「――――ん〜、お、おはよう」

 

「おぅ、もう起きたのか? まだ昼過ぎだぞ」

 

 

 押入れからのっそりと顔を出す弓塚。

 寝起きに加えて、全身から漂わせるだるそうなオーラはいつも以上。

 

……まぁ、昨晩の戦闘による疲れは、そう簡単に抜けないのだろう。

それに夜行性だし、こいつ。

 

 

「別に無理して起きなくてもいいんだが」

 

「えっと、身体は吸血鬼でも、せめて心は人でいたいし……」

 

「……生活の時間帯は関係なくないか?」

 

「それより、今わたし出ても大丈夫?」

 

 

 うわ、眩し、と催促され、手を止めて作業を中断。

世話が焼けるなぁと溜息吐いて障子を閉めた。

 

 

「これでいいか?」

 

「都古ちゃんやご両親は?」

 

「出かけてる。家にいるのは、今は琥珀と俺たちだけだ」

 

「……ふぅ」

 

 

 畳の上まで這って移動し、大きく背伸びをする。

身体のあちこちで骨の鳴る音が聞こえ……一分ぐらいしてからか、ようやく弓塚は一息つく。

 

 

「はああぁ……自由って、いい。

よし、たくさん寝たから怪我も治ってる。アキ君はどう、治った?」

 

「無理言うな。さっき病院で針縫って、包帯巻いたところだ」

 

 

 服を捲って弓塚に見せる。

 

 

(というか、弓塚も吸血鬼とはいえ、あの黒鍵で傷つけられたんだよな。

 ……それにしては治るの早くね?)

 

 

 じっと見てみるが、弓塚は服が所々破れていたり血が付着しているだけで、確かに傷はない。

 あれか? ロアが消滅したから、パワーアップしたとか。

 

 

「そういえば遠野君と翡翠さんは? 翡翠さんがいないって珍しいと思うんだけど」

 

「あぁ、翡翠は地図持って図書館に行かせた。

 屋敷と違ってこの家くらいだったら、掃除は午前だけで終わるしな」

 

 

 暇だからやる事がない。

かと言って志貴を誘ってどこか行く勇気も翡翠にはないし。

 

 

「で、志貴は都古ちゃんとアルクェイドを連れてデートらしい」

 

「……すごいね、遠野君って」

 

「多分、最初は都古ちゃんと二人だけで行こうとしていたと思うぞ?」

 

 

 俺はアルクェイドに会っていないけど、琥珀に聞いた話だと「私を埋めた責任、ちゃんと取って貰うんだから!」と玄関先で、志貴がアルクェイドに言われていたっぽい。

 

 しかも身体が土まみれ。そりゃ怒るわ。

 

 

「ふ〜ん、事件も解決したから、みんなゆっくりしてるって事かぁ。

 アキ君も今日はだらだらしてる? ……って、何か忙しそうだね」

 

「まだ、やる事が残ってるからな。どこか行く前に捕まえておかないと」

 

 

 そう言って、ノートに文字を書き込む。

 二十ページ程、所々イラストも入っているそれは、絵心のない自分としては結構な出来だった。

 

 

 テーブルの上の時計を見る。

 

少し早いかもしれないが、頃合いだ。

それに、向こうで待っていた方が確実に会える。

 

 

「そんじゃ、ちょっと出かけて来る。

あんまりこの部屋から出るなよ。いつ誰が帰ってくるかわからないからな」

 

「わかってるけど……どこに? 琥珀ちゃんとデートとか?」

 

「どっちかと言うと、代行者の方」

 

「……」

 

 

 何やらジト目で聞いてきたと思ったら、次はきょとんとした表情に変わる弓塚。

 弓塚が何を言いたいのかはわかるが……

 

 

「その表情、好きなのか? さっちんって呆気に取られること多いだろ」

 

「ア、アキ君が変なこと言うからじゃん!

 

 と言うかあり得ないよ? 何で代行者さんとデート!?」

 

「話しておきたい事があるんだよ。あとデート違う」

 

「む……むぅ」

 

 

 弓塚はこっちを睨んで唸る。

 

 

「な、納得できない! 危ないし、また襲われるかもしれないじゃん」

 

「あの人、根は良い人だから大丈夫だろ。

それに、今回は話すというより、これ渡せればオッケーだし」

 

 

 これ、とはさっきまで書いていたノートの事。

 読む読まないは別として、これがシエルの手元に渡ればいいのだ。

 

 

 確かにシエルは俺たちにとって危険な存在だが、今はロアも消滅して、シエルも幾分か気が抜けている。

良い意味でも、悪い意味でも。

 

 向こうの態度がアレなので、フレンドリーに接するつもりはない。てか出来ない。

 ただ今の内に、中立と言う意味でこちらの存在を認識させておければ……、

 

 

「――――うん、だったらわたしも行くよ」

 

「……どうしてそうなった? いや、聞かなくてもわかるけど」

 

「だめ? そんな訳ないよね。わたし強いし、護衛にはもってこいだもん」

 

「……まぁ、いいか。万が一襲われる可能性もないわけじゃないし」

 

 

 むしろ、弓塚を連れてくとシエルを刺激してしまうような気がするが……イーブンってところか。

 

 

「しかし今は昼間だぞ? お前、もしかしなくても溶けるだろ」

 

「かっぱ着ていくよ、二枚重ねで。暑かったら下を薄くすれば大丈夫……だと思う」

 

 

 琥珀ちゃんに着替えとカッパ貸してもらってくる、と言って弓塚は部屋を出ていく。

 ……あれだ。イメージ的にはfateのセイバーが着ていた感じだな。

 

隣を歩くの、恥ずかしいな……。

 と思ったが、そういった羞恥プレイは琥珀と翡翠で大分慣れていたっけ。

 

 

(本編は終わったし、そろそろ直させるか?)

