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「―――さま、志貴様」


「ふあぁ……」


 差し込む日当たり、蝉がやけにうるさく聞こえる。


 使用人の健気な勤め、ではなく汗の噴き出る馬鹿らしいほどの暑さによって目を覚ました。水分が足りなくなったので本能的に目覚めた始末の志貴である。



 今日も暑い。


 開口一番にそんな事を呟く。



 汗をべっとり吸った寝間着姿はかなり気持ち良くない。

 朝は翡翠の目に留まるし、秋葉の煩い小言もあるので仕様がないが……有彦のアホづらを浮かべると羨ましさに歯噛みする。あいつは自由奔倣、パンツ一丁で腹掻いて寝てるに違いない。



「おはようございます、志貴様」


「……ん、おはよう」



 寝ぼけながらも傍らの翡翠に挨拶を返す。このやりとりもすっかり体に馴染んでしまった。全くもっていつもの調子だ。


 ……いつもの?



「あ、あれ、翡翠?」



 気付いて、大急ぎで翡翠を呼びとめる。


 翡翠は慌てる風もなく、主人の声に「何か?」と言った感じで振り向き疑問調子に首を傾げる。



「えっと……今朝、何か変わったこととかなかったか? 特に何がって訳じゃないけど」



 自分の部屋をくるりと見回す。



 何があることもなく、この家以外の誰かがいることもない。発見したのは壁に掛けられた時計の太い針が左斜め上を向いていること。


 どうりで暑いわけだ。しかも朝食を食べ損ねた。



「別段、変わったことはお見受けしておりませんが」


「いや、いいんだ。こんな時間にわざわざありがと、仕事の邪魔してごめんね」


「いえ、これも私の仕事ですから……」



 染めて、嬉しそうに翡翠は言う。下を向いているのは翡翠なりの恥ずかしさから。


 そんな翡翠に対して、いつも真面目だなあと呑気に感心するだけの志貴。



 着替えるために立ち上がり、それを合図に翡翠は部屋を後にした。


 ズボンを下して
Tシャツも脱ぐ。翡翠が置いていってくれたタオルで汗を拭って、これまた置いてあった普段着を身につける。


 これで体の調子はもとに戻った。



 何か忘れている、もの。



 はて? と志貴は頭を巡らす。大事な何かを忘れている、ような気がする。


 水分補給。秋葉への挨拶。悪友との約束……。



 考えること数秒。



 志貴の脳裏に、昨夜の路地裏風景が浮かんだ。



「―――志貴、おはようございます」


「うわあああ!!」



 背後から思い出したと同時に声を掛けられる。


 志貴が振り返ると、思い浮かんだ人物と同じ像がそこにあった。



「……朝から穏やかではありませんね。人の顔を見て叫ぶとは何事ですか」


「ご、ごめん。ちょっと……いや、かなりびっくりしたもんで」



 一度部屋を確認した後なので尚更、見事な不意打ちだった。


 そんな志貴を見て、罰の悪そうに目線を逸らすシオン。



「申し訳ありません。使用人の方が退出した後に声を掛けようとしたのですが……その、貴方が着替え始めてしまったので……」


「あー、ごめん」



 非常に言いにくそうに紡ぐシオンに納得。


 女性でない志貴にとっては別に大したことではないのだが、アトラス箱入りの学者さんは気にしたのだろう。



 と、今日はこんな話題より重大なことがあったのを思い出し、早々に話を切り替える。



「そういえばシオン、弓塚さんは? さっきから見当たらないけど」


「ああ、さつきは―――」


「ここだよ〜」



 にょきっと、志貴のベッドに下から細い腕が一つ、その後に続く身体を引っ張るように床を掴んで生えてきた。



 驚く志貴はシオンを見る。アイコンタクトで「まさかシオンもここに隠れてたの?」と。


 頷くシオン。


 
うぅ〜と呻き声を洩らしながら弓塚はようやく上半身、そして下半身を引きずり出す。二人の前に現れた頃には結構、体力尽きていた。


「……弓塚さん、大丈夫?」


「うぅ、一応何とか。というかシオン細すぎだよ〜」


 身長も体重も同じなのに、と女性特有の敗北感に弓塚はしばらく項垂れていた。




 ◇




 
 
廊下を歩き、志貴は琥珀の部屋を目指す。



 シオンと弓塚は部屋で待機。暇を持て余すものがないかと懸念してたが、ベッドで寝ることに殊のほか感動していたので、昼辺りにシーツを取り替えに来る翡翠にだけ注意するよう言って部屋を出た。



