「伽藍の堂ってこんなに広かったっけ?」

 

「私たちが冬木に行っている間に改装したそうですよ?

 昔は橙子さん一人でしたけど、ここ最近は両義さんや黒桐さんのご兄妹も寝泊まりに使う事が増えたらしいですし」

 

「……本当に隠居してるんだろうか、橙子さんは」

 

 

 琥珀に案内されながら、弓塚を引き連れて伽藍の堂の三階へと足を運ぶ。

 

 いつの間にボロのオフィスを改装したのか、下の階と異なり綺麗に客人を迎えるスペースが伽藍の堂には出来ていた。

 

 

 一階は玄関で二階が事務所。

三階立てとなる伽藍の堂の最上階は、廊下を中心にして左右二つの部屋に分かれている。

 

 

「橙子さんはどの部屋を使っても構わないと仰っていましたけど、どうします?」

 

「四部屋……と言っても、一つは橙子さんが常用してるから余りは三つ。

 まぁ、幹也さん達には悪いがここは二部屋貸して貰うとしますか」

 

 

 監禁。

 橙子さん曰く「野放しにしておくと厄介」らしい自分達は、またしばらく伽藍の堂内での生活を強いられた。強いられているのだ。

 

 

 疫病神みたいな扱いには少々不服を覚えるが、聖杯戦争で疲弊した身体に休息を与えると考えれば悪くない。

 安全面で言えば、結界を纏っているこの伽藍の堂は危機に脅かされる心配が他のどこよりも少ないのだから。

 

 禍々しい雰囲気が匂う扉―おそらく橙子さんの自室―を避けて、適当な扉を選んでドアノブを回す。

 

 

「ここは……鮮花が使ってそうな部屋だな」

 

「良くわかりますね、アキさん」

 

「簡単だって。棚に詰められてる本の中に幾らか見覚えのある奴があるし――って、何か怒ってないか?」

 

 

 背丈の関係上、斜め下から琥珀が薄らと目を細めていた。

 もう一人、弓塚の唸り声も聞こえたため振り返ってみると、顔がリスっぽくなっている。

 

 雰囲気的に理由を聞くと叱られそうなため、気にしたら負けと判断した。

 

 

「よし、ここにするか。

 男女一緒はまずいから、琥珀と弓塚は別の部屋で」

 

「……」

 

「……」

 

「いや、魔術関連の参考書多いし学んで過ごすならここが一番気軽だろ?

 鮮花だって頼めば使わせてくれると思うし……あいつって普段は寮にいるから被る事も少ないじゃん?」

 

 

 何で言い訳をしているのだろうか、自分は。

 

 

 魔術回路が無くなった今、魔眼も魔術も七夜アキハには扱えない。

 

しかしそれと知識は別であろう。

 むしろ攻撃の手段が失われてしまったからこそ、座学の面だけでも緊急事態に備えるようにしておかなければならないのだ。

 

 後ろめたい所はない筈である。

 

 

「……はぁ。それじゃさっちゃん、私たちは両義さんの部屋をお借りしましょうか」

 

「はぁ、そうだね。なんか将来的に嫌な予感がするんだけど、きっとわたしの気のせいだもんね」

 

 

 顔を見合わせて溜め息を付く女性が二人。

 立場的に、何となくマダオになった気分である。

 

 自分と弓塚を残し、琥珀は階下へ足を向けた。

 

 下の階に何か用事でもあるのか。

 橙子さんは先程外出したため、この伽藍の堂には現在自分達三人しかいない筈である。

 

 

「おい、琥珀。まだ橙子さんに頼まれている事があるのか?」

 

「いえ、ありませんよ。

 ただ冷蔵庫の中が空っぽでしたので、お買い物に行ってこようかと」

 

「こ、琥珀ちゃん!