 

 

 外出時も和服にメイド姿は正直どうかと思う。

個性を持つのは良いことだが、少しは周りの目も気にして欲しい。

 

 パタパタと足音が聞こえ、弓塚が開けっぱなしの襖から琥珀が見えた。

 それを見て、決める。

 

 

「今後の課題に入れておくか」

 

「……人を見て、何いきなり納得してるんですか」

 

 

 少し慌てた風に部屋へ入る琥珀。

 琥珀を探しに行ったはずの弓塚の姿は見えない。

 

 

「あれ、弓塚は? そっちにいかなかった?」

 

「来ましたけど、今は奥の部屋にいてもらってます。それよりもアキさん!」

 

 

 困った顔をして、琥珀は玄関の方を指さして言う。

 

 

「お客様がお見えになったのですけど、“遠野シキ”の知り合いらしいんですよ」

 

「それがどうかしたのか? 今、志貴は出かけてるから、また明日にでもって言っとけば」

 

「いえ、それがその後に、“眼鏡をかけてる方の志貴に”って言ったんです。

 ……これって怪しくありません?」

 

「……怪しいな」

 

 

 遠野家の情報操作で、この世界の“遠野シキ”は何度か入れ替わっているが、今は志貴がその席に座って落ち着いている。

俺は七夜アキハ、というより琥珀や翡翠と同じただの“アキハ”だ。

 

 一般人ならそこら辺は気付かないはず。

 わざわざどっちの“遠野シキ”に用がありますと言っている時点で、相手は自分の素姓をばらしているようなもの。

 

 

 心当たりは幾つかある。

 琥珀を後ろに、玄関まで直に相手の顔を見に行った。

 

 

「――――うわ」

 

「アキさん?」

 

 

 膝まで伸びる赤い髪。

今はTシャツとジーパンでなく、黒の上着に白いスカート。

 

 おまけにきっちり、トランクを片手に持つ姿。

 原作通り過ぎてちょっと感動した。

 

 

「――――今の反応は、私を知っている……って事でいいのかな?」

 

 

 蒼崎青子。世界に五人しかいない魔法使いの一人。

 ……まさか、会うとは思っていなかったが。

 

 

(馬鹿、落ち着け自分。素数を数えるんだ。12357……)

 

 

 そうだ、青子は敵じゃない。

 予想外の事に若干テンパりながら、できるだけ冷静な対応を心掛ける。

 

 

「……えっと、用件は志貴の事ですか?」

 

「おかしいわね、志貴から何も聞いてない? わたしが来る事とか」

 

「いえ、何も聞いてないですけど」

 

「あの子ったら……」                                

 

 

 額を押さえて肩を落とす青子。

何だろう。志貴から聞いていたよりも、母性的な感じがするんだが。

 

 

「あの子の今いる場所、わかります?」

 

「琥珀、わかるか?」

 

「志貴様は街の方で遊んでいる事は確かですけど、どこにいるかまでは……一応、夕方までに帰ってくると仰ってました」

 

 

 急ぎの用なのか、琥珀の答えを聞いて青子は考え込む仕草。

 ……どんな用件か気になるが、青子に直接聞くのは躊躇われる。

 

 

 それ以前に、この状況は結構ヤバい。

 

 玄関で何やら渋っている青子だが、家には極上の吸血鬼が一匹いるのだ。

 もし、志貴が来るまでここで待たしてくれなんて言われたら……

 

 

「悪いけど、志貴が帰るまで上がらして貰ってもいいかしら?」

 

(ギャー、ナンテコッタイ!)

 

「ア、アキさん!?」                   

 

「ありゃ、そこまで歓迎されてなかったとは……」

 

「うわっ、す、すみません! これは、その、そういう訳じゃなくてですね」

 

 

 気付いたら思わず頭を抱えていた自分。

 これはさすがに失礼すぎた。

 

 どうすべきか、青子を前に必死に考える。

 相手から見れば、家に上げる事に困惑する姿はさぞ不思議に見えただろう。

 

 

説明できないこちらの態度から何かわかったのか、青子は納得したように、そして確認するように俺たちの向こう側を見た。

 

もしかしてアレ? と廊下の奥の方角に指をさして訊ねる青子。

 その時、身体に電流走る。

 

 

 ……が、構えたこちらに対して、苦笑しながら手を振った。

 

 

「あ、それなら大丈夫よ。わたし、面倒な事は嫌いな性質でね。

 向こうから手を出されなければ、首を突っ込んだりしないから安心して」

 

 

 お邪魔するわね、と言いながら靴を脱いで家に上がる。

 琥珀のどうしましょうとのアイコンタクトに、少し考えてから、案内頼むと返した。

 

 

「では、リビングに案内しますね。鞄をお持ちします」

 

「いえ、これくらい構わないわ」

 

 

 青子の後ろ姿を、安堵の息を吐きながら見送る。

 

魔術師と言っても十人十色。

 シエルのようにお堅いのもいれば青子のように気まぐれ? な感じの人もいる。

 

 

「……タタリの時もこんな感じだったっけかな?」

 

 

 取りあえず、弓塚を連れて早く行くか。

 これからシエルに会いに行くってのに、思わぬところで精神力を削ってしまった……。

 

 

 

  ◇

 

 

 

「よし、準備出来たよ、アキ君」

 

「うわぁ、イメージ通り……」

 

 

 黄色のカッパに身を完全に包み込み、頭から爪先まで深く着こんだ弓塚。

 

どこからどう見ても弓塚の姿は一ミリも見えない。

てか、こんなのが昼間に堂々と歩いていたら凄く怪しい。

 

 

(そしてこいつと並んで歩けと……)

                                                              

 

 やだ、何この罰ゲーム。

 

 

「お前、それ前見れんの?」

 

「琥珀ちゃんが手を加えてくれたやつだから大丈夫」

 

「いつの間に……」

 

 

 ほんと怖いくらい準備がいいな。

 

 持ち物に武器はいらないだろう。

財布とシエルに渡すノートがあれば……。

 

 

って、財布しか持ってねぇ。

 そして、それを見計らって弓塚が手渡す。

 

 

「はい、これ。机の上に置きっぱなしだったから」

 

「ナイスださっちん」

 

「もう、またさっちんって……そういえばこれって何て読むの? どうのだいち?」

 

 

 ノートの表紙に書いてある文字に首を傾げる。

 ちなみに、そんな難しい漢字ではないはずだ。

 

 

「お前、これ読めないの?」

 

「え、違うの!?」

 

「あのな、これの読み方は――――」

 

 

 

 

 このノートをシエルに渡す事。

 

それによって何かアクションが起こるとも限らないが、それが今の俺に出来る精一杯の原作介入。

 

 

 歌月十夜は志貴が表ルートと裏ルートを同時に進んだ結末であり、そこにはヒロイン全員の問題が解決された結果がある。

 そんな事できるのかと疑ってしまうが、もしかしたらそんな一夫多妻制エンドも可能かもしれない。

 

 

だったら、この世界に来た意味は?

