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 路地裏に踏み入る。



 深夜一時、性懲りもなく街を徘徊していたのはただの悪戯。この熱帯夜において遊戯といった、そんなもの。


 意識していたわけじゃない。癖の悪さが原因か、はたまたそれ以外の何かかもしれない。


 
「……っ」

 
 
 ガサゴソ、ガサゴソ。

 

 あり得ない物音に体が強張った。


 でもあり得ないことでは無い、こんな場所にもホームレスがいたっておかしくないのだから、と冷やした頭で考える。

 

 常人はまず絶対に寄り付かない場所ではあるが。

 

 肺が、感覚が拒むような気配。死角であるが故に常識からも隔離している。

 
 今は穏やかにある、死に満ちた世界。

 

 壁に背を当てて、注意深く奥を見る。

 
 漁る姿は獣に似た、でも違う。鴉でもなければ犬でもない。



 暗闇に目を凝らす。



 あれは何かもっと別の……、



「―――誰だ!!」


「「―――え?」」


 
人語。そして自分と重なる声。



 直感で斜め後ろへ跳ぶ、目掛けて飛来するはコンビニ弁当を浮かばせる容器。


 しかし速度が幾分か遅い。おそらく中身は空なのだろう。身体をさらに傾かせ鼻先三pで避けきった。

 

 ―――いや、避けきれなかった。



「……な、これは」

 

 第一射を苦もなく避けた油断、見えない攻撃が次に来ると誰が予測できようか。

 

 体が動かない。

 
 手も足も、麻痺ではなく人形。それも身体の内から固定されるような、固まった人形。そう、まさにロックされている。



「―――計算通りです」

 

 コツコツと、闇の中から響く足音。飛退いた先の、月明かり照らす場所に姿を出す。



「―――!!」


「あ、貴方は!!」

 

 絶句。

 

 もう会うことはないと思っていた人物。

 
 一度目はシュライン前で、そして二度目は路地裏で。

 

 両者、口を紡ぐ。

 

 運命的な出会いに喜びを……なんてものではなく、何を言葉にすればいいかわからないから。



 取りあえず、エーテライトを外すシオン。

 
 何も見てないよ、そんな言い訳は通用するのか悩む志貴。

 

 気まずい雰囲気が流れる。

 

 比べて空には、曇りない綺麗な満月があった。
















シオンとさつきと遠野家と
















 沈黙に耐えきれず先に動いたのは志貴の方だった。



「えっと……ゴミのさ、ポイ捨てはやめといたほうがいいと思うよ」

 

 先ほど投げつけられた空のプラスチック容器を拾ってシオンに手渡す。

 
 それを放心状態で受け取るシオン。



「あ、はい……―――って違います!!」

 