わたしたち、今さっき橙子さんに大人しくしてるよう言われたばかりだよ?」

 

「あはっ、それは違うわよ、さっちゃん」

 

 

 勘違いを正すように、琥珀色の瞳がこちらを見据える。

 

 

 振り返って指を二本立てた琥珀は、若干申し訳なさそうに、

 

 

「監禁命令はお二人限定です。

 私は翡翠ちゃんや秋葉様に色々とお話がありますので、夕方までには帰ってきますね」

 

 

 そう言って、再び踵を返して下りていった。

 

 

ちょっとだけ納得がいかなかった。

 主に弓塚と同じ不幸加減で扱われている事にだが。

 

 

 

 

 

憑依in月姫no日常

Episode 2「監禁」

 

 

 

 

 

「そういえばアキ君、目はもう大丈夫なの?」

 

 

 備え付けられていたベッドに横になりながら、前回までの復習をしようと魔術書を広げていた最中の事。

 

 ごろんと、弓塚も同じくしてベッドに身体を預けてきた。

 

 

狭い。

テレビもゲームも無いから暇なんですね、分かります。

 

 心配そうな視線を向けてくる弓塚に、自身も調子を確かめるべく二三度、瞼の辺りを軽く押す。

 復元の魔術は流石なもので、眼球自体は既に問題ないレベルまで回復している。

 

 

「治してくれたのがキャスターだぞ。

まだ本調子とはいかないが、私生活には支障ないから安心してくれ」

 

「ふーん」

 

 

 ちょっと安心したのか。

 だが質問に答えた矢先、またも弓塚の口が開く。

 

 

「魔術回路は?」

 

「……死んだ」

 

 

 空気読めよ、と言いたくなった。

 魔術師全般の方々にとって、それを肯定するのは心抉られる行為である。

 

魔術使いにとっても、やはりそれは例外ではない。

 

 

「そっか、無くなっちゃったんだね……やった」

 

「何で喜ぶんだよ、こら」

 

「い、痛い! 髪引っ張るのなし!」

 

 

 手短にあった髪の毛を手綱のように引いてやる。

 

 痛がるさっちん。

 だが、こちらの心の痛みに比べれば安いものである。

 

 

「だ、だってアキ君ってばわたしと琥珀ちゃんを心配させ過ぎなんだもんっ」

 

「それと魔術回路の関係は?」

 

「……魔眼とか魔術使えると、大して力が無いのに調子乗っちゃ――やんっ」

 

「お前なぁ、あの武勇伝を聞いて言う事がそれかいっ」

 

 

 握っていた髪の毛をさらに引っ張る。

 横に引っ張られて、死徒とは思えない間抜けな顔が視界に映った。

 

 

「ぶ、武勇伝って……あの宝具の一撃を防いだっていう?」

 

「防いだんじゃなくて逸らしただけだけどな」

 

 

 浅神の魔眼に七夜の並み外れた動体視力。

 その二つを最大限に生かした大屈折ならぬ大歪曲。

 

 ブチ切れる魔術回路に空っぽになる生命力と、まさに自身の全てを用いて放った一撃は見事に流星如き矢の軌道を数十センチ逸らしたのだ。

 後々考えてみると、これはかなりの偉業である。

 

 

 が、誇らしく語るこちらに対して弓塚はひどく冷たい表情で、

 

 

「ねえアキ君、人間って生命力無くなると死んじゃうんだよ?」

 

「……ん、あぁ」

 

「琥珀ちゃんにアキ君が息を吹き返すだけの感応能力――体力が余っていたから良かったけど、それが無かったら生きてなかったんだよ?」

 

 

 笑顔で怒ることは琥珀にも弓塚にもよくある事だが、無表情の眼差しは滅多にあるまい。

 しかも瞳が血の色に染まっている弓塚を見て、

 

 

「すみません、やっぱり調子に乗ってました。こう……衛宮のテンションに釣られて」

 

「もうっ」

 

 

 行動は早かった。

 本気の本気で怒られる前に頭を再三に渡って下げておく。

 

 

 こちらとしては結果オーライと思えていても、弓塚にとっては違うのだろう。

 もっとも、自分が弓塚を心配する度合いと弓塚が七夜アキハを心配する度合いとでは大差がありそうである。主に強さ的な意味で。

 

 見えない所で弓塚が戦っているとなれば不安ではあるが、同時に二十七祖候補の実力であるという安心感が多少なりとも存在する。

 七夜アキハの実力を考慮した安心感ついては今更考えるまでもない。

 

 

「でもな、さっちん。そんな状況になったのも元はと言えばお前のせいだぞ?」

 

「え……えぇ!?」

 

 

 しかし言われっぱなしの怒られっぱなしは面白くないので理不尽ながら反撃を。

 