IFを考えたらきりがない。しかし、必死に駆け回った結果が自分の知る原作と大差ない現状だったら……多分、心のもやが晴れない感じにいつまでも悩み続ける。

 

 というより、それでは世界に振り回された気がして腹が立つ。

 気が付いたらこっちの世界に飛ばされて、生き残る努力をしなければならない状況に置かれて。

 

 

 

 

 だから、未来が変わっても変わらなくてもいい。

 

 己の存在意義という形を、世界に叩きつける。

 

 

 ……そしたら後は関係ない。

 存分に自分の人生を楽しもう。

 

 

 

 

「――――これはな“鋼(はがね)の大地”って読むんだよ」

 

 

 空の境界、月姫、fate/stay nightのずっと未来の話。

 このノートには、それを主とした情報を思い出せる限り書き尽している。

 

 

「……これを忘れるのは、馬鹿だよな」

 

「へへ、アキ君も意外に抜けてるんだね」

 

「いや、さっちんの服がインパクト高くて……」

 

「ああ言えばこう言って……それに、さっちんって呼ばないでよ、もう」

 

「そんじゃ、さつき」

 

「ふぇ!?」

 

 

 

 

 

 

憑依in月姫

第二十二話

 

 

 

 

 

 

「お、ビンゴ」

 

「うわ、ほんとにいた!」

 

「……貴方たちは」

 

 

 ココ壱に入ると私服姿のシエルとご対面した。

 私服なんて持っていたっけ? と思ったが、魔術で外見だけそう見えるよう認識させているだけかもしれん。

 

 

「……貴方たちもおやつ時にカレーですか。良い心掛けです」

 

「いや、違いますから」

 

 

 危うく同類認定されそうになったので止めておく。

 昨晩の戦闘の傷はまだ癒えていないのか、左腕に包帯が巻かれており、顔は少しばかし腫れていた。

 

怪我のせいで少しボケているのか、こんな怪我の状態でカレー喰っている姿はどこかギャグっぽい。

 

 

 だが、シエルは俺の言葉に反応する。

 ここはココ壱でメニューはカレー以外にない。なのに、それを食べに来た事を否定したという事は……、

 

 

「私に何か用でも?」

 

「そうだ。できれば声を遮断する結界を張ってくれると嬉しいんだが」

 

 

 昨晩に近い雰囲気を戻したシエルに、臆することなく話を進める。

 シエルの態度は予想できた。よって、気後れする事もない。

 

 カウンター席なのでシエルの隣に、弓塚は俺の隣へ座る。

 

 

弓塚は黙ったまま、シエルの一挙一動を監視している事から、やはり警戒は解いていない。

 俺も、シエルとの近距離に緊張する。

 

正直、心臓に悪い。さっさと終わらせようと、本題を切り出した。

 

 

「今日は交渉したい事があって来たわけじゃない。だから時間はそう取らない」

 

「そうですか。私も食事は美味しくいただきたいですから、そうしてくれると助かります」

 

「助かる。じゃあ、こいつを受け取ってくれ」

 

 

 冷たくあしらわれているが、シエルがこちらの言葉を聞くかどうかは別として、隣で喋る程度は許されている状況だ。

 月姫でも常識人に入る方だし、一般人を巻き込む店内で争う気はないのだろう。

 

 

 ノートをシエルの近くに置くが、受け取らずにそれを見つめたまま動かない。

 何を企んでいるのか、そう考えているのがはっきりわかる。

 

 しかし、こちらにやましい事はない。

 先に進めるため、仕方なく自分でノートを捲り、書いてある事柄を説明する。

 

 

「これは……半分が裏世界の情報で、もう半分が未来予知だ」

 

「未来予知ですか?」

 

 

 何を馬鹿な、と呟くが、返す言葉にシエルは驚く。

 

 

「俺の未来予知は、アルクェイドの保証付きだぞ。本人に聞いてみりゃわかる」

 

「っ!? 貴方は彼女と交流があると」

 

「それより、話はそっぽ向いていてもいいが、イラストぐらいは見てくれよ。描くの苦労したんだからな」

 

 

 順を追って書かれている内容を読み上げていく。

 

 

 情報は主に二十七祖のリスト。

 ガイアの怪物、プライミッツ・マーダーから第二位、第三位へと進んでいく。

 

全てを思い出す事は出来ないが、大半は何とか。

型月厨はだてじゃない。……所々、間違っている可能性は否めないが。

 

そしてメレム・ソロモンとその詳細を喋った時に、シエルの意識は完全にこちらへ向いた。

 

 

 そう、物には順序がある。

 何で七夜アキハがこんな事を知っているか、という疑問はどうでもいい。

 

 ただ、シエルの反応を見るに、こちらの情報とシエルの知識に間違いはないと見た。

 信じられる要因が一つでもある事。それだ重要だ。

 

 

「第五位、ORT(オルト)。なかなか上手く描けたと思うけど」

 

「……私は知りません。そもそも、本当にタイプ・マアキュリーが存在するなど」

 

「だろうな。一目見るだけでも命懸けだ、姿形を知っているのなんて上のほんの一部だろ。

 ……ちなみに、この話にどのくらい信憑性があると思ってる?」

 

「…………せいぜい、二%ほどでしょう」

 

 

 そう言いながらも、シエルの視線はすでに疑い深いものへと変わっている。

 それが証拠だ。シエルはこの話を、ただの妄想話と思っていない事の。

 

 

「さて……それじゃ、ここからが本題だ」

 

 

 

 

 Notes. “鋼の大地”

 

 遥か未来の荒廃した地球。TYPEMOON世界の終末を描いた作品。

 

 

 これは設定資料集の読み切りで掲載された小説で、連載されていない設定だけのもの。

 だが、完結しているかどうかは関係ない。

 

 

 “設定”が用意されたのなら、それはこの世界に適用される。

 

 

鋼の大地の内容はお世辞にも明るいとは言えない。

何せ人類は滅びているのだから。主人公を除いて。

 

 人間に変わった新人類と、新たな霊長類、そしてそれを滅ぼそうとするアリストテレスなる八体の怪物との生き残りをかけた戦い。

 

 

 ……疑問点はある。

 

地球温暖化など環境問題が叫ばれてるが、結局人間は星を殺してしまったのか。

そもそも星が死ぬまでにどっかのマクロスみたいに宇宙へ進出できなかったのか、とか。

 