 がああっと獲物を駆る獣のように怒鳴る。一瞬、素直にも受けとっていたため志貴はその突然さに驚いた。思わず三歩引いてよろめくほどに。



「ゴミのポイ捨て云々の問題ではないでしょう! 何で貴方がここにいるんですか!?」


「そ、それはこっちのセリフだろ!? タタリの件が終わった後、シオンは帰ったんじゃなかったのか?」


「っく、それは……」



 勢いに任せて言い返す志貴。するとその言葉に反応してかシオンは急に言葉を詰まらせた。



「……私に、どこへ帰れと……」



 項垂れる。



「協会と教会から追われ、タタリを倒したところでこの身体は戻らない……そんな私に今さらどこへ帰れというのです」


「え、シオン?」



 力なく地に膝をつくシオンを見て、志貴は己の軽率さに気付く。

 
 そう、あの事件が解決したとしてもシオンの吸血鬼化は変わることなく、ならば協会、教会から狙われることに変わりもない。



 しまった、本当に何気なく返した言葉がこれだなんて……。


「……そうですか。志貴は私に土へ還れと、そう言いたいんですね」



 しかも何か捻くれたこと言ってるし。



「鬼ですか貴方は!!」


「まだ何にも言ってないだろ、勝手に話を進めるなって!」



 二人とも黙る。シオンは俯いているし、志貴は宛てる言葉が見つからない。



 蚊が数匹、煩く羽を鳴らして辺りを舞う。一匹が腕に止まったのでペシッと叩いておいた。



「……その、ごめん。まさか路地裏に住んでるなんて思わなかった。あいつを倒して全て綺麗に納まったって勘違いして……全然考えてなかった」



 考えた末、志貴は自分の非を謝るしかなかった。


 前も、今も、結局は自身の観察力、考察力の無さが生んだことなのだから。



「いえ、志貴が謝ることではありません」



 しかし、それをシオンは微笑みで返す。



「志貴には心配を掛けたくありませんでしたし、貴方の中で綺麗に納まったのであればそれで良かった、のに……」



 途中までは微笑んで、段々と顔を伏せ肩を震わす。



「なんで、こんな夜中に……こんな場所に来るのです」



 理解不能です、どうかしてます。そう呟いた。



 アトラスの錬金術師、その誇り高きプライド。その他色々の事情含めて志貴には、志貴だけには絶対に見られたくなかった。


 そんな姿を見せられた志貴は、正直、心苦しい。



「ほんとに悪かった、シオン。軽率で馬鹿なことしたって反省してる。だからそんなに悲しい顔しないで、」


「―――それとも何ですか、貴方は私をからかいに来たのですか?」



 シオンの眉が吊り上がる。

 
……ちなみに志貴はそんなことはもちろん思ってない。



「ホームレスとなり、路上生活しかなくなった私を、没落貴族万歳と蔑む気ですか!?」


「いや、何でそうなるのさ……」



 シオンが一気に捻くれた。志貴は溜息を吐く。


 路上、もとい路地裏生活はかなり人の心を荒廃させるらしい。



 志貴の困り顔を見て、シオンはまた下に目を向ける。



「そうですよね、志貴の家はお金持ちですからこんな気持ちなんてミジンコとアメーバ以下ですよね」


「えっとシオン? 別に俺は、」


「すいません、志貴は少し黙っていてください。脳内を整理中ですから……」



 黙れと言われたので、志貴は黙るしかなくなった。せめてシオンが訳のわからない捻くれから、以前の頭脳明晰な彼女に戻ることを祈っとく。



 取りあえず蚊を潰して待つ。さっきからの煩わしさ、もう数カ所は刺されたかもしれない。

 
そんな作業をしながら、シオンも苦労しているなとしみじみ思った。



 コツコツ、足音が聞こえたのはその時だったか。



「ん?」



 手を止める。路地裏の奥に、シオン以外に誰かいる?



