

 

 ……まぁ、いいでしょう。

 どうせ、アキは手を出したりはしませんし。

 

 

さっちゃんの身体と同じく、アキの身体もどうにかならないでしょうか。

私が考えても、仕方ない事なのでしょうけど。

 

 

「欲を言えば、物語の話とかもっと聞きたかったんですけどね」

 

「本題にはちゃんと答えただろ?」

 

「そうですけど……またいつか、話してくれます?」

 

 

 私の問いに、押し黙る。

 

 どのような内容なのか。アキが話そうとしないのなら、少しだけ推測できますけど……。

 本当にいつか、笑いながらアキに話して欲しいです。

 

 

 物語は物語。この世界とは別だと心の底から区切りをつけて。

 

 私にはそんな経験はありませんから、それはとても難しい事なのかもしれませんが。

 

 

「アキ……これ、ありがとうね」

 

 

 ぬいぐるみを胸に抱いて、深く感謝の気持ちを込めた言葉。

 本当は面と向かって言いたいけど、肝心のアキが壁を向いたままなのでその分、気持ちを詰め込んで。

 

 

「これ?」

 

「八年前の」

 

「……あぁ、カッパな」

 

「お礼、何も言ってなかったから」

 

「そうだな。

……しかもプレゼントした本人にぬいぐるみを取ってきては隠させてと、毎日のようにこき使う始末」

 

「あ、あの時は楽しくて……ほ、他に遊ぶものがなかったんだから仕方ないの!」

 

 

 それは、それだけ嬉しかった事の裏返しなのですけど。

 機会を逃したまま、あの夜の一件を今までずっと言いだせないまま。

 

 自分で自分を叱ってやりたいくらい、遅れに遅れたお礼の言葉。

 

 

「……あんまり気にしなくていいぞ?

さっきも言ったように、所詮、志貴の代役を務めただけだからさ」

 

「それでも、私はアキがいてくれて良かったです。

……アキが思っている以上に、私は感謝しているんですよ」

 

 

 事情は思った以上に厄介で、でも線引きの理由はこれ以上無いくらい単純で。

 

 互いの一歩はまだ開いたまま。

 けど、それはどうしようもない壁じゃなくて、私も何か手伝えそうなくらいは希望があって。

 

 

 ……まぁ、焦っても仕方ありませんね。

 

 アキの命綱をしっかり握って、さっちゃんのお世話に気を配る。

 二人に頼るだけじゃなく、何か自分でもできる事を探しましょう。

 

 

 

 

 いつの日か……さっちゃんも含めて、しがらみの消えた日常を迎えたいと、切に願う。

 

 

「――――アキ、私を助けてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

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小説置場へ

 


「憑依〜」の十九話の時もそうでしたが、琥珀さんのマジ話は難しい…。ほんと、こういうところで文章力が問われるのだなぁと毎回思わされます。他のSS作家様を見習って、少しでも上達したいかと。

ちなみに以下、余ったネタで後日談的な何か

 

 

琥珀「そう言えば、ふと思ったんですが」

アキ「ん?」

琥珀「絵本のお話っていいましたけど……ヒロインが五人もいる童話ってちょっとおかしくありません?」

アキ「……え、え〜と、そんな事ないぞ。ここの世界とは少し勝手が違うだけで」

琥珀「そうですか。ですが、翡翠ちゃんはともかく私周辺の出来事を物語にすると、子供に読ませられなくなるような……

――――って何で逃げるんですか、アキさん!」

アキ(絵本じゃなくて十八禁のゲームだなんて、口が裂けても言えるわけないだろ!?)