 それでも、信じられなくても、このままいけば世界はそうなってしまうのだろう。

 そういう設定がこの先にあるのだから。

 

 

 

 

 話している間、シエルは一言も喋らなかった。

 呆れているのか、真摯に受け止めているのか、今度はわからない。

 

 ただ、そこに書かれてある内容は酷く深刻なため、シエルが笑う事はなかった。

 

 

「……で、どう思う。

妄想乙と言われても仕方ない内容だが、ここの“地球が人間に殺される寸前、母たる星が死んでも生き残る人類に恐怖を覚えた地球が、地上の生命体を絶滅させて欲しいと各惑星に信号を送ったため来襲した”……理屈はあっているよな?」

 

「……真祖を作ったのは地球ですから、星同士でそのような事ができてもおかしくはありません。ですが……」

 

 

 シエルはすでに内容ではなく、こちらに意識を向けている。

 七夜アキハとは何者なのか。それがシエルの頭を駆け巡っているだろう。

 

 間に流れるのは沈黙。

 

 大まかな説明は終わった。

ここでの問題はシエルがこちらに対して何らかの魔術を仕掛けて来ることだが……そんな様子は見られない。

 

 

 ……こちらとしては、そのまま何も喋らないでくれると助かる。

 取りあえず、シエルは俺から渡されたこのノートを捨てたりはしない、そう確信できたのだから。

 

 

「弓塚、帰るぞ」

 

 

 もうシエルに用はない。あとは速やかに立ち去ろう。

 ロアの討伐という任務が無くなった後にシエルに会えるかどうか心配だったが、それもクリアされて、ここまで事を運べたのだ。

 

 突然に話を終えて立ち上がった俺に、慌てて弓塚がついてくる。

 シエルは動かない。ただ、こちらを見ているだけ。

 

 

 それでいい。

 七夜アキハが何者かなんてのはあんまり考えてほしくないが、渡した情報は思う存分、悩んでもらいたい。

 

 

 七夜アキハには力もないし、人脈もない。

 この先に確実な滅亡が待っているとわかっていても、それに抗う術なんて何もない。

 

 

 だから渡す。

 

 この世界の外側にあった情報を、他の人に渡して任せる。

 自分では何もできないのだから、少しでも有効活用できるであろう人に勝手に託してしまう。

 

 

 

 

 この世界に、外側の情報を持ちこんだ事。

 それが、七夜アキハの存在意義。

 

 ……他力本願で、しかも渡した後の結果ではなく、その渡す行為自体に重要性を置いているという自己満足的なものだけど。

 

 

(でも、それが精一杯だ。基本一般人にできる事なんてそんなもんだろ)

 

 

 これでも十分に危険な行為。

 シエルがこの情報をどう扱うかで、こっちの命までかかってくるのだから。

 

 それでも、根っからの魔術師ではなく巻き込まれた形で裏の世界に入ったシエルなら、悪いようにはしないと思っている。

 実際のところはわからないけど。

 

 

 

 

 店を出る。

 結局、シエルは考え込んだまま、声をかけて来る事はなかった。

 

 

 会う機会は、またあるだろう。

 ノートにはワラキアの夜、そしてオシリスの砂が三咲町に出現する事も書きこんである。

 

 後者は下手したら人類滅亡。

 どこまで本気で受け取るかわからないが、まずは来年の夏、ワラキアの夜の出現時期が当たればノートの信憑性は高くなり、シエルも何らアクションを起こすだろう。

 

 

「――――ふぅ」

 

「何か、難しい話してたね。上手くいった?」

 

「どうかな……取りあえず、けじめはつけた」

 

 

 この世界に、原作ではあり得ない種をまいた。

 

 憑依して散々に人生を振り回されたけど……これで、納得しておこう。

世界め、未来を変える可能性を植え付けてやったぞ、とそんな感じに。

 

 

「アキ君、これからどうするの?」

 

 

 弓塚が行き交う人々を見ながら聞いてくる。

 

 

意図したわけではないだろう。

 弓塚は“どこに行くか”というニュアンスで、有間の家に帰るか、どこか寄っていくかを聞いたもの。

 

 だけど、憑依した事を考えていた俺にとっては“どう生きるか”……そういう風に感じて、心に落ちた。

 

 

「――――ん、じゃあデパートで買い物するか。

琥珀にいくつか頼まれてるし、弓塚にお礼もしないとだからな」

 

「わ、ほんと!? だったらわたし本が欲しい。好きな作家さんの新刊、最近見れなかったから」

 

「わかったから、その格好ではしゃぐな! こっちが恥ずかしいんだよ!」

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

「あれ、アキと……そちらは弓塚さん?」

 

「うぉ、志貴じゃないか。というか、よくわかったな、この物体が弓塚だって」

 

「気配で何となくね」

 

「こら、志貴! 勝手にどこかいったら……ってアキと吸血鬼じゃない」

 

 

 デパート内の本屋を弓塚と見て回っていたところで、志貴たちと合流。

 

やはりダブルデートなのだろう。

 志貴は片腕をアルクェイド、反対の腕を都古ちゃんに捕られ、両手に花状態であった。

 

 

 凄い。これが主人公か。

 

 

「志貴……お前、周りの目が気になったりとかしないのか? いや、別に愛を否定する気はないけどさ」

 

「はは、実を言うとアルクェイドが強引でちょっと困ってるんだ」           

 

「あー、志貴ひどい!」

 

「お兄ちゃん……」

 

 

 苦笑いしながらアルクェイドの抗議を受け流す志貴。そして頬を染める都古。

 ……今のでわかったが、やっぱり都古ちゃんはちゃんと受け入れてるんだな。

 

 目の前でいちゃつく三人から少し距離を取る。

 と、そっちだけでやっていればいいのに、アルクェイドが俺にも話題を振って来た。

                                 

 

「ねぇ、志貴ったら眠っている私を花壇に埋めたのよ。それも全身すっぽり」

 

「だから、勘違いして悪かったって……」

 

「まさか、私がゾンビの真似事をするなんてねぇ。滑稽だと思わない?」

 

 

 本気で怒っているわけではないが、笑顔の下に怒気がちらほら。

 志貴も冷や汗をかいている。

 

 

(じゃれ合っている……にしては志貴が不利だよな。少し助け舟出しとくか)

 

 

 それに世間話も悪くないが、ここで志貴に聞いておきたい事もある。

 言わずもがな、家に訪れた青子の事で。

 

 