 志貴が怪訝に思う中、足音は近付いてきて、壁からひょっこり顔を出した。



「シオン、どうしたの? 戻ってくるの遅かったから、私が全部食べちゃったけど……」


「―――弓塚、さん?」


「あれ……遠野君?」



 弓塚が固まる。口を開けたまま、あり得ない幻を見るように目を大きく見開いて。


 何か呟く、が志貴には小さすぎて聞こえない。



 身体が震えているのがわかる。



 恐怖させる要素があったのか、志貴は落ち着かせるためにも声をかけようとして、



「……いや、だってそんなの……いやいやいやいやあああああ!!!」



 全てを否定したくて激しく首を振る。弓塚はそのまま身を翻して奥へと消えていった。


「あ、ちょっと弓塚さん!?」



 追うか、追わないか、その前に訳がわからない。



 
あれは……確かに弓塚さんだ。多少ボロボロながらもうちの制服を着ていたしそれは間違いない。ツインテールもどきもあったし何よりもこちらの名前を読んだような気がする。


「シオン、君は弓塚さんと一緒に暮らしてるのか?」


「はい、やはり志貴もさつきを知っていましたか。さつきとはクラスメイトの仲と聞いていますが」


「うん……弓塚さんとはクラスメイトだ」



 そして今はもういない。こうしてシオンと一緒にいるということは弓塚も吸血鬼なのかと、志貴は思う。



 とにかく追おう。会ったのだから、話をしないと。


 そう決心して、奥へと進んだ。



 吸血鬼だからって闇討ちするようなことはなかった。志貴が壁を曲がると同時、一番奥の隅で丸まっている弓塚が目に入ったから。



 さて、どう声を掛けたものか。



「―――遠野君は……何で来たの?」


「え、何でって……」



 唐突な質問。志貴は考えるが答えるものは見つからない。



 身体を丸めて、胸を押さえながら弓塚は志貴を見つめる。その瞳は悲しみ一色、涙はないけど、泣いているように見えた。



「私、見られたくなかった」



 弓塚の想いは、遠野志貴には届かない。


「……こんな身体でもう遠野君には会えないから、思い出は綺麗なまま終わりたかった」



 初めて一緒に帰ったあの日。


 夕暮れの中に浮かぶ景色は好きだった。ずっと想ってた人が隣にいて、私と話して。



「もう会えないから、遠野君の中では綺麗なままでいたかった……」



 汚くなった姿を見せたくない。そんな事をすれば、今の思い出は全て上書きされてしまうから。


 そしてそれが起きてしまった今、もう泣く他なにもない。



 吸血鬼も涙を流す。



 それを見ている志貴は、何も成す術がなかった、というかさっきのシオンと同じ状況だった。

 ちなみに夕暮れの思い出も何も、志貴自体つい先ほどまで忘れかけていた有様。思い出は新たな思い出の下に沈殿せざるをえないのである。



「―――さつき、もうやめなさい」


「……シオン」



 シオンがやってくる。雰囲気も鋭いそれで、以前の冷静なシオンだった。



「シオン、もう落ち着いたのか?」


「はい、志貴には迷惑を掛けました。まったく、貴方は時々私を狂わせる」



 志貴に一言そう言って、弓塚へと歩み寄る。しゃがみ、目線を同じくする。



「さつき、現実を直視なさい。泣き言を言っても解決しないのは知ってるでしょう」


「……そんなのはわかってるけど、路地裏生活でいやなほどわかったけど」


「ならばそういう感傷は捨てなさい。後ろ向きでは何事も幸薄です」



 肩に手を置いて、それからそっと立ち上がって志貴を見据える。


 髪と同じ、紫色のその瞳。親友のために何を訴えるのか、志貴にはわかった。



 わかった、というよりは気があった感じか。ワラキアの夜を倒す時も互いに同じ想いを抱いて、信じあった。うん、こういうのは気持ちいい。



「……そうだね。ここで会ったのも何かの縁だし二人はうちに来るといい。多分、路地裏よりは住みやすいと思うよ」


「やはりそう言ってくれますか。感謝します、志貴」



 シオンが安堵するかのように胸を撫で下ろす。


 ここで問題なのは、他人からの無償の行為をあっさりとシオンは受け取っているということである。

 
 以前の彼女ならば「いけません」とか「それでは利があるのは私だけで貴方は何も得ることが出来ない」と言い、結果がどうであれ志貴の甘えに遠慮する行為は見せただろう。こんな、自ら志貴に訴えることなどしなかったはずだ。



 つまり、今まで頑張ってきたけど路地裏生活は苦しいほど大変でした、という事である。


 志貴は鈍いのでそんなシオンの変化には気付かなかったが。


 
シオンの大いに安心した表情を見て、大げさなその仕草に志貴は少し眉を寄せる。



「シオン……まさか何も言わないで俺がここから去るとか思ってた?」


「いえ、志貴のことですから予測はしていましたが、代価交換でしたらどうしようかとは思ってました」


「さすがに今のシオン達にお金を求めるほど鬼じゃないよ……」



 地獄の沙汰も金次第だが。



 路地裏の荒んだ生活を垣間見たような、聞いた志貴はそんな心境。



「弓塚さんもさ、シオンと一緒に屋敷に来てよ。その方が俺も嬉しいって言うか……こんなところに女の子が住んでるなんて知ったら放っておけないからさ」


「……いいの? 私、吸血鬼だから危ないよ」


「大丈夫、むしろ歓迎する」


 
ここで会ったのが偶然か、それとも必然か。どちらとなっても関わったものには最後まで関わり抜く。



 手を取って、立たせた。


 志貴の笑顔に、ようやく弓塚もクラスメイトとして笑った。



 と、シオンが幸せ微笑む弓塚に一つ、忠告をする。



「さつき、志貴は大丈夫と言っていますが、私たちの移住を認めてくれるのは志貴ではなく遠野家の当主です。そこまで期待するのは良くありませんよ?」


「……そういえばそうだった」



 言った手前、結構勝手な事を言っていたのだと頭を掻く。当主は秋葉、顔を思い出しただけで六割がた失敗しそうな勢いである。


 まあ、そのために琥珀さんがいるのだけど。



「そうだな、他力本願で申し訳ないけど、取りあえずある人に相談してみようと思う。だからその……」


「はい、今日のところは一泊二日と想定しておきましょう。上手くいったらご報告下さい」


「え、じゃあ今日はここにいなくていいんだ!?」



 向かう先は志貴の部屋。ここでは肌が痒くなる一方だし、志貴とて知ってしまったからには置いてけぼりにはしたくない。



「しかし、期待はしていますよ。志貴」


「ピンチの時は助けてね、遠野君」


「あはは……」



 確かに路地裏には帰りたくないよなあ。


 
見返りに何を頼まれるかはわからないけど、それがこの二人の笑顔と等価交換なら、



「……まあ、悪くはないかな」


 
そう思った志貴だった。