 どうやって琥珀さんを説得するか。


 行く途中に考える。


 
志貴とて腕の一二本は差し出す覚悟はある。しかしそれは向こうが納得した場合での条件づけとして、だ。頭から反対であれば個人的にどんなに協力しようが認めてくれないだろう。


 加えて二人は吸血鬼。志貴がいくら無害と主張してもそう簡単に割り切れるものではない。



 それではどうするか。



 結局のところ、何も考えつかぬまま、仕方なく目の前まで来た扉をノックした。



「琥珀さん、俺ですけど」



 二回ほど軽く叩く。


 それに応じて中からパタパタと音がして、次の瞬間、ドアが開けた。



「あれ、もうご飯食べ終わったんですか、志貴さん?」


「いえ、起きて直で来たんですけど……よく起きたばかりってわかりましたね」



 頭を触り派手な寝癖がないか確かめる。


 その行為を見た琥珀は袖を口元にあてたお決まりのポーズで笑った。



「違いますよ、さっき廊下で翡翠ちゃんとすれ違った時に教えてもらったんです。翡翠ちゃんが幸せそうな面持ちをしていたものですから」



 はてさて、志貴さんと何をしてたんでしょうねえ〜、と意地の悪い笑みを浮かべて志貴を見る。覚えのない志貴は困るばかりだ。



「まあ起きたばかりなので変な事はしませんから安心して下さいな。

 それで何の御用ですか? 朝ご飯なら志貴さんの分だけ台所に置いておきましたけど」


「えっと、朝ご飯は関係ないんだ。ちょっと相談事があって。立ち話も何だから琥珀さんの部屋でいいかな?」


「相談事、ですか……うーん、部屋が散らかっていますがそれでも宜しいのでしたら」



 もちろん了解して、志貴は部屋へと踏み入れる。


 
言葉通り、部屋の中は散らかっていた。この家で唯一、娯楽的な電化製品があることをいいことに所狭しと置いてある。


 しかし埃が溜まっているわけでもないので汚いといえばそうではない。ただ散らかっているだけ。適当に琥珀の座る周りにもう一つ分の足場を作ってそこに座った。



「お茶が用意できないのが残念ですけど。それで相談とは?」


 茶化さず逸らさず話題に入る。琥珀には珍しい事に。

 志貴にとっても有難いことなので、最近の琥珀に穏便さと優しさを感じながら問いに答えた。


「困っている友人がいるんだ。住むところがなくて路地裏に住んでる」


「はあ、路地裏に……では志貴さんはどうするのです? お金の援助をするのですか?」


「……いや、この屋敷に住んでもらおうと思ってる。部屋もたくさん空いてるし。絶対に迷惑かけないからさ」


 
秋葉に説得するのを協力してくれないか? 志貴はお願いする。

 
しばし考え込む仕草をしてから、琥珀が尋ねる。



「志貴さん、その方のご両親はどうしたのでしょう。勘当か何かをなされたのですか?」


「勘当じゃないけど……事情があってもう会えないんだ。二人とも、もう普通に暮らすことなんて出来ない」


 
生きてはいても人間ではない。それは社会的に死んでしまっているのと同じこと。


 そんな感じで俯く志貴に、琥珀は呆れた調子で、



「―――って言うか二人もいたんですか」



 志貴が言い忘れた大事な部分を突いていた。



「あ、ごめん。そういえば言ってなかったっけ」


「まあ、一人も二人もあまり変わりませんから、」


「あと次いで言うと年齢は俺と同じくらいの女の子だから安心していいよ」


「……う〜ん、それは壊滅的にやばいですねえ」


 
頭を捻る。


 
志貴が言う安心というのは彼女たち身の回りのこと。同性ならば万が一も起こらないと言いたいのであろう。


 秋葉の嫉妬の方がよほど心配だというのに……。



 それともう一つ、琥珀には気にかかることがある。



「志貴さん、そのお二人の事情とは如何なるものでしょう。普通の生活が出来なくなるような事情とは?」


「う……あー、やっぱり言わなくちゃダメかな?」


「その判断は志貴さんがして下さい。この屋敷に私たちと一緒に住まう上で必要な情報であればお話を」


 
好奇心も何もない、ほんとの侍女よろしく丁寧に言葉を紡ぐ琥珀。顔が無表情で、それが余計に志貴を緊張させた。


 ピンと張った背筋に正坐。そんな彼女を見つめてどう答えるか考える。



 必要か、不要か。どちらかと言えばそんなことはわかりきっている。



 秋葉、翡翠、琥珀。



 自分を含めて回りはみんな普通じゃない。翡翠と琥珀はともかく、自分と秋葉は人の形をした化け物なんて言われたこともある。

 