 人の頭をいい気になって抑えつけていた弓塚の手がぴたりと止まる。

 

 

「な、なんで?」

 

「そりゃ配置的に主力は弓塚とキャスターなんだから、衛宮や俺はあくまで防衛が役割だったろ。

 なのに途中でキャスターの悲鳴が聞こえたし、バーサーカーの雄叫びと破壊音は止まないし……それで焦ったんだよ」

 

「うぅ……卑怯だよ、その言い訳」

 

「まぁ分かってるよ。

 けど実際、何でバーサーカーに苦戦したんだ? いや、相手が厄介なのは承知してるが」

 

 

 確かに黒化したバーサーカーは最狂だろう。

 聖杯から止まない魔力供給にただでさえ高いステータスがもう一段上がっているのだ。

 

 しかしそれでも、その時対峙した弓塚とて劣らないどころか狂戦士に勝る存在だと思っていた。

 

 魔力補充十分なキャスターが行使する強化魔術に先人の格闘技術を下ろした降霊魔術。

 加えて、弓塚の固有結界から派生した“魔術殺し”はバーサーカーの纏う呪いにも効果はある筈。

 

 理性のない巨人を技術で退け、同ステータスから繰り出される必殺の一撃を当て続ければ勝ちを奪えるものかと考えていたのだが、

 

 

「降霊魔術がね、途中で解けちゃったんだ」

 

「これはひどい」

 

 

 てへ、と軽く笑って流すさっちんもいい度胸してると思う。

 そもそも降霊魔術が作戦の要と説明したのだが、この様子ではどうやら事の重大さを忘れていたのか。

 

 最終決戦前で色々と緊張していたにせよ、中々阿呆な子である事は否めない。

 

 

「はいはい、言い訳タイム! だからそんな目で見ないでよ!?」

 

「さっきまで散々人を視線で苛めておいてそれか、こら」

 

「えへへ……」

 

 

 可愛いが、それはそれだ。

 

 

「えっと、わたしって身体は吸血鬼だけど、人から直接血を吸ってないから精神的には人間寄りなんだって」

 

「人事みたいに言ってるが、自覚はあるのか?」

 

「うぅん、よく分からないかも。

 まぁそんな訳で、魔術師相手や純粋な人外なら精神的負担もまだ少ない方だから問題なかったんだけどね」

 

「お前が中途半端なせいで降霊時間が短かったと」

 

「うぅ……そ、そうだもん」

 

 

 決戦間近、弓塚にはバーサーカーの宝具“神の試練”に対抗して武術の達人を降霊魔術で数人ほど憑依させている。

 

 “神の試練”の厄介ところは、強制蘇生の呪いよりもそれに付随する大幅な耐性補正であろう。

 

 狂戦士に二度の技は通じない。

 その言葉の通り“神の試練”によって作られる耐性の能力は、例え英霊の宝具であろうと防いでしまう。

 

 大軍宝具並みの一撃を持っていない弓塚では、一回一回殺して蘇生を繰り返させる他ない。

 そしてその度に狂戦士に付く耐性は、最悪、技の性質まで耐性が及ぶこともあるだろう。

 

 

 打撃、斬撃、刺突。

 弓塚の攻撃方法は凡そこの三種類に分類されるが、力任せに振るったところで“神の試練”を纏った鋼の肉体に致命傷を与えることなど敵わず、また万が一に攻撃が届いたとしてもその耐性を付加されれば二度目はない。

 

 

 だからこそ、洗練された技術が欲しかった。

 

空手、柔術、中国拳法にムエタイ、果ては我流の格闘技術。

 それら達人の技術を弓塚さつきの身体で行使してこそ、あの理性のない狂戦士から勝利をもぎ取る作戦の要だったのである。

 

 

「振り返ってみると、本当に志貴たちが来てなかったらヤバかったな」

 

「それはそうだけど……アルクェイドさんや遠野君なんて、到着したらものの一分――というか一撃でバーサーカーさん倒しちゃったし」

 

 

 こう、アルクェイドさんが攻撃受け止めて遠野君がナイフを投擲して終わりだよ?

