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向かった先は隣町の少し規模の大きなデパートだった。

 


 理由はデパートならではの品揃えと、隣町ということで地元よりも弓塚を発見される危険性が少なくなるということ。


 ちなみに弓塚は日傘を着用。それでリッチな気分に浸っている弓塚を見た時は志貴と琥珀ともどもちょっと悲しい気分になった。

 


 歩きからバス経由で目的地まで行く途中のことである。


 買い物についていっても何も得の無い志貴はふと考えた。発端は先の自分の言葉。

 


 この買物は主に私服の購入である。他にも多々あるがメインはやはりそれだろう。


 ならば、もちろん弓塚は試着する。いくら大量に買いといっても身に着け合うか確かめるはず。


 そんでもって思った。だったら琥珀さんもどうだろうかと。自分がお願いしたり煽てたりすればもしかしたらやってくれるのではないか。普段は機会がなかっただけで別に肌を隠す決まりとかはないんだし。

 


 という訳で、唯一の楽しみと思って志貴が頼んでみたところ、

 


「じゃ〜〜〜ん! どうですか、志貴さん?」


「おおおおぉ!」

 


 白いタンクトップに赤いミニスカート。太腿に、すらりと伸びた肢体に志貴は心打たれてた。


 普段着が生地の多い和服ということもあって、薄着の琥珀はいつもとのギャップが激しい。新鮮で、志貴は今年初めて夏の到来を喜んだ。

 


「と、遠野君! これは、ど、どうですか!?」


「―――キレイだ」

 


 試着室から今度は弓塚がぴょんと出てくる。


 若干大きめのセーラーシャツに短めのパンツルックといった格好。弓塚も制服姿しか記憶になく、その新鮮さにモデルの良さが相乗して志貴は感極まった。

 


 言いすぎかもしれないが、やはり感極まっていた。最近は懐が貧困で心が相当荒んでいたせいもある。

 


 容量二人といった試着室に琥珀と弓塚が満足の笑みで引っ込む。さながらショッピングショーといったところ。クーラーの利いた店内は、志貴の思っていた以上に快適だった。

 


「……何か、ここしばらくは幸せだよなあ」

 


 二人の次を待ちながらボケっと、そんな事を思った。


 お金がなかったり部屋が吹き飛んだりと不幸もあるが、事件といった事件もなく平和そのもの。

 


 戦闘の勘が鈍っていないか、少し心配になる。

 


「まあ、使わないに越したことはないけど……」

 


 突っ立ちながら物思いに耽る志貴。そこへ、

 


「はい、久しぶりにやってみました―――!」


「そ、それは!」

 


 チャイナ服を着た琥珀がさっと志貴の前に現れた。今度のカラーは本家の赤、所々が際どいのは前と変わらずポイント高し。

 


 志貴のリアクションに笑いながら、後ろ手で忘れずカーテンを閉める。まだ弓塚は着替え中。そこまでのサービスは些か過剰であるから琥珀もやらない。

 


「見るの二回目だけど……何でそんなに似合ってるの?」


「ふふ、お褒めの言葉、ありがとうございますね、志貴さん」


「まあ、事実だし。ていうかそれで何着目? 琥珀さんの服抜かしても結構な量っぽいけど」


「う〜ん、弓塚さんで今のところ十前後ですね。でもシオンさんの分も買いますから……」

 


 ひーふー、と指を折り曲げて琥珀は金勘定を始める。大まかに計算しただけでも結構な額になった。


 志貴は頭痛で固まる。

 


「こ、琥珀さん……やっぱ半分以上返した方が……」

 


 見ると弓塚も青い顔をして中から出てきた。


 今度は無地のブラウスとフレアスカート。その似合っている格好に対して、表情は果てしなく申し訳なさそうだった。志貴と同じく、会話を聞いて貧乏性が滲み出たようである。

 


 そんな二人を前に、チャイナ琥珀は億劫なく言う。

 


「いえいえ、こんなの秋葉様にとってははした金ですから」


「そ、そうなんですか?」


「はい、おかげで私たち使用人は何不自由なく暮らしています」

 


 それから弓塚に少し怒って言い聞かせるように、

 


「だから弓塚さん、これくらいのことで青くなっていては駄目ですよ!? 郷に入れば郷に従え、そういう気持でお願いします!」


「は、はい! わかりました」

 