「弓塚、ちょいと都古ちゃんの面倒見てもらっていいか?」

 

「え、わたし?」

 

「大事な話があるからな」

 

 

 弓塚でなく、志貴に向かって言う。

 志貴から都古ちゃんに言ってもらい、二人は俺たちから少し離れた場所へ。

 

 人払いが住んだところで、話に移る。

 まだ本題ではないが、都古ちゃんがいると何かと話が厄介になりそうなので、早めに退場してもらった。

 

 

「あの、アルクェイドさん? 志貴のフォローいいですか?」

 

「何よ? ……まぁ、貴方の言う事なら聞いてあげるわ」

 

「昨夜、志貴がアルクェイドさんが死んだ事を話しながら、涙流してたんで……それだけ愛されてるって事で許してあげられません?」

 

「ア、アキ!?」

 

 

 言葉を聞いて慌てる志貴と、豆鉄砲を食らったようなアルクェイド。

 しばらくして意味を理解したアルクェイドは、その表情を綻ばせた。

 

 

「へぇ〜、志貴、私のために泣いてくれたんだ」

 

「ばっ、違う。別に悲しんだりなんか」

 

「やった、志貴が照れてる〜!」

 

 

 抱きつくアルクェイドと、必死に言葉を否定しながら顔を紅くする志貴。

 なにこのバカップル。

 

 

「ご、ごほん……で、問題が解決したところで本題に移っていいか?」

 

「あれ、大事な話って今のじゃなかったの?」

 

 

 咳払いして気を取り直すこちらに対して、アルクェイドはマイペース。

 まぁ、アルクェイドに取っては、今のも十分大事な話だったかもしれないが。

 

 

「話ってのは志貴の事で――志貴、お前の先生って、髪の赤くて長い人か?」

 

「そうだけど……アキに話したっけ?」

 

「いや、話してない。ただ、昼過ぎにその人が有間の家を訪ねてな」

 

「え、もう!?」

 

 

 驚く志貴。そして固まる表情。

 

アルクェイドが何の話かと聞いてきたので答える。

別にアルクェイドに秘密にする事でもないだろうし。

 

 

「魔法使い、ミス・ブルーが志貴に用件があるって訊ねて来たんだよ」

 

「げっ、あいつこの街にいるの!?」

 

「そう。それで志貴が帰ってくるまで有間の家に上がって待ってるから、その事で」

 

 

 青子は志貴がいない事と、志貴の事情を知っているであろう俺が志貴から何も聞かされていない事に驚いていた。

という事は、志貴はすでに青子と連絡を取っていたのだろう。

 

そして昨日、ようやく事件が収まったにも関わらず、翌日には身体を休めないでデート。

 

志貴の反応を見るまでは、単に休むよりも都古ちゃんと出かける方が回復するよ、なんて思ってるんだろうなぁあのロリコン……と考えていたが今は違う。

 

 

 志貴は焦っていたのだ。

 また、この三咲町から離れてしまうから。

 

 

「志貴、この町から出てくのか?」

 

「……やっぱり、アキは凄いね。まだ言ってないのに気付いたんだ」

 

「え、ちょっと志貴、どういう事よ!?」

 

 

 話についていけないアルクェイドが問い詰める。

 俺も理由が知りたい。多分、この町を離れるだろうとは推測できたがその訳まではわからない。

 

 

「今朝、先生の使い魔から手紙を渡されて……それで、また旅についてく事にしたんだ。今度は修行って形で」

 

「修行? そんな事しなくても、志貴は十分強いじゃない」

 

 

 アルクェイドは不機嫌そうに言う。

 志貴と離れるのは嫌という意思を表して。志貴それを感じとって笑う。

 

 

「ありがとう、アルクェイド。

 でも、身を隠さなきゃいけない事情が出来て、そっちの方でも強くならなきゃいけなくなったんだ」

 

「むぅ……、志貴はそれでいいの?」

 

「迷惑かけるのはしたくないから……強くなったら、また戻ってくるよ」

 

 

 身を隠す、これはシエルが言っていた監視対象に関係する事だろう。

 

志貴は修行が終わったら帰ってくると言っている。

 

 

……だとすれば、結界系統の魔術を覚えるのが修行なのかもしれない。

志貴の魔眼は知られておらず魔法使いの弟子以外の情報が広まっていないのならば、命を狙われる事態はおそらく避けられるのだから。

 

 

「ほんとは秋葉や翡翠とも出かけたかったけど、先生が来てるならもう終わりかぁ……」

 

「すぐに出るのか?」

 

「先生、怖いからね。あまり待たせると修行と偽って殺されるかも」

 

「よし、今すぐ帰れ」

 

 

 そんな事で死なれたらたまったものではない。

 弓塚と都古ちゃんを呼んで、早くこの場を解散しよう。もう話は終わりだ。

 

 

「修行が終わったら帰ってくるんだろ?」

 

「どのくらいかかるかわからないけどね……さっさと強くなってやるさ」

 

 

 七年前は突然この町を離れた志貴。

 今度もいきなりは変わらないが、前と違い時間はある。

 

 別れの言葉を交わす時間は。

 

 

 だから、頼りない俺に変わって、お願いをしておこう。

 

 

「志貴、三つ聞いてほしい事があるんだが、いいか?」

 

 

 手早く財布から諭吉を取り出し、(まげ)た。

 目を見開く志貴。

 

 

「俺の“眼”は下の下だ。人の腕一本折るだけが精一杯。

 だけど、上級の“眼”は制御できなくなる事もある。力が強くなり過ぎてな」

 

「……アキ、もしかして全部知ってる?」

 

「いや、俺が知ってるのは、志貴が強力な魔眼殺しをかけてるってことぐらいだ」

 

 

 両手を広げて、肩を落とした仕草をする。

 言いたい言葉はこの後。

 

 

「できれば、今のうちに眼鏡無しでコントロールできるよう頑張ってほしい。

 俺のとはランクが違って難しいだろうけど……」

 

 

 思い浮かべるのは月姫から数年先の短編小説、Talk

 魔眼殺しの眼鏡ですら魔眼が抑えきれずになったその姿。

 

 

「じゃないと、戦闘時以外は包帯巻いて過ごす羽目になるぞ。

 そうしたら俺たちの顔、見れなくなるだろ」

 

 

 魔眼殺しはあくまで一時凌ぎ。

しかも魔術師として名高い蒼崎橙子の作ったものだから、それ以上に効力の高い魔眼殺しは望めない。

 