 と、物凄く不満そうに弓塚が言う。ご丁寧にジェスチャー付きで。

 

 

「なんか理不尽じゃないかな」

 

「気にするな弓塚。

 というか、その理不尽さなんて一般人寄りのこっちにしてみれば今更だが」

 

 

 広げている魔術書から目を逸らし、思いに耽る。

 

 怪力を持つ吸血鬼に優秀な感応能力者、加えて浅神と魔眼と七夜の体術を扱う人間。

 肩書きで見れば立派な三人一組であり、ある程度の困難も乗り越えられた。

 

 しかしそれでも上には上がいるという事。

 星のバックアップで相手以上のステータスを得られる真祖と直視の魔眼を持つ青年。

 

 もちろん英霊相手に相性もあるだろうが、弓塚やキャスター、シオンさんが苦戦していた大英雄を一瞬の隙のうちに倒してしまうところは次元が違うとも言うべきか。

 

 

 琥珀は当たり前だが、あの二人と比較すれば自身も弓塚もまだ人間寄りなのだとしみじみと思ってしまった。

 

 

 

 

 溜め息と共に本を閉じる。

 

 幾らか読み進めてはみたものの、不調なのは身体だけでなく頭もらしい。

 

生命力と言うのは体力だけでなく思考力も含まれていると思われる。

活字を読むのは嫌いじゃないが、今はどうにも気力そのものが入らない。

 

 

 どさりと、本を傍らに投げ出して仰向けに身体を寝転がせた。

 

 

「本、読まないの?」

 

「普通の疲れ……とはやっぱり違うな。芯を抜かれたような、疲労感はそれ程感じないんだが身体に力が入らないというか」

 

「疲労に関しては琥珀ちゃんのおかげだよ。

 自分の力で回復したわけじゃないんだからね、アキ君」

 

「そんな釘を刺さなくても分かってるって。

 琥珀にばかり頼っていられないし、まずは生命力回復が一番大事……だろ?」

 

 

 聖杯戦争は終わり、“空の境界”には橙子さんから介入を止められている。

 

ならば、次は数カ月後にあるタタリの発現。

それまでのインターバルでどれだけ準備を整えられるか、失った魔眼の代わりを手に入れられるか。

 

 

 グズグズしている暇はない。

 そんな意気込みはお互い様だと思いながら弓塚の言葉を返したのだ。

 

 

「うんうん――って、ええぇ!?」

 

 

 予想外にも飛び退く程に驚かれたけど。

 

 

「待て、何でそこで驚くんだよ」

 

「え、えっと……お、驚いてないもん、昨日の今日だしね、うん!」

 

「テンパってるな、おい。

 まぁ取りあえず寝たいんだが、弓塚はどうする? ベッド狭いけど」

 

「えへへ……も、もう! 仕方ないなぁ」

 

 

 前髪で目線を隠しながら、弓塚が起き上がる。

 そっぽを向きながらも、何故か声は甘ったるい。

 

 

 腰に跨った――つまり弓塚に上に乗られたところで違和感に気付いた。

 

 

「……そ、その……アキ君、服は自分で脱げる?」

 

「よし、落ち着けさっちん」

 

「し、仕方ないじゃんっ、まだ二回目なんだよ!?」

 

「そっちの落ち着けじゃない! 話の流れ的にだ!」

 

 

 反脱ぎ状態の同級生を一旦止める。

 

 

「質問しよう。何でその……の、乗ってるんだ?」

 

「だ、だって琥珀ちゃんに頼らずに生命力をって……だ、だからアキ君にあまり負担にならないように上に」

 

「……誘ったっけ?」

 

「……えっと、実は誘ってないの?」

 

 

 こんな時、どんな顔すればいいかわからない状態の弓塚。

 だが、こちらも全く同じ心境である。

 

 

 ――という訳で、こういう時は弓塚をからかうのが対処しやすい。

 

 

「ははっ、エロい奴だな、さっちんめ」

 

「――も、もうっ、アキ君なんて知らない! 結構緊張してたのにっ!」

 

「ストップ、冗談だ冗談! 誘いました! 誘ったから殴るのなし――イタイ!」

 

 

 マウントポジションから繰り出される割と本気のパンチに悲鳴を上げる事数分。

 

 

 結局のところ。

 こんな感じで体力が減ったり増えたりしながら、夕飯までを過ごしていたのであった。

 

 

 

 

 

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