 物凄く納得する弓塚を見て、志貴も郷に従いたくなった。て言うか、俺も使用人やりたいな、と。

 


 そんな感じに、不条理を思っていた時である。

 


「―――ほ兄ちゃん!!」

 


 何だかとても聞き覚えのある子供の声が辺りに響いて、志貴は思わず、その声の方へと振り返った。

 

 

 

 






 

 シオンとさつきと遠野家と

 

 第四話

 

 

 

 

 





 そこにいたのはウェーブのかかった茶髪に小柄な体躯をした女の子だった。


 口を一文字に結び、強気の瞳で志貴を見ている。

 


 志貴が勘当されてから八年間、有間の家で志貴の義妹として一緒に暮らしていた子。


 現在小学六年生、なんちゃって八極拳を嗜み、志貴に想いを寄せ続けているこの子は、

 


「み、都古ちゃん!?」

 


 志貴を眼前にして口の開かない少女に対し、志貴は嬉々として挨拶を返す。

 


「うわ、久しぶりだね。元気だった?」


「志貴さん、この方はえっと……」


「有間都古ちゃん、俺がお世話になった有間家の長女だよ」


「有間家の……あ、そういえば前に一度屋敷にいらっしゃったことがありましたっけ」

 


 遠野の親戚と気付いた琥珀は深くお辞儀をする。


 琥珀の動きに身構えた都古だったが、それ以上ないとわかると再び目線を志貴へ移す。

 


「ん? 都古ちゃん、その格好って……」

 


 で、じっと見つめる都古の目線は色々と言いたいことが含まったものなのだが、もちろん志貴は気付かない。


 代わりに、今回はいつもなら同じく気付かない点に志貴は気付く。

 


 今までファッションショーをやっていたからだろう、

 


「そのワンピース、すごく似合ってるね。あの服よりも可愛いんじゃないかな」

 


 なんてのたまった。

 


 今日の都古はいつもの赤いチャイナ服に短いジーンズではなく、なぜか白を主としたワンピース。所々に入ったレースの花模様がとても女の子らしかった。


 都古、真っ赤になる。

 


「叔母さんは? ここ隣町だし一緒に来たんじゃないの?」


「む〜〜〜」

 


 俯いて唸る都古に志貴はようやく不思議がる。


 喋るのが一方的に自分で、都古は何も答えない。



 元気な印象が強かった女の子だけに志貴は心配になった。加えて今は一人。もしかしたら有間叔母さんとはぐれて迷子になったという可能性もある。


 何たってまだ小学生なのだから。

 


 そんな訳で心配症の志貴は都古の顔を覗き込む。

 


 顔が急接近。

 


志貴は相変わらずの平然さで、有間の家を離れた時と変わらない優しい目をしていた。憧れていた志貴が何も変わらず、そして自分を心配する仕草に都古は大いに焦る。

 


 有間の家にいた時はほとんどまともに話せなくて、だから今度こそは恥ずかしがらないで普通に喋ろうと思っていた。

 


 でも現実は甘くなく、実際に志貴と対面したら予行演習も真っ白になった。可愛いなんて言われたので尚更、無理な話だった。

 


 顔が火照るのが自分でもわかる。頭がぐるぐると混乱して、やっぱり、ついに我慢できなくなって、

 


「たあああああ―――!!」


「ぐふぅ!!」

 


 志貴の鳩尾に全力でタックルをかます。防御体制が全く取れてなかった志貴はもろに受けて身体を九の字に折り曲げる。


 そして都古は走り去った。崩れ落ちる志貴も見ないで。

 


「……ちょ、都古ちゃ……ご、ごほっ」

 


 志貴が手を伸ばすがもういない。追いかけようにも不意打ちのダメージは結構大きかった。


 激しく咳き込む志貴を見て、成り行きを見ていた琥珀と弓塚も呆然とした状態から我に返って、取りあえずは志貴の呼吸の整えるのを手伝った。

 


 志貴は何とか落ち着くも、目尻に涙を溜めていた。

 


「……今の子すごかったね、いきなり叫んだかと思ったら遠野君に突撃したから驚いちゃった」


「踏み込みが中国拳法に似た動きでしたし……」

 