 直死の制御は、両儀式にできても志貴にはできない類かもしれない。

 それでも、志貴には試してみてほしい。

 

 

「秋葉や翡翠に悲しい顔をさしたくないのは、志貴も同じだろ?」

 

「……そうだね。今まで安心して考えなかったけど、そうなってもおかしくない」

 

 

 頷く志貴。

 そういえばアルクェイドがさっきから黙って話を聞いているけど……何だろうな。

 

 

「残りの二つはそんなに難しい事じゃない。

 来年の夏に一度、三咲町に帰ってきて欲しいのと……」

 

 

 向こうで弓塚と話している都古ちゃんを見る。

 原作の志貴に自覚はなかったようだけど、やっぱり子供の涙は見たくない。

 

 

「都古ちゃんに別れの挨拶をきちんとして、またここに帰ってくると言ってあげる事。

 それが俺のお願いだ」

 

 

 志貴を促し、都古ちゃんの方へ向かわせる。

 

 弓塚を連れて場を離れた。

 志貴の時間が限られてる今、あとは志貴に恋する二人に譲ろう。

 

 

(子供の頃に比べれば、言いたい事は全て伝えられた)

 

 

 別れるのは惜しいけど、また帰ってくるのなら構わない。

 

 

「決めた、私も一緒に行くわ、志貴!!」

 

「え、えええぇえぇ――――!?」

 

 

 

 

 ――――後ろからアルクェイドの決意と志貴の絶叫が聞こえる。

 

……取りあえず、志貴もアルクェイドも楽しそうだ。

それが何よりも、俺には嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

Epilogue

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「アキさん、さっちゃん、おかえりなさい」

 

「ってここ違くない!? ここ屋敷の離れじゃん!」

 

 

 出迎える琥珀に対して突っ込むさっちん。

 そう、今いるのは林の中にある古い建物。間違っても有間の家でない。

 

 

「いや、あってるぞ。弓塚の住処的な意味で」

 

「へ、わたしの?」

 

「さっちゃん、有間の家だと一日中押入れだから」

 

 

 遠野の地下で生活させるのも構わないが、屋敷の建築がいつ始まるのかは秋葉に聞かないとわからない。

 そのため、地下よりは狭くなるが、誰も使われていないこの建物にしばらく弓塚を置いておく事にした。

 

 

「今日はここでパーティーよ、さっちゃん。お料理も手によりをかけて作ったし」

 

「俺もケーキ買ってきたしな」

 

「ア、アキ君いつの間に……」

 

「弓塚が本買ってる時に、ちょいとデパート抜け出して」

 

「えっと、わたしにパーティーをするって教えてくれなかったのは?」

 

「教えてもメリットないから」

 

「ひどっ!?」

 

 

 背を向けて体育座りの弓塚。いじけてます。

 その前にいつまでカッパ着てるんだ? もう日は落ちかけているってのに。

 

 

「アキさんはさっちゃんを驚かせようとしてんだよ。サプライズをプレゼント、みたいな?」

 

「琥珀ちゃん……それ本当?」

 

「うん」

 

 

 そっとカッパを脱がしてあげながら、琥珀は弓塚を慰める。

 そして結ばれる友情。

 

 

「それに、今日はさっちゃんの引っ越しパーティーだから。

 主役にネタバレはご法度でしょ?」

 

 

 実際は本編終了のお疲れさん会なのだが。提案したの俺だし。

 ……まぁ、頑張ったのは弓塚だし、別にいいか。

 

 

「こ、琥珀ちゃん、アキ君……ありがとう!」

 

「さ、料理が冷めないうちに食べましょう」

 

「重箱が一、二……って八つ!? 待て琥珀、少し多すぎないか!?」

 

 

 そうして静かな宴が始まった。

 

 

 

 

 食事をして、美味しい、料理上手いね、わたしもやってみようかな、教えようか。

 会話をして、二人の関係は、仲良くなったきっかけ、こっちへ文句など。

 

 

 昔話からつい最近の事、そして未来の事へと話が広がる。

 

 

「そういえば、さっちゃんの髪、随分長くなったよね」

 

「へ、これの事?」

 

 

 弓塚は自分の膝元まで伸びた髪を見て、こちらへ目配せ。

 

 

「……何だよ?」

 

「えっと、これって本物かなぁって」

 

「親元の死徒が滅びたから、弓塚が新たな死徒になって……力の象徴なんだろ」

 

「気のせいかな、前よりさっちゃん綺麗になった様な……」

 

「そ、そう? 別に変わってないと思うけど」

 

 

 否定しながらも顔がニヤけるさっちん。

 忘れていたが、そんな裏設定もあったような気がしなくもない。

 

 

「それで、結局事件は解決したんですか? よく状況がわかりませんでしたけど」

 

「あぁ、事件は終わり。元凶倒したからな。

 これからはのんびり、好き勝手にやりたい事やってくよ」

 

 

 一年ちょいしたらワラキアの夜が現われるので、まだ鍛錬は続けるけど。

 と、何やら琥珀が微笑みながら、こちらの言葉に反応する。

 

 

「私、アキさんのやりたい事って興味ありますね」

 

「あっ、それわたしも!」

 

「……なぜに?」

 

「だって、アキさんいつも忙しそうにしてましたから。

 肩の荷が降りたらなにをするか、気になりますよ?」

 

 

 これは何だ、もしかして趣味とかそういうのを期待しているのだろうか。

 

……忙しそうってのは、危険な事に手を出していた軽い皮肉なのかもしれん。

 ならば、こっちも遠慮せずに言ってやろうじゃないか。

 

 

「そうだな、まず一つ目が……琥珀と翡翠に私服を着せること」

 

「え、わ、私と翡翠ちゃんですか!?」

 

「あ、それ賛成!」

 

「さ、さっちゃんまで」

 

 

 弓塚が乗る。いつも同じ格好はもったいない! と付け加えて。

 

人の個性にケチをつけるわけではないが、やっぱり琥珀と翡翠は世間からズレ過ぎていると一緒にいて思う。

本当なら高校に通わせて、友達を作ったり勉強したりして普通の子供と同じ風になってほしいが、いきなりそれは無理だろう。

 

 

 だから、せめて格好だけでも。

 

 それに二人とも素材がいいから、色々な服を着るようになるだけで見違えると思う。

 そこから、段々と他のものにも興味を持ってほしいのが願いだ。

 