 それでも一緒に暮らしてる。

 
そこに見れるのはごく一般の家庭風景なのだから。



「吸血鬼」


「はい?」


「一緒に暮らしたいと思ってる二人は吸血鬼なんだ。琥珀さんは嫌かな?」


「…………」


 目を大きくして、琥珀は黙る。志貴にも多少、琥珀が驚いたように感じられた。


 やっぱりおかしな質問かな、と志貴は思う。



「―――それは」


 
じっと志貴を観察する視線が数秒、志貴は固唾を呑みこむ。


 
考えた末にふっと溜息をついたあと、



「アルクェイドさんが二人来る、といった感じですか?」


 
琥珀は悪戯っ子のように、笑いながらそう言った。



「…………」


「…………」


 
場が静寂する。


 
志貴はその返答に驚いていて、琥珀はそんな志貴の反応を待っていた。


 やがて志貴の頭が回りだす。



「…………くっ……あは、はははは!!」


「…………ふふふ」


 
何かが込み上げてきて、耐えきれなくなったものが笑いとなって漏れる。どんどん漏れてついには弾けた。志貴はお腹を押さえて堪えて、でも笑うし、琥珀も志貴の笑う姿につられて声を漏らした。


「こ、琥珀さん、それは言いすぎ。二人は、もっと大人しいよ」


 
目尻を拭いながら志貴が言う。

 
緊張は欠片も消えて、その顔は幾分か晴れやかだった。



「ふふ、すいません。でもイメージ的には悪くないでしょう?」


「悪くはないけど……まあいいか」


 
志貴の安堵の息を吐く。それを合図というように、よいしょっと琥珀が緩慢な動作で立ち上がる。



「あ〜あ、お仕事が増えてしまいましたか」


「え、それじゃ秋葉を説得してくれるの!?」



 聞いて志貴も飛び跳ね立ち上がった。



 琥珀の手をがしっと握ってもう一度聞く。しょうがないですね〜とか言いながらも琥珀は困った風を見せず、むしろ嬉しそうに了承してくれた。



 志貴は思わずガッツポーズをとる。琥珀が協力するのなら遠野家事情、大抵の物事は上手くいく。


 まだ秋葉の承諾は得てないけど、それでも大幅に可能性が見えてきた。シオンと弓塚の顔を思い浮かべて、二人の力になれたことを嬉しく思った。



 琥珀に頼んで、成功した。そんな純情な歓喜。

 
それが志貴の心を満たす。




 だから志貴は気付かなかった。何で琥珀も嬉しそうにしているのかを。



 そもそもこいつは策士だろ、ということを。





「志貴さん、それでは私もお話があるのですが」


 
喜ぶ志貴の背中を人差し指で軽くつつく。それは案に話の続きをしましょうよーと誘ってる風にも見える。


 振り向く志貴はもちろんそんなことには気づいていない。



「ん、何?」


 
馬鹿みたいな警戒心の無さだった。



「ギブ&テイクとか相互理解とかいうじゃないですか。嫌なら別に構いませんけど、人の体が実験に不足していて困っていてですねえ……」


 
ニヤリと質の悪い悪戯っ子の顔になる。ついでに袖で口元を隠すのはお約束。

 琥珀が続きを言おうと口を開く。



 その瞬間、



 身の毛も総立つような爆発、もとい爆発音が部屋に響いた。


 強烈な振動は屋敷を揺らし、周りの家具がひっちゃかめっちゃかになぎ倒される。



「うわあああっ!!」

「きゃっ!!」


 
唐突に、部屋の置き物ごと転倒する。


 倒れてきた琥珀を上手くキャッチした志貴、だが支えきれずにそのまま後ろに倒れて頭をテレビで強打。星を見た。



「志貴さん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だけど……結構痛いかなっ」


 
志貴の頭を起こしてぶつけた部分を摩る琥珀。心配の色と優しい手つきは志貴にとって嬉しかったが、それより気になることが、動悸を激しくさせるほど気にかかることが今さっき出来た。



 震えながら、空耳、空耳と願い込む。



「ねえ琥珀さん……爆発の前に何か遠くで聞こえなかった? 例えば「略奪して、」とかそんな声」


「……方角は確かあちらでしたね」


 
琥珀がすっと白くて細い腕を水平に伸ばす。



「――――――」


 
志貴が顔面蒼白になる。

 

 指されたのは志貴の部屋の方向だった。

 




 再び、

 
 身の毛も総立つような爆発、もとい爆発音が部屋に響いた。