 そこでふと思った琥珀は志貴にジト目を流す。

 


「志貴さん、あの方に何か不埒なことでもしちゃったんですか? それで恨まれ幾星霜、ついに見つけられて仕返しとばかりにやられたとか」


「いや、あれはそんなんじゃないって。というか俺は不埒な真似なんてしないよ、しかも小学生相手に」


「――――あはっ」

 


 琥珀は笑う。物凄く純粋な笑いとはかけ離れた笑顔で志貴を見つめる。

 


 志貴は堪えられずにそっぽを向いた。

 


「と、とにかく、あれは都古ちゃんの癖なんだ。有間の家にいた時はずっとそうだったし」


「癖、ですか? 変わってるといいますか……それじゃ両親もすごく手を焼いてそうですね」


「んー、そうじゃなくて俺に対してだけなんだ。嫌われてるわけじゃないと思うけど、話しかけるとだいたいやられる」


「えっと志貴さん、それは……」

 


 聞いて琥珀は脱力する。


 人を見てタックル、つまり襲う癖があるということはもしかしたら遠野の血が関係しているのではないか。


 そんな懸念をしていた琥珀にとって志貴の答えは肩透かし以外何でもなかった。

 


 破壊衝動でも吸血衝動でもない。それではまるで……、

 


「まあ、志貴さんには秘密ですけど」


「ん、何が?」


「何でもありません。ねー、弓塚さん」


「あはは……私も遠野君のこと、少しはわかってきたかも」

 


 琥珀に同意を求められて、話を聞いていた弓塚は困ったような笑みを浮かべる。

 


 二人の目配せに首を傾げる志貴だったが、その話の都古本人を思い出して慌てて立ち上がった。


 一人で一目散に走っていった始末だから、都古は本当に迷子になっているかもしれないのだ。

 


「悪い、二人とも! 俺は都古ちゃん探してくるから、二人はこのまま、」

 


 と、そこまで言いかけた志貴が、あっと目を開く。

 


「有間叔母さん!」


「あら、志貴じゃない。久しぶり」

 


 小走りで駆けていた有間母。我が子を探すように辺りを見回している姿がそこにいた。

 



 

 

 ◇



 

 

 

 まず琥珀が姿勢正してお辞儀する。見習って弓塚も慣れない動作であったが精一杯に礼をした。


 二人を見て有間母も静かにお辞儀を返す。

 


「志貴、このお二人は?」

 


 唐突に尋ねられて志貴は慌てながらも答える。

 


「えっと、屋敷の使用人で……今の俺の家族です」


「そう、良かったわ」


「え?」


「お二人とも可愛い子だし、屋敷の方の生活も苦ではないそうね。今の遠野家当主が親戚を全て追い払ったのも志貴のためと聞いていますし」

 


 安心したように志貴を見つめる。


 どんな理由であろうと、志貴を息子として八年間育ててきたのは事実。これは、母親の当り前の行為だった。

 


 呼ばれたとはいえ有間の家を出てしまった志貴にとって、その心遣いはどことなく罪悪感を持ってしまう。

 


「…………」


「志貴、あなたが満足しているかが私たちにとっては大事なの。だから申し訳ないとか、そう言うことを思ってはいけませんよ。誰もあなたの判断を責める人などいませんから」


「……はい」

 


 厳格な声に励まされる。

 


 そう、自分が正しいと思った道を進んだんだ、と志貴は屋敷に戻ってからの生活を回想する。


 後悔はない。あるはずなんてない。

 


 志貴は自身に喝を入れる。今はしょぼけている場合があったら足を動かせ、都古ちゃんを探しに行かないと……、

 


「まあ一人だけ、都古が文句を言っていたけど……そうだわ! 志貴、都古知らない? あの子勝手にどこか行っちゃったのよ」


「いや、だから俺も今から探しに行こうと思ってたんですよ」

 

 たびたび探しに行くのを止められるような形に志貴は不満顔で返答する。

 


「そう、それなら―――」


「あ、それじゃ志貴さん―――」

 


 有間母は諭すように。乗じて琥珀が閃いたように、

 


「「志貴(さん)一人で探しに行って(下さい!)」」

 


 二人の声が同時に発せられた。意味のわからない内容も同じだ。

 


「へ?」

 