 

「……あとは、大学に行くことかな」

 

「大学? あれ、アキ君、秋葉さんの仕事の手伝いしてるじゃん」

 

 

 就職しなくてもいいんじゃないの? と聞いてくる弓塚。

 

 

「手伝いはしてるけど、別にそれは俺じゃなくてもいいだろ? 琥珀や翡翠だって、少し勉強すれば秋葉の補佐はできる」

 

 

 仕事自体はそんな難しい事をやっているわけじゃない。

 どちらかと言うと、家系故に外部から手伝いを安易に雇えないだけだ。

 

 

「だいたい、新しく屋敷を立て直した時に前ほど大きくなかったら、二人とも暇になるだろ。

その時に秋葉の補佐をやってもらえば、仕事のバランスが取れる」

 

 

 だから、二人には秋葉を手伝ってもらい、俺は外で仕事をする。

 

 

「それに、少し宇宙関係に興味がわいてな。そっちの方で仕事してみたいんだよ」

 

 

 正確には開発の方面に。

 

人間一人の力など微々たるものだが“鋼の大地”へ至る前にコロニー作ったり太陽系の外まで進出できるようになれば、アリストテレス防げるんじゃね? と挑戦してみたくなる。

 

 もろ理系だが、この身体はまだ十五才だ。今から頑張って勉強すれば間に合うだろう。

 

 

「へぇ〜、いいなぁ、何か夢って感じで」

 

「弓塚はないのか?」

 

「う……わたしは、ほら、吸血鬼だし」

 

 

 弓塚は苦笑い。

 そうだ、肝心な事を忘れていたが弓塚は死徒になったんだ。

 

 

「――――確かに、夢とかいってる場合じゃない。その前にもっと強くならなきゃな」

 

「え、わたしもう強いじゃん!? まだ修行するの?」

 

「いつ強い敵が現われて命を狙われるかわからんからな……能力も早く使いこなせるようにならないと」

 

「ん〜、やっぱり固有結界って言われてもよくわからないんだよね……。

 あ、そうだアキ君! また漫画読んで思い付いたんだけど、こう右手と左手に能力を発動させて……」

 

 

 両手をガシっと前で合わせるポーズ。

 

 

「合わした手からビームをどかっと。

当たった相手の魔力を全て消滅、じゃなくて枯渇させるの。できたら格好良くない!?」

 

「メドローアですね、わかります」

 

 

 できるかどうかは知らんが、弓塚がやる気なら今度やらせてみるか。面白そうだし。

 元ネタと違って当たっても魔力が無くなるだけなら、実験台になっても構わないだろ。

 

 

「強くなるにしろ、弓塚は殺されない限り俺たちより長生きできるからな。

 ……俺だったら、世界の格闘技を全て体験してみて、新たに弓塚流とか作るのも面白いと思うぞ?」

 

「あ、それちょっといいかも」

 

 

 明るい流れになったところで、弓塚にとって大事な話を。

 今までは触れてなかったが、そろそろ考えても良い時期だから。

 

 

「あと、弓塚。お前の家族の事なんだが……」

 

「――――えっ?」

 

 

 不意をつかれた話題に、弓塚の顔が強張る。

 

 

「その、何だ。琥珀からこの前、聞いてな……」

 

「さっちゃん、家族の方を想って時々泣いてましたから。

それで、私がアキさんにどうにかできないか相談したんです」

 

「……い、いつわかったの? これでもわたし、頑張って隠してたんだけど」

 

「さっちゃんの寝言で」

 

「わたしのバカ――――!!」

 

 

 床に顔を伏せる弓塚。そりゃ恥ずかしかろう。

 

だけど、笑って誤魔化せれる問題じゃない。

 今日のパーティーには、事件が終わった〆として、今まで見送りにしていた事を話し合っておく場といった意味もある。

 

 

 弓塚はまだ中学を卒業したばかりの女の子。

 手伝って必死に戦ってくれたが、心は人間だ。

 

 表の世界では亡き者となり、家族と離れて暮らす生活が寂しくない筈がない。

 それでも、今は幸福だと代行者に言ってくれた弓塚は、強い子だと思うけど。

 

 

「……色々考えたんだが、さきに謝っておく。俺も、どうすればいいかわからなくて」

 

「力になれなくてごめんね、さっちゃん」

 

「だ、駄目だよ! アキ君や琥珀ちゃんが謝る必要なんてない。

 それに、ちゃんとわかってるから。わたしがお父さんやお母さんと関わったら、こっちの世界に巻き込むかもしれないって」

 

 

 悲しそうに弓塚は言う。

 もし、そっと家族に会いに行き、静かに言葉を交わすだけだとしても……。

 

 

「絶対に安全なんてない。

無事でいて欲しいなら、わたしは会っちゃいけないって」

 

「……しかし、だからって諦める必要はないんだぞ、弓塚」

 

 

 弓塚に向かって、言い放つ。

 そこまで割り切る必要はないと、そう意味を込めて。

 

 

「直接は会えないけど、間接的な方法なら頑張り次第で何とかなる。

……例えば、成長した吸血鬼は眼で人を操る事ができる。弓塚はポテンシャルが高いし魔力もあるんだから、今は思い付かなくても、そこから何かいい方法が思い浮かぶかもしれないだろ?」

 

 

 我ながらデタラメ言ってる気がするが、何とかなる可能性はゼロじゃない。

 だったら、嘘にはならない筈だ。

 

 

「えへへ、励ましてくれて、ありがとう」

 

「別にそういうわけじゃない。名言でもあるだろ、諦めたらダメっていうのが」

 

「……うん、“あきらめたらそこで試合終了だよ”でしょ?」

 

「違うっ! “あきらめんなよ!”の方だ」

 

「えぇえ!? そこ修造さんなの!?」

 

 

 納得のいかない表情の弓塚だが、一度、瞼を閉じる。

 

家族に会えない、何もしてあげれない――――だからと言って、隠れて泣いたりとか泣かないような努力なんて、弓塚にはして欲しくない。

 

 

「……そうだね。アキ君の言いたい事、少しわかったよ」

 

「さっちゃん、ほんとに大丈夫?」

 

「うん、心配かけてごめん……それに今日はパーティーだし、マイナスの考えはここで終わり!」

 

「あぁ、それに両親を少しでも喜ばせたいなら、いくつか手はあるしな。

 俺と弓塚で子供作って、実はこの子はお宅の娘さんの子供なんですって持っていったら感激するかもしれんぞ?」

 

 

 孫は可愛いものってのは万国共通である。

まぁ、その場合は俺に死亡フラグが立つけど。

 

 

「…………なるほど」

 

「い、今のは本気にするなよ? 欠陥がたくさんあるのわかるだろ!?」

 

 

 眼が紅く光った弓塚に、思わずたじろぐ。

 取りあえず、弓塚から暗い雰囲気が消えたので、この話題は成功という事にしておこう。

 

 実際にどうするか考えるのは、今度でいい。

 今日はこれからの問題点を認識するだけで良いのだから。

 

 

「――――で、弓塚終わったから次は琥珀の番な」

 

「あからさまに話題を転換しましたね、アキさん……」

 

「気にするな。さ、何か言う。やりたい事とか」

 

「……………………私は、皆様のお世話をしていれば、それで」

 

「琥珀ちゃん……」

 

「何という予想通りな回答」

 

 

 まぁ、琥珀の場合は仕方ないだろう。

 原作よりは平和に遠野家で生活してきた琥珀だが、生活のほとんどが屋敷で完結していて、人との交流が少ない。

 

 

情けない事に、八年間一緒に住んできた俺も、そちらへ意識を向ける事はなかった。

 よくない傾向だとわかっていても、正直自分の事で手一杯。

 

よって、原作と変えれたのは一部だけ。

 

 これでは一般の人と比べてどこか歪んだ形になるのも当たり前だ。

 

 

「アキさん、何か失礼なこと考えてません?」

 

「大丈夫だ。しっかり矯正してやるから」

 

 

 色々なところへ出かけて、少しずつ外の世界を見せていこう。

 

余裕がなかった俺の責任でもある。

 何年か経って、普通の女の子っぽくなっていれば嬉しいが。

 

 

 

 

 ――――戸を開けると、心地よい風が身体に当たる。

暗闇に染まりかけた空と一緒に、薄らとした月が見えた。

 

 

「……琥珀。しばらくしたら、七夜の里までついてきてくれないか?」

 

「七夜……アキさんの故郷ですね」

 

「そう。墓参りついでに、花でも植えようかと思ってな」

 

 

 志貴と月を見て、始まったあの夜を思い出す。

 初っ端から死亡フラグが立っていて随分焦ったが……

 

 

(……何であの時、もっと考えなかったんだろうな)

 

 

 志貴を連れ回して、物語に沿わせようとしていたあの頃。

 なぜ、七夜の住民に警告しなかったのだろう。

 

少なくとも、この身体の両親、祖母は真面目に聞いてくれたかもしれないのに。

 上手くいけば、七夜の人々が虐殺されるのを防げたかもしれないのに。

 

 子供だから、そこまで頭が回らなかったのか、その時だけ世界の修正とやらが働いたのか、本当のところはわからない。

 

 

 もっとも、あの事件がなかったら、今こうして無事にロアを滅ぼす事もなかったが。

 

 

「――――アキさん?」

 

「ん……悪い。ちょっとボケっとしてた」

 

「……何か、後悔してます?」

 

 

 息を呑む。

 心配そうに見つめる琥珀に……気付かれないよう、押し隠した。

 

 

 本当に鋭くて、時々困る。

 

 

 

 

「――――いや、昔ここで死にかけたなぁって思い出してただけ。後悔って言うより、無茶した反省だ」

 

「そうですか。……あ、それとアキさん! 今ので私も思い出しました。

実は秋葉様の事なんですけど、私には手に負えない問題がありまして……」

 

 

 何かを思い付いたように、そして慌てながら言う琥珀。

 さっきとは違った意味での心配顔に、こちらも困惑する。というか嫌な予感。

 

 

「……え、今のって、ここで昔あった事件で? それで秋葉に問題があると思い出したと」

 

「はい、おそらくアキさんなら、言わなくても気付くと思いますけど……」

 

「…………明日にしよう。今日はマイナス思考禁止だ」

 

 

 弓塚に何とかなると言っておきながら、自分の問題に頭を悩ます姿は晒したくないし。

 今後の課題として、検討しておこう。ほんと優先的に。

 

 

「琥珀ちゃん、昔の事件って?」

 

「アキさんが、私を助けてくれた事件よ」

 

「あ、それ興味ある!」

 

 

 目を輝かせて会話に弓塚が入ってくる。

 琥珀の言い方には少し語弊があるような……それに結構重い話だぞ?

 

 

「今日はそういう事を話すための場、じゃありませんでしたっけ?」

 

「……心の声を読み取らないでくれ、ちょっと怖いぞ」

 

「大丈夫だよ、アキ君! わたしと琥珀ちゃんは固く結ばれた友達だし――――そうだ、じゃあ琥珀ちゃんの話が終わったら、わたしのこと話すよ。

吸血鬼になった時にアキ君がどうやって助けてくれたのか、わたし覚えてるしね」

 

「いいね、グッドよ、さっちゃん」

 

「……向こうでケーキ食ってるか」

 

 

 

 

 

 

 長い長い道程を、地図を頼りに辿ってきた。

 

そして一つの到着点。

 

 

 ここから先の地図は欠けてるし、手に余る問題も残っている。

 向こうの世界にも、こっちの世界にも、思い出す度に後悔は尽きない。

 

 

 ……それでも、仲良く話す二人がいて、満足している自分がいる。

 

“俺は、間違ってなどいなかった”なんて、そんな大したものじゃないけれど、今いるこの場所も悪くないと、そう思える。

 

 

 

 

 

 

 今日は少し冷えるから、毛布かなにか取ってこよう。

 二人の話は長引きそうだし……三つほどあれば良いのだが。

 

 

 

 

 今は一時の途中下車で、しばらくすればまた非日常がやって来る。

 

だから……今夜くらいは、この静かな宴を楽しもう。

 

 

 

 

「――――さっちゃん、少し落ち着いて……」

 

「ア、アキ君! 女の子に許可もなしにキスするってどういう事!!」

 

「おい琥珀、お前どこまで詳しく話してんだよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

憑依in月姫

Fin

 

 

 

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あとがきは長くなるので、割愛。

シリアス物で連載、オリキャラ、憑依ものと色々と初めてのものばかりでしたが、読者の方に支えられ、終わりまで執筆できました。

突っ込みどころの多いSSとなりましたが、ここまで読んで下さった方々に精一杯の感謝を!