 これには志貴、驚きというより疑問。間抜けな声を出す。


 はもった二人も不思議そうに互いを見やった。数秒、無言のアイコンタクト。

 


 やがて、琥珀が志貴の背中を押すように前に出る。

 


「さ、志貴さん、早く都古ちゃんを探しに行ってあげてくださいな。きっと都古ちゃんも心の奥で志貴さんが追い付いてくれるのを待ってますよ」


「え、でもそれならみんなで行った方が……ていうか何で俺だけ?」


「志貴さんだけで不足でしたら弓塚さんも付けますから、どうぞお二人で」

 


 志貴は納得しがたい顔で叔母を見る。


 言いたいことがわかってか、言う前に志貴は制された。

 


「志貴、私は少し使用人さんとお話があるから……都古のこと、お願いね」


「……はい」


「あ、遠野君、私も行くよ!」


「うん、ありがとう……それじゃ、探してきます」

 


 そう言って志貴は走り出す。弓塚も置いて行かれないよう慌てて志貴のあとについていった。

 


 不思議がってはいたものの、取りあえず志貴はわかってくれたようであり、今は都古を探すのに必死になってくれるだろう。

 


 残された二人は会話もなく沈黙する。

 


 そして完全に二人が見えなくなってから、

 


「……驚きました」

 


 琥珀が向き直って言う。

 


「都古ちゃんの話、ですよね?」


「ええ、でも私も意外でした。遠野の方がうちの都古の事を気にして下さるなんて」


「あはっ、気にするというよりは私のお節介なんですけど」

 


 有間母の言葉に、琥珀は苦笑いで返す。親戚の方々に何かと力で権威を誇示しているのは否定できない。そう思われても仕方のない事だった。

 


「多分志貴さん、戻ってくるの早いです。だから率直に、都古ちゃんを遠野の屋敷にしばらく招待しても宜しいでしょうか?」


「断る理由はないのだけど……こちらから頼もうとしていたことですし、そこまで丁寧に待遇しなくてもいいのよ」


「いえ、これは志貴さんの罪滅ぼしでもありますし、都古ちゃんは大切なお客様でいいのです」

 


 志貴の罪滅ぼし。


 志貴を責めるわけではないがある意味、的を射た言葉に有間の母は困り顔で微笑んだ。

 


「……あの子、そんなにわかりやすかった?」


「はい。有間様には失礼ですけど、一途で重症なところまで。遠野家の都合とはいえ志貴さんを引き離してしまいましたから」

 


 せめて機会を作ってあげないと。そう琥珀は言った。それはつまり琥珀も、志貴の罪滅ぼしに付き合うということだ。

 


「あの子、志貴が遠野に戻ったとき今までに見たことないぐらい落ち込んじゃってね。今はだいぶ慣れたようだけど、志貴が災いしてか同年代の男の子に見向きもしないのよ。一途なのは構わないけどちょっと度が過ぎて困ってしまって、」

 


 だから、勘当された志貴を八年間養ってきた恩を着せたりしてでも都古の手助けをしてもいいかなと考えた。とにかくまあ、一方的な憧れだけでなく普通に話せるぐらいにはなって来い、と。


 でも、と有間母は付け足す。

 


「使用人さん、別に貴女が……もちろん志貴もだけど、罪の意識を感じる必要はないのよ」

 


 心配する声。しかし琥珀は笑って、

 


「違います、罪滅ぼしは志貴さんだけにお願いします。私には、私の考えがありますから」


「?」


「とにかく志貴さんも私も大丈夫です。気にして下さって有難う御座いました」

 


 今度は軽く、頭を下げた。

 

 


 

 その後、琥珀の予想通り素早く都古を見つけて連れ戻った志貴と弓塚は琥珀の話を聞くこととなった。都古がしばらく屋敷に滞在すると。


 志貴にはこれを機会に、と琥珀が念を押しておいた。志貴も思うところがあったかどうかは知らないが素直に頷く。

 


 目的である弓塚とシオンの生活用品を買い込み、有間母と途中で別れ今度は五人で帰路についた。出迎えるシオンと、渋々ながらも了承した秋葉。

 


 上手くいっていた。

 


 だから琥珀は笑っていた。

 

 

 


 予想外の出来事、もとい爆発が起こる翌日、昼ちょっと前までは笑っていたのだ。